幸せ家族計画 番外編

BACK NEXT TOP


守護神

そのパブに男達がやってきたのは、ランチタイムが終わり、看板娘のユリアが一息ついた頃だった。


男達は茶髪と黒髪の若いふたり組で、町の人間でもなければ、旅行者でも、農作物のバイヤーでもなかった。
そのふたり組は、普通とは少し違う形のスーツ姿だった。
ユリアは少女時代をジュノンで暮らしていたので、その形には見覚えがあった。
神羅の、調査課と呼ばれる人間が着ていたスーツだったからだ。
神羅の名は、会社がほぼ壊滅した今でも、ジュノン一帯では忌まわしい者の代表として知られている。彼らは魔晄と呼ばれるエネルギーで人々の生活を支配し、海をボロボロにし、彼らに反対する人間達を弾圧した。
彼女の両親は実直な食堂の経営者だったが、テロリストの協力者と疑われてタークスに付きまとわれ、店を閉める羽目になった。
実際は、常連客の中に活動家が数人いたという、ただそれだけの事だったのに。
そしてこの町でやっと再び店を構えることが出来た。
ユリアにとって、その制服はもっとも目にしたくない物の1つだった。
彼女は、両親が旅行に出かけていて、今日ここにいないことに感謝した。


「何か、用?」
ユリアはふたり組につんけんと言った。
「ランチはもう終わりよ。夜になったらまた来てちょうだい」
「食事に来たんじゃないんだ」
「ちょっと、聞きたいことがあったんだよ」


その男達は、以前彼女が出会ったタークスとは違い、いかにもまだ物慣れないと言った風情だった。最近、仲間になったのかも知れない。
だからといって彼女が好感を持つ理由にはならなかったのだが。


「聞きたい事って何?言っておくけど、この町で得体の知れない人間に家や土地を売る者はいないから」
「土地の買収に来たんじゃないんだ。人を捜しに来たんだ」
茶髪はあせって言った。なぜこんなに冷たい態度をとられるのか、理解できないようだ。
「人捜し?」
ユリアは油断しないまま聞き返した。
男の1人が小脇に抱えていた薄い本を差しだし、ページを開いてみせる。
「このお祭り、この町のだよね」
ユリアは目線だけでそのページを見る。冬至祭の祭りを祝う様子の写真が載っている。
「そうよ。それが何か?」
「この家族、これ、町の人?」
彼女は男が指さす先に目をやった。
長い銀髪の長身の男、金髪の美しい女、小さな男の子ふたり。
その家族は当然ユリアも知っていた。フィーとディはこの店の川魚のフライがお気に入りで、日曜の昼にはよく家族連れで食事をしに来るからだ。
ユリアは表情を変えずに男と写真を交互に見た。


「さあ、違うんじゃないかしら。よく判らないわ。小さい町だけど、全員を知ってるわけじゃないし」
「そうか……」
男達は少しがっかりしたようだった。
「それじゃ、町の住人を大体把握している人を教えて貰うわけにいかないかな」
「事情も判らないのに、簡単には教えられないわ。あなた達が悪さしない保証がないもの」
あからさまな警戒に、男達もさすがに顔色を変えた。
「俺達が悪さするって保証もないだろ」
「さあ、どうかしら。聞きたいのなら、その辺歩いている人に聞いてみたら」
腕組みをしてユリアは冷たく言い放つ。
「もう帰ってちょうだい。これから、私たちもようやくお昼を食べて、そして夜の仕込みをしなきゃいけないんだから」
彼女は男達を無理矢理追い出すと、カウンターの中で皿を洗いながら唖然としていた若い男の方を振り向いた。
元からの町の人間で、来年彼女と結婚する予定の青年だ。
彼は、普段は愛想が良くて優しい彼女の態度に驚いているようだ。
ユリアはそんな青年に耳打ちした。


「……あれ、神羅のタークスよ。人さらいや恐喝なんでもやる連中。急いでクラウドさんの家に行って気を付けるように言って。どんな理由か知らないけど、あいつらが良い理由で人を捜してるわけないわ」




町の広場にある古びたベンチに座り、男達はため息をついていた。
何しろ、誰に聞いても「さあ」「知らない」だの、曖昧な答えしか返ってこないからだ。
しかも答えてくれればまだいい方で、白い目で睨み付けて離れていく者もいる。これは高年齢者に多い。
なぜここまで嫌われているのか、男達は理解できずに疲れ果てていた。


「なあ、神羅ってさあ、今はアレだけど、元はエネルギー開発したり、モンスター退治したり、犯罪者退治したりって、けっこう良い組織だったよな」
「おじさんが若い頃は、あそこの社員になれればエリート扱いだったらしいけど……なんなんだろ」
彼らはもともとはカーム近辺の村に住む若者だった。
今は規模は縮小したとはいえ、それでもルーファウス社長を中心にした新生神羅はエッジを拠点に道路や水道、発電施設など市民生活に必要な物を次々と整備している。
ジュノンエリアに入っていらい警戒されまくりで、嫌われる理由が判らず男達は首をひねるばかりだ。
男達は、車に積んでいたぬるいビールを片手にまたため息をついた。
人手不足だという社長直属のタークスに雇われ、記念すべき初仕事だというのに、なんでこうも大変なのだろう。


「おじちゃん達、よその人?」


不意にかかった声に、男達は声の主を見た。
金髪と銀髪の、6、7才くらいの少年がふたり、ベンチ脇に並んで立っている。
一瞬息をのむほど綺麗な子供達だ。
子供達はニコニコと微笑みながら笑いかけた。つられて男達も微笑んでしまうような笑顔だ。


「おじちゃん達、お客さん?」
「ちょっと、人を訪ねてきたんだ。おじちゃんじゃなく、お兄ちゃんって呼んで欲しいな」
男の片方が愛想よく言った。
「人を訪ねてきたの?」
「僕たちが知ってる人なら、お家まで案内してあげるよ」
男達は顔を見合わせた。子供ではあるが、ようやく話が通じる相手だ。


「この本に載ってる家族なんだけど……この町の人なのかな。ボク達知ってるかい?」
子供達はふたり揃ってその写真を覗き込むと、にこっと笑った。


「知ってる!」
「こっちだよ!」


男達は子供達にそれぞれ手を引かれ、ベンチから立ち上がった。




子供達の案内で男達は町を外れ、裏山を登っていた。
木の間をかき分けるようにして斜面を登り、平地育ちの男達は次第に息が上がってきた。
子供達は慣れた風にちょこまかと駆け上がっていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ…」
「本当に、こんな山の中にいるのか?」
「うん、いるよーー」
「僕たち、よく遊びに行くんだーー」
子供達は振り向くと、おいでおいでというように手招く。

「こっちだよ。はやく」
「はあ……元気だな…」
男の1人が疲れた声を出した。ノロノロと上げた足を、下草の上に下ろす――その足が抵抗無く土の中に沈む。
「うわぁ!!!」


茶髪は悲鳴を上げた。足はそのままずぶずぶと地中に沈んでいく。あせって周りの木にしがみつこうとするが、目の前にあった幹は身をくねらせるようにして茶髪の手から逃げる。
信じられない光景だった。
茶髪は精一杯声を張り上げた。


「助けてくれ!!」


「……お前、起きるくらい1人でやれよ」
呆れた声に、茶髪ははっと辺りを見回した。
土の上に膝をついた彼を、黒髪が傍らで見下ろしている。
「山登りに疲れるのは判るけどさ。転んだくらいで、助けてくれはないだろ、おい」
黒髪は面倒くさそうに茶髪の腕をつかんで立たせた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「この辺、穴が多いから気を付けてね。葉っぱで埋もれて判らないんだよ」
子供達まで心配顔だ。
茶髪は恥ずかしくなって頭をかいて誤魔化す。
「……ごめん。ついびっくりして」
「しっかりしてくれよなー。ところで、まだ先は長いのか?」
黒髪が子供達に聞く。
「うん、もうちょっと。もうちょっと上にね。お家建ってるの」
茶髪は汗を拭きながら、面倒くさそうに確認してみた。
「女子供連れで、こんな山の上にか?」
「おとーさんがね。かわりものなんだよ」
そう、金髪の少年が笑いながら答える。
銀髪の少年が、ニコニコしながら聞く。
「そう言えば、お兄ちゃん達。どういう知り合いなの?」

「あー、知り合いって言うか、俺達の知り合いじゃないんだけど」
「俺達の上司がさ、この写真見て知り合いに似てるって。素性を確かめてこいって言われてさ」
「ふーん。じゃあ、お兄ちゃん達のジョーシがさがしてるんだ」
「なかよしの人なのかな」

「うーん、さあ、どうかな」
「家族持ちはあり得ないとか、他人のそら似にしてはとかなんとか、深刻な顔して言ってたよな」
男達は相手が子供なためか、警戒する素振りも見せずに答えた。


「知り合いだったら、どうするの?」
「つれてくの?」
「さあ、どうだろ。俺達はとにかく、この写真の人間の名前と顔写真を手に入れてこいって言われただけだから」
「ああ、そうだ」
黒髪がぽんと手を叩いた。
「ボク達、その知り合いのお父さんの名前、知ってる?出来たら、この写真の子達の名前も知りたいんだけど。この隣の女性は、お母さんでいいのかな」
「おかーさんだよ!」
「とっても、きれーなんだよ!」
子供達は、得意そうな顔で笑うと、また身軽に斜面を登り始める。
その顔に、黒髪はふと違和感を感じた。
そして思いだした事――写真に写る銀髪と金髪の子供。


「ちょっと待ってくれ。ひょっとして、この写真――」

言いかけた瞬間、ぱっと子供ふたりが振り向いた。機械仕掛けのようにまったく同じタイミングの動き。こちらに見せた子供達の目が、異様な緑の光に包まれている。


「……お前ら?」
黒髪はぞっとなって大きな声を出した。その足下がガクンと揺らぐ。身体が揺れ、ストンと垂直に落ちていく感覚に、男は目を見開いて手を伸ばした。
その手の先に、子供達は立っている。空間を踏みしめ、無表情に蒼白な男を見下ろしている。


「――お前ら!!」

そう大声を出した黒髪の手首が掴まれた。


「お前、何やってんだ!」
顔を上げると、茶髪が黒髪の手首を掴んでいる。黒髪は、土砂崩れでもあったのか陥没してえぐれている崖の側面にへばりついてた。
「おにいちゃん、しっかり!」
「手を放すと危ないよ!」
子供達は、黒髪を引き上げようと顔を真っ赤にしている茶髪の後ろで、必死に応援している。
黒髪は混乱した。
さっき目にした子供達の姿は、一体何だったのだろうか。
「おい、しっかり登れ!」
茶髪に急かされ、黒髪はもろい足場を慎重に登った。木の根と茶髪の手のおかげでなんとか上にたどり着き、黒髪は肩で息をする。


「おにいちゃん、よそ見してると危ないよ」
くりくりとした目の銀髪の子供が心配そうに覗き込む。そのあどけない愛らしい顔が、どうしてさっきはあんなにも冷酷に恐ろしげに見えたのだろう。
黒髪は頭をふった。
「……ああ…わかってる」
そう呟くように言いながら、戸惑った視線を茶髪に向ける。茶髪もその意味が分かったようだ。彼も、さっき得体の知れない幻影に沈み込みそうになったばかりだから。


「……なんか、おかしくないか…」
「ああ……なんだか…」


男2人はおびえの混じった目を子供達に向けた。子供達はちょこまかと木々の間を走り回りながら、地面にへたり込んでいる大人達が立ち上がるのを待っている。


「ねー、おにいちゃんたち、もういい?」
「早く行かないと、夜になっちゃうよ」


そう言って、太い幹の影から顔だけ覗かせた子供達が笑う。
大人達をからかってるような顔だ。
「ねー、おにいちゃん」
あどけなく誘う声が、不意にエコーがかかったように遠く聞こえる。
男達は耳を疑った。


「ねえ、おにいちゃん」
幼い愛らしい子供達の口から飛び出す声はしわがれ、濁っている。
「ねえ、おにいちゃん、はやく」
さしのべられた小さな白い手から、しめった音を立てて灰色の肉が落ちる。
腐汁の詰まった不潔な革袋のように、少年の頬の肉がどろりと垂れ下がった。


「……ひ」

男達は引きつったのどの奥で、こもった悲鳴を上げた。
黒々とした眼窩をむき出しに、綺麗に光る髪だけを張り付けた小さな白骨体。
それが二つ、可愛らしく小首を傾げて近づいてくる。


「ねえ、おにいちゃん」


後ずさりする男達の周りでみずみずしい若葉に萌えた森は、枯れて腐った落ち葉を敷き詰めた死の森に変わっている。
足下から小さな黒い虫がはい上がってくる。
枯れた木の枝には、目を金色に光らせたカラスの大群。
それが男2人をぐるりと取り囲んでいる。

よろめく茶髪が湿った物をふんだ。
おそるおそる足元を見ると、そこには胸に大きな穴を開けた男の死体。
黒く乾いた血がこびりつく胸の穴からは、まるまると太り艶やかな色をした大きなウジ虫がわいてくる。見回せば腐ったどろどろの落ち葉に覆われていたはずの地面は、数え切れないほどの死体で埋まっている。どれも赤黒い血を流したまま、黄色く濁った目を大きく見開いて男達を恨みがましく見つめている。


「ひーーーーーー!!」

茶髪は悲鳴を上げ、そして黒髪に縋った。

「しっかりしろ!」

そう叱咤する黒髪の顔を目にした瞬間、茶髪は力一杯突き飛ばした。


黒髪は脳天を二つに割られ、真紅に染まった顔に白い眼球を二つぶら下げていた。


■□■


「わーーーーん!」
けたたましい子供の泣き声に、茶髪ははっと顔を上げた。
空は明るい青空。ぽっかり浮かぶ白い雲に、鳥の声が聞こえる。
男は一瞬ここがどこか判らなかった。
子供の泣き声は続いている。
おぼつかない動きで立ち上がったときだった。いきなり頬を張られ、男はよろめいて倒れ込む。柔らかい物にぶつかった。
ベンチに腰掛けたまま、茫然自失していた黒髪の相棒の身体だった。


何が起きたのかといぶかしむ茶髪の頭上から、怒りに燃えた女の怒鳴り声。


「なにをしてるんだい、このろくでなしどものが!」

茶髪と黒髪は一気に現実に戻った。
目の前には、長い白いエプロンを付けた恰幅の良い中年女が、麺棒振り上げて睨み付けている。
その腰の辺りに、もぞもぞと立ち上がった小さな身体がすがりついた。
「僕たち、なんにもしてないよーー」
「ただ、ご挨拶しようかと思ったの」
「ああ、判ってるよ、可哀想に。ちゃんと見てたからね。いきなり突き飛ばされて、ビックリしたねぇ」
女はしがみついた子供ふたりを愛おしげになでさすった。


「可哀想にね。フィーちゃんとディちゃんがみんなにご挨拶する習慣があるの、ちゃんと知ってるよ。悪い事なんて、なんにもしてないのにね」

撫でられながら子供2人がべそをかいたまま顔を男達に向ける。
金髪と銀髪、青い目と翠の目をした可愛らしい顔立ちの少年2人。
男達は咄嗟に指さしながら口をパクパクさせた。
彼ら2人を得体の知れない場所に誘い込んだ不気味な子供達だったからだ。


「あ…あ、その子達は……」

震える声で訴える男達に、中年女はきっと鋭い目を向けた。

「なんだい、田舎町だと思ってバカにして!こんな小さな子に乱暴するなんて、どこの馬鹿野郎だ!」


「お母さん、いきなり飛び出してどうしたの!」
パン屋の店先から、リアラが顔を覗かせる。その背後には店の中にいた客が数人。彼女は焼き上がったパンを店頭に並べていた母が、突然ディスプレイ用の麺棒をひっつかんで飛び出した事に驚いた顔をしていた。
そして、その母のスカートに縋って、弟のように可愛がっていた少年達が泣いていることにさらに驚いた。
「フィーちゃん、ディちゃん、どうしたの、何があったの!」
慌てて飛び出してきたリアラに、フィーとディがべそかき顔のまま訴える。


「僕たち、あのお兄ちゃん達にご挨拶しようと思ったの」
「そうしたら、ドンって押されてころんだの」
「まあ……なんて事…可哀想に…」
リアラは少年達を抱きしめた。出会った人間誰にでも挨拶をする癖のある子供達だ。いつものように近づいていきなり乱暴されて、どれだけショックを受けたのかと思うと、この見知らぬ男達に怒りが沸き上がった。
そうしているうちに、広場に面した場所にある他の店や作業所にいた者達も顔を覗かせる。


「なんだ、なんの騒ぎだ」
「まあ、フィーちゃん、ディちゃん、涙一杯でどうしたの!」
次々と集まってくる町の住人達に、男達は狼狽えた。
目の前には、麺棒を持った女が腕組みして睨み付けている。
筋骨たくましい男達まで集まってきて、茶髪と黒髪はすくみ上がった。
「町の子供に乱暴したってのは、お前らか」
顔にひきつれた大きな傷跡のある大男の詰問に、すくみ上がった男達は反射的に頷いた。


「どういう了見なんだ、え?見たところ、都会者みたいだが、てめえらみたいな青二才に適当にされて黙ってるほど、この町はふぬけ揃いじゃねぇんだぞ」

「ち、違う……」
茶髪は必死に首を振った。
「そ、その子達が俺達を変なところに連れて行こうとしたから…」
なんとかそう言って、今はリアラに抱きしめられている子供達を指さす。
途端に、正面の女が麺棒を振り上げて怒鳴った。


「なんて情けない!なんで、そんなすぐばれる嘘つくの!」
振り上げた麺棒の勢いに体を竦ませた男達を、リアラの母はさらに怒鳴りつけた。


「あんた達!さっきからそのベンチで飲んだくれたあげくに、居眠りしてただけじゃないの!」


男達は、リアラの母が麺棒で指し示した場所に咄嗟に顔を向けた。そこには、確かに彼らが飲んだビールの空き缶が数本落ちている。


「知らない土地に来て、酔っぱらって、羽目を外して失敗するなんて事は確かに誰にでもあり得るよ。でも、どうしてそこでごめんなさいが言えないの!いい大人が子供に乱暴なことして言い訳ばっかり……あんたらのお母さんが知ったら、情けなくて泣くよ…」
叱りつけていた女は、最後は本気で情け無さそうな口調になった。
おろおろとしる男達に、さらに追い打ちをかけるような鋭い女の声が響く


「そいつら、神羅のタークスだもの!人を陥れるのが仕事の連中なんだから、謝ったりするわけないわ!」

ユリアだった。怒りに震えた彼女は、男達を指さししてぴしゃりと断罪した。


「きっと今も神羅は世界の支配者のつもりなんでしょ!だから、どこで何をやっても構わないと思ってるのよ!」


「そ、そんな事はない!」
「俺達はそんな」
男達は完全に混乱し、おろおろと弁解を繰り返した。顔に傷のある大男が、渋い顔をする。


「そのスーツ、どっかで見たことがあると思ったら、神羅のアレか」
そう言って、大男は自分の顔の傷を指さした。
「俺は昔ジュノンの弾薬工場で働いてたんだ。納期を急かされ、人も機械も無理して働いて事故が起きた。俺はこの程度ですんだが、何人も死んだ。神羅は僅かな見舞金だけよこして工場を閉鎖。生き残った連中は全員解雇だ。工場長は申し訳ないと言って首をつって死んだよ。定年間近の、穏やかないい人だった。後始末をしに来た連中が、確か、それと同じスーツを着てた」
大男は顔色無くした男達に言い含めるように言った。


「神羅の今の社長ってのは、息子かい?得意そうにジュノンで就任パレードしてた奴。ミッドガル周辺に今も張り付いてる連中はしらんが、この辺りの人間はあいつらの今の言い分なんて信用しちゃいない。それだけ、あいつらは嘘をついてきたんだ。人の信頼を裏切り続けてな」
俯く男達に、顔に傷のある大男は優しく言葉を続ける。


「あんたら新米だろ。まだ、なんにも判ってない。まず、自分たちが着ているスーツがどういう意味を持ってるのか、そこから理解することだ。それから、この町から今すぐ出ていけ。俺達は、そのスーツを着て神羅を名乗る連中には寛容になれないよ」

男達はうなだれながら、自分たちの車が止めてある町はずれに向かった。そして、背後に町の人間の視線を感じながら車を発進させ、町を出ていった。


男達の車が完全に見えなくなったのを確かめ、リアラは子供達に言った。
「さ、私がお家まで送っていってあげるからね」


■□■


ジュノンに続く荒れた道を走りながら、茶髪は疲れた声で黒髪に話しかけた。
「……どうする?」
「どうも、こうも……これって、報告しなきゃいけないのかな…」
「なんて言うんだ!俺達、町の連中に叩き出されましたってか!」
「オレに八つ当たりをするな!」
そう言い合いを始めたときだった。
道の向こうに、ぽっかりと黒い渦が口を開けた。
「なんだ、竜巻か?」
「すいこまれる!!」
男達をのせた車は、まっすぐにその黒い渦の中心に飛び込んだ。
その中には恐ろしい光景が広がっている。
車のガラス越しにすがりつく亡霊の群。
さっき幻影で見たような恐ろしい形相連中が、てんでに口を開けて恨み言を彼らにぶつけてくる。


『しん……ら……』
『俺達の土地を返せ……返してくれ…』
『痛い、痛い……何が起きたの……?』
『ママ、ママ、どこ……ボク、怖いよ…』


フロントガラスが飛び散る血と肉片で埋まる。
ひときわ目立つのは血で象った小さな手形。幼い赤ん坊の手の大きさ。
男達は悲鳴を上げ続けた。


「助けてくれ!俺達は何もしらなんだ!!」
「母さん!助けてくれ!!」


恥も外聞もなく母の名を呼んで男達は泣き続けた。
気がつくと、周りが静かになっている。
男達は顔を覆っていた手を下ろし、おそるおそる窓の外に目を向けた。
外は真っ暗で、空には星が瞬いている。どこかの丘のような場所に車は止まっていて、遠目に町の明かりらしき物が見えた。


「……俺達の村だ……」


茶髪は呆然と呟いた。
そこは、カーム近辺にあるはずの、彼らが生まれ育った村だったからだ。
「どうして…そんな馬鹿な…」
黒髪も呆然となった。昼過ぎにジュノンエリアのあの町を出て、なぜ夜にミッドガルエリアまで戻って来られたのか。あの時間ならどれだけ飛ばしてもコンドルフォートまでたどり着くのが精一杯の筈だ。


理解できない状況に、2人は混乱しながら車を降りた。血と肉で覆われていたはずの車体は、砂と埃で白っぽく汚れているだけだ。「なぜ」と考えることにも疲れ、2人は漠然と見慣れた村の光を見下ろした。
街灯も少なく、家々の窓から見える明かりも多くなく、明るいとは言えない。
この村の小ささに息苦しさを感じ、彼ら2人は都会へと出ていった。
メテオ前も後もほとんど変わらない、穏やかで退屈な場所だ。
茶髪はしばらくその光景を眺めてから、呟くように言った。

「……俺、…家に帰るよ。そして鍛冶屋継ぐ……」
その言葉を受けて、黒髪も呟く。
「俺も帰る……そして、麦畑を大きくする……まっとうに働くよ……」
男達はその場で上着を脱ぎ捨てると、車をおいて徒歩で村に向かった。
家には真面目で融通が利かなく、一日中働くことしか考えていない両親がいるはずだ。
面白みはないけれど、決して人から後ろ指さされたり、嘘吐き呼ばわりされることのない生き方だ。得体の知れない憎しみをぶつけられることもない。
それでいいんだ、と男達は思った。
人の恨みを受けなければ進めない道を歩む覚悟など、欲しくない。



■□■


子供達と一緒に歩くリアラは、前方から長い銀髪の端正な男の姿を見つけ、ぽっと頬を染めた。
「フィーちゃん、ディちゃん、おとうさんだよ」
「おとーさんーー」
とととっと駆け出し、子供達は父親の長い脚に縋る。セフィロスは腰を屈めて、子供達の頭に手を置いた。
「妙な連中が来ていると聞いて、迎えに来た」
「あのね、押されてころんだの」
「それで、リアラおねーちゃんが送ってきてくれたの」
セフィロスは顔をリアラに向けた。彼女は顔を赤くしたまま、もじもじとスカートをいじっている。
「手間をかけさせたな。すまない」
「いいえ!フィーちゃんとディちゃんは何も悪い事してないんですもの!酷い目に遭わされて可哀想!あいつらはもう町から出ていったら、もう安心です!」
セフィロスは頷く。
「感謝する。皆にも後で礼をしなくてはな」
リアラは肩をすくめるようにして微笑む。
「気にしなくて良いわ。みんな、町を守りたいだけなんですもの」
そう言って、フィーとディの顔を覗き込む。
「それじゃあね。また、パンを買いに来てね」
「うん、行く!」
「ありがとう、リアラおねーちゃん」
リアラは子供達に手をふりながら戻っていった。
それを手を振って見送っていた子供達の襟首がいきなり摘まれ、セフィロスの目の高さままで持ち上げられる。
セフィロスはぷらんとぶら下がった子供達の目を見ながら、可笑しそうに聞いた。


「それで、お前達は何をしたんだ?」
子供達はにこっと笑った。


「なんにもしてないよーー」
「ただね。おかーさんが会いたくないかと思って、早く帰ってもらっただけ」
「ほう……」


セフィロスは目を細めながら質問を続ける。
「クラウドが会いたくないと、なぜ判断した?」
「だってね、おとーさんをさがしに来たんだもん」
「おとーさんがいなくなったら、おかーさん、泣くでしょ?」
「誰が来たところで、オレはクラウドから離れるつもりはないがな」
セフィロスは子供達を下ろすと、今度は自分が膝をついて目線を会わせた。子供達は真剣だ。


「でも、おかーさん、変な人が来て騒いだりしたら、きっと困っちゃうよ」
「僕たち、おかーさんが困ったり、悲しんだりするの、いやなの」
ディがぺしょっと顔を歪ませる。
「おふろに一緒に入った時ね。おかーさんの傷、見えたの」
「おかーさんはね、もう痛くないよ、平気だよって言ってたけど、もう傷が増えるようなこと、いやなの」
フィーも泣き出しそうな声で言う。
「僕たち、おかーさんを守りたいの」
「だから、変な人は近づけたくないの」
「…ああ、そうだな」
セフィロスは歯切れ悪く頷く。クラウドの身体には戦いで負ったたくさんの傷跡があるが、普段はそれほど目立たない。ただ、緊張したり風呂で温まったりすると、白粉彫りのように薄く赤い線が浮き上がってくる。
その中で一番目立つのが、右肩と鳩尾の傷。
セフィロスの正宗によってつけられた傷。


彼の手によって、クラウドは心にも体にも深い傷を負った。セフィロスのために、クラウドは故郷と母を失った。それをきっかけに親友を失い、生まれ持った身体を勝手にいじられ、記憶と時間を失った。そして支えてくれた少女も奪われた。  
そして今、セフィロスと暮らすために、クラウドは生死を共にした仲間達と絶縁状態になっている。
今の穏やかな生活は、クラウドが払った多くの犠牲の上に成り立っている。
もうこれ以上、ほんの僅かでも苦しめたくはない。


「オレは、クラウドに傷をつけるようなことは誰にもさせない」
そう力強く言い切ってから、セフィロスは口角をつり上げる笑みを作った。


「で、連中はどうしたんだ?」
「えーっとね。たぶん、お家帰ったんじゃないかなぁ」
ディが曖昧に答えた。
「帰してやったのか?」
そう意地悪く聞くと、フィーは無責任に答える。
「知らない。帰りたいところへ、帰りなさいって送ってあげたけど」
「ついたかどうかは、分かんない」
無邪気に言い合いながら、フィーとディは顔を見合わせた。
「まあ、いい。初めてにしては上出来だ」
そうセフィロスが言うと、子供達は得意げに笑う。
「僕たち、おかーさんが帰ってくる前にやらなきゃって、がんばったもの」
「ねー」
「そのクラウドだが、さっき連絡があった。あと30分くらいで町に戻ってくるそうだ」
「わーい」
「配達先で、お前達に土産を貰ったと言っていたぞ」
「やったーー」
と、子供達は飛び跳ねながら喜ぶ。
「早くお家に帰ろ!僕、コーヒー淹れてあげるの!」
「じゃあ、僕、ケーキ切って上げるの!ロールケーキ、作ったんだよね」
「ああ、今日はウータイ産の抹茶と小豆入クリームだ」
「わーい、お茶クリーム」
「お前達の方が喜んでいてどうする」
はしゃぎながら、子供達はセフィロスの手を引っ張る。
早く家に帰ろうと勇みながら振り向いた子供達と、セフィロスの視線が交わる。


『おかーさんはね、僕たちが守るんだよ』


魔晄の緑に染まる子供達の瞳の中で、縦長の瞳孔が輝いていた。





BACK NEXT TOP

-Powered by 小説HTMLの小人さん-