始まりは混乱の先

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エレベーターから降りると、金髪の少年が落ちていた。

文字通り――である。エレベーターの扉横に背中を預け、少年は荷物のバックを抱えたままぐっすりと眠り込んでいる。
そう言えば、今日帰る予定だったか。
適正審査を受けるため、子供はジュノン郊外の山林地帯にある訓練所に行っていたはずだ。
期間は2週間。帰還日の午前中までみっちりと予定をこなし、帰ってきたところでセフィロス宅までの後少しの距離を持ちこたえられなかったようだ。
野戦服も半長靴も泥と埃だらけで、手にも顔にも青あざと擦り傷がある。


甘やかさずに起こすべきだろうか。


セフィロスは無表情に少年の寝顔を見下ろし、結局荷物もろとも抱えて運ぶ事にした。
親切心ではなく、起こすより自分で運んだ方が早いからだ。
鍵を開け家にはいると、まっすぐに少年の部屋へと向かう。
ベッドに放り投げ、とりあえずジャケットと靴だけは脱がした。埃だらけなので、バスタブに放り込んでやろうかとも思ったが、この調子では湯の中でおぼれても目が覚めないかもしれない。
結局そのまま寝かせただけで、後は放っておくことにした。
目が覚めれば、腹を空かせた子供は食事をしに出てくるだろう。
それにしても、帰還の挨拶もせずに家主に運ばせるとはいい度胸だ。
その度胸に免じて、食後のコーヒーは用意してやろう。





兵士としての適正を見る審査は、クラウド達が使用したジュノン郊外の他、ミッドガル近郊の海岸地帯と、グラスランドエリアの草原地帯、ミスリルマイン近くの山岳地帯と四カ所の訓練所を利用して行われた。


一カ所辺りで審査を受ける兵の数は20人前後。
同期で入社したのは100人近くいたので、5分の1は三ヶ月持たずに退社したか、他の部門へ移動を希望したと思われる。
クラウドと一緒に審査を受けたのは、同期が14人、それから前回体力測定で落ちて実戦部隊から外された一期上が3人の、合計17人。


17人が同じ訓練所で寝泊まりしながら、体力測定、射撃や格闘技、屋内と屋外での模擬戦といった基本的な審査から、マテリアを使った魔力測定やソルジャー相手に剣の訓練など一般兵には必要のない技術まで、みっちりと適正をチェックされた。
一対一の試合形式での戦闘能力審査では、体格的に掴まればアウトなクラウドは急所を躊躇わずに狙う癖が付いていたので、同期には嫌悪されたが一度審査を落ちている3人にはなぜか尊敬された。3人とも、クラウド同様に小柄でやせ気味、大男揃いの中では苦戦するタイプだったからだ。


クラウドはここで初めて同じ年頃の友人が出来た。衛星回線が使いたくて仕方のない無線マニアに基地施設建設のノウハウを欲しい土建屋の息子に、夢は水兵さん!と語る奴。
動機はともかく、何がなんでも軍人になりたくて、配属された安全な部署からわざわざ再挑戦してくる変わり者ばかりだ。
「デカイ奴に負けるか!」を合い言葉に、とにかくけして弱音を吐かないこと、攻撃は大きな連中の死角を着く形で仕掛けることを心がけ、なんとか審査途中に脱落することなくやり遂げた。


最終日、最後のテストは数人ずつ班に分かれて、実際にモンスター退治をすることだった。これにはソルジャーが同行した。クラウド達小柄タイプは4人纏めて同じ班にされ、教官達もソルジャーも成果は殆ど期待していなかったようだが、絶対に実戦部隊に配属されたいという気迫で指定のモンスターを5匹倒し、他の班よりもいい成績を残した。


やれる事はやった筈だ。
ただ、ミッドガルへ帰還するトラックの中で、クラウドはものの見事に酔ってしまった。
行きは緊張していたために、それほど酷くはなかったが、帰りは完全グロッキーだ。
乗り物酔いはマイナス点にならないだろうか。




目が覚めたクラウドは、のろのろと寝ぼけ眼のままシャワーを使い、それでも覚めない目のままキッチンに来て適当な料理を温めた。 食事しながら根暗く、くどくどと考え込んでいたので、家主が帰っていたことに気が付いたのは、目の前にマグカップが置かれてからだ。
妙に優しい家主の笑顔に、焦って慌てて中身を飲み干してから、「苦い!」と舌を出した。
普通よりも濃いブラックだ。目の前ではセフィロスが遠慮なく笑っている。
普段からミルクをたっぷり入れて飲んでるのを知ってるくせに、珍しく親切だと思ったら最初からそのつもりだったんだな、こんちくしょう。


水を飲みながら恨みがましい目で見たら、「家主への礼儀を忘れているから当然だ」、と涼しい顔で言われた。
確かに「ただいま」も「家に運んでくれてありがとう」も言っていないのは、良くないなと思い、素直に謝った後に礼を言ったら笑ったまま「お前はだまされやすそうだな」と言われた。


うん、確かにだまされた。
神羅の英雄が笑い上戸だなんて、想像もしてなかったよ。



それはともかく、配属が決定されるのは3日後。
それまではとりあえず自宅待機。
クラウドは不安になった。とにかく、出来る事は力一杯頑張った。でも、思い返せば、まだもっとやれる事があったんじゃないかと、後悔ばかりが襲ってくる。
どれだけ自分が頑張ったつもりでも、周りに評価されなくては、やってないも同様。
ミディールの温泉保養地の別荘番に飛ばされたらどうしよう。



悪い方にばかり考える、それはクラウドの無意識の癖。
「何を落ち込んでいる」と家主が言う。 悲観的な未来を想像して落ち込んでます、なんて事は口に出来ない。
返事は大抵想像できる。


『何を馬鹿なことを言っている』だの『もっと前向きに考えよう』とか、そんな決まり文句。


子供達に勉強を教えるためにニブルヘイムに通ってきていた町の教師は、いつも暗い顔のクラウドを気遣って声をかけ、気になることがあるなら、いつでも相談してくれ、と言ってくれた。
悩んだ末に同じ年代の子供達となじめない事を相談したら、『暗く考えすぎだ。もっと前向きに考えて、元気に声をかけるようにしたら、すぐに友達になれるよ』と、とても前向きな正しい答えをくれた。
その「元気に声をかける」段階から難しいと相談してるのに、なんて意味のない答えを堂々と言ってくれるのか。


仕方がないから、クラウドは自分が周りになじめないのは、周りの所為だと自分に言い聞かせてみようかと思った。
だから、自分から声をかけられないのは、仕方がないのだと、自分の悩みを正当化して誤魔化そうと思った。
結局、そんなその場しのぎはすぐに役に立たなくなった。


自分でどう体裁繕おうと、評価されない理解もされない自分が惨めなのは、自分が一番よく知っている。
自分がなじめないのは、自分が特別立派な人間だからじゃない、自分が特別馬鹿だからだ。年相応の無邪気さも理解できない、ただの馬鹿。
自分が落ち込んでいるのは、自分が馬鹿なことを考えている所為で、他の誰の所為でもない。誰にうち明けたって解決できない、自分の問題だ。
「何を考え込んでる」
もう一度聞かれたが、クラウドは結局「なんでもない」と答えて、自室に戻った。


セフィロスは、子供の落ち込みの理由なんてすっかりお見通しなのかもしれない。
俺は騙されやすい子供。
でも、自分で自分を本当に騙すことは難しい。
自信がないのに、自信のある顔なんて出来ない。




コトコトゼンマイ仕掛けの人形めいた歩き方で、金髪の疲れた顔した子供は自室に戻っていってしまった。
物心着いたときにはすでに「特別な存在」だったセフィロスは、その他大勢の中から選別され掬い上げられるのをただ待つしかない状況というのは経験がない。
だから、その瞬間を待つ人間の気持ちなど、想像すら出来ない。


自分が騙されやすい事を知っている子供は、だからこそ簡単に他人に心を開かない。
後で裏切られて傷つくかもしれないことを警戒し、裏切られても決定的なダメージを受けるのだけは回避しようと、無意識に壁を作る。 本音をそう簡単に他人にさらけ出したりはしない。
心の底から信頼し、何でも相談して欲しいと少年に望むほど、セフィロスはクラウドに強い関心を持っていない。
一緒にいて邪魔にならない程度の距離感で十分だ。

ただ、小さな子供が一人で不安を抱え、カップを抱えて泣き出しそうな顔をしているのは哀れだと思った。
もう少し、何か気の利いた言葉をかけてやれば良かった。





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