Ep3
「うきゃーーー!」
森の中から、歓声とも悲鳴ともつかない声が挙がる。甲高い子供の声。その声を追うように破砕音。
のび放題の下草を蹴散らし、子供達2人が走り出てくる。
「きゃーー、きゃーー」
嬉しそうに腕を振り回す2人の顔は当然笑顔だ。長い触手を振り回し、その後を追ってきたのは植物型モンスターのキャッパワイヤ。棘だらけの鋭い触手が地を打ち、衝撃波が子供達の背に向かって地を駆ける。危険な状況だ。
「きゃーー!」
ひときわ甲高い声を上げ、子供達は背後に迫っていた衝撃波を左右に跳んでかわす。獲物にあたらず虚しく消えた技に、キャッパワイヤが超音波のような音を出しながら地団駄を踏んだ。
クラウドはその光景を脱力しながら眺めていた。
「……お前ら…モンスターをからかって……」
言いかける目の前で、キャッパワイヤが再び衝撃波を放とうと触手を振り回す。クラウドは鋭く持っていた剣を振るった。モンスターが仕掛けるより早く、そして強力な衝撃波が空気を裂き、キャッパワイヤが真っ二つになった。
キャワキャワと笑いながらその死骸を突っつく子供達に、クラウドは大きく息を吸いながら、苦り切った声で言った。
「お前ら!モンスターをからかって遊ぶんじゃないと、あれだけ何度も言っただろ!!」
「だから、見つけたらすぐに俺を呼べと行っていただろ。なぜ、鬼ごっこになるんだ」
「だって、面白いんだもーん」
「きーきー言いながら追いかけてくるんだもん。バーーーッて技も掛けてくるし、リュー達とボールのぶつけっこやるよりドキドキして面白いんだもん」
「あいつらの技があたったら、ボールがぶつかる程度じゃすまないんだぞ」
「あたんないもーん」
「ワンパターンなんだよね。三歩後ろの小石が跳んだときに横に良ければ、絶対あたんないんだ」
フィーとディは、それぞれの手にキャッパワイヤを半分ずつもってケタケタと笑っている。
ジュノンエリアにある近場の森に、狩りの練習に連れてきたのは良いが、子供達はすっかり遊び気分だ。セフィロスが待つキャンプ地に戻る道すがら、子供達がひきずるキャッパワイヤが切り株や石にぶつかってゴンゴン跳ねてる。
もう動かないとはいえ、あまりにも無造作な扱いにクラウドはちょっぴりモンスターが気の毒になってくる。
「おとーさん。また拾ったよーーー」
「これ、食べられるところ、ある?」
呼びかけながら走ってくる子供達に、火に小枝をくべていたセフィロスは顔を上げた。その傍らには大量のキャッパワイヤ。触手は切り取られて束にされ、本体部分は厚く皮を剥かれている。
キャッパワイヤはモンスターと言っても基本は植物なので、臓物があるわけではない。自由に動き回れる食虫植物のような物だ。
実の表皮に近い部分は生臭いが、芯の部分は火を通せば甘みの少ない梨のような食感で、砂糖漬けやシロップ煮にすれば菓子代わりになる。
触手も表皮を剥いで中の繊維をほぐして乾かせば針金並みに固くてしなやかで、寄り合わせれば本物のワイヤーロープ並みの強度になる。
工業製品が不足しがちな田舎では、ちょっとした柵や工業機械の修繕等に大活躍だ。
セフィロスは子供達が持ってきたキャッパワイヤをしげしげと検分すると、薄く笑った。
「なかなかいい個体だ。触手も長い」
「僕たち、良さそうなの探してるもん」
「群の中で一番おっきいの、ちゃんと選んでおびき出してるんだよ」
えっへんと胸を張る子供達に、クラウドは呆れ顔になった。
「わざと危ない事をするんじゃない。怪我をしたらどうするんだ」
「おかーさんがすぐ側にいるの知ってるもん」
「すぐに来てくれるの知ってるから、危なくないよ」
にこーーーーっと完全に信頼しきったフィーとディの笑顔に、クラウドは一瞬だけ照れくさそうな笑顔になり、すぐに表情を引き締めた。
「だからといって、ふざけていい状況じゃない。一瞬の油断が大けがに繋がるんだぞ!」
そう言ってから、クラウドはセフィロスを振り返った。
「あんたも、暢気な顔してないで、少しは説教しろ!大体にして、今回の狩りの目的はモンスターの怖さと対処法を学ばせるためじゃなかったのか?これじゃまるっきり、ただのキャンプじゃないか!緊張感なさすぎだ!」
「……そうだったのか。気付かなかった」
「は?」
生真面目な顔で呟いたセフィロスの顔に、クラウドはポカンとなった。
「気付かなかったって?」
「モンスターの怖さと対処法を学ばせるという目的だ。この辺りに出没するモンスター相手に、まさかそんな事を考えているとは思わなかった。単純に森でのキャンプを楽しむためだけだと」
本気でクラウドは脱力した。キャッパワイヤ相手にキャーキャー遊びほうけている子供達を目撃したとき以上に、脱力した。
「……そりゃ、あんたからしてみたら、この辺の連中なんてバッタやネズミと変わらないだろうが、普通はこれでも結構大変なんだぞ」
俺だって、昔はこの辺で何度か瀕死になりかけたんだ……という体験談は悔しいから黙っておく。
「……そうか。確かに、子供達にもモンスターへの対処法を教えておくのも大切だな。それでは、戻ったら場所を変えて改めて対モンスター戦の訓練に行こう」
「はい?」
なんだか、神羅軍にいたときの教官みたいな口振りになってるぞ。
クラウドはちょっと警戒してセフィロスに聞いてみる。
「ちなみに、どこの場所へ行くつもりだ?」
「……そうだな。まんざら馴染みがないわけでもないアイシクルエリア辺りはどうだろうか。本物のブラキオレイドスを、フィーとディはまだ見たことがないだろう」
「見たこと無い!図鑑でしか見たこと無い!」
「本物、見たい!!」
フィーとディはまるで動物園に誘われたような勢いで両手を上げる。
「……ちょっと待て!なぜいきなりブラキオレイドスなんだ!」
「ベヒモスやドラゴン見学にはまだ早いだろう」
いや、待て。子供達から見たら、ブラキオレイドスもベヒモスもドラゴンも等しく危険すぎるだろう、と口をパクパクさせながら考えるクラウドの前で、フィーとディはさらにはしゃぎだした。
「本物のベヒモス、見たい!ドラゴンも!」
「リアルベヒモスvsドラゴン、見たい!見れる?」
「残念ながら、ベヒモスとドラゴンは生息地が違う。捕まえておいてから、どこかで戦わせるという手もあるが」
「うわーー、凄い!!見たい見たい!」
「おとーさん、捕まえて!!!」
「そうか。モンスター自体は捕獲してミニマムをかければ移動も飼育も問題ない。…あとはオレ達の移動手段だが…」
「ちょっと待て!あんた、そんな事簡単に本気で考えるなーーー!!!」
たとえどれだけ親ばかでもマイホームパパでも、セフィロスはセフィロスだな。
そんな意味不明の突っ込みが頭に浮かぶクラウドだった。