back to top page/back to ホンの感想
*感想
ふぅ(ためいき)。前作よりさらに暗黒。ハード。前作が、かすかに哀愁をおびた物語にさえ思えてしまうくらい。前作を読んで気が滅入った人には、あまりおすすめできないなぁ。私は嫌いじゃないんだけど。物語の運びも前作より込み入っていて、さらに複雑。
劉健一、変わったね、と言いたくなる。本質は変わっちゃいないんだろうけど、やり方がね。表に出てこないからなおさらか。それで余計に、楊偉民の影にとらわれてる感じを受けてしまう。
ページを進める毎に、裏切りが積み重なって、もっと進むと真相が現れてくる。マイナス気分のどんでん返し。まだ続きは書かれそう。
*内容紹介(帯より)
自らの結婚生活を綴った甘くてシビアな16編のエッセイ。
*感想
著者の結婚生活がうっすら透けてみえるような内容。ううむ、まさに「甘くてシビアな」結婚生活。時に微妙な書き方をしているところもあるんだけど「これってこういうことだろな」と、感じるところがあったりする。それは多分、結婚している、していないとは関係がなくて、著者と自分の考え方が似ているからだと思う。
村山由佳『彼女の朝 −おいしいコーヒーのいれ方V−』集英社ジェンプジェイブックス 1997
シリーズ3作目。大学生の男の子と5つ歳上のいとことの恋愛。気持ちの描写がくすぐったくて、のたうちまわりそうになる。気持ち的には一緒なのに、とりまく環境やお互いのウブさから、なっかなか進展しない展開がもどかしくも今どき新鮮。続編が気になるシリーズ。たまには赤面恋愛ものを読みたいあなたに。
小椋冬美『リップスティック・グラフィティ』集英社文庫(コミック) 1997(1981)
大好きな漫画が文庫化。何年ぶりに読んだのか。懐かしいことこのうえなし。やっぱり名作だっ。担任の北野先生の良さが、しみじみわかるようになった。紀文さんがいいのは言うまでもないけど。『Mickey』も文庫化されたようだし、順次文庫化してくれるといいなあ。
村上春樹『雨天炎天 チャイと兵隊と羊 −21日間トルコ一周』新潮社 1990
私が行ったことのない、黒海地方についてかなり詳しいので興味深かった。モノクロ写真がたくさん入っていて、それもなかなか良かった。ところどころクスッと笑ってしまう場面もあり、著者の書き方が上手なのか、トルコ人らしいエピソードに、相変わらずなんだな、と思ったからか。
*感想
殺された高校生、安藤麻衣子の死の謎が最初の物語。以降、主人公がかわるもののどこかで彼女との接点があった人に起きた謎の話になっています。彼女は死んでいなくなってしまったけれど、物語全てを通して読んでみると、この連作集全体の主人公が彼女のような気がしてきます。それぞれの物語を繋いでいる線があって、それが「安藤麻衣子」という女の子なんです。
探偵役(?) ともいうべき神野先生も印象的な人物です。彼女が発した「人の心って、とても難しいと思いませんか」、6つの話を読みながら、ずーっと「そうだな」と感じていました。
「解決編」ともいうべき、書き下ろしの「お終いのネメゲトサウルス」には感服。「すごいっ」と思いました。繊細なのに甘くない、この痛々しさがたまらないです。
ヤーコプ・アルユーニ 渡辺広佐訳『殺るときは殺る』パロル舎
1997
Jakob Arjouni, Ein Mann,ein Mord., 1991
*内容紹介(帯裏より)
舞台はフランクフルト。独特の掟が支配する売春地帯、郊外タウヌス丘陵の高級住宅地区、空港と。
ドイツのパスポートを持ったトルコ私立探偵カヤンカヤはタイからやって来た娘を探すことに。
避難所を求める娘がなんの痕跡も残さずに姿を消すことのできるところとは!?
カヤンカヤの動きを快く思わない裏の世界の実力者、腐敗したデカ、外国人を敵視する公務員や共和党員--現代ドイツ社会の現実が機知に富んだ文体で、センチメンタリズムを排して物語られる。
*感想
ただ単に「トルコ人探偵」ってのに惹かれて読んだんですが。 私にとっては残念ながらハズレでした。ハードボイルドとして読んでも中途半端で面白くなかったし、薄味な感じです。たぶん、作者はドイツ人のトルコ人に対する態度(差別)についても描きたかったんでしょうけど、はっきり言って「なんで今更?」という気もします。ドイツ人ならそれくらい知っていることだと思ってたんだけど、やっぱり、こういうのが内部で書かれたってことが画期的だったのかな。
ちなみにこれは、「ドイツ・ミステリ大賞受賞作」とのことです。
村山由佳『翼 −cry for the moon−』集英社 1997
*内容紹介/感想
「オマエハ ヒトヲ フコウニスル」と少女時代から母親に呪いのように浴びせられた言葉から逃れられない真冬。幸せを手にいれたと思った矢先、またもや不幸が襲う。アリゾナを舞台に、過去の傷から再生してゆくまでの過程。1000枚の厚さが気にならない内容。心に深くしみる、というところまではいかないけれど、先の展開が気になって、一気に読んでしまいます。裏切られる展開の好きな私も、この著者のものは先の見える安心感が良くて読んでいるのかもしれないな。
フーケー 柴田治三郎訳『水妖記(ウンディーネ)』岩波文庫
1938
Fr.de la Motte-Fouque', UNDINE, 1811
水の妖精、騎士、女の三角関係。っと言っては身も蓋もないですけども。妖精は心優しく、女が意地悪で、ってのはこういう話のお決まりですが、これはちょっと違って、騎士が浅はかさが目につきます。誠意のない男の話、とでも申しましょうか。女は男を涙で殺すことができるんだ、という話でもあります?
*感想
西村京太郎を読むのは初めてです。こういうオーソドックスなものを書いているんですね。楽しめました。妙なヒネリや、小手先めいたことをしていなくて、正々堂々とした感じが新鮮。うまく作用してないヒネリより、こういうストレートなつくりのほうが、気持ちがいいな。
今回は、犯人に対して、特に反発を感じてしまいました。最後の最後まで理論的に追いつめられないのです。「ええぃ、くやしーっ」と地団太踏んでた残り2ページ強で、とどめの追いつめ開始。バンザイ。こういう終わり方って好き。
*感想
ほー。今までの中では、一番の「いい子」「優等生」ですね。きっとこの作品に対しては、無茶苦茶な悪評は出ないんじゃないだろか、と思いました。でもそれは、同時に、麻耶雄嵩作品の「どっひゃー」を期待しちゃう人にとっては物足りないだろな、とも思えました。私個人は、あまり過剰な期待をしなかったので、「あ、結構マトモに書いてるなあ」という印象を持ちました(ただ、帯の文句は、いくらなんでもやりすぎだよなあと失笑気味)。
言わずと知れた、カインとアベルの話がモチーフ。それから、無意味な死と意味ある死か。考えちゃいます。全体的にトーンの暗い、地味な話ではあります。
今回も、「結局、メルって、そうなんだよね」という雰囲気で、これはいつも通りですね。真実探求者を「救わない」探偵。探偵が全て人を救う存在ではないんだけど、メルって、何だか逆に人を悩ませるよね。唯一裏切らないでくれるのは、メルのこの「冷たさ」だけ?
*内容紹介/感想
冬都、春都、夏都、秋都。4人の娘それぞれを主人公にした連作。彼女たちに芽生えたひそかな殺意が、彼女たちの行動を左右し、結果としてそれは人を死に追いやることになってしまった。「私は直接は手を下していない、でも、私のせい?」。開き直る気持ちと罪の意識が交錯する。そこに全てを見透かしたような男性が現れて。
読者に「彼女たちは悪い」と思わせると同時に少し同感させる。次に、お見通しの男性たちの言動にハラハラさせられる。いったん突き落としてからひっぱり上げるような、その落差がうまい。佐々木丸美がすごいと思うのは、最低でも落とした分、あるいはそれ以上ちゃんと戻す、そういうところ。
*内容紹介(背表紙より)
武蔵野の雑木林でデート中の男女が殺人事件に遭遇した。瀕死の被害者は「テン」とつぶやいて息をひきとった。意味不明の「テン」とは何を指すのか。デート中、直接事件を目撃した田島は新聞記者らしい関心から周辺を洗う。「テン」とは天使と分ったが、事件の背景には意外な事実が隠れていた。第11回乱歩賞受賞。
*感想
新聞記者、田島の捜査方法がとても地道で、読者の半歩先あたりを行っている感じが、読んでいて心地よかったです。先に行かれすぎても、わからならすぎても、イライラしちゃうので。物語の終わらせ方に、「お?」。「あとはよろしくね」とバトンを渡されたような感じなのです。おまけに、私が最終走者の。ふむ、と思ってページめくったら、数行のエピローグと解説が始まっているわけです。ちょっと意表をつかれる幕切れでした。でも、こうするしかないのもわかります、確かに。
*内容紹介
なかなか売れない「自称:催眠術師」の実相寺。昼のワイドショーで、催眠術をかけるのに失敗した姿を生放送されることになり、クサっていたところへ、「緑の猿にかけられた催眠術をといて下さい」と、入絵由香と名乗る女性が現れる。要領を得ない彼女に、業を煮やした途端、彼女は「ワタシハ宇宙人デス」と、叫び出す。彼女に予知能力があると知った実相寺は、彼女を占い師として使って、金儲けをすることにする。ところがある時、カウンセラーの嵯峨という男性が現れて、「彼女に、あれ以上仕事をさせるのは危険だ」と忠告される。
*感想
面白かったです。導入から謎が魅力的だったのもあり、一気に読んでしまいました。
嵯峨は由香本人からの依頼はないため、勝手にカウンセリングできません。それでも彼女の精神状態が心配な為、日常生活を観察していきます。でも、「精神病」や「催眠療法」による世間の誤解が壁となります。そういった誤解を丹念に取り除きつつ、彼女の状態と治療法をさぐっていこうとする過程です。ところが、彼女が事件に巻き込まれることになって、またまた困難な状態に。
深みはあまりないけれど素直に面白かったと思える内容です。この話とはまた別の「心理的事件」が挿入され、そちらもまた興味深いものでした。感じの悪い実相寺は、どうなるんだろう? と気になっていたけど、クライマックス近くの由香との「対話」なんて良かったですねえ。ラストも心地よく後味も良い話でした。不思議と地味な印象ですが、こんな会話を思い出します。
「さっきのが、催眠をやってる映像だったんだな」
ええ、と嵯峨。
「地味だな」実相寺はぼそりと言った。「たしかに地味だ。見せものにはならない」
嵯峨はうなずいた。
実相寺はため息をつき、笑いを浮かべた。
「だが、本物だ」
*内容紹介/感想
「雪の朝、ぼくの部屋にまよいこんできた キュートでりりしい小鳥ちゃん。ときどき遊びにくるぼくのガールフレンドのことを なんだか意識してるみたい」(帯より)。星の王子さまとバラの会話みたいです。小鳥ちゃんが、どうにも女の子に思えてしまって、小鳥ちゃんの「ぼく」対する気持ちが、すごーく微妙できゅーんとしてしまう。そりゃ、小鳥ちゃんは、ほんとにほんとの「小鳥」なんでしょうけど、「ぼく」の理不尽な気持ちも分かる気がしたし。装丁もかわいい。この本にリボンを結んであげたいっ。
仕事上で知り合ったフランス女たちの生態をエッセイにしたもの。最初は面白く読んでいたんだけど、だんだん飽きてきてしまった。でも、地味に見えるフランス男にフランス女は泣かされているのだ(以前、シャネルの「エゴイスト」という香水のCMで、女たちが「エゴイスト」と叫んでいたけど、あれは本音だ)とか、大竹しのぶ現象がジュリエット・ビノシュにも当てはまるとか、なかなか面白い話もあった。
好きか嫌いかで見ればいいのかもしれないけど、絵に「秘められたもの」があるのだとしたら、もっと面白く鑑賞できるかなと思って読んでみました。ジオット「ユダの接吻」からはじまって、「モナリザ」はもちろんのこと、レンブラント「夜警」ゴヤ「裸のマハ」、マネ「オランピア」、クリムト「接吻」、ピカソ、ダリ、ほか全部で25作品の「謎」の解説。絵の見方や謎などを全然知らなかった私には、ものすごく刺激的な内容でした。当たり前の話なのかもしれませんが、絵が描かれた時代背景や思想がわかると、非常に楽しめるものなんですね。奥が深い。
ジョルジュ・シムノン 峯岸久訳『ベルの死』ハヤカワ・ポケット・ミステリ#327
1957
Georges Simenon, LA MORT DE BELLE, 1952
*内容紹介
妻の友人の娘、ベルを預かっていたスペンサーとクリスティーン夫妻。ベルが殺された夜妻は外出しており、家にはスペンサーとベルしかいなかった。彼におやすみを言ったのが、彼女を見た最後の姿となった。その時、心なしか青ざめていたように見えた以外は、とりたてて変わったところはなかったと思ったのに。状況的に、スペンサーは不利な立場に置かれる。検死官も刑事も妻も、彼に疑いを持っていた。ベルを殺していない、と唯一知るのは、スペンサー自身ただ1人。
*感想
スペンサーが自分で自分について考える過程が描かれています。ベルが死んだことによる、スペンサーの心の"出発点"から、”到達点”(?)まで。
一言で言えば、非常に救いのない話。救いのない話といえば、最近では『不夜城』や『鎮魂歌』がありますが、それらが「生きる」方向を向いているのだとしたら、これは逆方向を向いているのではないか、そんなふうに思える内容です。
自分以外がほとんど自分を犯人扱いする状況下で、いちばん”楽”になるにはどうしたらいいか、を実践してしまったのではないか? と思いました。例えば、自分を丸ごとさらけ出すより、相手が思う自分を演じているほうが気楽な場合もあるように。世間に自分一人で抵抗するよりも、世間の作りだした型の中に、入り込むことを選んだ彼。
シムノンの「男の首」は、好きな話ですが、感触的には似ていますね。濡れなさそうでしっかり濡れる小雨の中を、傘もささずに歩いて手が冷たくなるような気分。
ただ、人に薦められるか、という点では異なります。『ベルの死』は、自分では印象に残った(とか、すごいと思った)けれど、他の人が読んでどう思うかは保証できない、という、極めて好みの偏るものだと思うからです。自分の満足度から言ったら、「人には薦められないけど自分は気に入った本」があるほうが嬉しいので、私自身には収穫かな。
視覚デザイン研究所編『悪魔のダンス −絵の中から誘う悪魔−』視覚デザイン研究所 1996
絵画の中に出てくる悪魔の話が中心。悪魔というと聖書関係が多くなるので、聖書のエピソードが大半です(外典や偽典の話も含む)。章の構成は、「悪魔の仲間」「悪魔の誘惑」「悪魔の有名人」「悪魔の画家」「地獄の悪魔」。イラスト、絵画が盛りだくさんで、本当に楽しい本。シリーズ本、あと3冊あり。
木々高太郎『網膜脈視症 他4編』春陽文庫(名作再刊シリーズ) 1997
収録作品
「網膜脈視症」「就眠儀式」「妄想の原理」「ねむり妻」「胆嚢」
*感想
収録作品のうち3つは、東京創元社の『木々高太郎集』で既読済みのものでした。簡単に言えば、精神分析を用いた推理話です。ちょっと古風ですが、好みの雰囲気です。
「網膜脈視症」、父親になつかなかった男の子が、ある時から急になつきだしたのは、なぜか。彼が、血を流して死んだネズミよりも、血を流さないで死んでいるネズミを恐れるのは、なぜか。これら2つの謎が解けるとき、過去の忌まわしい事件が浮かび上がり、新たな事件が起きようとしていた。子供だからといって、あなどれず。
「就眠儀式」、自室の時計という時計を止め、家中のナイフというナイフを隠し、応接間のドアが開いていなければ、眠りにつけなくなってしまった少女。このような”就眠儀式”を行う神経症の人は、人一倍物事を察知する感覚が優れているらしい。なにか彼女の家庭に問題が持ち上がっているのか? ”儀式”の一つ一つの意味が解明されていくさまが、興味深かった。
「妄想の原理」、癲癇発作の小発作、朦朧状態における犯罪は、法律的に責任能力がないとされる。大心池先生の目には、犯罪を犯した小林の癲癇は、詐病に思えた。が、精神鑑定を依頼されたのは、ライバル、松尾博士。彼は、本当の癲癇だと主張。そうこうしているうちに、小林に早発性痴呆症の症状が出てしまい。小林の書き殴る数式を暗号に見立て、数学を猛勉強して謎を解いていく大心池先生すごい。数式の意味がわかって、もっとびっくり。
「ねむり妻」、実は、「睡り人形」(『木々高太郎集』所収)という作品と内容は一緒。発表は、「睡り人形」のほうが2カ月先。視点を変えて書かれているので、両方読み比べると面白い。
「胆嚢」、文学士と人妻が密会している。これから、文学士のところへ、医者が来るという。人妻の夫は医者。まさかと思うが、否定しつつ不安な人妻。やっぱりこれも心理がらみ。いくぶん俗っぽい話。
ボワロ&ナルスジャック 石川湧訳『犠牲者たち』創元推理文庫
1967
Boileau & Narcejac, LES VICTIMES, 1964
*内容紹介(とびらより)
出版社の編集者ピエールは原稿を持ち込んできたダム建設家の妻と愛し合うようになった。彼女はマヌーと名のったが、ピエールにとっては常に謎の女であった。ある日、彼女は夫とともにダムサイトへ行くと告げた。そこでピエールは建設家の秘書という名目で同行することになり、一足先に現場におもむいた。ところが後からやって来たマヌーはまったくの別人だった。すると彼が愛していたマヌーはどこに消えたのか? また、新しく出現したマヌーは本物なのか偽物なのか?
*感想
登場人物5名。設定は超シンプル。なんて感想書いたらいいんだろう? こまった。ミステリというより、恋愛小説を読んでいる感じ。といっても濃くない。印象薄し。ただ、私はこのテのトリックが苦手なんだな、ということを再確認できた。
収録作品
「父の恋人」「水門」「秋雨」「T字路」
*内容紹介/感想
ある家族の中で、視点を変えて物語が語られる。女の人ができたような父、それを薄々感じながらも無言の母二人のぎくしゃくを敏感に感じとった息子。不安定な結末。これから先どうなるんだよー。
とても読み易い。それなのに、テーマは重い。歳をとることや死(自殺)についてが、すごくさらりと出てくるのに、その分それが妙に身につまされる気がした。なぜか、せつない気持ちがうかぶ。私にも、振り返る分の思い出があるからか? これって、きゅん、じゃなくて、きゅー、だね。読んでいる途中から、すごくさみしい気持ちだ。こんな気持ちになりたくなかったよ。でも、もう戻れないな。どうしてくれるんだよー。他の作品も読みたくなった作家。
木々高太郎『光とその影/決闘』講談社文庫(大衆文学館) 1997
収録作品
「光とその影」「決闘」「大浦天主堂」「死の乳母」「死固」「債権」「恋慕」「青色鞏膜」「冬の月光」「眠られぬ夜の思い」
*内容紹介/感想
精神分析推理が前面に出ているものが少ない分、少し印象が薄くなった感が否めない。木々氏の真骨頂は、やはり、精神分析推理に恋愛感情要素を加えた雰囲気のものなんじゃないか、と感じた。短編集で楽しめた順番は、『木々高太郎集』(創元推理文庫)、『網膜脈視症
他4編』(春陽文庫)、そしてこれの順番になってしまう。
「光とその影」、意外にも(?) アリバイくずし話。「影の論理」を用いた推理にはなっているけど、いつもの「はっとする精神分析」「意外な犯人」は楽しめない。
「決闘」、ラストにボーゼン。思わず「うそ」と、つぶやいてしまった。けど、ちゃんと伏線は張ってあったんだ!
「大浦天主堂」、枝葉部分に精神分析しているのが、不満。
「死の乳母」、先の読める話、かな。ラストは、いかにも、木々氏らしい。
「死固」、このトリックって、可能? 本当にありえるのか、ありえないのか、その辺りが不明なんで、ちょっと消化不良気味。
「債権」、なんでも(愛情なども)お金に換算してしまう男が殺された。捜査の行方と、殺された男がどうしてそうなったのか、の理由。なんか、当たり前すぎて、物足りない。
「恋慕」、人妻と大学生の人目をしのぶ恋の様子。人妻が殺されてからは、わりに平凡。恋愛心情描写はとてもいいので、こちらを楽しんで読むとよい。
「青色鞏膜」、身分の違う恋の皮肉。どんでん返しにつぐどんでん返し。これは結構気に入った。
「冬の月光」、なんともつかみどころのない話。外に出す物語というより、内的対話って感じだなー。
「眠られぬ夜の思い」、かつて無罪となった不眠症の男が、再び罪に問われる。精神状態の分析と事件の真相は? 「らしい」話で、ほっとする。
ジャン=パトリック・マンシェット
中条省平訳『眠りなき狙撃者』学研 1997
Jean-Patrick Manchette, LA POSITION DU TIREUR COUCHE, 1981
*内容紹介
引退を決意した殺し屋、テリエ。が、周りの組織や敵がそれを許さない。最後の反撃にでた彼だったが。
*感想
非情な世界の中での出来事。砂糖ひとさじ分の甘さもない、シンプルで硬質な文体。物語るために、それ以上でもそれ以下でもありえない、ギリギリの線を走ってる。文体と物語がピッタリ一致してる。解説に「結末から滲みでる荒涼たるセンチメント」という言葉があるが、物語の雰囲気は、まさにその通り。
もがけばもがくほど、ますます光から遠ざかってゆく彼の運命。「もうやめてよ」と言いたくても、安易に言えるはずもない、立ち止まったら死しかないのだから。だけど、「あんたはバカだ。気が狂ってる!」と、物語の文体さながらに、叫びたくなっちゃうよ。
最後の2ページ。何度も読み返してしまった。さりげなく(?) 張ってあった伏線が痛いくらいに効いてる。最終章いや、ラスト一行のためだけに全体があるような錯覚さえおぼえる。ほんとはそうなのかもしれない。ラスト一行を読めて、私はこれを読んで良かったと思った。
フランス語で読めたらな、これ。
しかし、なんてものを読んじゃったんだろ。
ブリジット・オベール 堀茂樹訳『鉄の薔薇』ハヤカワ文庫
1997
Brigitte Aubert, LA ROSE DE FER, 1993
*内容紹介(背表紙より)
東西の壁が崩壊したあとのナチの残党が暗躍するヨーロッパ。表向きは国際経営コンサルタント、裏ではプロの銀行強盗という二重生活を営むジョルジュは、銀行を襲うべく訪れたブリュッセルの街で、ジュネーブの自宅にいるはずの愛妻が他の男と腕を組んで歩いているのを見かける。その瞬間から、彼は思いもよらぬ謎の世界に巻き込まれ、命を狙われていく。虚実ないまぜのスピーディなストーリー展開で一気に読ませる快作。
*感想
映像的な話の流れ。いつもなにかが動いていて、話に止まっているところがないです。現実的なところと、非現実的なところが両方あって、それを一緒にするのがうまい人だな、と思いました。
著者紹介のところで、「『悪童日記』の作者アゴタ・クリストフも彼女の巧者ぶりに舌を卷いた」と書かれているんですが、感触がどこか似ている気がして、もしかして、と思っていたら、訳者が同じ人なんですね。ほぼ予想通りの結末でした。いやはや、確かに巧者です。
97/12/30