子供の事情と大人の事情

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2

業務が終わって鍵のかかった倉庫通用口の鍵にIDナンバーを打ち込み、ザックスは中へ入っていった。階段を上り、作業員の仮眠室へと向かう。
静かにドアを開けたところ、鋭く喉元へ警備用の電磁ロッドが突き出され、一瞬ザックスはのけぞった。
「あ、ザックス」
「はは〜〜おどろかした?ちょっとこれ、下げてくれない?」
「ごめん、泥棒かと思った」
クラウドはドアの前から身体を引き、ザックスを中へ招き入れた。
仮眠室にはマットレスと毛布が一枚置かれただけのパイプベッドが10台ほど。簡易キッチンと簡単なシャワールーム、長机とパイプイスが畳んだ状態で壁際に寄せられ、その隅にクラウドが持ち込んだナイロンバッグと箱が置いてある。
ほとんど私物と言える物はないのではないかと思われるほど、荷物は少ない。


「コーヒー飲む?ここの班長のロイゼンさんがコーヒー道楽で、ドリッパー使ってもいいって言われてるんだ」
「おう、頼む」
ベッドの一つに腰をかけ、ザックスはお湯を沸かし始めたクラウドを観察した。
ここに泊まり込むようになってから、一週間ほど経っているらしい。どことなく疲れた気配がする。
食事はどうしてるのだろう。ちゃんと食べてるのか、それが気になった。
それを聞くと、「食べてるよ。消費期限が近いレーションのパック、箱ごと安くわけてもらったんだ」と答える。
野戦時に配給されるレーションは、栄養価は完璧だろうが、恐ろしく味が悪い。
「うげえ」と顔を顰めたザックスに、クラウドは「俺、味音痴っぽいから、あんまり苦にならないんだ」と苦笑して見せた。



向かい合うようにしてベッドに腰をかけ、しばらく無言でコーヒーを飲み、ザックスは逡巡しながらクラウドに話しかけた。


「やっぱ、こういう暮らしは良くないと思う。お前、それでなくても成長期だし、配属が決定する前に身体壊したりしたら、今までの訓練、全部無駄になっちまうし」
「……分ってる。やっぱ実戦部隊残りたいし…」



3ヶ月の基礎訓練が終了すると、2週間の適正審査期間にはいる。
この間にどの程度実力が付いたか教官達に審査され、最初の配属が決定される。物の役にも立たない訓練兵にも給料を払う神羅は、金をかけた分だけの働きは要求する。兵士として使い物にならないと判断された新兵は、僻地の子会社の警備兵や倉庫係として出向させられる。
そうなったら、あとはその地でずっと飼い殺し。訓練期間中の成績がどれだけ良くても、最終審査で失敗したら終わりだ。


クラウドの訓練期間はあと数日で終わる。もともと年も若くて体も小さいクラウドは、他の同期と比べて体力が劣る。いくら射撃や格闘の腕が良くても、バックパックを担いで戦場までの行軍が無理だと判断されたら、良くてもせいぜい市内警備班に回されて、日々巡回するだけの任務になる。
体力で落ちても学歴や専門技術、家柄やコネがあればその後の巻き返しも可能だが、クラウドのように何もない田舎出の子供は、ここで力を証明するしかない。
そうしなければ、ソルジャーなど、夢のまた夢だ。


「……俺、明日、入寮届けだしてくる」
口ごもるような言葉に、ザックスは瞠目した。その表情に、クラウドは苦笑を浮かべたまま言った。
「教官から聞いたんだ?俺が寮に入るの渋ってる理由」
「……まあな」
「大丈夫だと思うよ。あれから、少しは俺も落ち着いたし、……必ずしも、前と同じ事が起きるとは限らないし。それに、もしあっても、俺ももうちょっと要領よく対処できるかもしれない」
「本気でそう思ってんなら、とっくに寮移ってただろ?」
「ザックス、鋭すぎ」
クラウドは困ったように一瞬だけ笑い、すぐに視線を揺るがせた。表情はあまり変わらないが、大きな瞳の動きは言葉や表情以上に雄弁だ。不安げな様子は隠せない。



ザックスは頭をばりばりとかくと、呻るように言った。
「やっぱ、ちょっと待てや。俺、明日にでも基地外にアパート借りられるように、不動産部門行ってくるから」
「そこまで迷惑かけられない。それに、ソルジャーが住む部屋が簡単に手配できるとも限らないだろ?」
う……と、ザックスは言葉に詰まる。同僚とはともかく、あちこちの資材倉庫で手伝いをしているクラウドは、ベテラン作業員達からいろいろな神羅の裏情報を聞いていた。



「心配してくれて、ありがと。俺、本当に大丈夫だから」
普段はお愛想など口にしないクラウドの素直すぎる言葉に、ザックスの中で何かが切れた。本気で参っているのだと、本能的に分った。寮でまた、気心の知れない連中と暮らす事への不安、希望配属先に着けるかどうかと言った将来への不安、そしてこの無理のある生活での疲れから、本気で疲れ切って、気が弱くなってるに違いない。
それなのに、けして頼ろうとしないクラウドと、そして気の利いた解決策一つ見いだせない自分への不甲斐なさから、ザックスは決意を固めた。


「クラウド!居候先に一つ心当たりがある!」


そう言うなり、ザックスはクラウドの手を取って立ち上がらせた。


「早いとこ、そいつの所へ行って了解とろう!長期が駄目なら、俺のアパート見つかるまでの間だけでも住まわせてもらえるよう、頼み込むから」


「ちょ、ちょっと待って……」
「イヤって言っても駄目だ!」
「そうじゃなくて……」
クラウドは使用済みのマグカップを持ち上げた。
「これ、片づけしてかないと、俺、ロイゼンさんに出入り禁止くらっちまう」
急いた気をそがれて一気に脱力しつつ、ザックスは片づけを終えたクラウドを連れて3番倉庫を後にした。




連れて行かれたのは、最近ではすっかりおなじみなったソルジャー本部。エレベーターに乗せられ、そのまま最上階に直行した。
そこには、ソルジャーの最高峰、最高司令官、セフィロスの執務室しかない。
「え、おい、ザックス!」
バッグを抱えて逃げようかと思ったが、ザックスはクラウドの荷物入り段ボールを片手に抱え、もう片手でクラウドの腕をしっかり掴んでいる。
執務室の前に立つと、ノックもせずにいきなりドアを開けた。


「大将〜〜部下の一生のお願いなんすけど、聞いてもらえませんか?」
おもしろくもなさそうな顔つきで端末を操作していたセフィロスが、顔を上げた。
「妙な呼び方をするな」
「それじゃ、英雄、旦那、色男」
「もういい、用件はなんだ」
そう言ってから、ザックスの後ろにいる小柄な少年に気が付いたようだ。
「また、妙なミッションのアシスタントをしてるのか?」
そう問われて、クラウドは本気で逃げ出したくなる。
(ザックスの言ってた居候先って…まさか)
ザックスに腕を捕まれたまま焦ってるクラウドに、セフィロスは怪訝そうになった。
かなり危険な状況に陥ったときでも、淡々とした態度をほとんど崩さなかった少年が焦って泣き出しそうな顔になっていることに興味がわいたらしい。
立ち上がると、机を回って近づいてきた。


「なんの用だ、ザックス」
「ザックス、いいから、帰ろうってば」
「何いってんだ、ここで引くわけにゃいかねぇだろ!」
「ザックス!」
ごちゃごちゃと言い争いを始めた二人を制し、セフィロスは鋭く言った。
「オレは忙しい!用事があるなら、早く言え」
「旦那!ルームメイト、いらない?」
セフィロスの叩きつけるような声音に、とっさにザックスはそう言った。とたんにセフィロスの眉間にしわが寄る。


「お前、部屋を追い出されでもしたのか」
「俺じゃなくて、こいつ。住んでた寮が取り壊されて行き場ないんだ。何も聞かずに、部屋貸してやってくれ!」
「何も聞かず?」
セフィロスは眼を細める。
「いつからオレの部屋は一般兵の寮になった?」
「あ〜〜〜そうじゃなくて……」
「お前も遊んでる時間はないはずだ。明日の準備は終わったのか。今回の遠征の手配はお前の小隊担当だったはずだが」
「あ、そういや、そうだった!えと、確かその辺はショーンが……したはず」
「確認してないのか?」
セフィロスが目を細めたまま、ザックスをにらむ。ふと、横からクラウドが言った。


「ソルジャーショーン要請の寒冷地仕様装備品、標準マテリア、生活物資なら、明朝0530アイシクルエリアに出発予定のゲルニカに積み込み済みです」
「量はどれだけだ?」
セフィロスの細めた視線が、今度はクラウドに向けられる。
「ソルジャー15名、一般兵30名、2週間分です。装備内容の内訳は…」
「内訳はいいが、内容に間違いないか?」
さらに確認の答えに、「イエス、サー。コンテナに積み込む作業を手伝いました。ソルジャー用にもカイロの申請があって、何度も内容を確認しましたから」
「ほう、カイロが必要なソルジャーか」
ちらりとザックスを見ながら、セフィロスは呟く。
「いいじゃん、俺、寒いの苦手なんだ」
居直って堂々と告げるザックスに、「あんたの分だったのか…」とクラウドは嘆息した。


「イヤ、俺が冷え性なのはこの際どうでもいいんだ。とにかく、少しの間だけでもいいから、このクラウドを泊めてやってくれ」
ザックスはそう言い切ると、勢いよく頭を下げる。
「少しの間とは?」
「俺がソルジャー用アパートを出て、他に借りられるまで」
「なぜ、そこまでして?一般兵は全員寮に住まうことが義務づけられている筈だ」
冷ややかなセフィロスに、クラウドはいたたまれない気分になった。本当に、セフィロスの言う通りだ。
これ以上忙しいセフィロスやザックスの時間を無駄に使わせてはいけないと、決意した顔で姿勢を正し、踵をそろえる。


「お忙しいところ申し訳ありませんでした。全ては、自分の我が儘が原因です。サーザックスは、ただ俺を気遣ってくれただけです」

まっすぐにセフィロスを見据えて言うと、隣で心配げなザックスの腕を掴んだ。

「本当に、あんたがそこまでしてくれる事無いんだ。帰ろう。朝早いんだから、あんたも帰って休まなきゃ」
「……クラウド」
気遣うような笑みを薄く浮かべた少年を、ザックスは心配げに見下ろす。
その様子を見ながら、セフィロスは深いため息を付いた。


「もういい。――ザックス」
「は、はい?」
ザックスは頓狂な声を上げて、苦々しげな上官を見た。
「人を勝手に巻き込んでおいて、勝手に二人だけで話を通じさせるな。お前も朝が早いのは確かだ。管理室に連絡を入れておく。早く荷物を運び込んでおけ」
セフィロスは疲れたようにイスに座ると、電話の短縮ナンバーを押して受話器を取った。
「セフィロスだ。部下のソルジャーが行くから、部屋に通しておいてくれ」


「……あの…サーセフィロス?」
「オレは帰るまでもう少し時間がかかる。先に部屋に行っていろ。ザックス、ゲストルームに適当に通しておいてくれ」
何を言っているのかとクラウドがぽかんとしてると、ザックスは弾んだ声で「了解!」と答え、喜々として敬礼している。
そしてまだ事情が飲み込めないクラウドに、「ほら、早く行こうぜ」と促す。ますます分らなくて、クラウドはセフィロスを見た。
「早く行け。オレは明日早朝からミッションに出る。今夜中に住人登録をすませないと、お前は出入りできなくなるぞ」
追い払うような手つきとともにそう言われ、クラウドは訳も分らないまま、ザックスに引かれてセフィロスの執務室を後にした。



軍用ジープに乗せられて基地を出て、着いた先は壱番街にある高層マンション。
「正面ゲートから出たから回り道になったけど、このマンションの裏側からまっすぐ行けば基地の西門のすぐ真ん前だから。寮から通うよりかはちょっと遠いけど、我慢しろよな」
「う、うん」
箱を持ったザックスの後をついて、クラウドはきょろきょろしながらマンションの自動ドアをくぐった。
ホテルのようなフロントが正面にあり、夜だというのにきちんと服装を整えた管理人がザックスにカードキーを渡してくれる。
「旦那の部屋、ここの最上階だから。ゲストはこのカードキー使わないとエレベーターから降りられないんだ」
面白そうにいながらエレベーターに乗り込み、ザックスはボタンを押した。
「……本当にいいのかな…ミッション前に騒がせちゃって…」
「明日のミッション?本当は大したこと無いんだ。主目的は戦闘じゃなくて、交渉だから」
「交渉?」
聞き返すと、ザックスはおかしそうに目を輝かせる。



「鬼だの死に神だの言われてるけど、あの旦那、意外と勝つまでの手数は少ない方がいいってタイプだから、けっこう交渉ごとマメにやるんだ。今回はどっちかっつーと、反神羅っていうより、単に地元部族間のもめ事の仲裁みたいなもんだし」
「……でも一般部隊も2個中隊ほど出るよね。合同作戦で戦闘ないの?」
「なんだ、詳しいな」
少し驚いた顔のザックスに、「同じ日に同じ寒冷地仕様の装備品の請求が来たら、だいたい分るよ。こっちはジュノンまで陸路を行って、そこから運搬船使うみたいだけど」と答えた。
「アレはハイデッカーの見栄張りだ。時々やらかすんだよな〜〜〜自分もちゃんと仕事してますって主張するみたいにさ、自分直属の司令官を頭に付けてセフィロスのミッションに押しつけるんだ。たいてい邪魔くさくなるだけだから、さっきのセフィロス機嫌悪そうだったろ?」
「……うん、面白くなさそうだった」
クラウドは執務室に入って最初に目にしたセフィロスの、眉間にしわを寄せた顔を思い出しながら呟く。
「まあ、多分、2週間かからずに帰ってくるから、それまで寂しがらずに待ってるんだよ〜」
「誰が寂しがるって」


赤面したクラウドがくってかかるうちに、最上階にエレベーターが到着する。ザックスはカードキーを使ってフロアに出ると、正面にあるドアにもカードキーを滑らせ、自分のIDナンバーも打ち込んだ。
「重要人物って大変だよな〜ダチを家に呼ぶにも、いちいち人物確認しなくちゃいけなくて」
鈴が鳴るような音がして、ドアの鍵が開いた。
ワンフロア丸ごとの広い室内に足を踏み入れ、クラウドは目を丸くした。






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