3日目
1
午前の訓練が終わって昼食に行こうと思ってたら、教官に呼び止められた。
「ストライフ、ちょっと来い」
フルブライトに手招きされ、クラウドは駆け寄る。
「なんでしょうか、サー」
「お前に客が来てるぞ」
客って誰だろ、と首をひねっていると、教官室の隅にあるソファから黒髪のソルジャーが立ち上がる。
「よう」
「サーザックス。なんでここに?」
クラウドはますます首をひねった。こんな昼日中から、なんの用だろう。
「それじゃあな、ザックス。後の手続きはやっておくが。俺の生徒を虐めるなよ」
「虐めませんよ〜〜ちゃんと後で帰しますから。んじゃ!」
にこにこしながらザックスは手を振る。首を振りながらフルブライトが出ていくと、ザックスは内緒話をするようにクラウドに顔を寄せた。
「お前さ、夕べの銃乱射男の顔、覚えてる?」
「夕べの?」
クラウドは眉根を寄せて記憶を探った。黒い帽子にロングコート、黒いサングラス。
「帽子かぶってたし、サングラスもしてた。顔の輪郭くらいしか見てないけど」
「大体でいいから、覚えてるか?」
「…うん、大体なら」
それを聞くと、ザックスは安堵の息を付いた。
「そか、よかった。俺は後ろからぶっ飛ばしたから、背丈くらいしかよくわかんなくてさ。で、急で悪いけど、覚えてること、タークスに証言してくれるか?」
「タークス?なんで?」
総務部調査課の名前は有名だ。なんでも調査するし、ソルジャー候補のスカウトもするという。クラウド達のような訓練兵にしてみれば、ソルジャーと並んで神秘的な部署だ。
ザックスは不思議そうなクラウドを連れて、本社ビルに向かった。
60階にある一般警備兵詰め所の一室で、ジンともう一人見たことのない男がいる。
ジンは何枚かの写真を出して、クラウドに見せた。
「この中に君の見た男はいるか?」
クラウドは真剣な面もちで写真を見比べた。髪や目の色は分からないし、正直、目が見えないと顔の印象は全然違う。
だが、並べられた写真はどれも違う気がした。
「……もっと顎が角張って、首が太かった気がします」
写真に写っているのはどちらかというと優男系だったが、クラウドが見た男はがっしりしていた。マシンガンを片手で乱射するくらいだ。
それを告げると、ジンともう一人の男は顔を見合わせ、何か小声で忙しなく話し合っている。
きな臭い予感にクラウドは顔を顰めた。
ややあって、ジンは難しい顔でザックスとクラウドの両方を見比べると、「他に思い出したことがあったらすぐに教えて欲しい」とだけ言って立ち去っていった。
「……なんなのさ」
ザックスを見上げ、ぼそっと聞く。ザックスは困り顔だ。
「タークスの担当だから、俺がしゃべるのはアレなんだけど、お前当事者だし。…ま、いっか。内緒だぞ」
ザックスが口元に指一本立てて、少しだけ生真面目そうな顔を作る。でも目は悪戯っ子のようにキラキラしてるので、しゃべりたくて仕方ないのは明らかだ。
クラウドはこくんと頷いた。「で、なんなの」
「あの銃乱射男、偶然じゃなかった。撃たれたレジの彼女、情報たれ込み屋本人だったんだとさ」
「じゃ…?」
クラウドは思わず声を潜める。ザックスは、大きく頷いた。
「情報をタークスに流してるのがばれて、口を塞がれたのさ」
「俺が受け取った荷物って、情報だったわけ?」
「ああ。情報をきわどい下着の縫い目とかに隠して、客のフリした女性タークスに渡してたんだけど、タークスの女って新米が多くて、どうしてもちょっとばかし浮くんだよな。それで疑われて情報の受け渡しに女タークス使えなくなって、逆に浮いても当然って感じのお前に白羽の矢が立ったって事らしい」
「でも、結局ばれちゃったって事だよね」
「ああ、でも、情報受け取りに来たのは誰かって事までは、分からなかったらしいな。レジの彼女の口は塞がれたが、お前がそうだとは思わず、荷物も回収してかなかった」
「ぎりぎりで危なかったんだね…」
クラウドはしみじみと言う。
「どういう組織の情報かは聞いていい?」
「俺もそこまでは聞いてない。アバランチの連中とは別口らしいけどな」
ザックスは首をすくめた。タークスの仕事は実際謎が多い。
「おしゃべりがすぎちまったな。さて、行くか」
立ち上がったザックスの後をついて歩きかけたクラウドだが、エレベーターを降りて駐車場に向かうザックスに首を傾げた。基地からは徒歩で来た。
「ザックス、どこか出かけるの?」
「え、お前も出かけるんだよ」
当たり前、と言った風のザックスの返事。
「はあ?」
頓狂なクラウドに、ザックスは首を傾げた。
「言ってなかったっけ?お前、本部に今日明日と出向扱いになってるから。これから俺とちょっと移動してもらう」
「聞いてない!ジンさんに話するだけじゃなかったの?」
「あれはついでだよ」
ザックスはこともなげに言う。
訳が分からないまま車に乗せられたクラウドは、そのまま八番街駅前にあるビジネスホテルに連れ込まれた。
この周辺はミッドガルへの観光客なら必ず訪れるスポットなので、お手軽なホテルから高級ホテルまで急激に数が増えている。
ビジネスホテルの正面にも真新しい立派なホテルが建っていた。
クラウドは窓からその豪華なホテルの外観を眺め、ため息を付いた。
「すごいか?」
「うん、すごい……本社ビルも凄いけど、それとは違うきらびやかさっていうか…」
「泊まってみたいとか思うか?」
「そうだね。機会があるなら」
クラウドは笑って答えた。どう考えても、こんな金持ち専用のようなホテルに自分が泊まれるはずがない。
「そうか……なら良かった…」
ザックスはちょっとだけほっとしたように言った。「なに」とクラウドは聞く。
いつもより真剣な顔――というより、後ろめたそうな顔をザックスはしている。
「なに?」
不穏な物を感じ、クラウドは顔を顰めてもう一度聞いた。
ザックスは頭をガシガシとかき回すと、言いづらそうに口を開いた。
「……もうすぐルナが来るから」
「は?」
ミズ・ルナが来ると言うことは、また女装するのか。
ため息を付きかけたクラウドに、ザックスは真剣な顔のまま、紙袋を一つ差し出した。
「……なに、これ」
「何も言わず、シャワーを浴びて、これを着てくれ」
クラウドは紙袋の中を覗き込み、――ザックスの顔を見た。
ザックスはごめん、と言いたげな顔で両手を併せている。
一瞬ポカンとした顔になったクラウドは、紙袋を放り投げるとドアに向かって突進した。
それをザックスが抑える。
「クラウド!任務だと思ってあきらめろ!」
「やだやだ、これだけは絶対にやだ!」
普段はあっさりとしているクラウドが、この時ばかりは必死に抵抗した。
「絶対、絶対、ぜーったいにやだ!」
ルナが大きな箱を抱えてやってくる。彼女は、ドアのすぐ手前でもみ合っている二人を見て、「あらあら」とのんびりとした声を出した。
クラウドは叫んだ。
「絶対に、ブラジャーなんかつけるのやだーーーーーー!」
ひくひくと、堪えようとしても堪えきれないしゃくり上げる声が続く。
「クラちゃん……いい加減泣きやんで…目が赤くなっちゃうわ」
「そうだよ、クラウド。コレも経験だって」
「……うるさい…スカートはともかく…こんな経験やだ…」
「ザックス、新しい保冷パックよこして」
「クラウド……泣きやめよ…」
申し訳なさそうに、ザックスはホテルの冷蔵庫からよく冷えた保冷パックを出してきた。
それをクラウドに差し出すと、クラウドはやけくそ気味にひったくり、代わりに今まで目に当てていたためにぬるくなった保冷パックをザックスに渡した。
結局、二人掛かりで説得されたあげくに、「これは正式な任務だ。命令だ!」の一言で、クラウドはシャワーを浴びて女物の下着を着る羽目になったのだ。
ガーターベルト付きのビスチェは背中が大きく開いている。
ルナの持ってきたドレスが、背中と肩が露出するタイプのものだからだ。分厚いパッドが内側に縫いつけられ、身につけただけで女性じみた曲線が出来上がる。
鍛えていると言ってもまだ子供の体型なので、クラウドの肩も腕もたくましいとは言い難く、シルクシフォンのストールを羽織ればおそらく誰も少年の体型とは思わないだろう。
シャワールームでシルクのビスチェを身につけ、ストッキングをはいてガーターベルトで止め、その上にシルクのフレアショーツをはこうとして、クラウドは涙が止まらなくなってしまった。
あまりにも情けなさ過ぎて、どうにもならない。なんで軍隊に入って女性用の下着のホックを苦労して止めなきゃいけないんだろう。
「夜のパーティーだからね、どうしてもそれなりのデザインになっちゃうのよ…」
ルナは申し訳なさそうにいいながら、バスルームで泣いているクラウドにガウンを差し出した。
申し訳ないが、――サイズはぴったりだったわね、とほくそ笑む。
そして今は鏡の前でクラウドの髪のセットをしている。
「なんかさー、下着に祟られてんなー」
場を明るくしようとしたザックスの軽口に、クラウドはぎっと睨んだ。
ザックスは慌て手を振った。
「恨むんなら、サーセフィロス恨めって。あの人の指名なんだからさ」
「サーの指名?」
クラウドはきょとんとした。驚いた弾みでしゃっくりも止まったようだ。
「なに、ザックス。何も説明しないで連れてきたの?」
「いや、なんか言いそびれたっていうか」
またクラウドが睨む。ザックスは誤魔化し笑いをした。
「向かいのホテルのプレオ−プンで、神羅関連企業の社長がカウントダウンバースディーパーティーやるんだと。それにセフィロスが急にプレジデント代行で出席しなきゃならなくなって、それでパートナーの手配しなくちゃって話になってさ。
普段なら専用の派遣会社とか、モデルクラブとかから調達するんだけど、今回は『面倒くさいからアレでいい』って言われてさ」
「…アレって俺のこと…?」
なんだかまた涙が出てきそうだ。アレ扱いで、女性の下着着てるのか、俺。
ザックスは慌てて手を振った。
「いや、だから!普段はどんな女でもいい旦那がご指名したって事はさ、それなりにクラウドが気に入ったって事だから!」
「女装で気に入られたって嬉しくない…」
じわりと涙がにじんできた。
ルナが焦れたように言った。
「ほら、もう!いつまでもぐずぐずしないの!サーセフィロスは仕事でパーティーに出席するんだから、そのパートナーも仕事って事でしょ!仕事なんだから割り切りなさい!」
「あ、そうそう、それにさ」
ザックスは気を引き立てるように言った。
「カウントダウンで日をまたぐからって、あのホテルに部屋が用意されてるんだ。クラウド、部屋の使用権、セフィロスから貰って泊まって見ろよ。きっとゴージャスだぜ」
クラウドはしばらくの間俯いていたが、やがて、あきらめたようにこくんと頷いた。
ルナはクラウドの髪を巻き終わると、次は肌の手入れに取りかかった。
正式な化粧をする前に丁寧にマッサージをし、クリームを塗り込んでいく。
顔だけではなく、背中や腕までも手入れされる。
「そうそう、女性の呼び名、考えておかなきゃ」
「名前?」
身体を黙っていじらせながら、クラウドは首をひねった。
「そうよ。一応、パートナーとして出席するんだから、名前、クラウドのままじゃ呼べないでしょ。なにか、気に入った名前、ある?」
「急に言われても、思いつかない」
クラウドは素直に言った。全然女性の名前など考えつかない。
「ローズ、リリー、エリザベート、システィーナ、ソフィア……」
ルナが女性の名前を並べ上げると、ザックスも一緒になって名前を挙げる。
「マリア、レティシア、アイリス、ミーシャ」
「それ、ザックスが振られた彼女の名前でしょ」
「あ、わかった?」
二人で楽しそうに笑っているが、クラウドは真剣に悩んでいる。
「全然思いつかないんですけど」
「うーん……どうしよう」
困り顔のクラウドに、ルナは腕組みをして呻った。
それから、ぱっと思いついたように顔を明るくした。
「ルリはどうかしら?ウータイ語でラピスラズリを示すの。ちょっと不思議な語感で、いいと思うんだけど」
「……ラピスラズリ?」
クラウドはピンと来ないようだ。
「とても綺麗な蒼い宝石よ。今日のドレスみたいな色。それに所々金の模様が入っていたりして、クラちゃんのイメージによく似てる」
「うん、それで良いんじゃねぇの?」
ザックスも賛成する。
「……ミズ・ルナやザックスがいいって言うなら、それでいい」
控えめにクラウドは賛同する。
「名前も決まったことだし、張り切って美人に変身しましょうね」
ルナはメイクボックスを開けた。
そこに収められた大量の化粧品に、クラウドは目眩がしてきた。
……俺、アレ扱いで、これからどうなるんだろう…。