勤労少年の3日間

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1日目
2

この数ヶ月、ミッドガルを騒がせているニュースがある。
内容自体はごく珍しくもないが被害者にとっては最悪の悪夢とも言える、婦女暴行事件。いずれも若くて中流以上の生活をしている女性達だ。
ほとんど眠らない街とも言えるミッドガルでは、深夜の時間帯でも一人歩きをする女性達は珍しくもないのだが、この事件のせいですっかり影を潜めた。
ただのレイプではなく、女性達はいずれも全身打撲や骨折など、まるで子供がおもちゃを振り回したようなひどい状態で路地にうち捨てられている。病院の検査 では、「死なないように計算した暴行」だというのだ。


むろん、ミッドガル市警察も厳戒態勢を強いて犯人捜索に当たっているのだが、いまだに逮捕できない。ただし、一度だけ現場に駆けつけ、襲われてかけていた 女性を保護したことがある。その時、警官の目の前で逃走した犯人の動きが、まるで人間とは思えない獣じみたもので、あっという間に8階建ての廃ビルを駆け 上って消えてしまったのだそうだ。その一件で、ある噂が広まり始めた。


犯人は、脱走した元ソルジャーではないのか……と。


その結果、神羅の治安維持部門が動き、極秘裏のうちに犯人を確保するようにとの命令が下されたのだ。
その時、ソルジャー達のトップであるセフィロスはモンスター討伐の遠征に出かけていて不在だった。
待機中だったソルジャー部隊のうちザックスが率いる小隊が命令を受け、それが無惨にも失敗に終わった「女装ソルジャーによる囮作戦」だったわけなのだが。


「犯人が噂通りの脱走ソルジャーなら、相当危険な任務なんじゃないですか?」
少年の淡々とした問いに、ザックスはあわてて言い訳した。
「いや、もちろん、俺達がびっちり張り付いて警戒する。必要とあれば銃の携帯も許可する。最初に説明しなかったのは、聞いたらびびって歩けなくなるんじゃ ないかと心配したからだ」
「知らないでモンスターの前を散歩させられるの喜ぶ一般兵なんていませんよ。ソルジャーはどうか知りませんけど」
「まあ、俺達も喜びはしないな。考えが足りなかったことは認める。悪い」
潔くザックスは頭を下げた。その態度に、クラウドは少し態度を和らげる。



「一応、身内で済ませようと努力はしたんだ。だが、出来上がったのは、とてもとても明るい場所で他人様の前に出せるような代物じゃなかったんで、結果的に こそこそ暗がりをうろつく程度しかできなくて、犯人どころか、そこ歩いてるなんて誰も気がついてくれないと言う有様で、もうどうしようもなくてさ」
ジンもザックスの言葉を補足するように口を挟む。



「被害女性達は若くて中流以上という以外にも共通点があって、みんな路線バス利用者なんだ。交通機関利用中に目を付けられ、後を付けられた可能性がある。 今までの連中ならとうていあの格好でバスなんて乗せられなかったが、君なら違和感なく人前に出られるんじゃないかと、それを期待しているわけだが」
クラウドは考え込んだ。
日給は欲しい。でも、もしソルジャーが犯人なら、後ろから一発殴られただけで致命傷になりうる。女性達は確かに一命を取り留めてはいるが、生きていても後 遺症やら残ったら困るし、何しろ自分は男だ。腹立ち紛れに殺されない補償はない。



「……危険手当…つけてもらえます?それと、万が一、俺が怪我して動けなくなったり、死んじゃったりした場合の補償とか、文書で残してもらえるなら引き受 けます」
ザックスは「はあ?」という顔になった。
「やけに具体的な条件だなぁ」
「俺、家に仕送りしてるんで。万が一、任務で死んだときの事とか、遺言書にして総務に預けてるんです。補償金を間違いなく届けてもらえるなら、引き受けま す」
クラウドは淡々と言った。「遺言書」という、子供が口にするには少し意外な単語にジンは驚いたようだったが、すぐに頷いた。
「社則に則った形で見舞金、遺族年金等補償する文書を用意するが、それでいいかね?」
「……おい」
鼻白んだ顔で突っつくザックスにかまわず、クラウドが了承すると、ジンは明日までに書類を用意しておくと告げた。


「交渉成立だ。では、明日、勤務後に迎えに行く」
「はい」
クラウドは立ち上がった。一礼して部屋を出ていく少年に、ザックスはあわてて声をかける。
「お前、遺言書だのって縁起の悪い話持ち出すなよ。びっちり護衛するって言ってあるだろ?」
追いすがってくるソルジャーを見上げ、クラウドは足を止めないままに答えた。
「訓練で死ぬ奴だっています。念のためです」
「……そりゃ、確実に安全なんて、道歩いてたって言えるわけじゃぁないけど」
「けしてサー・ザックスを信用してないわけではありません。では失礼します」
クラウドはぺこりと頭を下げると、駆け込むようにエレベーターに乗り込んだ。階を示す数字が一階まで点滅していくのを眺めながら、ザックスはため息をつ く。
「冷静だって、喜んだ方がいいのかねぇ」





翌日、約束通りに兵舎に来たジンに連れられ、クラウドはソルジャー棟にある数多い個室の一つに連れ込まれていた。
そこには何着かの女物衣装が靴やバックに至るまで用意され、大きな姿見の前にはメイク担当の女性までスタンバイしている。
女性はクラウドを見ると、嬉しそうにはしゃいだ声を上げた。


「うれし〜〜〜これは腕の振るいがいがあるわぁ。やっぱりね、いくら仕事だって、ゴリラやカバに着飾らせるのってむなしいし〜〜」
ジンは、力無く笑うと「よろしく、ルナ」と一声おいて部屋を出ていく。
クラウドはルナと呼ばれた若いというには貫禄があり、年増と言うには初々しい反応の女性に問答無用で質問責めにされた。


「声変わりはまだ?途中?喉仏はまだ目立たないね。手もごつくないし、豆も目立たないから手袋は不要と。動きやすいようにスカートはセミタイトにしとくけ ど、外股大股では歩かないでね。足のサイズは?ミニスカートは抵抗ある?」
「……抵抗あります」
かろうじて答える間に、ルナは持ってきた衣装を手早く選び、結局ゆったり目のベージュのサマーセーターと焦げ茶のロングスカートを出してきた。靴はスカー トと同色のショートブーツ。飾りの縫い目で華奢に見えるが、そこそこ幅広で楽なタイプである。


デザインも着方も無難な衣装で、クラウドはほっとした。スカートはともかく、このセーターは使用後に譲ってもらえないかと考えたのは、内緒だ。


「あとね〜スカートだとスースーして大事なところが収まり悪いって言う人もいるから、スパッツとタイツね。万全の体調で頑張って!」
ガッツポーズで励まされ、クラウドはため息をつきつつ、ついたての影で着替えた。
普段、自分で購入する服より数段仕立てが良く、柔らかい手触りにクラウドは驚いた。汚した場合、弁償しろなんて言われないだろうか?外に出る前から汚す 心配をしてしまう自分の貧乏性にちょっと嫌気を感じつつ、クラウドはルナに自分の前の囮達について質問してみた。
「俺の前にも女装した人たち、いるんですよね。どんな格好でしか?」


「どんなもなにも!野太い首にごろごろの喉仏。張り出す肩にどーんにばーんな背中と胸の筋肉!30センチ近い足にどんな靴を履かせろというの?私、この仕 事をやってきてこんな挑戦を受けたのは初めてだったわ!はっきり言って、負けた!って思った!っていうか、勝ちたくないわ!」
 (………どんな格好だったんだろ)
見たくもあり、見たくも無しで、クラウドは想像も出来ないままに着替えをすませた。
身体のラインが完全に隠れ、ノーメイクでも少女に見える。
ルナはマタタビの木を独り占めする猫のような顔つきで、文字通り舌なめずりをした。



「……うっふっふ〜〜〜綺麗な金髪よね。ほんと、蜂蜜みたいな色。さらさらだし、ちょっと癖は強いけど、今までのゴリラたちの剛毛に比べたら、ホンと、生 きてて良かったって感じ〜〜。肌もまっ白でファンデは要らないと……あら、これはなんだか悔しいわ。パウダーを薄くはたいて、眉毛整えて、ベビーピンクの グロスだけで大丈夫っぽいわねぇ。透明マニキュアつけたいけど、どう?」


マシンガントークを続けながらもルナの手は止まらない。はねっぱなしで結わえないと落ち着かない髪は、あっという間に天使の輪付きのストレートに整えら れて背中におろされた。唇に塗られた物はちょっとべたべたしたし匂いも鼻についたが、内心恐れていたほど塗りたくられずに、その点だけはちょっとほっとし た。
マニキュアは断った。持ち出された長めの付け爪がちょっと不気味だったからだ。
最後に念入りにヘアスプレーをかけられ、癖の強い頭のてっぺんや横の部分の髪を丁寧になでつけて大きめのヘアピンで留められ、準備は完了した。
ルナはひたすらご満悦だった。
「うん、いい感じ!今まで手がけてきたモデルの中で、一番いい感じ!」
「……普段、どんな人たちにメイクしてるんですか?」
ふと思いついてクラウドは聞いてみた。その質問に、ルナは不気味な笑顔を張り付かせて簡潔に答えた。


「プレジデントやハイデッカーやパルマー達が広報用の写真撮影するときや、テレビ取材を受けるときの専任メイクよ」




一瞬驚いた顔のジンに連れられ、クラウドは昨夜よりも大きめの部屋へと連れて行かれた。小会議室といったところだろうか。円卓に10客くらいのイスが 並んである。
入った瞬間、中にいた5.6人の男達の視線が集まってクラウドはギョッとした。
多分全員ソルジャーで上官だからと顔を顰めるのは耐えたが、ルナの言うとおりゴリラかカバかというほどのたくましい男の団体の注視を浴びるのは、はっきり 言って怖い。均整のとれたザックスですら細身に見えるし、中肉中背のジンは子供みたいに見える。
そのジンより背の低い自分は――どう見えるか考え るのは止めた。
どうせ、身体の小ささを買われての仕事だ。ザックスが手招きをする方向に、クラウドは無表情に進んだ。じろじろ見られる視線が痛い。


「へーこりゃまた、いい感じに出来たなぁ。これなら昼日中に歩かせたってばれねぇって」
にこにこしたザックスに引き寄せられ、全員に紹介されたのち、そのままミーティングが始まった。
と言っても、作戦自体はもう何度も実行されていて、今回はちょっとうろつく距離が長くなった程度なので、クラウドに説明するだけが目的だった。


「今日は八番街方面を回ってもらう。何たって、あの辺はデートスポットが多いから、その分、人出も多い。一人で女の子がうろついてたら、相当目立つ」
「小隊長!最近じゃあ、遅い時間に一人歩きするのは商売女くらいだから、別の意味でやばくないですか?」
クラウドをちらちら見ながら手を挙げたのは、ザックスと同年代で横幅が少し広めに見える男だった。「あ、これは俺の副官やってるセカンドのショーンね」と ザックスがクラウドに伝えてくれる。


「えーと、無線機を持たすから、常にオンにしといて。会話チェックして、ナンパだったら近い奴が因縁つけて追っ払うって事でいいんじゃない?」
おおざっぱに言いながら、ザックスは確認取るようにクラウドを見た。
「はい」
とクラウドもあっさり答える。それに頷きながら、ザックスはショーンを見た。
「そういや、あれは?」
「用意してます」とショーンがテーブルに載せたのは、小口径の護身用拳銃とコンバットナイフ。
「使えるよね」と聞かれ、クラウドは頷いた。どちらも神羅の 一般兵の標準装備だ。クラウドは拳銃のホルスターを腰の後ろにつけ、ゆったりとしたセーターで隠した。次はナイフをどこに隠そうかと思い、脚につけること にした。ロングスカートなので、ナイフを抜くためにスカートをめくる手間を考えると、膝上当りが無難かと、しゃがんでスカートを太股半ばくらいまでめく る。と、視線を感じて顔を上げると、ソルジャー連中が上からのぞき込んでいた。


「……男の脚見て、楽しいですか?」


思わずそう聞くと、一斉に「うん!」と答えて頷かれた。


一瞬、警戒するようにクラウドは顔を引いた。苦笑いしつつザックスが言う。
「こいつら、10日ばかりごつい女装姿しか拝んでないから、目の保養に飢えてんの。普段はちゃんと女好きばかりだから、安心してくれって」
女好きばかり宣言も正直すぎてなんだかなぁ、という気分になりながら、クラウドは装着したナイフの上にスカートの裾をかぶせて立ち上がった。同時に残念そ うなため息がふたつみっつ上がるのを聞き、心の中で大きくため息をつく。
禁欲生活が続いた男の生理だとは分っていても、自分がその対象にされるのは遠慮したい。
無線機の入ったショルダーバッグを肩に掛けるクラウドを見て、ザックスは気を引き締めるようにこほんと咳払いをした。


「あーー、今更言うのもアレだが、今回のミッションは本来のオレらの仕事じゃない。ほんとなら市警、憲兵、犯人の素性を調べるだけなら調査課の仕事だ。で もこれは、将来オレらのいい人にもなるかもしれない可愛い可愛いレディが理不尽にも傷つけられてるという、はっきり言って独身男の敵を退治する大事な仕事 だ。彼女が欲しいわびしい独り身男は、せいぜい気合いを入れて励んで欲しい!」
「小隊長が一番はりきらないとな〜〜」
とヤジが上がる。とたんにザックスは情けない声を上げた。
「それを言うなよ〜〜〜4日前にふられたばかりだ」


『説明できないようなミッションを口実にデートをキャンセルしまくるなんて、本当は私の事なんて何とも思ってないのよね!』と電話口で宣言された時の悔し さを思いだし、ザックスは拳を振り上げる。


「だが!今は強〜〜〜い味方が出来た!新たなカワイコちゃんの被害者が増えないうちに、独身男の敵殲滅作戦、必ず成功させてみせるぜ!」
「今度こそ!独身男の適殲滅作戦の成功を!」


気勢を上げる少年達の憧れたるソルジャー連中を眺めながら、クラウドは再び『なんだかな〜〜〜』という脱力した気分に陥っていた。





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