Ep7
この地方にしては珍しいほどの雪が降った日。
翌朝、一面の銀世界を見て子供達は大はしゃぎだ。
「おかーさん、雪!」
「おかーさん、まっしろ!」
興奮で頬を赤くしてはしゃぐ様子は実に子供らしくて微笑ましいのだが――。
「その前に、着替えをしろ」
パジャマ一枚のままで開け放した窓から身を乗り出す子供達を、クラウドは室内に引っ張り入れた。窓を閉めながら、少しだけ怖い顔を作ってみせる。
「顔を洗って、着替えして、朝ご飯を食べて、遊びに行くのはそれからだ」
「えーー!早く行きたい!」
「おとーさぁんーーーー!」
子供達はクラウドの脇をすり抜け、セフィロスのもとへと走っていく。クラウドは額を抑えつつ、後を追った。セフィロスの方がお強請りに弱いことを、子供達は経験上知っているのだ。
案の定、ダイニングで新聞を読むセフィロスの膝にすがり、子供達は「早く外へ行きたい」と強請っている。
「セフィロス、甘やかすなよ」
と、一応言ってみるが、期待たっぷりの二組の目に見上げられたセフィロスは、
「着替えをすませたなら、朝飯が出来るまでの間、先に遊ばせてもいいんじゃないか?」
等と言っている。
「わーい!」
「お着替え、してくる!」
セフィロスの言葉を聞いた瞬間、クラウドの許しも待たずに子供達は自室へ駆け込み、普段からは想像できないスピードで着替えをして飛び出してきた。
「フィー、ディ!手袋と、マフラーも!」
もこもこのジャケットを着込んだ小さな身体が外へと一目散に駆けだしていく。クラウドは慌てて手袋とマフラー片手に後を追った。気持ちはもう雪遊びに飛んでいる子供達に無理矢理マフラーを巻き付け、呼んだらすぐに帰ってくるよう言いつける。
「はーい」と、返事だけは元気だが、どこまで話を聞いているのやらと、クラウドは頭をふりながら家に戻った。
新聞の続きを読んでいたセフィロスが顔を上げ、目が合う。クラウドは少し渋い顔を作った。
「あんた、本当に強請られると弱いよな」
「……普段より、1時間も早く起きてきたんだ。朝飯の支度もまだなわけだし…」
言い訳がましく言うセフィロスに、クラウドは冷たく言う。
「朝飯が出来たって呼んで、帰ってくると思うか?そもそも、声の届くところにいるとでも?」
「どういう事だ?」
本気で理解できないでいるセフィロスに、クラウドはため息をつく。
「あんた、俺よりも遙かに記憶力いいくせに、覚えてないのか?ほら、アイシクルロッジにいた頃の」
「……ああ」
アイシクルロッジと聞いて、セフィロスは一つ思い出した。
「あの時、大変だったよな。雪遊びに夢中になった子供達の集団迷子事件」
「……ああ、そうだったな…」
「呼んでも帰ってこなかったら、あんた、責任もって迎えに行ってくれよな」
「ああ、わかった」
苦笑しながら返事をするセフィロスに満足げに笑いかけ、クラウドは朝食の支度のためにエプロンをつける。
手慣れた仕草で卵を割る様子を眺めながら、セフィロスは話に出ていた「子供達の集団迷子事件」の顛末を思い起こしていた。
■□■
アイシクルロッジはスキーやスノーボードと言ったウィンタースポーツで有名な場所で、メテオ以降、多少不便になったとはいえ、それでも観光客は大勢やってくる。
そう言った観光の目玉として、また、地域の厳粛なお祭りとして、冬至祭の頃には様々な雪のモニュメントが多く作られる。
子供達もまた、年代別にいくつかのグループを作り、それぞれ工夫を凝らした雪像を作る。
フィーとディも最年少である10歳以下の子供達のグループに混ぜてもらい、年長の子供リーダーの言うままに、せっせと雪像造りに精を出していた。
ちまっとした可愛らしい、だが実のところ、何を象ったのか理解不可能な自称トリックプレイやジャンピングの像。
それらが町のあちこちに置かれ、年長の子供や大人達の作品とは違う造形に、観光客も地元の者もみな心を和ませていた。
だが、そんな中、一握りの人間だけが浮かない顔でため息をついている。
濡れた子供達の服の始末をする、母親達である。
大きくて立派な物を作ろうとう意気込みだけは立派でも、子供は子供。1人飽きると次々とそれが伝染し、あっという間に雪遊びに変わってしまう。
フィーとディはただでも白くて冷たくて綺麗で痛い雪に連日大興奮という有様だったので、毎日毎日クラウドが迎えに行くまで遊びっぱなし。濡れてもお構いなしという状態だったので、1日何度着替えさせていたか解らない。
「……乾かない」
家の中一杯に張り巡らした綱に旗のように下がった子供服の山を前に、クラウドは呻った。
何しろ、朝に濡らし、昼に濡らし、そして夕方までにまた濡らしで、雪遊びで濡れた服を日に三回は着替えさせているのである。それが二人分だから、1日に6着は洗濯物が出る。あちこちの家からお古を譲り受け、毎日毎日そのつど洗濯して、それでも着替えが間に合わないという有様だ。それにプラスで大人の分もある。天候は安定していないので外に干すことも出来ず、乾燥機などという便利な物もなく、家の中は生乾きの洗濯物だらけだ。
クラウドは本気で困っていた。
「……宿屋の乾燥機はフル回転だし、貸してもらえる時間、あるかな…」
「わーい、おとーさんのセーター」
「わーい、おかーさんのセーター」
替えの服が間に合わず、今、子供達は大人用の大きな服をあちこちまくって留めた状態で着ている。その上でさらに裾をからげて走り回っているが、セフィロスのセーター着ているフィーは時々長すぎる裾をふんで転んでいる。
「……昨日の昼に洗ったのは、大体乾いたみたいだけど、……この調子じゃ、本当に替えの服が無くなってしまう……」
クラウドは深々とため息をついた。何しろ、簡単に服を買いそろえるほど金銭の余裕がない。防寒着やブーツ、帽子といった冬支度をするのでギリギリだったのだから。
「洗濯物を乾かす、便利な魔法ってないのかな…」
ついそんな事をぼやいてしまうクラウドに、セフィロスは苦笑する。
「そんなに悩まなくとも、明日は吹雪だ。いくらあいつらでも明日は外へは出られまい」
「え?ほんと?」
クラウドは窓ガラス越しに外を覗いてみる。夜空は厚い雪雲に覆われ、灰色に見える。
「……そうか…1日あれば、これも大体乾くな……」
「納屋から、もう少し薪を運んでおく。明日は相当冷えそうだ」
セフィロスはそう言って家の裏手にある納屋へ向かう。
「お前達は、もうお休み」
クラウドは子供達に声をかけた。「はーい」と返事をした子供達は、ベッドに潜り込むと顔を寄せてくすくす笑いながら言葉を交わした。
「明日はねーアレ、作るんだよねーー」
「楽しみだよねーーー」
翌日は、セフィロスが言ったとおり吹雪だった。
雪は普段から降っているとはいえ、子供達は初めて見た猛吹雪に玄関先で固まっている。
「何してる。ほら、ドアを閉めて」
クラウドがドアを閉めると、呆然としていた子供達は口々に騒ぎ出した。
「あのね、前が見えないの!」
「びゅーびゅー言ってる!びゅーびゅー!」
「吹雪だからな……外に出るんじゃないぞ。もう足下もろくに見えないし、お前達の身体なら風に飛ばされてしまう」
「かぜ?お空飛ぶの?」
「風に乗って、フィー達、お空飛べるの?」
「飛ばされたら、どこへ行くか解らないぞ……ほら、もう手が冷たくなってる」
くすっと笑うと、クラウドは冷えた二人の手を自分の両手で包んでやった。
「おかーさんの手、あったかーい」
「気持ちいーい」
フィーとディは嬉しそうにコロコロ笑う。
「ストーブの前で、ちゃんと暖まるんだ。今日は大人しく家で絵本でも読んでろ」
そう言って、クラウドが子供達を家の奥へ連れて行こうとした時だった。鋭い風の音に混じって、ドアをノックする音がする。
クラウドは首を傾げた。こんな天気の日に誰だろう。
ドアを開けると、風に煽られ半分よろけた雪だるま状態の町長が立っていた。
「こんな日に突然すみません……旦那さんはいましたかね?」
ニコニコと愛想よく町長はいうが、クラウドは一瞬呆気にとられてしまった。
「……旦那さんって……セフィロスのことですよね…」
その質問に、町長ははっとしたようだった。
「あ、べ、別にクラウドさんが奥さんだって、そう言いたい訳じゃないですからね…あはは」
わざとらしい笑い声を町長は上げる。
「……いえ、セフィロスならいますから…」
家の中へ招き入れながら、ちょっと情けない気分でクラウドは言う。下で本の整理をしていたセフィロスが気がついてやってくる。
「どうした、何か用か」
「ああ、よかった。実は、町の北側の防雪柵が夕べのうちにあちこち壊れてしまって。早急に修理が必要で男手を集めてたんですよ。来てもらえませんかね」
「ああ、わかった」
頷いてセフィロスがコートを取りに行くと、町長は寒そうに震えながらクラウドににっこり笑いかけた。
「旦那さんが修理に出ている間、クラウドさん、うちに来ませんか?ちょうど女房が若い嫁さんや娘達集めて、新年用の新しいキルティングのベッドカバー作りしてるんですよ」
「……あの……俺にもベッドカバー作りに参加しろって事ですか?」
「新しいカバーはいいですよ〜〜新鮮な気持ちになれる…」
そこまで言ってから、町長はまたはっとしたような顔になった。
「い、いえ、別にクラウドさんが若い嫁さんだって言ってるわけじゃないんですよ〜〜〜」
いや、男手が必要と言ってセフィロスだけ迎えに来てたり、十分嫁さん扱いしてるじゃないかと言いたいところだが、町長だけではなく町全体がそんな扱いなので、悔しいが今更文句を言うのも憚られる。これはフィー達が「おかーさん」と呼んでるせいなのか、それとも、下手をすると10代にも見られかねない童顔のせいなのか、悩み所だ。
そうしているうちに準備を整えたセフィロスまでが「ミルダ夫人の家に行っていた方がいい」などと言う。
「そうそう、その方がいいですよ。フィー君もディ君も家の中にいたら身体もてあましちゃうでしょ?お母さんについて子供達もけっこう来てるから、遊ぶのにちょうどいいですよ〜」
と、町長はあくまで愛想がいい。
「あそぶーあそぶー」
「ミルダおばちゃんの家、いくーー」
子供達がクラウドの服にすがってせがむ。これでは、断る事も出来ない。
「それに、乾燥機も使えますよ。カバー造りながら、順番に洗濯物乾かしてるんです。クラウドさんの所も、乾かない洗濯物で大変でしょ」
これがだめ押しになった。
「……解りました。それじゃ、お邪魔してます」
「そうして下さい。ミルダはフィー君とディ君が来るの、楽しみにしてましたから」
外へ出ていく町長に続き、セフィロスも外へと出ていく。
「気を付けて」
クラウドがそう声をかけると、軽く背を屈めたセフィロスがその頬に口付ける。
「お前も。足場が悪い。子供達を連れて行くときは注意しろ」
「わかった」
町長とセフィロスが出ていくと、クラウドは一つため息をつき、子供達に向き直った。
「……さ…上着着て。出かけるぞ」
吹雪の中、二人の子供を小脇に抱え、洗濯物の入った篭を背負ったクラウドが訊ねていくと、ミルダは大喜びで迎えてくれた。
「おばちゃん、こんにちは〜」
「いらっしゃい〜〜ちょうど今、腕の長い人が手伝ってくれないかって話してたの。よかったわ。フィー君、ディ君、うーん、いつも可愛いわね」
やっぱりベッドカバー作りを手伝わされるんだなと、クラウドは覚悟を決めた。ミルダ夫人は子供達をリビングに案内する。暖炉の火で心地よい室温を保っている部屋の中では、5人ほどの先客がいた。
「あー、フィーとディも来たのか」
一番年長の少年が立ち上がって、駆け寄ってきたフィー達を迎える。雪像作りの年少組リーダーの少年だ。
「この子、私の甥っ子なのよ。妹の子なの。ノブ、それじゃ、私たち仕事続けるから、みんなのこと、見ててね」
「わかったー」
「それじゃ、フィー、ディ、ちゃんといい子にしてるんだぞ」
「クラウドさん、乾燥機はあと二時間くらいで空くから、そしたら使ってね」
「ありがとうございます」
そんな事を話ながら、クラウドがミルダに連れられていってしまうと、ノブは興奮した顔でフィーとディに言った。
「なあなあ、あれ、おまえらのとーちゃんだろ?すっげー、家の母ちゃんより美人だ」
「違うよ、おかーさん」
その返事を聞いて、ノブはちょっとだけ首を傾げたが、それ以上気にしないことにしたようだ。コソコソと手招きし、部屋の中へいた他の子供達も呼び集めて小声で話を始める。
「雪が凄いから、外行くの駄目だって言われたんだ。せっかく、いい場所見つけたのに」
「きょうはー、おっきな恐竜さん、つくるんだったよね」
「アレ作ったら、絶対、みんなビックリしたのに」
昨日、鬼ごっこの最中に、子供達は積もった雪でぱっと見ブラキオレイドスに似ている低木を見つけたのだ。高さも年長の子が背伸びすれば上まで届くくらいで、これを整えて立派な恐竜を作ろうと昨日計画を立てていた。
「この雪じゃーいけないよなーー」
「行っちゃ駄目って言われたよ」
「外、寒いからって」
少年達が吹雪を悔しがると、少女達は大人びた口調でそれを戒める。
「ちぇ」
と、ノブは舌打ちをした。どれだけつまらなくても、吹雪の日に外で遊ぶわけにいかないのは承知してるので、少年達はストーブの前でスゴロクを始める。小さいフィーとディは少女達の格好の玩具だ。髪を三つ編みされたりリボンを付けられたりと好き勝手されてるが、クッキーやジャムの付いたクラッカーで懐柔されたフィー達はなすがままだ。
そうやってしばらくは大人しく遊んでいたのだが、ふと窓の外に目を向けた少年の1人が大きな声を上げた。
「雪、止んでる!」
ノブは急いで窓際に行くと、大きく窓を開けた。
「すっげー、雪止んでる!」
「恐竜、作れるよ!」
「いそいで、いこ!」
少年達がばたばたと動き出すと、少女達が困り顔をした。
「今日は、大人しくしてなさいってお母さんが言ってたよ」
「そうだよ」
「うるさいなー、じゃあ、女の子達はここにいろよ。おれたちだけで、作るから」
少年達は慌ただしく上着を着込み始めた。それに釣られ、フィー達も立ち上がる。
「フィーちゃん達は待ってようよ」
少女達が止めると、少年達が隣に来て偉そうに言う。
「フィー達だって男の子だから、一緒に行くんだ」
「待ってるのは、女の子だけだぞ」
「僕たち、女の子じゃないもん!」
「一緒、行く!」
フィーとディがそう答えると、ノブ達は満足そうに頷いた。
「よし、じゃ、行くぞ」
「お前達、かーちゃん達には黙ってろよ!」
そう言って飛び出していく少年達を見つめ、少女達は不安そうに目を見交わした。
裁縫箱を片づけ、ミルダは焦った顔で時計を見上げた。時計の針は、とっくの昔に昼を回っている。
「急いで昼食作らなきゃ。子供達がお腹空かせてるし、亭主達も帰ってくるわ」
「大変、大変」
広げていた布や綿をひとまとめにし、女達が慌ただしく立ち上がる。
「クラウドさん、とりあえず、子供達の部屋にマフィンとワッフル、持っていってくれる?何か口に入れておかないと、きっと、死にそうなくらいに騒ぎ出すわ」
ミルダに言われ、クラウドは台所に置いてあった菓子をトレイに乗せ、リビングに運んでいった。ドアを開けてみると、中にいるのは少女が二人だけ。
「……あれ…?他は?」
トレイをテーブルに置きながら聞くと、少女達は戸惑うように「外……」「雪が止んだからって、行っちゃった」と答える。
クラウドは外を見た。
「雪……降ってるよ…」
すっと背筋が冷えるのをクラウドは感じた。大粒の雪はまださほど激しくないが、山の方から厚く黒い雲が広がってくる。一時雪が止んだのかは確かだろうが、すぐに吹雪きだすのは目に見えていた。
「どこに行ったって?」
無意識に問う声が大きくなった。少女はびくりと肩を振るわせる。
「君たちを怒っているわけじゃないんだ。雪が激しくなる前にあいつら迎えに行かないと…。どこに行ったか、教えてくれないか?」
「あ、あのね……北の林の奥……」
「ありがとう。迎えに行ってくる」
クラウドが慌ただしく上着を羽織っていると、ホットミルクを持ってきたミルダが驚いた。
「どうしたの?」
「男の子達が外に遊びに行っちゃったらしくて。迎えに行ってきます」
それを聞いてミルダも慌てて外を見た。彼女の目の前で風は強くなっていく。
「……まあ、大変…急がなきゃ」
ミルダが震える声で呟く。
「北の林の奥だそうだから、行ってきます」
「気を付けて」
青ざめながらミルダはそう言った。
クラウドが町の北の外れにある林に向かううちにも雪は激しくなり、見る見るうちに視界が塞がれていった。街路に人通りはない。目を細めて出来るだけ急いで進むクラウドの前に、ぼんやりと霞むように人影が映る。
「フィー、ディ?」
クラウドは必死に声を出した。子供達が帰ってきたのかと思ったのだ。
「クラウドか、どうした」
返ってきたのは、聞き慣れた男の声だ。
「セフィロス」
目の前に現れた集団は、柵の修理に行っていた男達だ。町長を初めとした数人の大柄な男達がセフィロスと共にクラウドの前に集まってくる。クラウドは周りの目も忘れてセフィロスに飛びついた。
「セフィロス、子供達、見なかったか!」
「いや?子供達がどうしたのか?」
クラウドの様子が普段と違うことに気づき、セフィロスの声も真剣みを増す。
「ミルダさんちにいた男の子達が、雪が止んだ時に北の林にに遊びに行っちゃったまま、帰ってきてないんだ!」
男達は顔を見合わせた。ミルダの家に集まっていたのは、殆どが補修作業に駆り出された男達の家族だったからだ。
「そりゃ、大変だ。今前を通ってきたが、林の方はもうひどい吹雪だ」
「子供達の姿は見なかったぞ」
口々に言う言葉を聞いているうちに、クラウドは不安が酷く高まるのを感じた。
「早く迎えに行かなきゃ……帰り道が解らなくなってるのかも」
クラウドは蒼白になってそう言った。声が震えているのが解る。セフィロスは安心させるようにその背を軽く叩くと、今戻ってきたばかりの方向を睨んだ。
「探しに行こう」
男達が全員頷いた。
「……寒いよ」
「ここ、どこ……?」
林の中で大木の虚の中に固まり、子供達は不安にしゃくり上げていた。
目を付けていた木に雪を足したり削ったりとしているうちに、いつの間にか雪合戦になり、林の中を走り回っているうちに吹雪になって、子供達はあっと言う間に道を見失ってしまったのだ。
「とーちゃん、かーちゃん、心配してるよな」
「お腹空いたよ」
「……う……」
ディの大きな眼に盛り上がった涙が、一気にこぼれ落ちる。
「おかーーーさーーん」
ついに大声を上げて泣き出したディに、宥めようとしたフィーの目からも涙が溢れる。
「おかーさん、おとーさん……おうち、帰りたいよ」
それが合図となった。年長の子供達も不安と寒さを堪えることが出来ず、大声を上げて泣き出した。
「フィー、ディー」
「ノブーー」
「クリスーーーー」
林の中に入った男達は、声を張り上げて子供達の捜索をしていた。
吹雪はますます酷くなり、林の中は真っ暗で視界は全くきかない。
「駄目だ、このままじゃ、俺達も帰り道を失ってしまう!」
「一度戻って、ロープとカンテラを持ってこよう」
町長がそう提案する。風の音が酷くて、怒鳴らなければ声が届かない。苦しそうにその提案に同意する男達に、クラウドは蒼白な顔をさらに白くする。
「……俺が一緒にいたのに、出ていくのに気がつかなかったから……」
掠れた声でそう呟くクラウドの背を支え、セフィロスは町長に言う。
「オレ達は残って捜索を続ける。そちらは装備を整えてきてくれ」
「……しかし」
「オレ達なら大丈夫だ」
きっぱりというセフィロスに気圧されたのか、町長は厳しい顔で頷くと、他の男達を指示しながら急いで町の方へ戻っていった。
「すぐに戻る。それまで、あんたらも気を付けてくれ」
「わかった」
雪をかき分けながら男達が急いで遠ざかっていく。セフィロスは泣き出しそうなクラウドを励ますように、その背を叩いた。
「大丈夫だ」
クラウドは頷くと、キッと林の奥を睨んだ。
――ゴメン、エアリス。ザックス。あんた達がくれた子供達なのに。でも、必ず見つけだすから……。
「フィー、ディー」
クラウドは声を張り上げる。セフィロスは目を細め、雪にかき消されてしまいそうな程か細い子供達の気配を探る。
「……あ…」
クラウドは小さく囁いた。そして、林の一点に向けて耳を澄ませる。
「……泣き声だ」
セフィロスも、クラウドが気付いた方向に向かって耳を澄ませる。微かな、本当に微かな、ソルジャーの聴覚で無くては聞き取れないほどの、小さな泣き声。
「あっちだ」
セフィロスはクラウドの腕を掴むと、積もった雪を蹴散らすようにして走り出した。
「フィー、ディ!」
クラウドはひたすら子供達を呼び続けた。泣いている子供達に、声が届くようにと。
吹雪に白く煙る視界に、茶色の巨大な木が飛び込んでくる。その根元に蹲る様々な色の固まり。子供達が身につけていたジャケットの色だ。
「フィー、ディ!」
クラウドは転がるようにそこに滑り込んだ。気がついた子供達が飛びついてくる。
「おかーさん!」
「無事か……他のみんなもいるか?」
セフィロスがぴったりと身体を寄せ合っている少年達を風雪からかばうように木に両手をつき、見下ろす。ノブが半ベソかいた顔を上げた。
「……みんな、一緒にいる……とーちゃん達は?」
寒さに震え、カチカチと歯をならしているが大丈夫そうだ。セフィロスは安堵の息をつく。
「灯りを取りに行った。すぐに戻ってくる」
「みんな無事か、……よかった」
クラウドはフィーとディを抱きしめたまま、雪の中に座り込んだ。全員の無事を確認したら、安心で力が抜けてしまったようだ。クラウドはそのまま子供達とその場に残り、セフィロスが村の男達を呼びに行った。
精一杯急いで駆けつけてきた大人達によって、子供達は無事に町に帰り着くことが出来た。
――もっとも――無事を喜んだ後は、大人達に代わる代わる叱られ、五人の子供達はその日、大泣きに泣きわめき、さらに翌日。
晴れてから例のブラキオレイドスを象った低木の所に行ってみると、吹雪で完全に形が変わっており、せっかくの力作が完璧台無しになったのを知って、また大泣きに泣きまくるという子供達にとっては苦い思い出になってしまった。
あの時は確かに騒動だったとセフィロスが思い返していると、クラウドがしきりに名前を呼んでいる。目の前のテーブルには湯気の上がっているオムレツの皿が人数分。パンケーキの生地を作りながらのクラウドが「そろそろ、子供達呼んできてくれるのか?」と言っている。その目はちょっとだけ悪戯っぽい。
セフィロスは外に出て子供達の名を呼んだ。返事はないし、姿も見えない。
「ほーら……飛んで行っちゃった」
と、ひょっこり背後から顔を出したクラウドが笑いながら言う。
「多分、集会所前の広場。あそこが遊び場だから」
フライ返しで方向を指しながら言われては、もう迎えに行くしかない。
「判った、……迎えに行ってくる」
「一緒になって遊んでないで、早く帰ってこいよ。料理が冷める前に、な」
「ああ」
上着を羽織ると、セフィロスは町の中心部にある広場へと歩き出した。
あちこちで家の前の雪かきをする町民に会い、その度に挨拶をされる。
「おはよう、セフィロスさん。雪、つもったね〜」
「セフィロスさん、雪でテレビのアンテナがおかしくなっちゃって。後で直してもらえるかい?」
そう親しげな声に、セフィロスは律儀に返事をしていく。彼が神羅の英雄本人だと判っているのかいないのか、誰もがごくごく自然に声をかけてくる。特別視されない事を心地よく思いながら、セフィロスは広場へとたどり着く。
クラウドが言ったとおり、そこで他の男の子達と元気よく雪合戦をしている二人を見つけた。
「フィー、ディ。朝飯だぞ」
そう呼ぶと、二人はぱっとセフィロスの方を向いた。その頭に投げられた雪玉が直撃する。
「わーん、ぶつかっちゃった〜〜〜」
「よそ見してるからだよ」
と、リューが笑う。
「朝飯食ったら、また来いよな」
「うん、雪だるま、作ろうね」
「おっきいの、作ろうね」
きゃいきゃいと笑いながら手を振り、子供達はセフィロスのもとへと走り寄ってくる。
「ゴハン、何?」
ディがお腹を押さえながら聞く。
「ジャガイモのパンケーキとほうれん草入りのオムレツだな」
「ジャガイモのパンケーキ、大好き!溶かしバターをいっぱいかけるの!」
フィーがぴょんぴょん飛び跳ねる。
「早く、かえろ!ゴハンゴハン!」
二人はセフィロスの手を両側からつかむと、引っ張るように歩き出した。
そして、歩きながら、
「あのね、雪だるま作る約束したの」
「ご飯食べたら、また、遊びに来てもいいよね」
とセフィロスを見上げながら強請る。
「おっきいの作って、おかーさんに見せるの」
「おとーさんも、一緒につくろーね」
ちょろちょろとまとわりつきながら笑う子供達に、セフィロスはくすっと笑う。
「オレに雪だるまを作らせる気か、お前達は」
「一緒に作るの!」
そう力一杯いうと、子供達は掴んでいた手を放してぱっと走り出した。
家はもう目の前。
玄関口ではクラウドが待っている。
頬を真っ赤にして帰ってきた子供達に、クラウドが何かを言っている。
きっと、手と顔を洗うように言いつけているのだろう。冷えた頬に手を添えられ、子供達はきゃっきゃっと笑っている。
雪がある間、子供達は遊び回り、クラウドはまた着替えさせては洗濯におわれるのだろう。
今年は乾燥機を買った方がいいかも知れない。
光を弾く新雪に目を細めながら、そんな事を考えるセフィロスだった。