勤労少年の3日間

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1日目
6

ザックスはパソコン画面を前に沈み込んでいた。

今回の捕り物の発動から終了までの報告書と、始末書。
それを至急提出するようにと、セフィロスに厳命されてしまったのだ。


ザックスは今日のセフィロスとの遣り取りを思い返し、重たいため息を付いた。
どうにもやりきれない気分だった。



「あれは化学部門の研究員だ」
セフィロスは明言した。
「自分の身体で肉体強化薬の投与実験をしたあげく、凶暴性と異常性が増して次々と女を襲っていた」
「……それは、公には出来ない事実なんだよな…」
ザックスは言う。セフィロスは当然だ、と言わんばかりの顔で答えた。
「当たり前だ。そんな物騒な薬を開発していたなど、公に出来るわけがない」
「それじゃ、被害者達への謝罪や見舞いは?」
「無理だな」
あっさりと言うと、セフィロスはシートに深く背を預ける。
その涼しい顔に怒りが沸いた。


「神羅はズタボロにされた女性達になんの責任も取らないってのか?」
「それはオレに言われてもどうしようもない。化学部門総括か、研究員の家族に直接交渉してみてはどうだ?」
出来るわけがないと、そう確信した顔でセフィロスは問う。
「突然家族を失い呆然としている家族に言うか?女性を何人もレイプ暴行した犯人が亡くなった息子さんです。被害者に補償してください、と」
ザックスは言葉に詰まる。
「……宝条博士は…」
「あの男にそんな人間的な感情があるなら、とっくに神羅から逃げ出している」


――あの、ガスト博士のように――


セフィロスは口元に皮肉な笑みを浮かべた。神羅中枢に近づけば近づくほど、まともな神経を持った人間には居づらくなる。ザックスもその口だろうと思う。
それでも、この呆れるほど健康的な精神を持つ男は、どれだけ戦いを繰り返そうとも、けして人間らしさを失ったりはしないだろうが。
等のザックスは怒りに拳を振るわせながら、険しい顔をして退出しようとしていた。


「待て。今度はオレがお前の話を聞く番だ」
「はい?俺?」
「なぜ、未成年の訓練兵が、肉体強化薬を服用して異形となった標的とたった一人女装姿で対峙しなくてはならなかったか、説明を求める」
ザックスは誤魔化すように陽気な笑い声をあげると、頭をかいた。
当然、セフィロスは誤魔化されてはくれなかった。
観念してザックスは説明を始めた。
治安維持部門本部からの要請から始まり、女装の囮作戦の開始から昨夜までの全て。
セフィロスは全てを聞き終えると、優しく言った。


「……未成年とはいえ、仮にも兵士だ。あの子供を囮に使ったこと自体は咎めない。だが――」


ザックスはその先を聞きたくない、と言うように顔をゆがめるが、当然、セフィロスは先を言うのを止めてはくれなかった。


「ソルジャー6人掛かりで子供1人の追跡も満足に出来なかったなど、ファーストソルジャーにあるまじき不手際だな。指揮能力の不足を疑われても仕方がない。減俸は覚悟しておけ」
「そんな殺生な〜」
泣きつくザックスに同情の余地もなく、セフィロスは楽しそうに言い添えた。
「今回の作戦の報告書と、囮作戦の不手際に対する始末書を、今週中に提出するように。出さなければ――減俸期間が伸びても文句は言うなよ」


ザックスは二重に打ちのめされた。
打ちのめされ、本日の勤務時間が終わり、同僚達がさわやかにデートに散っていっても、まだパソコン画面を前に沈み込んでいた。


「……あ〜〜〜〜、俺って…なんか不幸かも…」
「ザックス、いる?」


ひょいと扉が開き、現れた金髪に、ザックスは勢いよく顔を上げた。
私服姿のクラウドがいた。
「あ、いた。入っていい?」
ちょこんと小首を傾げ、そう聞いてくる子供に、ザックスは相好を崩す。
「おう、入れ入れ。俺一人だから、遠慮すんな」
クラウドの堅苦ししさのとれた口調も、ザックスは少し嬉しかった。
敬語を使われるのは、ちょっと不満だったのだ。


「ジンの所に来たのか?」
「うん、バイト代もらいに。現金でくれるって言うから」
「あはは、特別会計だもんな」
「最初の話よりも上乗せして払ってくれた。3日のつもりが1日で終わってがっかりしたけど、多くもらえて安心したよ」
クラウドは珍しくご機嫌に笑っている。
「お前、死にかけしたのにそういう事言うか?」
昨日の今日なのにけろりとしているクラウドに、ザックスもつられて笑った。
何はともあれ、笑えるのは良いことだ。もしも、昨日、見失ったまま少年の無惨な身体が発見されたら、ザックスはきっと一生笑えないほど後悔しただろう。
ザックスはクラウドと一緒に休憩室に移動すると、コーヒーを買って手渡した。


「そう言えば、明日もちょっと手伝って欲しいってジンさんに言われた」
熱い紙コップを抱え、クラウドが何気なくそう言う。
ザックスはコーヒーを一口飲むと、「へえ」と首を傾げた。
「何やってくれって」
「スラムの何とかって店に行って、注文の品物取ってきて欲しいって。……女性専用の店だからって…」
「……また女装か…バイト代、ふんだくってやれよ」
笑いながら言いかけ、はたとザックスは気が付いた。
「スラムの店?」
「うん、詳しい場所は明日地図くれるって言ったけど…『ハニーローズショップ』だって」
「……それ…蜂蜜の館のおねーさんたち御用達のランジェリーショップだ。お前、そこに行くのか?」
「ザックス、詳しいね」
このスケベ、と言いたげな目でクラウドは見るが、つっこみ所は本当はそこではない。


「下着屋さん……?」
「むっちゃくちゃきわどい奴。水かけると溶けるのとか、スケスケ紐パンツとか。つーか、あそこに買い物に行く女の子って、全員その手の商売だと見られるぜ。ジンの奴、無茶言うなぁ」
「うん、それで、護衛代わりにザックスに着いていってもらえって言われて、それで話に来たんだ」
ザックスはベンチに座ったまま、のけぞるように天を仰いだ。


「……護衛失敗で始末書書いてる俺にそれをやらせるなんて、ジンの悪魔…」
「…だめ?」
クラウドが不安そうに聞く。ザックスはぶんぶんと頭をふった。


「駄目なわけないっしょ〜〜〜護衛でも道案内でもおにーさんにまっかせなさい〜」
がははっと豪快な笑い声をあげるザックスに、クラウドは薄く笑って「ありがと」と言った。
「いんや。失敗やらかしたのに、当てにしてくれて嬉しいよ」
ザックスが生真面目に言うと、驚いたのかクラウドは少し目を見張った。
「はぐれちゃったのは、俺の所為もあるよ。予定のコースから勝手に外れたんだし」
「いや、それでも、ちゃんと後を追いかけなきゃならなかったんだ。それに、はぐれたのに気が付いた後も、ボケやらかしてる。セフィロスに怒られるのも当たり前だな、こりゃ」
「怒られたの?」
「始末書、今週中に出さなきゃ減俸だと」
「ふうん」
「あ、お前、冷たい言い方!もうちょっと同情しろよ」
「反省してるのかしてないのか、どっちだよ」
髪をぐちゃぐちゃにかき回されて、クラウドは声を高くした。
「全くだ。反省してるのか」


不意に頭上から声が落ちてきて、ふざけあってた二人は飛び上がる。いつの間にか休憩室にいたセフィロスが呆れた目で見下ろしている。
「ザックス、オレは報告書と始末書を今週中にと言ったはずだが、間に合うのか?」
日頃からザックスは書類の提出が遅い。副官のショーンやサポートに着いているベテラン一般兵がぼやきながら資料を集め報告書の下書きをしていることをセフィロスも知っている。
「は、はい!間に合わせます!サー!」
直立不動になったザックスが勢いよく言う。
そして悪戯っぽい目をすると、「じゃ、明日な。俺、今日は徹夜で頑張るわ」とクラウドに言った。
「うん、じゃ、明日。書類書き、頑張って」
ザックスは笑いながら手を振り、休憩室を出ていった。
クラウドはセフィロスの姿を探した。コーヒーの自動販売機の前で、紙コップを手にしている。


………サーセフィロスも自販機のコーヒーなんて飲むんだ。
なんか、いつでも淹れたてのちゃんとしたコーヒー飲んでる気がしていた。


ぼーっと眺めていると、視線に気が付いたのかセフィロスもクラウドを見る。


「オレが自販機を利用するのが不思議か」
「……なんだか、似合わないって言うか…」
「はっきり言うな」
くすくすという笑い声を聞いて、クラウドは我に返った。なんだか、思いっきり失礼なこと言わなかったか?俺。
口元に手を当てて焦っていると、セフィロスは飲み終わった紙コップをくず箱に捨てている所だった。
「それ、ホットでしたよね」
「それがどうした」
「熱くなかったですか?」


飲み終わるのが早すぎないか?自販機のホットコーヒーって確か温度90度くらいあった気がするぞ。うっかりすると、口の中火傷して皮がむけるくらい熱かった。


「オレは猫舌じゃないからな」


そう言う問題なのかな、と思ったが、ソルジャーの舌だからそれくらいじゃ火傷しないんだろうな、とクラウドは自分で結論づける。


「お前は、クラウド・ストライフだな」
不意に名前を呼ばれ、クラウドは顔を上げてセフィロスの顔を見つめた。
「はい、そうです」
セフィロスはなんだか納得いかない風にクラウドを見つめている。


夕べ会ったばかりだけど、忘れられたんだろうか。
俺ってそんなに特徴のない顔してたのかな…とクラウドは見当違いなことを考える。


セフィロスの記憶力は少し特殊だった。
一度あった人の顔と名前は、まるでコンピューター並みの正確さでセフィロスの中に記録される。
昨夜セフィロスが記憶したクラウド・ストライフというのは、少女の姿をしていた。
好きであの格好をしていたわけでは無いことは理解しているが、セフィロスの中ではクラウド・ストライフはスカートを履いた少女の姿で記録されてしまったのである。
当然、普通の少年の姿をしているクラウドは、セフィロスにとっては記録と一致しない物であった。こっちが正常なのだと分っていても、何か違和感があった。
仕方がないから、セフィロスとしては人物データの顔の上書きをするしかない。
セフィロスにじっと見つめられ、クラウドはなんだか落ち着かなくなってきた。
顔は熱を持ったように熱くなるし、きっと赤くなってるだろうと自分でも分った。


目の前の白い顔が見る見るうちに真っ赤になる。
その現象に、セフィロスは少し首を傾げた。
セフィロスの前で顔を赤くする人間は多いのでそれ自体は別に珍しくもない。
だが、赤く染まった少年の頬の色は今まで見たことがないほど鮮やかだ。
よほど肌理が細かいのか肌の白と血の赤が綺麗に混じって、見事なまでのバラ色になっている。
セフィロスは何気なく手を伸ばすと、少年の頬に触れた。
思った通り、よく磨き上げた玉のようななめらかさ。
少年の顔がいっそう赤くなった。
落ち着かなげに視線を彷徨わせると、ぱっと頭を下げる。


「俺、帰ります!お休みなさい、サーセフィロス!」


少年はそのまま逃げ出すように駆けだしていってしまった。
なぜ逃げ出したのか理解できず、セフィロスは戸惑いつつ、少年の頬に触れていた自分の手を見つめた。
もう一度触れてみたい、そう思った。





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