幸せ家族計画 

 NEXT TOP


Prologue その1

セフィロスの姿をした思念体との戦いの直後――クラウドは意識を失ったまま、ライフストリームの中を漂っていた。
そこで感じる懐かしい人の気配。 ザックス、そしてエアリス。
彼らの労りが全身に染み渡るように感じられる。
生きている仲間達の存在よりもそれはリアルだ。
クラウドは、自分が生きていくことに疲れていたのだと感じた。
助けられなかった、守れなかった。その罪悪感の根元は、結局の所、自分がこの世界で何がなんでも生きていたいと願う程、生に執着していないからだ。


セフィロスを失って、生きたいと思う理由を失った自分が生きていて、誰よりも生きることに一生懸命で人生を楽しんでいたはずの人達が生きていない。


――そんな事、考えちゃ駄目だよ。


困ったような声が脳内に直接響いてくる。


――私たちの命と、クラウドの命。それは別々に存在する物なんだよ?


……解ってる、でも……。


歯切れ悪く考えるクラウドに、声の主は少しだけお冠の様子だ。腕組みをして、可愛らしく睨み付ける眼差しが目に浮かぶ。


――クラウド。私たちはね、私たちの命を一生懸命生きたの。だから、後悔していない。 クラウドが、私たちが選んだ生き方の結果に、何も責任感じる事、ないんだよ。


……解ってる、でも……。


――でも、ばっかりだなぁ、もう。そんな事ばっかり言ってると、嫌いになっちゃうよ。


笑みを含んだ声。言葉の内容はきついのに、クラウドはつい微笑ましくなる。


――ねえ、クラウド。私もザックスも、クラウドのこと、大好きだよ。 一生懸命、自分に出来ること頑張って、顔上げて生きていこうとするクラウド。
それが、本当のクラウドだと思う。


……そうかな。


――そうだよ。ちょっと回り道したって、寄り道したって、道草したって、きっとクラウドは前に進むこと止めない。そんなクラウドが、私たち、大好きだった。 そして、きっと彼も、そんなクラウドに希望を見いだしていた。


……でも、俺は誰も救えなかった。


――救えてるよ。でも、クラウドが、でもばっかり言ってるから、見える物も見えなくなっちゃってるんだよ。


……救えてる?


――うん、救えてる。よーく、目を凝らして見てみて。本当は目に映ってるはず。
――クラウドは、誰よりもよく見えているはずだよ。
――彼が今、どこにいるのか――。


おそるおそるクラウドは目を開けた。
周りは淡い魔晄のグリーン。上下の感覚すらない空間。
その中で、クラウドは目に映る物を探す。
でも、ばっかり言ってるから見えない。
本当は見えているはず。
でも、そんな筈はない。
セフィロスの姿を、見つける事なんて出来るはずがない。
そう考えること自体、クラウドは恐怖を感じた。
セフィロスの気配を探るという行為そのものが、恐ろしい。
本当に、もういないのだと、そう自分で確かめる勇気が持てない。


でも、もしも、本当に、探して見つけることが出来るのなら――。


クラウドは震えが来るほどの恐怖を押し殺し、そしてじっと目を凝らした。


この目の先に、彼はいるはず。
きっと、見えるはず。
高速で周囲の空間が移動する気配がある。遠くに見えた光が、ぐんぐん近づいてくる。 あれはライフストリームと地上の境目。あれを越えれば、元の世界に戻る。
そう知覚した瞬間、クラウドは目の端に写ったモノを見据えた。


見つけた――。

クラウドは歓喜を覚えた。

光りを通り抜け、教会で目覚めたクラウドは、微笑むエアリスの問いに力強く答える。『俺は、1人じゃない――彼を見つけたから』
あとは、迎えに行くだけだ。クラウドは希望に満ちた笑みを見せた。



■■■■




あの決意の日から、すでに数年が過ぎている。
クラウドはエッジを離れ、ジュノン郊外の小さな町に家を構え、そこで運び屋の仕事を続けていた。
――家族が増えていた。


「おかーさん!フィーが虐める!」
「違う!ディがフィーの本を取ったの!」
「お外で遊ぼうって言ったのに、しらんぷりするから!」
「あとでって言ったのに、いきなり取るんだもん!」
配達のスケジュールを立てているクラウドの元へ、2人の子供達が騒ぎながら駆け寄ってくる。クラウドは息をつくと、ペンを置いて2人を正面から見た。


「……とりあえず、おかーさんって呼ぶのは止めろ……」
「おかーさんはおかーさんだもん!」
「ね!」
喧嘩していたはずの子供2人は、顔を見合わせて思いっきり頷いている。
クラウドは額を抑えた。
目の前にいるのは、癖のある銀髪にまん丸の翠の目をしたディと、まっすぐな金髪に切れ長の青い目をしたフィー。
見事なまでに、クラウドとセフィロスの身体的特徴が入り混じった子供達だ。


「まあ、体格差を考えたら、オレが父親代わりになるのは当然だな」
子供達の背後からゆったりと現れた背の高い男に、クラウドはまた額を抑える。
「別に、父親代わりが2人でも構わないと思うが」
「やだ!おとーさんと、おかーさんがいい!」
「いい!」
そう言ってまた顔を見合わせると、2人の子供はさっきまでの喧嘩のことなど忘れ、手を繋いで庭へと駆けだしていった。
クラウドはその2人の背中を見送り、しみじみ感じ入ったように呟く。


「……やっぱり、俺達2人の子供なんだな…」
「正確には、クローンと言った方が近いだろう」
「……でたらめな身体になったの、あんただけじゃなかったんだな…」
「お前も限りなくオレの身体に近い組成になっているはずだ」
「……まさか、マテリアみたいに分裂するなんて、思わなかった……」


クラウドは嘆息する。
あの日――ライフストリームの中でセフィロスの存在を確認したクラウドは、仲間達に黙ってエッジを離れ、密かに大空洞の奥へと足を踏み入れた。
そして、星の胎内からライフストリームの中心へと潜り込んだ。
クラウドはそこで自分が魔晄の中でも自分を見失うことなく、存在できることを悟った。
蓄積された祈り、願い、知識の中を進み、その一番奥でクラウドは漂うセフィロスの意識を見つけだした。
セフィロスがこのまま、ここで、ゆったりと眠りの中で心を癒したいというのならば、それでも良いとクラウドは思った。
ここで、一緒に、漂っていよう――。
セフィロスが目覚めるまで。


クラウドは淡く輝き続けるセフィロスの意識を抱き寄せた。
その瞬間、クラウドは今まで感じたことのない程の強い歓喜を覚えた。
愛した男と身も心も一つになる。言葉で表現できないほどの強い歓喜と恍惚感。

クラウドはその感覚に身を委ねた。意識の全てが白く染まるほどの快感にクラウドが我を忘れて囚われたその瞬間に光りが弾け、意識が真っ白になる。気がつけば彼は大空洞の入り口付近に倒れていた。
その傍らには、肉体を取り戻したセフィロスが横たわっている。おなじみの黒コート姿で愛用の刀も近くにあった。


――そして、2人の子供達。


自分の肉体を得たセフィロスと再会の抱擁を交わすより早く、クラウドは目覚めたセフィロスに訊ねていた。



「……あんた、妊娠してたとか?」
「そんな事があるはず無かろう……あるとしたら、むしろお前の方だろう」


全く感動のない挨拶を交わす間に、子供達は目を覚ました。
そして、にっこりと微笑むと、クラウドを見て「おかーさん」。
セフィロスを見て「おとーさん」。
そう呼びかけたのだ。

「やはり、妊娠していたのはお前の方だったな」
口をパクパクさせて焦るクラウドに淡々とセフィロスが告げた瞬間だった。


――そんな事、ある訳無いじゃない。
――あんたら、相変わらず、呆けてるなぁ。


声のない声が聞こえた。


「エアリス、ザックス?」
クラウドは驚いて辺りを見回した。


――あー、ゴメン。俺ら死人だから、声しか聞こえない。


ザックスの冗談めかした声。クラウドは泣きたくなるほど、嬉しくなった。
「死人でもいい。あんたの声、また聞けて嬉しい」


――かーっ、可愛い事言ってくれるねぇ、クラウドったらさ。旦那はどう?俺の声聞けて、嬉しい?


「……出来れば二度と聞きたくなかったがな。お前の声は騒がしすぎる」


――またまた、無理しなくていいの。顔に書いてあるよ〜〜〜。懐かしい声が聞けて、万歳ってさ。
――うふふ、再会の挨拶は後回し。それより、クラウド、聞きたいこと、有るんでしょ。


クラウドは全裸で自分に抱きついてきた3、4才ほどの幼児2人を抱きしめ、目をきょろきょろさせながら、とりあえず常識で考えられる事を聞いた。
「あ、うん。この子達、――捨て子って事、無いよな……さらわれてきたとか…」


――うん、そんな事、全然ない。その子達、クラウドとセフィロスの子供だよ。


「オレ達の間に、どうやって子供が出来ると?」


――まー、旦那ったらとぼけちゃって〜〜〜。子供が出来るようなこと、さんざんしてたくせに。


「クラウドが女なら、確かに子供の2、3人所か、もっといてもおかしくはないがな」
しれっとしたセフィロスに、クラウドは思わずその頭をはり倒したくなる。
さんざん人に心配かけて、面倒かけて、ようやく再会して、そのセリフはないだろうと思う。
「……俺、産んだ覚えないけど…」
目眩を堪えてクラウドはそう告げる。エアリスがコロコロと笑う気配。


――産んだって言うかなぁ……分裂した?マテリアみたいに。


「分裂って」
クラウドはちょっと憮然とする。分裂って、アメーバか何かみたいだ。


――うーん、私もよく解らないんだけど、ライフストリームの中で、2人の意識が一瞬溶け合ったでしょ。あれで何か、作用しちゃったみたい。
――うん、そんな感じだったな。


「結局よく判らないんだ……」


――ライフストリームってね、そんなに簡単に読み解けるような浅い物じゃないんだよ。


今度は説教口調だ。姿が見えたら、きっと指を左右に振っているに違いない。
「それはともかく、この子供達をどうしろと?」
セフィロスが焦れたように聞く。


――どうしろも何も、2人の子供だよ。2人で育てなきゃ。


言われるまでもなく、この北の端に幼児2人を置いていくことなど出来るわけがないとクラウドは思う。
「セフィロス、2人を連れて山を下りよう」
クラウドはそう言うと自分のマントを脱いで子供2人の身体を包み込んだ。
寒さを感じている風はないが、子供達は暖かいマントの感触にきゃっきゃっと笑い声を上げる。
「俺、理屈は解らないけど、この子達があんたの子だって信じられる。だから、連れて行こう」
セフィロスは無表情に子供達を見下ろした。銀髪と金髪、青い目と翠の目。2人の特徴を色濃く持つ子供達。無言のセフィロスの心情をどう解釈したのか、クラウドは少し寂しげに告げた。


「あんたが、俺と一緒に暮らすのいやだって言うなら、無理強いはしない。あんたには、自由に生きて欲しいし。……でも、この子達連れて人里に降りるまでは手伝って欲しい。あとは、1人でやるから……」
「嫌だ等とは考えていない。先走るな」
苦笑するとセフィロスはクラウドの頭に手を置いた。クラウドが子供の頃、よくやっていたように。
そのまま金髪の頭を胸に抱き寄せ、その腕の中できょとんとしている子供2人を見つめる。
翠と青い目、二組の眼差しが自分を見上げてくる。


「……オレの子だと、思うのか?」
「だって、そっくりだよ。この髪の色も……触った感じも……」
クラウドは子供2人の髪を両手で同時に撫でた。
「光りの加減で色を変える緑色も、切れ長の綺麗な形も、そっくりだ」
「確かにそっくりだな……くすぐったそうな笑い方も、まっすぐに見つめる大きな眼も」
セフィロスも手を挙げ、子供2人の髪を撫でる。
「髪の跳ね方も、陽の光のような色も同じだ」
そう淡々と呟くセフィロスの顔に、見たこともないような表情が浮かぶ。
ただ微笑んでいるのとも違う、まるで、強い感動に心を突き上げられているような、そんな顔。
クラウドは目の奥がつんと熱くなるのを感じた。こんな時に泣き出すなんてみっともない、そう思って唇を噛む。喉から胸にかけて熱くなり、痛みすら感じるが、それはけして嫌なものではない。


――納得、できた?
――いよっ、新米パパ、ママ!おめでとさん!


ザックスとエアリスの優しい声が響く。
いつだって、後込みするクラウドの背中を強く押し出してくれた2人の、誰よりも信じられる声だ。


すり寄る子供達を膝の上に抱き上げながら、セフィロスが言う。
「一緒に、育てよう。――オレ達の子だ」
クラウドは声に出せず、ただ黙って何度も頷いた。
涙が溢れて頬に伝わるのが解ったが、もうそれを止めようとは思わなかった。





 NEXT TOP

-Powered by 小説HTMLの小人さん-