3日目
2
ベアトップの蒼いドレスはシルクサテン。
肩からかけた透けるストールはゆったりと前で結んで、大きなリボンのよう。
長めのスカートはパニエを使ってふんわりとふくらませてある。いわゆるプリンセスドレスタイプだ。
ささやかな喉仏を隠すために、ドレスと共布で作りシルクの花をあしらったチョーカーをつける。足下は光沢のある青のバックサンダル。
金髪はゆったりとした巻き髪で肩にたらし、化粧は若さを強調するために色は抑えめにして、パールで透明感を出す。艶のある薄目のローズピンクの口元だけが初々しい色香を放っている。
アクセサリーはパールで統一し、全体的に清楚で少女らしく仕上げた。
クラウドの全身を眺めるルナの目は、作品を検分する芸術家のようだ。
彼女は満足そうに頷き、「完璧!」と言い切った。
ザックスは思わず口笛を吹き、やっぱり「完璧!」と言いきった。
クラウドは冷めた目で頷いた。
完璧と言われて、喜ぶ理由なんてなんにもない。
「まあ、そう拗ねるなって」
ザックスは笑いながら、ルナと目配せをした。
「任務なんだからね。だから、ちょっとここ見て」
ルナはふくらんだスカートのドレープの一つを広げて見せた。
ちょうど、右手の真下に当たる辺りだ。ポケットのような切れ目がある。
「ポケットじゃないの。手を入れてみて」
言われるままに手を入れてみて驚いた。スカートの下にあるパニエにも同じような切れ目があって、中まで手が通る。
「サーが行くところ、暗殺者への警戒ありってな。脚に銃付けとけ」
ザックスはホルスターと短銃をクラウドに渡した。
「今回は内輪のパーティーみたいなもんだから、不審者が入り込む余地なんて無いだろうけどさ。念のため。とにかく、自分の身は自分で守る気構えで行けよ」
「うん」
クラウドは武器を持つと気持ちの切り替えが早くなる。仕事だという実感がわくせいだろうか。銃の状態を確認してスライドを引き、レッグホルスターを装着するためにスカートを大きくめくりあげた。
太股までのストッキングがガーターベルトに繋がっている。
「うお、色っぺぇ」
ザックスが身を乗り出す。
「やめなさい」
ルナがすかさずつっこみを入れた。
「でも考えてみればこのドレス、めちゃくちゃ、やーらしーよな」
「なんで?」
太股をさらけ出した格好のままで、クラウドは聞いた。
「だってさ、スカートめくらなくても中に手が入るって事はさ、人前でも知らんぷりで太股さわり放題出来るじゃん。こう、さりげなく、横に立ってるフリしてさ」
にやけた顔で手をわきわきと動かすザックスは、一体誰を想像しているのだろうか。
とりあえずクラウドは右脚を垂直に跳ね上げ、スケベ顔で覗き込んでいるザックスの顎を蹴り飛ばした。
仰向けにひっくり返るザックスを見て、うん、蹴り入れやすい服だな、と一人頷いた。
ザックスのPHSに連絡が入った。セフィロスが下に来てるらしい。
「もうそんな時間かぁ、ごちゃごちゃやってるとあっと言う間だな」
クラウドは小さなビーズのバックを持ち、脱げそうな華奢なサンダルに苦労しながら、ザックスと一緒にエレベーターに乗る。
「んじゃ、後は旦那にエスコートしてもらいな。この部屋は一応明日の午後まで押さえてあるから、着替える時は戻ってこいや」
「うん」
「飯食うときは、控えめにな。大口開けて、かぶりつくなよ」
「うん」
「時々、トイレ行って顔チェックしろよ。口紅はげたら、塗り直すんだぞ」
「うん」
ザックスの話を聞いているのかいないのか、クラウドは機械的に頷く。ヒールは低めだけど、気を付けないと歩くたびに踵のストラップを踏みつけそうだ。
「…やっぱり、下着まで女性用にすること無いのに」
「ルナ曰く、服だけ変えるより下着も特別にした方が、自然と動きも上品になるんだと」
「よく分かんないよ」
「まあ、スパッツよりもシルクのパンツはいてた方が、がに股で歩きづらくなるって事だろ。お前も内股で歩いてるし」
クラウドの仏頂面がさらに不機嫌になる。下着も靴も違和感ありすぎて、普段通りに動けないのは確かだ。
むっつりと不機嫌なままのクラウドに、ザックスは困り顔で忠告する。
「お前、一応、神羅の英雄のパートナーなんだから、会場でまで仏頂面は止めとけよな」
「分かってる」
クラウドは息を吐いて顔を正面に向けた。エレベーターの扉が開き、ビジネスホテルの狭いロビーには似つかわしくない優雅な姿が正面に立っている。
タキシードを略式に着こなしたセフィロスが待っていた。
クラウドは動悸が速まるのを感じた。
やっぱり、凄い格好いい。
ぼーっとして見とれていると、セフィロスが自然な動作で手を差し出す。
何かと思って目の前にある大きな手を眺めていると、ザックスが苦笑しながら小突いた。
「おい、手を取らなきゃ、エスコートにならんでしょ」
「あ、ああ。そういう事か」
クラウドは急いでセフィロスの手に自分の手を乗せた。セフィロスの手は指が長くて、白いレースの手袋を付けたクラウドの手はすっぽり隠れてしまいそうだ。
「大丈夫かな〜〜〜。とりあえず、困ったら、サーの腕にすがって『私、なんにも分かりませ〜〜ん』って顔して誤魔化しとけよ」
「…頑張るけど…」
不安げに俯く顔を見下ろしていたセフィロスが呟いた。
「目が赤いが、何かあったのか?」
「女性用の下着着るのが恥ずかしいって、泣いてたの。サー、泣かせた責任はちゃんと取ってやってよね」
「ザックス!」
泣いてた事をばらされて、クラウドはそっちの方が恥ずかしくなった。
「ほう、それは知らなかった」
セフィロスが少し驚いたような顔で言った。
「悪い事をしたかな」
髪を撫でられながらそんなことを言われると、クラウドはどう答えればいいのか分からなくなる。
また俯くと、その顔を覗き込んだザックスがおかしそうに言った。
「お前、顔赤い。つーか、その態度の違い何さ。俺には顎蹴り喰らわしたくせに」
「ほう」
セフィロスは今度は面白そうな声を出した。
「今夜のパートナーは実に頼もしい」
「だろーー、綺麗で頼もしい最高のパートナーなんだから、大事に扱えよな〜〜。高級ホテルの高級な一夜プレゼントとか」
「高級な一夜プレゼント…か…」
頭の上に意味深に微笑むセフィロスの顔は、幸いなことにクラウドには見えなかった。代わりにザックスが慌てた風に言った。
「曲解するなよ。用意されてる部屋、クラウドに譲ってやってくれって言ってるの」
「もともとそのつもりだ。日付が変わるまで出席していれば義理は立つ。その後は、俺は本社に戻る。クラウドは部屋を自由に使えばいい」
自由に使えばいいと言われ、高級ホテルの一夜が現実的になると、クラウドは少し困った顔になった。服はこのドレスか神羅の制服しかないし、明日もこのドレスを着るのは嫌だ。かといって、あの高級ホテルに一般兵の青い制服は不釣り合いすぎる。
「おい、喜べよ。あのクラスのホテルって俺もまだ入ったこと無いんだ……おい?」
ザックスは喜ぶどころか俯いてしまったクラウドを不思議そうに覗き込んだ。
……こんなだから、可愛げがないとか、言われるんだよな。せっかくの厚意なんだから素直に喜ぶべきなのに。
クラウドは無理矢理の笑顔を作った。不自然なのは自覚してるが、これ以上、部屋の話はしたくない。
「うん、……俺なんか、普通にしてたら多分一生入れない場所だろうし。楽しみだよ」
うーん、とザックスは複雑な顔で頭をかいた。
「……ま、とりあえず、後はよろしく。一応、ルリって偽名考えたけど、オッケー?」
「ミス・ルリだな。了解した」
セフィロスはクラウドの肩に手を回すようにして、促した。
「では、ミス・ルリ。今夜はよろしく頼む」
「は、はい……よろしくお願いします」
「じゃー気を付けて」
向かい側のホテルに向かい並んで歩いていく二人を見送って、ザックスは少しだけ心配そうな顔で腕組みをした。
二回連続で事件に遭遇してしまったクラウド。
いや、自分たちの任務の手伝いをさせてしまった所為もあるが、見事なまでの運の悪さだ。
今夜は――別に何もないよな。
セフィロスも一緒だし、ただのバースディーパーティーだし。そういや、主催って誰だっけ?
ザックスは首をひねって考えた。
たしか、神羅と提携している企業の社長だ。繊維会社だったっけ?神羅軍支給品の下着とかソックスとか作ってた所だ。水虫防止ソックスが好評で、同僚の水虫持ちの殆どが良くなったと喜んでた。
――まあ、大丈夫だろ。
テロの標的になるような派手な会社じゃない。
そう考え、ザックスは本部へ戻った。
その考えが甘かったことを知るのは、数時間後の話だ。
■■■
おっかなびっくりセフィロスの腕にすがるようにして自動ドアを抜けると、まるで別世界のような豪華な世界が広がっていた。
20階建てのホテルの16階以上がVIP専用フロアになる。一階はカフェレストランやブティックなど様々な店があって、身一つで来ても、お金さえあれば全く問題ない作りになっていた。
もっとも、今はまだラウンジ以外はカーテンで仕切られたままだ。
(まあ、お店があっても…そのお金がないんだけどね)
クラウドはきょろきょろと広いエントランスロビーを見渡した。
巨大な花瓶に生けられているのは、本物の花だ。
出迎えてくれるホテルマン達の服装は、皺の一つもなくびしっとしている。
ロビーにはクラウド達の他にも招待客とおぼしき人々がソファに腰掛け、くつろいだ様子で談笑していた。
地位も名誉もある人々の集まりのためか、年輩の夫婦らしいカップルが殆どだが、息子ほどの年頃の青年と一緒の女性もちらほら見受けられる。それから、若くて美しい女性達の集団。ホテルの接待係もいれば、パートナーのいない男性が連れてきたコンパニオンの女性も混じっているようだ。
多分、ここにいる人々の中でクラウドは一番年下で、一番身分が低い。
萎縮していると、人々がセフィロスに気が付いたようだ。
「神羅の英雄よ」「すてき」と感嘆する声が聞こえる。もれなく熱い視線付きだ。
見られることになれているセフィロスは涼しい顔のままで、軽く会釈だけしている。
その度に長い髪が揺れ、女性達がうっとりとしたため息を付く。
そしてため息の後は、当然のように隣にいるクラウドへと視線が移った。
「……あの子は誰かしら?」
「ずいぶんとお若く見えますわね」
「以前にお会いしたときは、背の高い女性を連れておいででしたわ。確か、舞台女優をしていた方でしたけど」
無意識なのかそれともわざとなのか、女性達のひそひそ話の声は高い。
会話の内容はクラウドの耳にも筒抜けだ。
なんだか、詮索されてるなぁ、と人ごとのように思う。
「注目の的だな」
面白がってる声音が頭の上から振ってくる。声の主を見ようと思うと、すぐ側にいるのでクラウドは殆ど天井を見るような角度になる。
「注目されてるのは、サーの方でしょ。俺はおまけです」
「口調は少し変えた方がいいな、ミス・ルリ」
セフィロスは少し身をかがめると、クラウドの髪に唇を寄せた。
女性達の悲鳴のような声があがる。
きょとんとなったクラウドが辺りを見回すと、若い女性の集団が嫉妬の色をありありと浮かべた目でクラウドを睨み付けていた。
「ほら、注目されるだろう」
笑いを含んだ声でセフィロスが言った。
「注目じゃなくて、睨まれてるんです」
憮然となって言い返すとそれがおかしかったのか、セフィロスはまたクラウドの髪にキスをした。今度は腰に手を回す仕草も付け加えた。
女性達が早口に言い交わしている。
所々で「あんな子供が」とか「きっと、誰かえらい人の娘か何かよ」と言い合っているのが聞こえてくる。
「…サー」
クラウドは低く呼びかけた。
セフィロスは含み笑いをしている。絶対に、女性達が焦ってわめいて取り乱しているのを楽しんでいる。
「サーって、けっこう、性格悪いんですか?」
「ほう、今頃気が付いたか」
「人をからかって遊んでるでしょ」
「当たり前だ。来たくもないところへ来ているのだから、コレくらいの気晴らしは必要だろう」
気晴らしで一喜一憂させられる人たちもたまらないなと思う反面、勝手に人のことを憶測で決めつけてきゃーきゃー言ってるのを見ると、少しぐらい意地悪されても良いんじゃないかと思えてくる。
今ここにいるのが「ルリ」という架空の人物で、自分本人ではない、という意識があるせいかもしれないが、普段は人から賞賛の目で見られるだろう女性達が自分を見て悔しがってるという状況は微妙に子供の優越感を刺激した。
クラウドはわざとセフィロスの腕にすり寄ってみた。
睨み付ける目つきがさらに激しくなる。それがなんだかおかしい。
嫉妬する必要なんて無いです、だって俺はこの人の下っ端の部下で、面倒くさがって白羽の矢を立てられただけのアレなんですから。
そう思ったけど、それは絶対に口にできない。
「面白いだろう」
「……少し」
図星を指され、クラウドは控えめに認めた。
「お前も性格が悪い」
「どうせ、今日だけのことですから」
クラウドはまっすぐにセフィロスを見上げると、にっこりと満面の笑顔を見せた。