*** 子育ち12章 ***
 

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「第 98-05 章」


『子育ちは 言葉正しく 美しく』


■子育ち12宝語■

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『子育ち第5宝語』

【言】

《まえがき(毎号掲載)》
 子育て羅針盤では,こどもの育ちを6つの方向と2つの領域から考察します。6つの方向とは,「誰が,どこで,いつ,何が,なぜ,どのように育つのか」という問題視座です。また,2つの領域とは,「自分の育ち(私の育ち)」と「他者と関わる自分の育ち(私たちの育ち)という育ち」の領域を表します。6つの方向にそれぞれ2つの領域を重ねた12の論点が「子育て羅針盤」の基本的な考察の構成となります。
 この第98版でも,これまでの流れに沿って,子ども自身や親が育ちの確認をしていくときに,状況を特徴付けるキーワードとなる語を選んで育ちを展望していきます。今現在それぞれの育ちの度合いに違いがあってもそれは個性になり,達成度の評価ができるなら,幸せに育っていると考えることができます。子どもの育ちは見えにくいものですが,羅針盤としての全方位を見届けることができることを再確認していただけたら幸いであると思います。

《言とは?》
 悲しくて泣く,怒りに震える,喜びの声をあげる,分かったと手を握りしめる,人は気持ちを表現します。雄叫びが言葉になり,身振りが踊りになり,イメージが壁画になり,お互いに共有・共感できる形に洗練されて,文化となってきます。もう一人の自分も自分を理解することができるようになって,人類は人に成長してきました。言葉が未熟であれば,自分理解が進まずに,苛ついたり,訳が分からない状況に追い込まれていきます。自立する上で言葉による自分との対話が必須なのです。

 どのようなものであれ,表現は不完全です。近所から漏れてくるピアノの音が,美しい音とは限らず,騒音にもなります。言葉が誤解されて,そういうつもりではなかったという状況が起こります。夕焼けという言葉を美しい風景と思う人もいれば,寂しくて泣きたくなる風景と思う人もいます。分かり合うためには,単語ではなく文章による表現で確かめ合う配慮が肝心です。同世代間では単語で通じますが,異世代間ではあれこれと説明が必要になります。親子の間はどうでしょう? 「ちゃんとして!」 子どもは「?」

 どのような言葉で考えているか,語っているかということが,その人らしさを醸し出します。乱暴な言葉を使っていれば,振る舞いも粗野になります。美しい言葉を使っていれば,自然に振る舞いも美しくなっていきます。言葉の美しさを伝えてきたのは,母の言葉でした。母国語というのは,母の言葉が国を作っているという大きな意味があったのだろうと思います。優しく美しい響きの言葉を子どもたちにきちんと教え込んでいくことが母の務めです。母は言葉の先生なのです。



 子どもたちの悩みを受け止めるシステムとして,人権擁護機関が全国の小中学生全員に「SOSミニレター」を配付しています。学年毎の利用割合を見ると,小学3,4,5年生がピ−クになっています。相談内容のいじめの中で,最も多いのが言葉によるものです。言葉を人に対する刃のように使う子どもが多いということです。人を生かすためにある言葉がないがしろにされているようです。子ども世界における言葉を,美しい言葉で洗い流すことが急務です。お母さん,がんばって!

★落書き★

 単という漢字は単身や単価など単語などというように「一つ」という意味を表します。ところで、オートバイは二輪なのに単車と呼んでいるのはおかしなことになります。オートバイが初めて発明された当時は,サイドカーをつけて走るものでした。二つがワンセットで一台の乗り物でした。その後,サイドカーを外して走るようになったときに,サイドカーなしを強調するために単独の車,略して単車と呼ぶようになったのです。


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