勤労少年の3日間

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1日目
5

セフィロスがその場にいたのは、偶然ではなかった。
遠征から戻ってきたとたんに、化学部門からの要請がかかったのだ。

『新しい肉体強化役を開発中のスタッフ二人が、自分の身体で投与実験を始めたのはいいが、徐々に様子がおかしくなってきた』

近頃ミッドガルを騒がすレイプ犯のニュースが流れる翌日には、必ずと言っていいほどその二人のロッカーから、血まみれの白衣が見つかるのだと、そう言っていた。


『――退社後に何をやっているのか――いや、見当は付くがな』


自分の部下のことだというのに、化学部門の総括は人ごとのように笑っている。


『投与を続けた肉体がどうなるか、脳にどんな影響が出ているのか調べたい。サンプルとして持ち帰って欲しい』


退社後の二人がどの辺りにいるか、だいたいの見当は付いていると男は言った。
数年前に閉鎖になった研究所があった八番街の、今は廃墟となった一角。彼らは、元はそこで研究を重ねていたのだそうだ。


ばかばかしいと思いながらも、特に何もすることのない夜。そぞろ歩きのついでにでも見回ってみようかとその周辺に来てみれば、異形の足跡と小さい靴跡が入り乱れて走り回った跡が残っている。
それを追ってきてみれば、ほんのわずかだが、流されたばかりの血の臭い。
そして、目前の廃ビルの上からは走り回る足音も聞こえる。


面倒くさい。


セフィロスはため息を付いた。どうやら、真っ最中のようだ。
化学部門の尻拭いは気が進まないが、現場に居合わせてしまったのなら仕方がない――そう思ったとき、銃声が響いた。
顔を上げると、壁のない階の端に、ちらちらと金髪が見え隠れする。
女がぎりぎりの縁に追いつめられている。
素直に階段を上るのでは、間に合わせるのは無理なようだと判断し、跳躍の構えに入ったときに立て続けの銃声が響き、そして金髪が空に舞った。追いつめられて落ちたのではない、自分の意志で床を蹴って飛び出した動きだ。
それを追って異形の二つの影。
三つの身体が、セフィロスの頭上に落ちてくる。



セフィロスは金髪の蛮勇に呆れた。
どう見ても、化け物道連れの無理心中を計ったようにしか見えない。
セフィロスは地を蹴ると同時に呪文を唱えた。
金髪を捕らえようと腕を伸ばしていた化け物2体が炎に包まれる。
サンプルとして持ち帰れとは言われたが、生かしたままとは言われていない。
勇気があるのか、それともただの考えなしなのか、悲鳴の一つも上げない小柄な身体は腕に抱き留め、火の粉からかばうために腕の中に抱え込んだ。
思っていたよりも細い、子供の骨格だった。
どういう人間なのかと興味がわいた。





腕の中から大きな蒼い目をさらに大きくして見上げてくる少女に、セフィロスは不審の表情になった。
硝煙の臭いが染みついているから、この娘が銃を使ったのは間違いない。
この幼くて愛らしい顔立ちの少女が、一体どこから拳銃を手に入れたのだろうか。
そしてなぜ、こんな場所にいたのか。
「お前はなんだ?」
疑問が立て続けに頭に浮かび、セフィロスは仏頂面で訊ねた。九死に一生を得たはずの子供に対し、ずいぶんと冷たい言い方になった。
娘ははっと我に返ったようになると、ぴょんと身軽に腕から飛び降り、綺麗な敬礼をした。


「神羅軍訓練兵、クラウド・ストライフです。サー」


少年だった。
しかも、神羅軍兵士。
自室に突然ドラゴンが現れても、これほど驚かなかったかもしれない。
セフィロスは次に自分でも間抜けだと思う問いを発した。
「クラウド・ストライフ。スカートを履くのは、お前の嗜好によるものか?」
「いえ、ソルジャーザックスの要請による物です」
クラウドは敬礼の姿勢のまま、きっぱりと答えた。嘘は言っていない。
セフィロスは難しい顔のまま、クラウドを凝視している。
なにかまずかっただろうかと、クラウドは表情を変えないまま内心で焦った。
むろん、セフィロスにとっては全てがおかしかった。


なぜ、訓練兵の少年がソルジャーの要請で女物の服を着て、化け物と追いかけっこをしているのか。
きっちりとザックスを問いつめないといけない、と考えていた。



クラウドは、気分の悪くなる臭いをさせながら、まだ燃えている二つの身体を見た。
炎の中で、クラウドを追いかけてきた化け物は炭化しつつある。
どう見ても、死んでいるだろう。
セフィロスはクラウドの視線を追って死体に目を向けた。
再び呪文を唱え、軽く冷気の魔法をかける。
炎が消え、生々しい焦げた死体が現れた。
セフィロスはその傍らに膝をつくと、死体の首からぶら下がっているIDカードを手に取った。表面はほぼ焦げているが、そこに書かれていた文字は読みとれた。
化学部門の研究者であることは間違いない。
PHSを取り出し、本社ビルで待機しているはずの化学部門回収班に連絡を入れた。


「オレだ。七番街再開発地域2-8地点の廃ビル前でサンプル二つ回収。取りに来い。――サンプルの状態?中までは焦げてないはずだ」


サンプルの状態にPHSの向こうでは文句が上がるが、知ったことではないと通話を切った。
死体の一つは腕からナイフを生やしてる。血の出所はここだったかと思い、セフィロスは焦げた死体を眺めている少年に声をかけた。


「このナイフはお前のか?」
「あ、はい。借り物ですけど、自分が使用した物です。刺したのは良いけど、抜けなくなっちゃって」
子供はあっさりと認めた。
一人でずいぶん奮闘したようだ。
髪の毛は縺れて細かい破片や蜘蛛の巣が絡み、セーターは鉤裂きだらけ、タイツは大きく破れて白い肌が除き、所々血がにじんでいる。


「怪我は?」
最初に聞くべきだったかと思いつつ、セフィロスは子供の全身を観察しながら言った。
ぱっと見、さほど大きな怪我は無さそうだ。
「えと、特別ないと思いますけど…」
「レイプは?」
「されてません!」
むっとしたのか、少し強い口調で子供は否定した。それから少し顔を伏せ、不満そうな表情のまま髪に手をやる。さすがに乱れ方が気になったのか手櫛で整えようと試み、腕を上げたところで顔を顰めて背中に目を向けた。
「どうした?」
「……背中がつる……けっこうぶつけてたみたい」
「まあ、その格好では、ずいぶんと手荒に扱われたのは分る」
子供はまたむっとしたようだ。今になって痛み出したのか肩や脚を撫でながら、それでも「痛い」とは言わない。


「すみません、サー。ソルジャーザックスと連絡を取りたいのですが、通信機を落としてしまいました。貸していただけませんか?」
「貸してもいいが、おれはザックスのPHS番号はしらん」
またもやむっとした目つきに、この子供を怒らせてばかりだな、とセフィロスは苦笑する。とりあえず、フォローの言葉を口にしてみる。
「近くにいるのなら、魔法の気配を感じてやってくるだろう。いくらなんでも、気が付かないほど阿呆ではあるまい」
子供の目つきは変わらない。確かに、この言い方では安心にはほど遠かろうと、セフィロス自身も思う。


「治安維持部本部のオペレーターになら連絡は付く。そこからザックスに呼び出しをかければいい」
「はい……」
子供はようやく納得したように頷くと、上目遣いに見上げた――身長差があるから、セフィロスの顔を見ようと思えば当然なのだが、可愛らしい少女の姿で上目遣いをされると何か強請られているような気になる。セフィロスは薄く微笑んだ。とたんに子供の顔が赤くなる。気の強さを伺わせる瞳も目を引くが、赤面してうろたえている様子は素直に可愛い。
少し悪戯心がわいた。


「連絡を付ける前に、怪我を治してやる。来い」
「…は?」
セフィロスは少年を引き寄せた。腕に抱き留められる格好になったクラウドは、目をパチパチとさせる。
「あの…サー?」
「黙ってろ」
短く回復の呪文を唱えた。柔らかい光がふわりとクラウドの全身を包む。
何かが皮膚を通して中に入ってくるような感覚に、クラウドは眉根を寄せた。
肌がそそけだつ気がする。それから痛んだ筋肉やすりむいた場所が再生していく感触がダイレクトに感じられる。
むずがゆさが全身に広がっていくような感じを受け、クラウドは切なげに顔をゆがめた。唐突に全身の不快感が消えた。傷が全て癒えたためか、妙なむずがゆさが消え、柔らかい日溜まりに包まれているような暖かさに取って代わり、ふっと身体の力が抜ける。
自分が凭れている相手が誰なのか忘れ、クラウドは相手の腕に体重を預けると目を閉じた。とても穏やかな気分だった。



魔法の光を受け入れて微妙に変化していくクラウドの表情に不謹慎ながら、セフィロスはイった時のような顔だな、と思った。
わずかに息を弾ませて目を閉じ、ぐったりと身体を預けてくる様子も、まるでセックスの後のようだ。


「魔法をかけられたのは、初めてか」
「はい…」
「ずいぶんと敏感な反応だな」
怒るかと思ったが、子供は黙って目を閉じたまま、大人しくセフィロスに凭れている。
聞いていなかったのかと思ったら、一拍間をおいて少年はセフィロスを睨みあげた。
「何かおかしいですか?」
声に険がある。「いや、べつに」とセフィロスは苦笑しながら答えた。
子供はむっつりとした顔でセフィロスから離れた。なんとなく手放しがたい気もしたが、セフィロスは子供が離れるに任した。こちらに向かって勢いよく走ってくる複数の足音が聞こえたためだ。



クラウドは地響きが近づいてくるのに気が付き、ぱっと身構えた。
まさか、重量級モンスターの大軍?
と思ったところ、突如目の前に出現した黒髪のがっしりした男にいきなり抱きしめられる。
「クラウドォォォォ〜〜〜〜!ぶ、ぶ、ぶ、無事でよかったぁぁぁぁ〜」
「ソルジャーザックス?どっから沸いてきたんだ?」
気が付くと、ザックスの後ろではソルジャー達が勢揃いで、身体から湯気を立てながら肩で息をしている。
さては、重量級モンスター大軍の突進音かと思った地響きは、このメンツが立てたのか?
クラウドは唖然としたまま、ザックスに抱きしめられていた。足は完全に宙に浮いてぶらぶらしている。
「よ、よかったぁ〜悪かった、ほんと、悪かった!」
ぐりぐりと頬ずりされるたびに剛毛が顔に刺さってちょっと痛い。
「……ソルジャーザックス…俺は大丈夫ですので、放してもらえませんか?」
せっかく擦り傷打撲の類を治してもらったのに、骨折しそうだと、クラウドは困惑気味に思う。
「ザックス。子供が苦しがってるぞ」
冷静な声に、ザックスはクラウドを抱えたままぱっと背筋を伸ばした。


「サー・セフィロス!なんでここに?」
「依頼先は違うが、おそらく目的は一緒だ」
セフィロスは黒こげの死体を目で指し示した。
「化学部門が回収に来る。それまで見張っていろ」
「化学部門がなんで?」
言いかけて、ザックスはあり得そうな話だと思いついた。
あそこで作った変な薬か訳の分らない人体実験の結果がこの死体だ。
「……ちくしょう…あいつらの所為で、クラウドの貞操は喰われちまったのか…」
無念そうな呟きに、クラウドは声を荒らげた。


「誰が喰われたって!」
衝動的に、自分を抱き上げたままのザックスに膝蹴りを喰らわせた。綺麗に男の急所に決まったのは偶然で、特別狙った結果ではない。
「うぉぉぉ!」
悲鳴を上げてよろめくザックスから身軽に離れると、クラウドはぼろぼろの格好で仁王立ちになり、指を突きつけた。


「変な言い方すんな!」
「……いや、お前…その格好は誰が見てもヤバイ…」
2ndソルジャーのメリルがぼそりと言い、きっと睨み付けられて押し黙った。
最近年下の彼女に振り回されることに喜びを見いだしている若いソルジャーは、その彼女とさほど変わらない年齢に見える少女姿のクラウドには絶対に逆らうまいとこのとき決めた。股間を押さえて蹲っていたザックスが、涙声を出した。
「う…とりあえず、元気…元気すぎるけど…良かった…」


ソルジャー達と子供のドタバタ劇を少しの間見物していたセフィロスだったが、いつまでもつきあっている気もなかった。
無言でその場から立ち去ろうとする背中を見つけ、クラウドは慌てて呼びかける。
「サー・セフィロス!」
セフィロスが振り向く。何か用か、と言いたげな視線に向かい、クラウドは背筋を伸ばして直立した。
「お礼が遅れまして申し訳ありません。助けてくださって、どうもありがとうございました」
そのしゃちほこばった言い方に軽く苦笑すると、セフィロスは「気にするな」と言いたげに軽く手を振り、あとは振り向かず、足音を立てない歩き方で暗がりに消えていった。
クラウドは表情を消して、もう見えなくなってしまった後ろ姿を見つめ続けた。



思っていたのと違う、神羅の英雄。
当たり前だ。ポスターやニュースで目にする英雄は、神羅が作り上げたイメージだ。
美しくたくましい、近寄りがたい完璧さを持つ男。鬼神の強さを持つ孤高の英雄。
誰も彼には近づけない。


でも、人間だ。
ちゃんと息をして、触れば体温があって、声をかければ返事をしてくれる普通の人間。


人間だけど、人間離れした強さ。


神羅に祭り上げられた英雄よりも、実際に見たセフィロスは強くて綺麗だった。
そして、優しかった。






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