勤労少年の3日間

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1日目
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草木も眠る丑三つ時、明かりを落とした室内で密談する男達がいる。

「やっぱり、時間が短すぎるのが問題か」
「いや、そうじゃないと思う」
「それじゃあ、場所の選択が悪かったか?」
「いや、それも違うと思う」
「もっとゆっくり歩いた方が、目を付けられやすいんじゃないか。お前、早足すぎるぞ」

「いや、だから!そもそも、人選が最初から間違ってたんだっつーの!」

二メートル近い巨体に長髪ウイッグ、ドレープのブラウスにロングのタイトスカートをはいた男の血を吐くような叫びに、周りの男達は一斉に目をそらした。




「……やっぱさーーー……無理があったんだよな」
「無理も何も、実際にやるとは思ってなかった。衣装調達したことを、心の底から後悔したよ」
ぼんやりとつぶやきながら、黒髪の大男、ファーストソルジャーザックスは人気の失せた夜の廊下を歩いていた。その隣で頭を抱えているのは、ソルジャー達の 任務補佐をする事務局主任のジン。元タークスという変わり種で、そのせいかむやみやたらと人脈が広い。大男ソルジャーが着る巨大サイズの女性用衣類一式 や、その衣服を身につけた男に吹き出しもせずにメイク出来る女性など、いったいどこから調達してくるのかザックスには想像つかない。



「だからといって、ほんまもんの女の子なんて、危なくて使えないしなー」
「それこそ、だからといってソルジャーに女装させるなんて、まったくもってソルジャーでもなければ考えつかないぞ」
「ヤバイほどヤバイ案だったってのは、しみじみ実感した。みんなで押しつけあって、結局体格無視して一番若いサードの奴に押しつけたのも反省した。もう ちょっと幅広く人材を求めるべきだった」
今二人が向かっているのは、ザックスもかつてお世話になった新兵指導教官の所である。訓練はとっくに終わり、本来なら自宅に戻っている時間だろうとは思う が、この教官はたいていは遅くまで残って新兵の指導要綱を作っている。
つい最近の募集で入ってきた新兵達はそろそろ訓練二ヶ月目。それぞれの適正にあわせて違った訓練マニュアルを作っている頃だ。この時間でもおそらくは教官 室に残っているだろうと言うザックスの予想は当たった。



「おひさしぶりっす、フルブライト教官」
ザックスは黙々と端末に向き合っている初老の男のごつい背中に、軽く声をかけた。
その手には手みやげ代わりの缶ビール入りビニール袋がぶら下がっている。
「なんだ、やんちゃしすぎて新兵訓練からやり直せと言われてきたか」
長いことパソコン画面を眺めすぎてさすがに目が疲れているのか、眉間をもみながら教官が振り返る。缶ビールを目にして、にやりと口元をゆがめた。
「手みやげを持ってくる程度には大人になったようだな」
「やーですね、手ぶらで教官に会いに来るなんて、そんな不義理な真似はしませんよ」
「ふん、何か頼み事があってきたんだろう。ちょうどいい、休憩にするから早く土産を渡せ」
深く背もたれにもたれ、教官はザックスを手招く。相変わらず話の分かる男だと、ザックスは缶ビールの袋を渡しながら、適当なイスを引っ張ってきて座った。 ジンは教官に軽く会釈をし、ザックスの後ろに立つ。会釈を返して、教官は話をせかした。

「俺は忙しいんだ。用事があるなら、さっさと話せ」
「実は、ちょっとアシスタント探してるんで。教官なら、俺らの求める人材に心当たりがあるかな〜〜〜と思って」
「ソルジャーのアシスタント?あいにく俺が知ってるのはひよっこばかりだがな。どんなのが欲しいんだ?」
「発育不良で、肝が据わってて、自分の身くらいは自分で守れる程度に腕が立って、出来れば髭とすね毛が薄いやつ」
飲みかけのビールを吹き出す勢いで教官は笑い声をあげた。

「なんだ、そりゃ。どういうアシスタントだ」
「ソルジャー仲間のうちじゃぁ、ファーストからサードまで総ざらいしても見つからない人材なんですよね〜〜心当たりないっすか?」
へらへらと笑うザックスに、ジンはあきれかえる。確かに必要条件はその通りだが、改めて聞いてみるとむちゃくちゃだ。
「発育不良で髭の薄いやつも、肝が据わってそれなりに腕が立つ奴も心当たりがあるが、両方となるとちょっと面倒くさいな……」
「最悪、発育不良の方だけでもいいんすけど。何しろ、肝が据わって腕が立つだけじゃ、全く役に立たないのは検証済みなんで」
「……やれやれ、ソルジャーが何をやってるんだか…」

顎をなでながら少し考えていた教官は、不意に思い出した名前に手をたたいた。
「そういや、一人だけ心当たりがあるぞ。発育不良も何も、14になったばかりで身体はちっこいし、すね毛はしらんが少なくとも髭はまだ生えとらん」
一瞬身を乗り出しかけたザックスだが、14と聞いて肩を落とした。背後のジンを振り返り、彼が首を振るのを見てさらにがっかりとする。
「教官〜〜、いくらなんでも14のガキはちょっと〜〜。しょんべんちびって泣きわめかれたら、アシスタントどころか俺ら子守に早変わりじゃないっすか」
その情けない顔に、教官は笑った。

「この俺が、そんな情けないガキを紹介すると思ったか?確かにガキでちっこいが、山でモンスター相手の狩りをして育ったガキだ。肝は据わってるし、 戦闘能力の方もけっこういける。大人に比べてそりゃ体力は落ちるが、その分すばしっこい。これ以上の人材をよこせっていうのなら、自分で探せと言うしかな いな」
「自力で探すとなると、セフィロスにやらすしかないって瀬戸際なんすよね……」
ザックスは髪の毛をかき回すと、覚悟を決めた顔つきで教官を見た。
「一つ、そのガキ、紹介しちゃもらえないっすかね」
「正規の手続きで任命しないとなると、紹介しても承知するかどうかはわからんぞ。とりあえず、時給いくらになるかはっきりさせといてくれ」
うっそりと立ち上がると、教官は夜間警備のシフトの確認をし、それから警備詰め所に内線を入れた。

「おい、今夜残業してる倉庫か格納庫はあるか?」
すぐに返事があった。
「配送のトラックが遅れたとかで、三番倉庫で物資整理してます」
「三番倉庫だな」
ザックスを振り向き、「ついてこい、多分そこにいる」と言う。顔をしかめながら、ジンと並んでザックスは教官の後に続いた。
「なんで、そこ?時給ってことは、バイト代必要?」
「払わないと、正規の仕事しかしないぞ、そいつ」
ますますザックスは顔をしかめた。社内バイト、教官黙認?
「ソルジャー権限は?」ジンが小声で言う。
「一応極秘扱いだし」ザックスも小声で答える。
「やっぱ、セフィロスにワンピース着せるか?一番違和感なさそうだ」
「お前、今ミッドガルにいないと思って適当言ってるな。違和感なくたって、だまされる奴いないだろ」
「何ぐちゃぐちゃ言っとる」
倉庫の入り口で教官が呼ぶ。それから、中に入り、手近な男に声をかけた。

「クラウド・ストライフ。こっちにいないか」
「ああ、坊主ならあっちで夜食喰ってます。おい、クラウド。教官が迎えに来たぞ」
筋骨たくましい男がリフトを操作しながら声を張り上げた。
壁際に集まって夜食を取っていた男達の間から、金髪の小さい子供が走り出てくる。
「なに?俺、別に規則違反してなかったと思うけど」
いぶかしげに眉をひそめ、少年は食べかけのチキンバーガーを名残惜しげに紙で包み直す。それを見下ろし、教官は自分の背後に控えている男達を示した。

「就寝時間後の外出は立派に規則違反だが、目をつむってやる。あいつらが、お前に話があるそうだ。話を聞くついでに飯でもおごってもらえ」
少年は倉庫の外へ一歩踏みだし、影に潜んでいるような男達に目を凝らす。
その一人の目が、暗がりでぼんやりと碧く光る。
「……ソルジャー?」
少年は少しの感動もない声で、そう呟いた。




……なんて言うか、もうちょっと感激して欲しいもんだがな〜〜〜。

教官に呼ばれて姿を現した少年を見ながら、ザックスは少し残念に思った。
一応、この年代の少年兵っていうのは、もれなくソルジャーにあこがれを持っていると思ってたのに、悲しいかな全然普通の顔、というかむしろ無表情にこっち を見ている。
一歩近づいてじっくり観察してみても、こっちを見上げる少年の表情は変わらない。
小さい、白い顔だ。化粧無しでも十分女で通用する小作りな綺麗な顔で、長めの髪を襟足のところで一つに纏めてる。
余談だが神羅軍は私兵なので、身の回りの規則は緩い。動きの邪魔にさえならなければ、超長髪もアフロも縦ロールも許される。
体つきは細く、軍支給のTシャツとワークパンツの中で泳いでるようだ。

まあ、確かに教官の推薦は確かだ。これ以上の人材はない。だが、この仏頂面はどうだろう。自己紹介する気もなさそうだ。ザックスはこっそり教官に耳 打ちした。
「見た目はともかく、可愛げのない面構えしてますね」
「可愛げのある性格は、お前の要望に含まれておらん」
「はいはい、ごもっとも……で、お前、クラウド・ストライフ?」
ザックスは少年に直接声をかけた。
「そうだけど、アンタ、誰?」
「ファーストソルジャーのザックスだ。よろしく」
可愛げのない問いに大人の分別で答え、ザックスは手を差し出す。少年はザックスの大きな手をじっと見つめた後、バーガーソースで汚れていたらしい手をズボ ンにこすってから握り返してきた。
おお、思ってたより可愛い態度とれるじゃん、とザックスは少年の手を見ながら考える。
体格にふさわしい小さな手で、うっかりすると握りつぶしてしまいそうなほど細い骨格だ。戦闘能力はそれなりだという評価を疑う気はないが、この手で銃が扱 えるのだろうか?手を握ったまましみじみ考えていると、少年の方からじれったげな手つきで握手を解かれた。

「バイトって、ソルジャーファーストがなんのバイト?」
いきなり単刀直入に聞かれた。
ジンが背後から顔を出し、「場所を移そう」と言った。
教官が、「それじゃ、あとはそっちでやってくれ」と戻っていく。
クラウドが「俺、夜食喰ってた最中だったんだけど」とぼそりと言う。
「ついてくれば、コーヒーとホットドッグくらいは奢るぞ」とザックス。
奢るという言葉を聞いて、クラウドはあっさりと二人の後に付いてきた。


倉庫が建ち並ぶエリアを抜けてたどり着いたのは、クラウド達一般兵が普段訓練やら待機やらで詰め込まれる古い建物とは段違いの神羅の誇るソルジャー本部の ある棟。実に立派な建物だったが、駐車場入り口から入ってすぐにエレベーターに乗せられたので、中がどうなっているのかクラウドには全く様子が分からな い。
エレベーターの浮遊間にわずかに顔をしかめていると、ジンが咳払いをした。
「話をする前に説明しておく。まず、これは君の正式任務ではない。断る権利がある。たとえ断ったとしても、君の今後に何かしかの影響があることもない。ま た、断った場合も引き受けた場合も、いっさい他言禁止、守秘義務が発生する事を理解してもらわなくてはいけない。いいね」
「イエス、サー」
「断った場合、俺が泣くけど、それは気にしなくていいからね」
わざとらしいザックスの言葉にも「イエス、サー」と素っ気なく答える。断る権利があるけど、断るとファーストソルジャーが泣くバイトって、どんな内容なん だろうか?と、クラウドは無表情に考えた。時給つり上げ交渉は可能だろうか?


クラスファースト用の待機室の一つに少年を案内した後、ザックスは約束通りにコーヒーとホットドッグを出してやった。と言っても、自販機から買ってきた物 なので、味を云々されると困るのだが、幸い、クラウドはこだわりは全くないようだ。食べかけの夜食を流し込む勢いで片づけた後、なぜかホットドックの方は 手をつけない。
「そっちは喰わないのか?」と聞くと、「朝食用にとっときます」と答えたものだ。
朝食分の食費は寮費と一緒に問答無用で給料から引き落としになってなかっただろうか。社内バイトと言い、いろいろと謎な少年だったが、ザックスは一つ咳払いをして 話にはいることにした。何しろ時間はすでに深夜だ。
さっさと話を済ませて帰らせてやらないと、青少年の発育に悪い――気がする。

「別に難しい話じゃない。こちらが指定した服を着て、指定した場所を、指定した時間いっぱい歩いてくれればそれでいい。ただし一日で終わるとは限らないか ら、作戦終了までの期間、それを続けてもらうことになる。ここまではOK?」
「イエス、サー」
その先をジンが引き継ぐ。

「確認だが、訓練終了時間は午後の6時で間違いないね」
「イエス、サー」
「私は軍人じゃないので、サー付けじゃなくて結構……じゃあ、とりあえず3日連続のつもりで、予定をあけてもらう事になる。手当は一日300ギル、突発的 事象が起きた場合は特別手当として100ギル追加。衣装代、活動費、また、任務が深夜に及ぶ場合の夜食費等はすべて必要経費としてまかなうので、君の持ち 出しはいっさい無しだ。条件としてはこのように考えているが、どうだ?」
「歩くだけで300ギル?」

クラウドが思っていた以上の好条件だ。訓練途中の新兵の給与は一般兵の7割程度の一万ギル弱。まあ、衣類は下着に至るまで支給されるし、寮費も格 安、食事も全て食堂でとれば相当安くあがる。生活に不自由があるわけではないが、一日300ギル、3日間びっしりこなせばそれだけで900ギルの収入は相 当大きい。
勢いで「引き受けます」と叫びたいところだが、条件の割にやるべき内容は簡単すぎる。
裏があるのでは、と疑ってしまう。
クラウドは無愛想な顔をさらに無愛想にして、ザックスに向き直った。
「質問、よろしいですか?」
「出来れば、質問無しでオッケーしてくれれば嬉しいんだけどな。……何聞きたい?」
ザックスは少し警戒したようだ。男っぽくて豪快な笑顔ながら、目つきは笑っていない。

「時間は自分の訓練終了後ということで問題ないのですが、指定した場所というのは、どういった場所になるのでしょうか」
「うーんと、別にスラム歩いてくれとかって話じゃない……」
ザックスは少し考えたようだったが、すぐににやりと笑った。
「普通に街中。繁華街。神羅ビル前のバスプールからバスを使って繁華街まで行って、そこから徒歩で住宅エリアに向かってもらう」
「それだけ?」
「一応やることはそれだけ。ただし、女装してもらう。出来るだけ目立つように、可愛く着飾って」
女装と聞いて、クラウドの無表情が崩れた。いっそう可愛くない目つきになってにらんでくる少年に、ザックスは情けない顔つきで、「別に俺が女装マニアって 訳じゃないぞ」と言い訳してきた。

「……もう一つ、質問よろしいですか?」
「聞きたがりだなぁ、許可する。どうぞ」
「女装して、繁華街を歩いて抜けるって、ひょっとして最近のニュースのあの事件がらみですか?」
ザックスはジンと顔を見合わせた。
「あ、気がついちまった?」
「……ひょっとして、俺、囮ですか?」
「まあ、気がついちまったもんは誤魔化してもしょうがないなぁ。その通り、囮役を探してたんだ」
あっさりと認めるザックスに、クラウドは今すぐに断って帰ろうかと思った。




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