幸せ家族計画

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Ep8


フィーとディは、ご機嫌で町中をトットコ走っている。
行き先は焼きたてパン屋さん。ここのメープルシロップをたっぷり使ったワッフルが子供達の最近のお気に入りだ。
パンを一斤、丸いライ麦パンを4個のお買い物。お使いをきちんと出来るなら、おやつに一個づつワッフルを買っても良いと言われ、張り切っている。
いつも元気で楽しそうに走り回っているこの似ていない双子は、引っ越ししてきてまだ一年も経っていないのというのにすっかり町の有名人だ。人見知りせず人なつっこい性格のおかげで、いつのまにか出会った人全部が『お友達』状態になっている。
特に孫が町の学校に行ってしまって寂しがっている年寄り達には人気で、合うたびに可愛がられている。
あちこちで顔見知りの大人達に挨拶をし、さんざん寄り道をしながらようやく二人はパン屋にたどり着いた。
パン屋の看板娘は一人っ子で二人を弟のように可愛がるのと同時に、実は親たちのファンでもあった。20歳前後の年頃の娘から見たら、たとえ実質夫婦だと判っていても、美形の若い男を目の前にするとときめいてしまう。
看板娘のリアラはひょっとして親も一緒かと期待を込め、カウンターから身を乗り出すようにして、フィーとディを迎え入れた。


「いらっしゃーい!二人だけ?」
「あのね、おとーさんから、お買い物、頼まれたの」
「いつものパンをください!」
カウンターの上にコインと買い物袋をを置き、身を乗り出して注文を口にする子供達に、リアラはとろけるような笑顔になった。
「はい、いつものね。山型パン一斤、ライ麦パン4個、ワッフルふたつ」
そうすらすらと口にしたリアラに、フィーとディは尊敬の眼差しになった。
「すごーい、どうして、ワッフルも買うの判ったの?」
「いつものパンじゃないよ?」
「ふふふ、おねーさんのカンです。尊敬しなさい」
「うん、尊敬する!」「おねーちゃん、すごい!」
目をキラキラさせる子供達に、リアラは得意そうに胸を張った。実は、前に来たときに二人がセフィロスに強請っていたのを知っているからと、カウンターに置かれたお金がきっかりワッフルも含めた合計金額だったからなのだが。


「おやつ、食べてくなら、ミルク奢るよ。お店で食べてく?」
「おかーさんが帰ってくる前に帰らなきゃいけないから、お家で食べます!」
にこーっと笑いながら、フィーがお行儀よく言う。リアラはさらに笑顔を深くした。
「そっかー、それじゃ、急いで帰らなきゃね。あ、それと、持っていって欲しいのがあるの。すぐに持ってくるから、ちょっと待ってて」
そういうと、リアラは慌てて店の奥に引っ込んでいった。フィーとディは顔を見合わせる。
「持っていくのって、何?」
「ディ、この前に来たとき、帽子忘れなかった?」
「すぐに取りにきたもん!」
そんな事をワイワイ言い合っていると、封筒を持ったリアラが戻ってくる。
「はい、コレ。去年のカボチャ祭りの時の写真」
「写真?」
差し出された封筒を、子供達は首を傾げながら開けた。
中に入っていたのは、去年の秋のカボチャ祭りパレードの写真だ。
黄色いケープにカボチャのお面を付けた二人がタンバリンを叩いている所や、ステージの上で踊っている写真が入っている。
それから、前日の準備の時の写真。フィーとディを両肩にのせたセフィロスに、スープを配っているクラウドの写真もある。


「けっこう、綺麗に写ってるでしょ〜〜」
リアラがそういうと、子供達は嬉しそうに頷いた。
「フィー、変な顔してる〜〜」
「ディだって、変な格好してるよ」
写真を見ながらキャワキャワと笑い声を上げている子供達に、リアラは満足げな顔でパンを入れた袋を手渡した。


「お父さんとお母さんにも、写真、ちゃんと見せてね。はい、コレお買い物のパン」
「ありがとー、おねーちゃん」
「また来まーす」
そういうと、二人は来たときと同じようにトットコ駆けだしていく。
リアラは店から出ていく二人を見送りながら、ふっふっふと1人楽しそうな笑い声を上げていた。




大きなパンの入った袋をぶら下げながら、子供達は飽きることなくおしゃべりを続けている。
その手にあるのは、さっきリアラから貰った写真。
注意が完全に写真に向いているので、前をろくに見ないで歩く足取りは危なっかしい。
たまたま郵便物を取りに庭先に出ていた老婦人が、蛇行しながら歩く二人に気がついて声をかけた。
「フィーちゃん、ディちゃん」
その声に気がつき、フィーとディは足を止める。足早に近づく婦人に気付き、にっこりと笑いながらぺこんとお辞儀をした。
「こんにちは、アリスおばちゃん」
「はい、こんにちは。ご挨拶は良いけれど、パンが袋から落ちそうよ」
「あー」
フィーはぶら下げていた袋の状態にやっと気がついた。アリスがいうとおり、大きな山型パンが半分落ちかけている。
「落しちゃったら、おとーさんに怒られる」
「ワッフル、禁止って言われちゃうね」
「あらまあ、禁止されたら困るわねぇ」
不器用な手つきで元通りにパンをしまおうとしている子供達を見かね、アリスはきちんと袋の中にパンを収めてやった。


「よそ見してたら、危ないわよ。何を見てたの?」
「あのね、リアラおねーちゃんから写真貰ったの」
「フィーが変な顔、してるんだよ」
そうディがいうと、フィーはふくれっ面になった。
「ディだって、変な格好してるんだよ」
「あらあら、まあまあ」
アリスは差し出された写真を見て微笑んだ。カボチャ祭りのステージで、振り付けを思い出していたのか眉間にしわを寄せてるフィーの姿が映っている。その隣には、1人だけ左右逆の腕を上げているディ。確かに、ちょっと愉快な写真だ。
「一生懸命踊っているのがよく判るわ。素敵な写真ね」
誉められて、フィーとディは照れくさそうに笑った。

「おばちゃんの所にも、フィーちゃん達の写真があるのよ。わけてあげましょうか?」
「ほんと?」
「いいの?」
素直に喜ぶ子供達に、アリスはにっこりとなる。
「ほんとよ。その代わり、お約束一つしてくれる?」
「お約束、する」
「お約束、なーに?」
「今度また、おばちゃんのお家にお昼ご飯食べに来てちょうだい。おじちゃんも待ってるからね」
「おばちゃんのご飯、大好き!」
「絶対、行きまーす!」
これ以上ない嬉しいお約束に、子供達は大喜びで頷いた。




パンの袋と写真入の封筒を抱きかかえるようにして帰ってきたフィーとディは、家の前に止めてあるクラウドのバイクを見て駆けだした。
ほとんど突撃する勢いでドアを開け、家の中に飛び込む。
「おかーさん、お帰りなさーい!」
「ただ今。お前達もお帰り」
クラウドは飛びついてきた子供達を抱きしめた。朝に別れたばかりなのに、いつもながらの熱烈歓迎ぶりだ。可笑しくなって笑いながら、ただ今のキスをそれぞれの頬にする。
「……お前達、その前に、いう事があるんじゃないか?」
べったりとクラウドに抱きついていた子供達は、その背後から聞こえてきた低音にびくっとなった。
そこには冷たく目を尖らせたセフィロスが腕組みをしてそびえ立っていた。


「オレは、使いを目的にお前達を送り出したつもりだったが違ったか?」
「……違ってないです…」
「……お使い、行ってました…」
「まっすぐ行って、まっすぐ帰って来た割には、随分時間がかかっているな。パン屋が今日は大繁盛で100人くらい行列が出来ていたか」
「……セフィロス……大人げないよ…」
しゅんとなった子供達に回りくどいしかり方をするセフィロスに、クラウドは苦笑する。
「寄り道してました。ごめんなさい」
「ごめんなさいだから、ワッフル禁止はしないで」
殊勝な顔つきで謝るフィーとディだが、どうやら一番心配だったのは、雷を落されることよりおやつのワッフルをお預けされることだったようだ。その情けなくも真剣な眼差しに、セフィロスは説教を持続できずに低く笑い出す。
「お前達の食いしん坊ぶりには負けるな。手を洗ってからだぞ」
「はーい!」
ぱっと顔を明るくして返事をすると、ディはいそいそと封筒をクラウドに差しだした。
「なんだ、これ」
「あのね、リアラおねーちゃんとアリスおばちゃんから写真貰ったの!」
そう言うと、先に行ったフィーの後を追うように洗面所に駆け込んでいってしまう。
クラウドは首を傾げながら、封筒を開けた。それをセフィロスが横から覗き込む。
「写真だと?」
「……写真って…あ…」
クラウドは小さく掠れた声を出した。


封筒の中から出てきたのは、カボチャ祭りの時の楽しそうに踊っている二人の姿。前日の準備の様子。それから、冬至祭の時に屋台で何か買い物をしているフィーとディとセフィロス、そして若妻達に混じって飲み物を配っているクラウドの女装姿。
ろうそくの柔らかく儚げな灯りの下、女性達と同じ服を着たクラウドは所在なげで、落ち着かないのか不安そうな顔をしている。
セフィロスはその写真を手に取ると、じいっと見入った。
「……あんまり見るなよ。こんな写真撮られてたなんて気がつかなかった」
そう恥ずかしそうに言いながら、クラウドは別の写真を手にとった。


子供達を両肩にのせ、頼もしく落ち着いた笑みを見せるセフィロス。
真剣な顔で踊っている子供達。
大きなリンゴアメを、同じくらい真っ赤な頬でくわえている子供達。
どれも微笑みを誘う姿だ。
過ぎてしまった楽しい時間の記憶がまざまざと蘇る。
優しい眼差しでそれを眺めていたクラウドは、急にはっとなるとセフィロスに訴えた。


「俺、子供達の写真、一枚も撮ったことない!」
「……そうだったか…」
セフィロスも今更ながら気がついた。確かに――アイシクルロッジに住んでいた時期も含め、ただの一枚も写真など写したことがなかった。
「写真、撮っておけば良かった!雪遊びしてるところとか、始めて船に乗ってジュノンに来たときのと事か、すごく思い出になったのに!」
「写真が無くとも、思い出には違いなかろう」
「そういう事じゃなくて!写真があれば、あの時ああだったとか、こうだったとか、何十年もたった後でも話ができるだろ。特に、楽しかったときのこととか!」
今ひとつピンと来ない風のセフィロスに、クラウドはもどかしげにさらに話を続けようとした。が、すぐに足音を立てて駆け込んできた子供達の声に、話は中断となる。


「おかーさん、大きい声!おとーさんが悪い事したの?」
「おとーさんが意地悪したら、僕たちがお仕置きしてあげるよ!」
「誰が、意地悪をしたって?」
セフィロスはうんざりした顔で突っ込んだ。ただちに「おとーさん!」と二人揃った答え。
「お前達は、なんで何かあると、全てオレが悪いと思うんだ?」
「おかーさんは悪くないから」
「うん、おかーさんが大きい声出すときは、いつもおとーさんが全部悪い」
その決めつけっぷりにセフィロスは憮然とし、クラウドは困った風に眉を寄せて吹き出した。
「……あながち間違ってもいないけど…」
そうクラウドが呟くと、セフィロスは複雑な顔になった。心当たりが多すぎて否定できないらしい。その顔にまた吹き出しつつ、クラウドは子供達を宥めるように言った。
「ちょっと話をしていただけだよ。それより、ホットレモネードを作ってやるから、おやつにしよう」
「わーい」
「いただきまーす」
テーブルにつき、早速袋から取りだしたワッフルを手ににんまり笑う子供達を見ながら、クラウドはセフィロスに目配せした。
「話の続きは、後でな」




子供達を寝かしつけてから、クラウドは改めてセフィロスと向き合った。すると、クラウドが口を開きかける前に、セフィロスが先んじて声を出す。
「確かに、お前が憤るときは、大抵オレが悪い。それは自覚がある。だが――」
「は?」
突然何を言いだしたのかと、クラウドはポカンとなった。
「出来るだけ、お前が望むようにしたいという意志はある。だから、不満があるなら、ハッキリと言って欲しい」
「……不満は……無いけど、突然なに?」
クラウドは本気で怪訝そうになった。突然、何を言い出すのだろう。
「フィー達が、お前が怒る時はオレが悪いと言ったとき、間違ってはいないと言っていただろう?」
「……うん、まあ、それは言った。今までいろいろあったし」
なんとなくセフィロスの言いたいことが理解できて、クラウドはおかしくなった。
「でも、今のあんたに不満なんてない。時々もどかしくはなるけど」
「もどかしい?」
眉根を寄せ、真剣に聞こうとするセフィロスが、クラウドは愛しくなった。なんでも出来て、なんでも知ってる男だと下から見上げて憧れていた頃には思っていたが、こうやって正面から向き合ってみると、なんて可愛い男なんだろうと思う。
英雄時代には縁遠かった普通の家庭生活を、大急ぎで経験している最中なのだ。ピントはずれの反応をするのも当然だと思う。


「あんた、写真がなくても思い出には変わりないって言っただろう?確かに変わりはないけど、でも、普通、時間が経つと薄れていったり、忘れてしまったり、違って覚えていたりすることも多い。人の記憶って、本当に曖昧で不安定な物なんだ」
そう言うクラウドの言葉には重みがある。
実際に自分を見失い、他人の記憶をなぞり、己を人形であると思いこみさえしたこともあるクラウドだ。記憶の曖昧さをいやと言うほど知っている。


「でも、写真は違うだろ?こうやってフィルムに焼き付いた写真は真実だ。ほら、ディが振り付けを間違えていたなんて、見ていたときには気がつかなかったような事も映し出されている。フィーがこんなに一生懸命踊っているなんて、見てるだけで微笑ましい気分になる」
セフィロスが黙って聞いている前で、クラウドは目を細めて微笑む。
「20年位経ってあの子らが大人になって、こんなダンスを踊ったこと自体を忘れる日が来ても、この写真を見ると思い出すよ。あの時は、一生懸命だったなって」
クラウドは顔を上げて、まっすぐにセフィロスを見つめて言った。
「あの子達の子供時代をまったく知らない将来のお嫁さんや子供達だって、これを見たらどうやって育ってきたのかが、きっとよく判る」
そう言ってにこっと笑ってから、クラウドは真剣な目になった。


「俺、あんたと大空洞で戦って、あんたが消えてしまった後、本気で後悔したことがある。戦った事じゃなくて、あんたと一緒に過ごしていた頃の写真を、一枚も残していなかったことだ」
「オレの写真?」
「そう、あんたの写真。俺と一緒にいた頃の、笑ったり、拗ねたりした顔の写真。残ってるあんたの写真ったら、神羅の広報用ライブラリに残ってた英雄としての顔だけだ」
クラウドはあの時の絶望的な気分を思い出して、少し唇を奮わせた。
「あんたの、英雄じゃないセフィロスの顔を知っているのはこれでもう俺だけだと思って。ああ、俺が死んだら、もうあのあんたを知っているのは誰もいないんだと思って、すごく後悔した」
真剣な顔で口を挟むことのないセフィロスの頬に、クラウドは手を添える。
「俺、今度はちゃんと残しておきたいよ。あんたがどんな顔で笑って、時には大人げない事もして、すごく人間的で魅力的な男だったってさ」
「……そうか」
セフィロスは小さく頷くと、クラウドの頭を抱き寄せた。


「正直、オレには今もよく判らない。オレはあの頃のお前の顔をよく覚えている。小さくて、いつも懸命に何かを得ようともがいて、そしてオレの後を追ってきた姿を」
クラウドは腕の中から僅かに顔を上げ、自分を真摯な目で見下ろしている男の顔を見る。
「だが、お前が望むのなら、それはおそらくオレが覚えるべき感情なのだろう。明日にでもカメラを購入してこよう。写し出された写真をゆっくり眺めてみれば、オレにも何か感じられるかも知れない」
「そうしてくれ」
クラウドはセフィロスの胸に顔を押しつけて、そう呟いた。今はこれで十分。いつか、きっとセフィロスにも理解できるだろう。大切な記憶とともに過去を愛おしむという感情を――。




翌日、4人揃って、町でただ一軒の写真屋に行ってカメラを購入した。素人にも上手にピントが合わせられるというカメラをクラウドが選んでいる間に、セフィロスはなぜかデジタルカメラを自分用に購入し、ついでにと言って、写真プリント専用のプリンターまで買い込んでいた。
どうやら説明を聞いているうちに、写真というよりデジタル加工の方に興味が出てきたらしい。
好奇心旺盛な少年のようなセフィロスの姿に、クラウドは自分が間違っていないと確信した。出来上がった写真を見るたびに、セフィロスは思い出すはずだ。撮影したときの状況を。そしていつか、そういった光景そのものを懐かしいと思う日が来るに違いない。
そう思ってさらに数日後、取り貯めた数本のフィルムを現像に出し、出来上がりを取りに行った日のこと。
「はい、出来てますよ。それにしても、仲のいいお父さんとお母さんで良いねぇ」
と言いながらフィーとディに写真の入った袋を渡してくれた写真屋の言葉に、その時のクラウドはなんの疑いも持たず、むしろ嬉しい気分になった物だ。
それを激しく後悔したのは、僅か数十分後。




「おとーさん、写真、出来たんだよーー」
袋を振り回しながら子供達が家に飛び込むと、セフィロスがちょうど自室から出てきたところだった。
「そうか。オレの方も、ようやく全部プリントアウト完了だ」
上着を脱ぐのももどかしく、全員でリビングのソファに陣取り、それぞれ出来上がった大量の写真をテーブルに乗せた。
クラウドが写したものは、文字通り、平和で賑やかな日常そのままだ。


朝、元気に学校に向かう子供達の後ろ姿や、家の手入れに励むセフィロス。 散歩の時に見つけた木々の新芽。朝露をこぼしかけた若葉。美しい町の光景。
子供達は自分たちのたくさんの写真に嬉しそうだ。きゃっきゃっと笑いながらめくっていく。
それを眺めているセフィロスに、クラウドは声をかけた。
「あんたが写した写真は?」
「ああ、これだ」
そういって差し出された束の一枚目を見た瞬間、クラウドは吹き出した。
「なんだよ、これ!」
そこに写っていたのは、家よりも大きくなったドラゴン着ぐるみパジャマを着たフィーとディが、森をのし歩いている写真だ。
さらにその次には、マフィンをかぶりついている小鳥サイズの子供達が、町のパン屋の看板の上にちょこんと座っている写真。


「あんた、こんなの作ってたのか?」
「うわーー、僕たち、ドラゴンになっちゃった!」
「パン屋さんの上に、巣、作ってるーーーー!」
子供達も一緒になってケラケラ笑っていると、セフィロスがにんまりと笑った。
「合成を試してみたら、意外と面白かった」
「そりゃ、面白いだろ」
笑いながら、クラウドはまた次の写真に目を向ける。
合成の素材用とおぼしき大量の風景写真の後に出てきたのは、食料貯蔵庫でこっそりアップルジャムのビンを嘗めている子供達の姿。


「あ!妙に減るのが早いと思ってたんだ!」
そうクラウドが言うと、子供達はぴゃっとセフィロスの背後に隠れた。
「ごめんなさーい、おかーさん」
「ちょっとだけ、のつもりだったんだよー。ほんとーだよ」
セフィロスを盾に言い訳する子供達に、クラウドは大きくため息をつくと他人顔のセフィロスを睨み付けた。
「あんた、写真撮ってる暇があるなら、なんで、つまみ食いを注意しないんだ!」
「注意しないといけなかったのか?」
「駄目に決ってるだろ!」
「そうか」
セフィロスは背中に子供達を張り付かせたまま、曖昧に頷いた。絶対に理解してない!と、少々渋く思いつつ、クラウドはまた次の写真を見る。
その瞬間、真っ赤になって大声を出した。


「あんた!これ、いつの間に撮ったんだ!!」
その剣幕に隠れていた子供達が顔を覗かせ、クラウドの手元を見て歓声を上げた。
「ルイのおにーちゃんが、おとーさんの引き出しから見つけたって言う本に載ってたおねーさんと似てるーー」
「これ、『せくしーしょっと』って言うんだよね!」
「どこでそんな言葉を覚えたんだ!」
クラウドは真っ赤な顔のまま、慌てて手元に写真を抱え込んだ。
その写真に写っていたのは、クラウドが寝起きの寝ぼけ顔で枕を抱いているところや、着替え中の背中が半分見えているようなところや、エプロンをつけて食事を作っているところ。
それが妙にエロいアングルで、自分で見てもやけに色気を感じさせる仕上がりになっている。


「あんた、これ、加工しただろ!」
「いや、何もしていない」
クラウドが詰め寄ると、セフィロスはまじめな顔で否定した。
「嘘付け!これ、肌の色とか、顔つきとか、絶対に修正してる!」
「いや、何もしていない。その通りだ。その証拠に、オレは毎朝困るほど元気になる」
真顔で言うセフィロスに、クラウドは絶句する。その二人の顔を見ながら、ディが無邪気に訊ねる。
「なんで、元気になると困るの?」
「オレが元気になると、クラウドが疲れるからだ」
「どうして、おとーさんが元気だと、おかーさんが疲れるの?」
と、これは本気で不思議そうな顔をしたフィー。
「それはだな……」
「って、何をあんた、真面目に応えてるんだーーー!」
クラウドは急いでセフィロスの口を塞いだ。
「もう、これはいい。没収だ!」
「良い出来だと思ったのだが」
「こんな盗み撮りみたいな写真、却下だ!」
クラウドは赤い顔のまま、プンスカしながら自分の妙にエロい姿が映っている写真を袋の中に突っ込んだ。


「おかーさん、キレイだったのにー」
「僕、学校持っていって見せようと思ったのに」
「見せなくていいんだ!」
いたたまれない気分で言うと、クラウドは自分が撮った写真の方を取り上げた。そして、ちょっとだけ困った顔をする。
実はクラウドもセフィロスを盗み撮りしていたのだ。
セフィロスが料理をするときの手つきはとても優雅で美しいと思うし、パソコンを使っているときの眼鏡越しの眼差しはとても理知的でクールだ。
本人も無意識だと思われるそれらの仕草を、どうしても写真に残したかったのである。
だが――。


「……なんで、全部カメラ目線?」
こっそりと写したつもりのセフィロスの写真は、全てがカメラ目線で写っていたのだ。これにはクラウドは本気でがっかりしてしまった。
「……気がついていないと思ったのに」
「お前の視線をオレが気付かないとでも思ったか?」
写真を手に肩を落してしまったクラウドに、セフィロスは笑いながら問いかける。
「……前に集中してると思ったんだ」
「集中していても、お前の気配を感じると、つい姿を目で追ってしまう。気付かない筈がない」
セフィロスの甘いセリフに喜んでいいのかどうか微妙な面もちで、クラウドは次の写真を手にした。
それを見て、クラウドは「あ?」と声を出す。セフィロスも横からその写真を目にし、クラウドと同じ声を上げた。
「これ、あんたも気がついてなかったのか?」
「まったく気がつかなかった」
セフィロスも半ば驚いた顔で、クラウドが持っているのとはまた別の写真を手に取る。
それは、セフィロスがクラウドにキスをしている写真だった。


朝のおはようのキス。出かける前と、帰ってきてからの挨拶のキス。そして、お休みのキス。
それが何枚もあるので、これだけ見てると一日中キスしているかのようだ。
「写真屋のおじさんが仲がいいって言ってたのはこれを見たからか……」
クラウドは写真を見ながら、脱力してソファの背もたれに寄りかかった。
「写真屋の店主に見られたのか?」
「そりゃ、これ、俺のカメラで写した写真だから。現像を頼んだんだ」
そう言いあう二人の前で、フィーとディが得意そうに笑っている。


「上手に写ってたでしょ?」
「僕たちね、急いでカメラ構えて撮ったんだよ」

えへへーーっと、ニコニコ笑う子供達を、思わずセフィロスとクラウドは揃って見つめてしまった。
セフィロスは間近でシャッターを切られたのに気がつかなかったことに、軽くショックを受けているようだ。昔からファインダー越しの視線には敏感だった。広報に必要とされる写真以外は、絶対に写させないほどだったからだ。


「上手に撮れていたのは確かだけど……」
クラウドは困り顔で二人に宣言した。
「キスしてる写真を黙って撮るのは、禁止だ」
「えーー、どうして?」
「おかーさん、ニコニコしててキレイなんだもん」
「綺麗なんだもんって……」
ちょっと困り顔のクラウドの隣で、写真をじっと見ていたセフィロスは納得顔で頷いている。
「確かに、言いたいことは分かる」
セフィロスのキスを額や頬に受けているクラウドは、心の底から幸せそうだ。柔らかく細められた目や微笑みを浮かべた表情など、何時間眺めていても飽きないだろうと言う気がする。


「ねー、そうだよね」
「また、写真撮ってもいいよね」
勢い込んで言う子供達に、クラウドは慌ててしまった。こんなキスしている写真を何枚も他人の目に触れさせるのは、恥ずかしすぎるからだ。
頬を赤くしておろおろしているクラウドの様子にそれを察したセフィロスは、父親らしく威厳に満ちた口調で子供達に告げた。


「家で現像できるようにしよう。これならば、他人に見られることはない」


「やったーーー!」
「じゃーねーーー!僕、お風呂でも写真撮る!」
「ちょっと待て!違うだろ!」

あせって止めようとするクラウドそっちのけで、3人は早速暗室をどこに作り、写真の現像に必要な道具はなんなのか調べにかかっている。



……なぜに、家の中でセクハラ盗撮まがいの写真に脅えなければいけないのか。



やたらと楽しそうな3人の姿に、クラウドは大切な愛おしい記憶どころか、恥ずかしい消したい記憶を大量生産しそうな予感に襲われていた。






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