Prologueその2
裸の子供2人と、どう見てもやばめな臨戦態勢いつでもイケルゼ!な戦装束の男1人を拾ったクラウドは、急遽アイシクルロッジに落ち着くことにした。
極寒の万年冬の気候は徐々に緩和されつつあるが、それでも年間の半分以上は雪に覆われている土地だ。魔晄の供給も途絶えて原始的な薪や石炭を代替えエネルギーとして使っている町は、冬を前にして丈夫な若い男手を大量に必要としていた。
クラウドはとりあえず町の外に子供とセフィロスを待たせ、3人分の服を調達したあと、使われていない家を一つ安く借りることに成功した。
――ガスト博士とエアリスの母がつかの間の幸せな時間を過ごした家。
複雑な思いを抱えつつ、目立たない服に着替えさせた3人を連れ、クラウドはその家を管理している町長の妻の案内で、家の中へと入った。
「えーと、あとで、薪と食べる物を取りに来てくれるかしら?家の中のものは家具も本も自由にしていいわ。正直、扱いに困っていた物だから」
中年の婦人はそう言いながら、子供達の顔を覗いてにっこりと微笑んだ。
「可愛い坊や達ね。暖かいシチューとクッキーを用意しておくから。パパとママに早くもって来てくださーいって、お願いするのよ」
「はーい」
「クッキー、食べたい!」
にこっと顔全体で笑う子供に、夫人はとろけそうな顔つきになる。
「まあ、本当に可愛いわ。お名前はなんて言うのかしら?」
無邪気に聞かれ、クラウドはちょっと戸惑った。
――名前――そう言えば、名前、どうしよう。考えてない。
焦ってセフィロスを見ると、こちらも戸惑ったように見返してくる。
変装というわけでもないが、薄い色の入った眼鏡の奥に見える切れ長の目が困惑げだ。
「お名前、教えてくれないのかな」
夫人は子供が人見知りをしていると思ったのか、ゆっくりと微笑みながらもう一度聞いた。
クラウドがどう答えようかと、おろおろと唇を噛んだときだった。
「フィー!」
金髪の方が突然叫ぶように応えた。
「ディ、だよ」
銀髪が翠の目をくりくりさせて応える。
「フィー君に、ディ君ね。よし、覚えた。おばさんはミルダよ」
「ミルダおばちゃん」
「おばちゃん」
子供達がまたにこーーーっと笑う。ミルダも釣られるように笑う。
「下にあるベッドの毛布は洗ってあるから、パパとママが部屋を暖かくしてくれるまで、それにくるまって待っててね。それじゃ、あとで」
ミルダはにこっとクラウドに微笑みかけると、いそいそと戻っていった。
その後ろ姿を見送りドアを閉めると、クラウドははあーーっと長い息を吐く。
「フィーと、ディって……名前、いつの間に…」
呟きながらセフィロスを見上げる。
「セフィロスが付けたのか?」
「いや、オレは何も考えていなかった」
セフィロスも首を振る。
クラウドは膝をつくと、子供達と目線を合わせて訊ねた。
「名前、最初から知ってたのか?」
銀髪が首を振った。金髪が首を傾げて応える。
「さっき、お姉ちゃんとお兄ちゃんが言った」
「フィーとディだって」
「ザックスとエアリスか……」
クラウドは気が抜けて冷えた床に座り込んでしまった。
「名付けの権利を取られたな」
セフィロスがくすっと笑う。その声に、クラウドは振り返る。
「笑い事じゃないよ。あんたも、呼び名、考えなきゃ」
「オレの?」
「ミルダ夫人は、あんたが元神羅の英雄だって気がつかなかったみたいだけど、名前を聞いたら絶対に解ってしまう。『セフィロス』の名前を持つ人間は、この世に1人だけだから」
セフィロスは僅かに眉を潜めた。
「解るとまずいのか?」
「勢力は小さくなっても、神羅は無くなってない。あんたの事を知って、何か企むかも知れない」
「オレを利用するか、それとも、抹殺するか?」
「戦って勝つのは簡単だ……でも、俺、もう、あんたを巡って戦いが起きるのはいやなんだ」
クラウドは唇を噛みしめるようにして、低く呟く。
「あんたと暮らす時間を、邪魔されたくない」
「お前の良いようにすればいい」
セフィロスは僅かに苦笑するように言った。今まで、どれだけクラウドに辛い思いをさせたのか、それを考えると逆らう気など起きない。
「おかーさん、おなかすいたーー」
「すいたーー」
突然フィーとディがクラウドの上着を引っ張る。はっと我に返り、クラウドは困ったような笑みを浮かべた。
「……そうだね、まずは腹ごしらえしないと」
クラウドは子供達の頭を撫でながら、セフィロスに言う。
「俺、ミルダさんの所から食べる物とか、薪、貰ってくるから。あんた、ここで子供達頼む」
「オレが行った方がいいんじゃないか?」
「あんた、ミルダさんの家、知らないだろ。俺が行ってくるから、子供達よろしく」
クラウドはマントをかき寄せるようにして、外へと出ていった。
子供2人と家に残ったセフィロスは、床に膝をついて子供達の顔を見ながら訊ねる。
「今も、ザックスとエアリスの声は聞こえるのか?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん?ちょっとだけ」
「あのね、ここは遠いんだって。もうすぐ、お話しできなくなるって」
「そうか」とセフィロスは頷く。彼には、ザックス達の声は聞こえない。
「まだ、何か言ってるか?」
「いい子にして、幸せになるんだよって言ってた」
「僕たちが幸せだと、おとーさんとおかーさんも幸せだよって」
「そうか……」
セフィロスは口元に穏やかな笑みを浮かべる。
クラウドが子供達と自分と4人で平和な暮らしをしたいというのなら、それを叶えよう。それが、何度も自分を殺させてしまったクラウドへの、自分に出来る償いなのだと、セフィロスにはそう思えた。
クラウドはミルダの家と何度か往復して、今夜の分の薪と、シチューの鍋や食器を運んできた。寒暖に強い身体とはいえ、夜半になって冷えてきた北国の気温はさすがに堪えたらしく、息を白くしながら火の入ったストーブの前で震えている。
「家全体が適温になるまで、少し時間がかかる。今夜はここで固まって寝た方がいいな」
熱いシチューをよそった皿を渡しながらセフィロスがそう提案すると、クラウドが返事をする前に子供達がはしゃぎだした。
「一緒に寝るーーおかーさんと」
「一緒ーー」
いきなり飛びつかれ、クラウドは咄嗟に皿を頭上に差し上げた。
「こら、あぶないだろ」
「おかーさんと寝るーー」
「寝るのーー」
フィーとディは目をキラキラさせてクラウドにしがみつく。
子供達の体温は高く、くっつかれれるとそれだけで心地よい。そのままの状態で力が抜けそうになる。
「お母さんに、まずは飯を食わせてやれ」
セフィロスはクラウドに張り付いている子供を引き離した。一瞬ほっとしかけたクラウドは、その前に耳に入った言葉に眉をひそめる。
「セフィロスまで、なんでお母さんって言うんだ?」
「こいつらがそう呼ぶから」
子供2人を両脇に抱え、セフィロスは悪びれなく答える。
「ミルダ夫人も、パパとママと普通に言っていただろう。オレを指して『ママ』とは言わんと思うが?」
「うーわー」
クラウドは情け無さそうな声を上げた。
「なんで、普通にパパママと納得されてるんだろう」
「アイシクルエリアでも同性婚は認められている。養子を得た同性夫婦と思ったから、普通の夫婦の役割を当てはめたのだろう」
「うーわー」
またも妙な声を上げる。スプーンを持つ手が力無く下がっているのを見て、フィーが不思議そうに聞く。
「おかーさん、ご飯、食べないの?」
「食べないと、大きくならないよ」
無邪気なディに、クラウドは頭を抱えた。くくっとセフィロスが肩をゆらして笑う。
久々に見るセフィロスの笑顔だ。だが、続く言葉にクラウドは言葉を無くしてしまった。
「お母さんは、食べてもこれ以上大きくならないんだ」
「へー、大きくならないの?」
「ディがおっきくなって、おかーさん、守るのー」
ガッツボーズのディに、セフィロスはまた笑う。
「フィーもおっきくなるのー、で、おかーさん、守るのーー」
そう言ってしがみつくフィーに、クラウドは泣くに泣けない気分に陥った。
「……だから、なんで、俺がか弱いお母さん扱いされるんだ……」
セフィロスはくくっと笑っている。そして子供達に、「お母さんを守るのは、オレだからな」と、フォローにもならない事を言ってくれる。
「あのな、言っておくが、俺はあんたともやり合えるんだぞ。守って貰う必要はない」
そう少しきつめに言うと、子供達は自分が叱られたと思ったのか、べしょっと顔を顰めさせた。
「おかーさん、ボク達要らない?」
「おかーさん、僕たち、おっきくなるの駄目?」
「駄目なんて言ってないから、ほんとだから」
クラウドは慌てて2人を宥めにかかった。子供達の目に浮かぶ、今にも溢れそうな涙を拭きながら、苦笑を浮かべる。
「……お前達が大きくなるの、楽しみだよ…大きく強く育って欲しいと、そう願ってるよ」
「じゃ、おっきくなって、おかーさん、守るの!」
「守るの!」
ぱっと顔を明るくした子供達が声を揃えてそう言う。
「守る」からは、やっぱり離れてはくれないのだろうか。
困り果てた顔でため息をつくクラウドに、セフィロスはくすくす笑いながら言う。
「大きくなれば、この子達も、お前が強いと言うことを理解するだろう。それまでは、今のままにしておいたらどうだ?」
「大きくなればか、……そうだな」
なんと言っても、突然この世界に誕生した子供達だ。
見た目は3、4才でも、実質的には生まれたばかりの赤ん坊と変わらない。
ゆっくりと育つ過程で、クラウドはか弱い「母」ではないということも理解してくれるだろう。
クラウドは子供達の頭をポンポンと軽く叩いた。
「そうだな、お前達が、俺を守れるくらいに強く大きく育つのを、心から待ってるよ」
「わーい」
子供達が声を上げてはしゃぐ。
その顔に安心し、ようやくシチューを口に運びながら、クラウドはちょっぴりだけ嫌な予感がしていた。結果的に、後日それは的中することになったのである。
何はともあれ、そうやってある程度折り合いをつけてから数年。
アイシクルロッジで町の手伝いをしながら金を貯め、子供達もそれなりに周囲に溶け込めるくらいになじんだ頃、クラウドはジュノン近郊の町に移動することに決めた。
危険なモンスターやドラゴンを退治した事で、アイシクルロッジ周辺が比較的安全になり、2人が出ていってもさほど問題にはならなくなったこと。風や水といった自然の力を利用した発電器が普及し、今までよりもエネルギーの確保が容易になったこと。そして、倒したモンスターの牙や毛皮を今も存在する好事家連中に売ったところ、相当な収入になったことも理由の一つだ。
セフィロスはそれで高性能のPCを購入し、在宅で金を稼げる方法を提案した。
アイシクルロッジは、北の大空洞へと出向くときの拠点として使われる確率が高い。再び神羅が調査に手を付けたとき、ここにいては連中と顔をあわせかねない。
そういった可能性を考慮し、クラウドはセフィロスの提案を受け入れた。
そして、比較的、治安も流通も安定しているジュノンエリアを引っ越し先に決めた。
ジュノンエリア一帯は、かつて神羅に反感を持っていた地元住人が中心となって復興事業を進めていたので、タークスやルーファウスといえど、もう好き勝手は出来ない地域となっていたのだ。
いつの間にやらすっかり住み慣れていた家を離れるとき、セフィロスは足を止めて家を振り返ると、少しの間、じっと見つめていた。
家のそこかしこに残っていた、ガスト博士の気配。その妻と、その娘と。
叶わなかった、「平和で穏やかな生活を望んだ家族」の思いが残る小さな家。
その家で、両親に愛されて育つはずだった娘も今は亡く、自分の命を奪った男にその願いを託した。
この家から始めたのは正しかったのだと、そうセフィロスは思った。
ガスト博士は自分の始まりだった。
彼が神羅を捨てたとき、セフィロスは人に何かを期待することを止めた。
そしてクラウドに会って凍っていた心が溶けだし、人と過ごす安らぎを思い出した。
それなのに、あろう事か自分の裏切りでそのクラウドの心を傷つけてしまった。
セフィロスにとって苦い思い出ばかりがよみがえる。
家を見つめたまま、彫像のように動かないセフィロスの腕にそっと手が掛かった。
クラウドが黙ってセフィロスを見上げている。
何も言わず、ただずっと側にいるからと、子供の頃と変わらない大きな眼が伝えてくる。
そして子供達はコートの裾を両側から掴み、まるでクラウドの真似をしているかのようにじっとセフィロスを見上げている。
彼を信じている目だ。
強く、大きな父親であると。
セフィロスは柔らかく微笑んだ。
この信頼を裏切ることは二度とないと、そう強く誓いながら。