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3日後に零号寮が閉鎖されると聞いて、クラウドは蒼くなった。
告知された閉鎖の理由は至極当たり前で、建物老朽化のため。
老朽化も何も、もともと、本当に、一時しのぎで建てられたプレハブみたいなボロ寮。
今まで単に取り壊す理由もないからほったらかしにしてきただけで、理由さえあれば取り壊すのになんの躊躇も要らないような建物。
そんな場所にクラウドが住み続けていたのは、とにかく寮費が安かったこと。
トイレは共同で、シャワーは水しか出なくて、食事は他の寮の食堂を利用するか、もしくは簡易キッチンで自炊するしかないという、不便きわまりない場所だったが、クラウドに取っては居心地が良かった。
全部で10部屋ほどある2階建ての建物は、もともと、寮の一部が兵士のお茶目で破壊されてしまったとき、修復まで住む場所が無くなってしまった兵士を収容する目的で急遽作られたものだ。それ以降は、一時は問題を起こした兵の懲罰房としても使われたらしい。
それ以来、夜中になると怪しい音が響くだの、泣きわめく声が聞こえるだの怪談めいた噂が広がり、普通の兵士はまず近づかない場所になっていた。
今現在の寮の住人はクラウドを入れて3人。
当たり前だが、怪奇現象など無い。
一人は怪しい転売屋。スラムのドンとコネがあるらしく、神羅軍払い下げの武器や備品、化学部門や武器開発部門の怪しげな横流し品などを転売していたらしく、空き部屋をかってに倉庫に改造して使っていた。巨大な業務用の冷凍庫と冷蔵庫を複数所有していて、空いてる場所なら自由に使っていいとクラウドに言ってくれた。
おかげで安売り冷凍食品など大量に買い込み出来て、食費が大いに節約できたものだ。冷蔵庫は弾薬の箱、冷凍庫は怪しげなシャーレや試験管が大半を占めていたが、中身や出所を詮索しない限りは無問題だった。
もう一人はさらに怪しげな得体の知れない男。夜な夜な男どもを集め、危ないビデオ上映会など催していたらしい。入寮当初知らずにその上映会会場となっていた部屋をのぞき込み、連れ込まれそうになって以来、クラウドはそこに近づいてはいない。
問題が起きたのだとしたら、怪しい転売屋の副業のせいだろうと思っていたのだが、直接話す機会があって事の真相を聞く事が出来た。
怪しいビデオ上映会主催の男は、実はコスモキャニオンで星命学にはまった学生崩れで、怪しいビデオに『星の命を救え』「打倒神羅』などのイメージ画像を瞬間的に挿入しており、集まっていた兵士をそれで洗脳しようとしていたのがばれたのである。
ちなみにザックスも一度だけビデオ上映会に参加したことがあったらしい。ただし、流されている刺激的な映像の割にエロい気分になれず二度と参加しなかったそうだ。
洗脳映像が混じっていたせいかと思うと、さすがソルジャーの鋭敏な感覚とちょっとだけ尊敬しそうだ。
この男は、テロリストの可能性ありと判断されてタークスに引っ張っていかれ、転売屋は別な場所に倉庫を借りて一般寮に移る事にしたのだそうだ。
そしてクラウドだけが取り残された。
「……どーしよ」
寮から追い出される日を迎え、クラウドは途方に暮れていた。
「おい、ストライフ!」
訓練終了後、教官に呼び止められてクラウドは足を止めた。
「なんでしょう、サー」
「お前、入寮届け、まだ出してないって本当か?」
ザックスと知り合うのに一役買ってくれたフルブライト教官は、それ以来クラウドになにかと目をかけてくれる。厳しいが生真面目で面倒見のいいこの教官に、クラウドもある程度気を許すようになっていた。零号寮が利用不可になっても、どこに住むのかはっきりしないクラウドに確認をとるように寮監から問い合わせを受けたと言われ、クラウドは後ろめたそうな顔つきでうつむいた。
「ベテランならともかく、新兵は原則全員が寮暮らしを義務づけられている。早いとこ届けを出してもらわないと困ると、こぼしておったぞ」
攻めるわけでもない口調でそう告げられ、クラウドはますます俯いた。
その様子に、教官はため息を付く。
「今はどこに寝泊まりしとる?だいたい予想は付いてるが」
「……3番倉庫の仮眠室に、間借りさせてもらってます…」
「いつまでも、そうしてる訳にはいかんぞ」
「わかってますけど……」
いつになく覇気のない口調に、教官は困り顔になった。
「寮住まいを避けたい気持ちは分るが、特別扱いはできん」
「はい」
口ではそういいつつ、どうにも踏ん切りが付かない様子に、教官はまたため息を付いた。
翌日、フルブライトはソルジャー棟にいるザックスを訪ねていた。
「ちーっす、教官。どうしたんすか?こんな所まで」
ザックスは相変わらず陽気だ。いつでも元気で体調も万全だという顔をしている。夕べはたまたま声をかけた女の子とうまくいって、さらに快調だ。借金の申し込み以外はどんな話でもドンと来い、という気分だった。
「実はお前に折り入って頼みがある」
「はいはい、なんすか。借金と結婚の申し込み以外なら、たいていのことは聞きますよ」
「お前、クラウド・ストライフとその後も親交があるようだな」
「親交っていうか…まあ、いろいろ縁がありまして」
ザックスはえへらっと笑った。ある事件がきっかけでアシスタントを頼んだ少年は、その後も何度かソルジャー達の手伝いに借り出されている。
外見の派手な美少年ぶりとは裏腹に、無愛想で度胸があって肝の据わっている少年を、ザックスは気に入っていた。
「お前、ストライフと同居してくれそうなソルジャーをしらんか?」
「はあ?」
「原則、新兵は寮暮らしだが、特例がないわけでもない。ソルジャーの個人的縁故がある場合などは、そちらの希望が優先される」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!確かにソルジャーが自分の弟とかが軍に入った場合、手元に住まわせることも出来ますけど、その場合は社宅じゃなく民間のアパートとか自宅購入が必要になります。セキュリティの関係上、ソルジャー用社宅には家族でも入れないってのぐらい、知ってるでしょ」
ザックスは慌てて言った。
ソルジャー用のアパートはテロリストの標的になりやすいため、外部の人間の出入りは厳しくチェックされている。当然、外に住まいを持つときも相当のセキュリティが必要になるため、必要がない限りアパートを出る者はいない。つまり、アパートを出て、面倒くさいチェックをくぐり抜け、外部に住まいを持つ者は、殆どすでに大事な同居人が存在しているのだ。
そこに見ず知らずの新兵を住まわせるような酔狂者は、さすがに変人揃いと言われるソルジャーにもそうはいない。
「うーん……おれはまだ社宅住まいだし…でも常々彼女連れ込めないのは不便だと思ってたし、いっそ思い切って外に借りるか…」
まじめに考え始めるザックスに
「気持ちはありがたいが、お前、子供の居るアパートに彼女連れ込んで何する気だ」
と、フルブライトは冷たく言った。
「あちゃ〜〜それもそうだ」
「……まあ、確かに無理を言ったオレが悪かった。忘れてくれ」
「ちょ、ちょっと待ってください、教官。そういや、なんでクラウドの住まい探しなんてしてるんですか?」
踵を返して帰りかけたフルブライトを、ザックスは引き留めた。
「あいつが住んでた寮が取り壊しが決まってな。行き場が無くなってるんだ」
「零号寮だっけ?あのボロ屋、ついに取り壊しか〜。寮費が高くなっちまうのは厳しいかもしれないけど、…行き場がないってほど深刻な事態って訳じゃないっしょ」
「一般寮には住みたくないらしい」
「っていっても、まあ、規則だし…そんなに物わかりの悪い奴には見えないけど」
ザックスは休憩室に誘うと、自動販売機からコーヒーを買ってフルブライトに勧めた。
「確かに一般兵寮は立派とは言えねぇけど、零号寮に住んでたくらいだから、そんなの理由にならないだろうに。人間関係は……まあ、下手くそそうだけど」
「その人間関係が問題でな」
フルブライトがぽそりと言う。
「まあ、別に隠してあることじゃないから言ってしまうが、ストライフも最初はちゃんと一般寮に住んでたんだ。半月も居なかったがな」
「何か問題でも?」
コーヒーをすすりながら、ザックスは上目で先の話を促し、さらりとした口にされた言葉に危うくコーヒーを吹き出しそうになった。
「入寮した初日に、一期上の兵士に集団レイプされそうになった」
「レイプって……ちょっと教官!」
「未遂だ。オレにコーヒーかけるな」
血相を変えるザックスに、あくまで淡々と告げる。
「夜に部屋に押し入って大人数で身体押さえつけて、リーダーが自分の逸物取り出して『ヘイ、美味いぜ、くわえてみなよ、嬢ちゃん』と得意げに口に突っ込んだ。あいにく、ホットドッグほど美味い物でもなかったので、噛みきられる前に吐き出された。
幸運だったが、血まみれになったそいつを振り回して、リーダーは寮内で大泣きしおって、取り巻きはいっしょになって騒いだ。当然、寮監が出てきて処罰だなんだとなった」
一瞬ほっと仕掛けたザックスは、次の言葉でまたコーヒーを吹き出しかけた。
「罰を受けて懲罰房に入れられたのは、ストライフ一人だった。レイプ犯どもは口裏あわせてストライフが誘ったと主張した。寮監は面倒くさがって大人数の言葉を受け入れ、ストライフの証言は無視された。一部始終を見ていた筈の同室の者は、口をつぐんだ。関わりたくなかったんだろうな。
ストライフは訓練終了後、寮に戻らなくなった。その時、残業部署の手伝いを始めるようになり、そこで働く奴らから零号寮の話を聞いてそっちに移った。資材管理倉庫にいるのは、たいていが軍の予備役だからな。みんな先輩みたいなもんだ」
フルブライトは口をゆがめて笑った。
「ストライフは集団の嫌らしさ、汚さを知ってる。被害者と加害者を入れ替えることなど朝飯前だ。軋轢をさけて人の少ない場所に逃げたのを責める気にはなれん。
ついでに一般寮の寮監を信用する気になれないのもな」
同じような苦い表情で口元をゆがめているザックスを見て、フルブライトは小さく笑った。
「オレとしては、寮に戻りたくないあいつの気持ちを尊重してやりたいが、オレの立場で特別扱いは出来ない。それでまあ、ある意味神羅の治外法権たるソルジャーの威光にすがりたいと、少々取り乱してしまった。すまないな」
「――いや」
ザックスは首を振った。クラウドの容姿を考えると、その手の問題が起きてない方が不思議な程だ。いつも淡々としているので、なんであの不便な零号寮に住み続けるのかと聞いたとき『寮費が安いから』と言った言葉を素直に鵜呑みにしていた。むろん、それも立派な理由だろうが、あの年頃の子供なら、普通は少しぐらいの生活費の差よりも優先される物があるはずだ。友人や仲間達との会話や、ふざけたり一緒に出かけたりといった当たり前の日常生活。
だがアシスタントを頼んだ時、クラウドは倉庫の奥で黙々と荷物整理をしていた。一度たりとも、友人達と過ごしている様子はなかった。
「……プライベートで同僚達とつきあう気になれなかったんだろうな…しっかりしてるように見えても、まだ14の子供なわけだし」
「そうだな」
苦虫をかみつぶしたような顔をしたまま、ふたりで黙り込んでしまったが、こうしていても埒があかない。いずれしにしろ、神羅に所属する以上、居場所を届ける義務がある。倉庫の一角に住み着くなど、許されるわけがない。
「うーん」とザックスは本気で頭を抱えた。誰かいないだろうか。ちゃんと自宅を持ってて、部屋があまってて、出来れば同居人がいない一人暮らし。
とはいえ、ザックスはファーストクラスの中では一番の新米で、優雅な独身生活を楽しむ余裕のある先輩方に、見ず知らずの少年の世話を頼むわけにはいかない。
しかも……しかも、そうやって独身生活を楽しんでいる先輩方というのは、もれなく、ゲイだったりバイだったり、多少なりとも少年嗜好がある。
戦場暮らしが長いほど、男の味を覚えてしまっているのだ。長期ミッションに同行させる『お稚児さん部隊』まで、ソルジャー直属部隊の中には存在する。
お気に入りのお稚児さんと同性婚までしたソルジャーもいるくらいなので、少年の身体というのは、そこまで魅力がある物らしい…筋金入りの女好きのザックスにはさっぱり理解できないのだが。
うなりながら首をひねり真剣に悩み続け、不意にザックスは「あ」と声を上げた。
「何か思い当たったのか」
フルブライトが身を乗り出す。
「思い当たることはあるけど、……やっぱ、無理くさい」
ザックスは頭をたれた。
「とりあえず、クラウドと話してみよう。オレらだけであーだこーだいったって、結局はあいつの事だし」
「オレは行かんぞ。直接の上官のオレが何か言えば、それは命令になる。あいつは言いたいことがあっても言えなくなるだろう。友人のお前に期待したい」
「ご期待に添えられるよう、頑張りますわ」
ザックスは腰を上げ、3番倉庫へと歩き出した。