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小学一年生の夏休みに、私は生まれてはじめて絵日記をつけた。一ページ目をかきおえて、さっそく嬉々として父に見せに行くと、どれどれ、と日記帖をのぞきこんだ父は(父は、仕事中でも決して、あとでね、とは言わなかった)、にわかにきびしい顔つきになり、

「日記は、きょうは、で始めてはいけない。きょうのことに決まっているんだから」

と言った。六歳の私の、あの失望。すごすごと書斎をでて行こうとする私の背中に、おいうちをかけるように父は、

「ああ、それから、私は、で始めてもいけないよ。私のことに決まっているんだから」

と言ったのだった。

江國香織「父の小言」『泣かない子供』(大和書房 1996)