幸せ家族計画 小ネタ

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Ep4

乱暴にドアを開け閉めする音。子供達が帰ってきたのだろう。クラウドならば古い家のドアが傷むのを気にして、ドアの開け閉めはおしとやかにする。 そう言えばそろそろ昼だ。クラウドも昼には戻ってくると言っていたから、昼食の用意をしておこうとセフィロスはパソコンの前から離れた。
自室からキッチンに向かい、そこで眉を潜める。
こそこそと意味もなく身を屈めながら、牛乳のビンを持ち去ろうとしている子供達の後ろ姿を発見したからだ。


「食料泥棒か」
意地悪くそう背後から声をかけてやると、子供達はびくっと跳ね上がり、同時に振り向いた。
「泥棒、してないよ!」
「お部屋で飲もうと思っただけなの!」
そう言い訳するディの腕の中、羽交い締めにされた生き物がビチビチと暴れてる。
「……お前ら、何を拾ってきた」
セフィロスは思わずため息をついた。ディが抱えているのは、どうみても小振りなカスタネッツだったからだ。


「あのね、森の中に落ちてたの!もうすぐ冬だし、寒いし、可哀想だから拾ってきたの!飼っていい?」

牛乳ビンを抱えたフィーが可愛らしく小首を傾げてお強請りし、ディは両手でカスタネッツを持ち上げる。

「僕たち、ちゃんと面倒見るから!ご飯も上げるし、お散歩も連れて行くし、お風呂も入れるし、ちゃんと寝かしつけるしトイレも教えるから!」


フィーとディはいったいカスタネッツをなんだと思っているのだろう。
本来ならミスリルマインの洞窟に生息しているモンスターだ。鉱夫の荷物にでも紛れて運ばれてきたのだろうか。
ペット扱いされたカスタネッツは心外だと言わんばかりにハサミを振り回し、前にいるセフィロスに向かってハサミスパークを放つ。セフィロスは軽く手を払ってその攻撃を消滅させた。
むろん無傷だ。ハエがぶつかった程度の衝撃しか感じない。
だが、それはあくまでセフィロスが非常識な程の防御力と耐久力を誇る無駄に頑丈な身体の持ち主だからであって、古い木造の家にあたればかなりの傷がつくのは間違いない。


「おとーさん、ごめんなさい!僕たち、ちゃんと躾します!」
「暴れたりしないようにするから!」
慌てて謝る子供達に、セフィロスは静かに告げる。
「元いた場所に置いてこい」
フィーとディは揃って悲痛な声を上げた。
「かわいそーだよ!雪に埋まって、寒くて、死んじゃう!」
「それはモンスターだ。その程度じゃ死なない」
「だって、かわいそーだよ!よその人に見つかって、食べられちゃったら、どうするの!」
「そんな殻だけの生き物、誰も食わん。だからそれはモンスターだ」
「モンスターだって、食べられちゃうよーーーかわいそーだよ!」


どう見ても、ぎゅうぎゅうに抱きしめられている今の状態の方が可哀想だ。ディの腕の中で胴を締め上げられたカスタネッツは、苦しそうにハサミと尻尾を激しくばたつかせている。
これだけ暴れているというのに、なぜかディとフィーには衝撃波の1つもかすらない。2人とも攻撃無効化バリアでも持っているのだろうか。
だが、壁や家具にそんな便利な防御機能は付いていない。
セフィロスはまたため息をついた。
家に目立つ傷を付けたら、叱られるのはやはり自分なのだろうか。怒鳴られるならまだいいが、困ったような哀しそうな目でじっと見つめられると、普段は存在しない罪悪感という感情がどこからともなくやってきて、狼狽えてしまう。
あの目で見つめられるのだけは心臓に悪いと、セフィロスはそう思う。


「ダメだ。家を壊すとクラウドが怒る」
そう言うと、フィーとディはぴたっと口を閉じた。そして目を合わせて、しょぼんとなる。
「おかーさん、ダメって言うと思う?」
「モンスターをペットにすることには賛成しないと思う。それから、この家と家具のほとんどは借り物だ。クラウドはいつも大事に住むようにと言っているだろう」


子供達はますますしょんぼりとなる。それを眺めながら、セフィロスは諭すように言う。

「それはモンスターだ。人の手を借りず生きられる。どうしても心配だというなら、オレが本来の住処であるミスリルマインの洞窟に返してきてやる」
子供達はこわごわと顔を上げると、上目遣いでセフィロスを見た。

「……お家に返してあげるの?」
「そうだ――」
セフィロスが答えかけたときだ。ドアノブが回される音がした。


「……帰ってきたな」
「えーーーー!おかーさん?」
「ど、ど、ど、どうしよう!この子!」
フィーとディは慌ててビチビチ弾むカスタネッツを抱えて自室へ駆け込んでいった。それとほぼ同時にクラウドが家に入ってくる。

「ただいま…あれ?フィーとディは?声が聞こえたけど」
「ああ、たった今帰ってきたばかりだから。部屋に荷物を置きに行った」
「ふーん、そうか……あ、セフィロス、昼飯、まだだろ?」
「ああ、まだだ。今用意をするところだ」
「あ、今、ちょうどマーケットよったら、面白い新商品の試食会をやってたんだ。割と美味しかったから、買ってきたんだ。それ、みんなで食べよう」
ニコニコしながらクラウドは手に持っていた紙袋の中からレトルトパウチをとりだした。


「ほら!『カスタネッツ・カレー』」


クラウドが手に持った袋には、たった今実物を見たばかりのカスタネッツがデフォルメされた可愛らしいイラストとなって、大きく描かれていた。
「カスタネッツ・カレー?」
「ああ、俺も始めて食べたんだけど、けっこう肉が締まって食感がぷりぷりしてて美味しかったんだ。真空パックのライスも買ってきたから、湯煎で温めるだけですぐに食べられる……」
バタンとドアが開いた。顔面蒼白になったフィーとディが、なぜかぴったり縦に並んで前後で手を繋いでいる。


「電車ごっこか?」
遊んでいるにしては顔色が悪い。クラウドが2人の顔を覗き込もうとすると、子供達はじりじりと壁際に寄っていく。よくよく見れば2人の間には毛布に包まれてじたばた動く謎の物体。
「フィー、ディ、何か隠してるのか?」
クラウドが聞くと、2人はまったく同じタイミングでぶんぶんと首を横に振る。
「なんにも隠してないよ!」
「僕たち、元の所へ返してくる!」
そう大慌てで言うと、2人は縦に並んだまま外へ駆けだしていってしまった。


「……何隠してたんだ?何か拾ってきたのか?犬とか猫とか…」
ペットの一匹くらいなら、ちゃんと世話するなら飼ってもいいのに――そうに呟くクラウドに、セフィロスは苦笑した。そして、クラウドが持ったままだったカレーのレトルトパウチを受け取り、裏の原材料表示を読む。

「ザリガニのカレーか」
「うん、ザリガニを使ったグリーンカレー。いくら形がちょっと似てるからって、モンスターのカスタネッツが食料品のマークになるなんて、世の中平和になった証拠だな」
ニコニコ微笑むクラウドに、セフィロスは「ああ、平和だな」と微笑み返す。


クラウドが床に出来た新しい傷に気づくのは、この五分後――。





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