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「今期の適正審査で、不適格と判断された者は誰もいなかった。全員、よく頑張った」
フルブライト教官のその言葉に、同じ訓練所で審査を受けた17人は同時に歓声を上げた。審査を受ける者は、訓練所に向かう前に全員誓約書を出している。
意に添わぬ部署に配属になっても『3年間は辞表を提出しない』という内容だ。
兵士として不適格といわれミディール温泉保養地の番人や、アイシクルエリアの毛皮倉庫の門番に送られても、再び再審査を受けてパスするか、3年間我慢するかしなければ、次の人生設計もままならない。
神羅はコネも特殊能力もない人材に甘い組織ではない。
配属先はどこになるにしろ、とりあえず合格した事に、クラウドは兵士として首の皮一枚つながった気分だ。
一人一人に辞令が手渡されていく。
「上の階級を望む者は、配属先でしっかりと働け!今後の健闘を祈る!」
教官の短い訓辞に、全員緊張した顔で敬礼をした。
「お前、どこに決まった」
「希望したとおりの通信班!コレで念願の最新鋭無線機は俺の物」
「俺は工兵隊!……うわ…ウータイ派遣組だ……新しい宿営地が作れる、万歳!」
「お前なぁ、それ、喜ぶところかよ!」
「俺はジュノン基地勤務だ〜〜船に乗れるかな…」
「とりあえず、みんな希望は通ったわけだな。クラウドは?」
適正審査で一緒になった小柄組は、今は食堂で額をつきあわせるようにして配属先の教えっこをしていた。無線マニアのミラー、基地施設が作りたいマーシー、山岳地帯出身で水兵さんに憧れるトールは、それなりに希望が通ったらしくて少年らしい夢に瞳を輝かせている。
「クラウドは、ソルジャー希望だっけ?」
大人しいトールがにこにこしながら聞く。クラウドは曖昧な顔つきで答えた。
「最初はね……でも、体格見てると、ソルジャーは無理だと思うよ…やっぱり。俺は特殊戦闘班希望したんだ。強化スーツ支給されれば、体力や腕力補えるし」
「クラウドは現実的だなぁ。希望くらい、夢一杯の所にしとけばいいのに」
「マーシーにだけは言われたくないだろ〜将来つぶしが利くからって大型特殊免許取り放題の部署希望したくせに」
ミラーがけらけら笑う。
「で、どこに決まった?」
3人は同時にクラウドの辞令をのぞき込み、次に顔を見合わせた。クラウドも目を丸くしている。
「ソルジャー直属支援部隊配属……?俺、こんな所希望出してない…」
「な、なななな、何言ってるんだよ!コレってソルジャー候補って事?」
「いや、ソルジャーお守り担当って事も…」
「っていうか、ソルジャー支援部隊って何すんだよ!戦闘補助?」
「遠征の時のテント張ったり、火の番したり?」
「それじゃ、雑用係じゃん!」
4人揃って呻ってしまった。ソルジャーミッションに同行したことがないので、一般兵がどんな形で関わっているのか、想像できない。
そんなこんなしているうちに、辞令に書かれていた各部署着任手続きの時間が迫ってくる。
「あーー、しゃべってる暇ない!」
「マーシーがウータイに行く前に、もう一回あって報告しあおうよ」
「とりあえず、みんな、頑張ろう!」
「また後で!」
小柄少年4人組は揃って握り拳を作って気合いを入れると、それぞれの配属先へと散っていった。
■■■□
ソルジャー棟自体は何度も来たことがある。裏からだが。
正面から堂々と扉をくぐるのは、初めてだ。
クラウドは緊張の面もちで制服を改めると、正面の受付カウンターに向かい、今日配属された補充兵であることを告げた。
「はい、IDナンバー確認しました。支援隊司令本部は3階になります。シーモス隊長は3階東エレベーター正面の執務室にいらっしゃいますので、直接着任の報告に向かってください。新しいIDカードとドッグタグは4階事務局で支給されますので、そこで受け取ってください」
一階の警備に当たっている兵士が物珍しそうにクラウドを見る。クラウドは足早にエレベーターに向かったが、ちょうどソルジャーとおぼしき制服を着た男達が乗り込むところだった。
気後れしたクラウドは階段を駆け上ることにした。金髪の少年が小柄な身体を弾ませるようにして階段を上る姿は、目にした者に強い印象を残した。
■■■□
「ソルジャーザックス!補充兵が来たの知ってますか?」
息を弾ませてザックス小隊専属サポート班の最年少のマートルが駆け込んできた。
一般兵支援隊のメンバーは通常ミッション規模に合わせて編成されるが、日常的なデスクワーク補助などを目的に、レギュラーメンバー4.5人ほどが決まっている。
彼らはミッションのない時は同じ部屋でそれぞれ仕事をしているわけだが、4階にある事務局へ書類を提出に行った筈のマートルが息せき切って持ち帰った情報に、室内にいた者は全員首を傾げた。
「補充兵が来るのって、珍しくないだろ〜〜が。ついこの間も、5人くらい来てなかったか?」
雑誌を顔にかぶせて報告書書きをさぼっていたザックスが、だるそうに聞いた。
マートルは首をぶんぶんと振る。
「それが!新兵なんです!それもえらい事可愛い金髪のちっこい子!」
ソルジャー達は顔を見合わせた。新兵で金髪の可愛い子と言ったら、思い当たるのはたった一人。
とはいえ、新兵が補充兵として配属されてくるなど、今まで前例がない。
クラウドを知らない一般兵メンバーは、無責任な与太話を始めた。
「可愛い子ってさ〜つまりお稚児さんじゃないの?」
「そうそう、そういや、ソルジャーサロー、ミッドガルに戻ってきたんだろ?」
「グラファイトとスモーキィー隊長も美少年好きだろ?血の雨降るんじゃない?」
「っていうか、顔見たのか?ちっこくて金髪だからって美少年とは限らないだろ?」
「いえ、限るんですって!」
マートルは力説した。
「現に!3階ホールでソルジャー達が騒いでるのが4階でも聞こえて、みんな吹き抜けんとこ鈴なりで見物してたんだから!」
「ったく、冗談じゃねぇ!」
ザックスは慌てて駆けだし、他のソルジャーも後に続いた。その勢いにポカンとなったサポート班メンバーも、結局は全員が後を追ったのだった。
自分を指さして殺気立ってるソルジャーに、クラウドは唖然となった。
シーモス隊長は40代半ば頃の、温厚なタイプの軍人だった。
緊張して固くなったクラウドのぎこちない着任報告を受け、回ってきていた書類を確認し、「精一杯頑張ってほしい」と声をかけた。その後、事務局長ジンとソルジャー部隊総司令のセフィロスの所に、顔見せがてら挨拶に行くと言って立ち上がった。
その後に続いてロビーに出たとたん、待ちかまえていた男達が騒ぎ出したのだ。
どうやら、ファーストソルジャーとその部下らしく、シーモス隊長も困惑気味だ。
「なあ、シーモス!そいつ、うちのチームに回せよ」
「抜け駆けすんなよ!お前んとこは、レギュラーにもういるだろ?」
「うるせぇなあ、すれてないのが欲しいんだよ!」
言い合っている内容の意味が分らず、クラウドはその場に立ちすくんでしまう。
「ソルジャーグラファイト、ソルジャースモーキィー。この子は戦闘補助として推薦を受けてきたのであって、慰安兵ではありません」
クラウドを背後にかばうようにシーモスが言うが、ソルジャー二人は笑うだけだ。
「その辺は臨機応変、適材適所って言うだろうが」
「大丈夫だって、ちゃんと戦闘も教えるから」
下卑た笑いに、クラウドは鳥肌が立つ。グラファイトと呼ばれた男の背後に立っていた数人が近づいてきて、クラウドの腕を掴んだ。
「ほら、研修つけてやるから、こっち来なよ、かわいこちゃん」
「てめえらがやったら、ケツふるだけの淫乱が出来上がるだろうがよ!こっちで教えてやるから、手ぇ放せ!」
スモーキィーの背後にいた連中もやってくる。
シーモス隊長が制止の声を上げるのも無視し、男達はクラウドを囲むようにして睨み合いを始めた。
(ちょ、ちょっと待て……なんだよ、つまり、俺はソレ要員だと思われてるって事?でも戦闘補助だって……)
ようやく、自分の身に迫っている危険の種類が理解できたクラウドは、本気で怖気を振るった。
「止めてください!」
初めて声が出た。掴まれた腕を振り払うように大きく動かすが、ソルジャーの腕力はびくともしない。それどころか、少年のささやかな抵抗を楽しむように、大きな笑い声が上がる。
クラウドは唇を強く噛んだ。ただ言いなり成るだけの子供だと、周囲にそう認識されるわけにはいかない。
全身の力を込め、クラウドは腕を掴んでいるソルジャーの足の甲に靴の踵を叩きつけた。一瞬前のめりになったソルジャーの腹に肘を打ち付け、低くなった顎に掌打を喰らわす。呻いた相手の腕をふりほどき、一瞬唖然となったソルジャー達の輪から逃げ出した。
「ストライフ!」シーモスが叫ぶ。グラファイトとスモーキィーがにやりと笑い、「捕まえた方が優先権ありな」と勝手に決める。クラウドは初っぱなからの騒ぎに、泣きたくなった。
上官であるソルジャーに反抗などして、どんな罰がくるんだろう。
「クラウド!」
聞き慣れた声がしてそっちへ目を向けると、上の階からザックスが飛び降りて来るのが見えた。4階に来て騒ぎを確認し、吹き抜けの手すりを乗り越えて来たのだ。
「おい、クラウド、大丈夫かよ。つーか、なんでお前がここに居るんだよ」
地獄に仏で、クラウドは思わずザックスにしがみついた。
「辞令もらって、ここに配属になったんだよ。なんでこんな騒ぎになってんの!」
もう訳が分らないでそう訴える。ザックスはクラウドを背後に隠すと、渋い顔つきで近づいてくるグラファイトとスモーキィーを見やった。続いてきたショーンやグレンも、ザックスとクラウドをかばうように左右に立つ。
ソルジャー同士の本気の睨み合いに、その場に居合わせた兵や事務員はお祭り気分ではなくなり、剣呑になった空気にすくみ上がる。
「おいザックス。お前の知り合いか」
「俺のダチっつーか、弟分みたいなもんです。慰安兵じゃないのは間違いないんで、変な手出しは止めてもらえないですかねぇ」
「変な手出し?」
「はっきり言っちまうと、こいつのケツ狙うって言うなら、こっちもそれなりの対処しますって事」
ザックスは1stソルジャーとしては一番の新米だという話だ。だが、目の前にいる1stソルジャー二人組は明らかに躊躇っている。ザックスがソルジャーの中で一目置かれる存在である事の証明だ。クラウドは緊張の面もちで目の前にある背中を見つめた。普段のふざけている姿から、一回り大きくなったように見える。
ザックスはにっこりと人好きのする笑顔を浮かべた。
「ここは一つ、俺の顔、立ててやってくれませんかね」
笑顔の中で、魔晄の目が厳しい光に揺らぐ。二人のソルジャーが忌々しげに目を見交わしたが、一つ舌打ちをして踵を返した。
殺伐していた空気がふっとやわらぐ。
クラウドはザックスを見上げた。振りむいて見返すザックスはふわっとおどけた表情になり、片目を瞑ってみせる。
ようやくほっと仕掛けたところで、またざわめきが起きた。エレベーターに向かったはずのソルジャー二人が、中から出てきた人物を見て後ずさる。
ザックスは表情を引き締めると、新しく顔を見せた相手に、ちっと舌打ちをした。
「なんだか、楽しそうだな。……ザックス、後ろに隠したのはなんだ?」
「ソルジャーサロー…ご無沙汰です」
サローと呼ばれたソルジャーは、セフィロスと同じか、もう少し大きいかと思われるほどの長身だった。身につけているのは、ソルジャーの制服とは違うオリジナルの戦闘服。麻色の髪を短く刈り込み、切れ長の目は温度を感じさせない無機質な色合いに光る。ザックスの暖かみのある目や、セフィロスの目を奪われるほどの綺麗な色合いとも全く違う、不気味な視線だった。
サローはめざとくクラウドを見つけると、ゆっくりとした足取りで近づいてきた。
「ずいぶんと可愛い子がいるじゃないか。お前んとこの慰安兵か?」
あざ笑うようなザラリとした口調に、ザックスはわずかに眉をひそめたが、表面上笑顔は保った。
「違いますよ。将来有望な戦闘補助員です」
さりげなく背後のクラウドをサローから遠ざけようとするが、その動きはお見通しだったようだ。
「独り占めするな。こっちにも寄こせ」
ほんの一歩で距離を詰めると、サローは素早い動きでクラウドの腕を掴んでザックスの前に引きずり出した。
「隠すようなご面相じゃないだろう?」
顎を掴まれ、強引に正面を向かされる。クラウドはサローの目を間近でのぞき込み、ぞっとなった。まるで魔物の目だ。クラウドを引き裂いて咀嚼する食物としか思っていない、そんな目だった。
「ソルジャーサロー、放してやってください」
クラウドをかばおうとするザックスを、サローは押しのけた。
「引っ込んでろ、ひよっこ。オレはこいつが気に入った。……綺麗な髪だなぁ…」
ことさらゆっくりとした手つきで、サローはクラウドの金髪を撫でる。背筋に震えが走る。叫び出したくなり、クラウドは唇を噛んでようやく声が出るのを抑えた。その仕草がまたサローを喜ばせたようで、今度は指先で唇をなぞってくる。
「サロー!」ザックスの声が鋭くなる。
「うるさいぞ、ガキが」
ざわりとさざ波のように空気が震え、緊迫感が広がった。
「このガキが、誰に向かって意見してる気だ」
サローの目が凶暴に光る。どちらとも無く、手が出る――そう誰もが思ったとき、周囲を取り囲んでいた人垣が崩れた。
「ここは訓練場ではないよ。破壊したら、給料から引かせてもらうがそれでいいのかね」
あきれ果てたようなジンの声が割って入った。そして、また別の声。
「本部破壊の賠償金で破産か?1stソルジャーの名が泣くな…」
面白がっているようにも聞こえる口調で姿を現したのは、長い銀髪に黒いロングコートをまとったセフィロス。
ほっとした顔のザックスとは裏腹に、目に暗い色を乗せたサローに、クラウドは何か嫌なものを感じた。