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本日は晴天。
どんよりと曇り空の多いミッドガルでも、今日は綺麗な秋空が見える。
「さーて!公道でやってはいけない事例その2!バイクの後輪のみ走行!」
わーっと子供達の歓声が上がる。
まじめな顔で手を挙げると、ザックスは乗っていたバイクの前輪を持ち上げ、そのまま一気に子供達の前を駆け抜けた。
再び歓声がわいた。
本日は、ミッドガル壱番街にある神羅付属幼稚園での交通指導の日だった。
ソルジャーにサポートメンバー総出で幼稚園の園庭に石灰で横断歩道や道路を示す白線を引き、「さあ、道路を横断するときは青信号で手を挙げて〜〜〜」と子供達と手をつないで横断のまねごと。
横断歩道のない道路を横断するときの注意点は、段ボール箱で作った車もどきをかぶったグレン相手に、「車が来たときは歩道で立ち止まり、手を挙げましょう。道を譲って貰ったら渡りはじめ、運転手さんに会釈して感謝の気持ちを伝えましょう」とザックスが実演する。
目をきらきらさせてまとわりつく小さな子供相手に、ソルジャー達は異様に楽しそうだ。
一通り指導がすむと、今度は「大人になってもやっちゃ行けないこと」をわざわざ実演してみせる。
ソルジャー達は小さな観客相手に、次々とアクロバット走行を演じて見せてる。
クラウドは子供達といっしょにそれを眺めながら呆れた。
一体どこの誰が屋根の上に3人も座らせた状態で車を走らせるんだ。
一体どこの誰が四輪車の片側の二輪だけでスピンターンするんだ。
一体どこの誰がバイク担いで走るんだ――道路を自分の足で。
車を壊すのは当たり前だ。そんなの普通の大人はやらないぞ…。
脱力しているクラウドの手を掴んだ男児が、気を引くように引っ張る。
「何?」
疲れを隠して笑顔で聞くと、少年は頬染めて宣言した。
「ボクね、大人になったら、お姉ちゃんをお嫁さんにする」
クラウドは引きつった笑顔になりながら、「ありがとう、待ってるからね」と答える。
本日、4人目の求婚者。
俺、将来的には何人の旦那が出来るんだろう。
またも神羅女性兵の制服を着せられているクラウドは、ため息を付く。
ごつい男達の集団に子供達が萎縮しないように、という配慮らしいが、子供っぽく瞳を輝かせてアクロバット運転を披露するソルジャー達に子供達は夢中だ。
配慮なんて必要なかったんじゃないかな、とこっそり思う。
実は「ミニスカを生脚で!」という一部ソルジャーによる熱烈リクエストの結果だと言うことはクラウドは知らない。知らないけれども、とりあえず、痣の治った生脚で健康的に女性兵の制服を着こなし、クラウドは男児のアイドルと化していた。
数人の女児が男児に囲まれているクラウドの前に来ると、たった今プロポーズしたばかりの子供に向かって詰め寄った。
「ひどい!昨日はあたしをお嫁さんにしてくれるっていったのに!」
そしてクラウドをきっと睨むと、「こんなおばさんに負けないんだから!」と宣う。
5才児から見たら、14才もおばさんですか、そうですか。
仁王立ちで腰に手を当て顎を突き出して睨み付ける顔に既視感を覚える。
こんなに小さくても女は女、嫉妬の感情は一人前だ。
あの日から10日経つ。
サリーは翌日には退院し、実家のあるカーム近くの村に帰ったのだそうだ。
たまたま見舞いに行き、退院の見送りに間に合ったザックスに、サリーは「ルリさんに謝っておいてちょうだい」と言付けた。
そして
「でも、男だから、なんて言い訳するのは止めて欲しいわ。信憑性無さ過ぎですもの。それに男の子だったら、私、女のプライドずたずたよ」
と告げたそうだ。ロートには謝らないと言っていた。
脅迫状を出したのはサリーだった。普段は他のモデルや女性を追いかけているロートが、何か困ったことがあればサリーに泣きついてくる。
それが嬉しかったのだと、彼女は言った。
それだけで満足していられれば、もっと幸せに生きられたのかもね、と寂しく呟いた彼女に、ザックスは抱きしめてやることしかできなかったと悔しがっていた。
本来のブラウンの髪に翠の目に戻した彼女は、金髪碧眼に作っていたときよりも魅力的だったそうだ。「なんでわざわざ髪の色変えたりしたのかな。自分が変えたいならともかく、人の好みなんかに合わせてさ。ブラウン、綺麗じゃん」と心底不思議そうだった。
ザックスの恋人になる人はきっと幸せだろうと思う。背伸びも何も必要なく、そのままの姿を愛してくれるだろうから。
信憑性無さ過ぎと言われ、男だと信じてもらえなかったクラウドの、男のプライドもけっこうずたずたなのだが、それはもうどうでもいい事にした。
サリーとはもう逢うことはないだろう。
今度こそ、誠実な男性と知り合って欲しい。
今朝のニュースで、ウータイで小競り合いがあったと言っていた。
セフィロス視察のスケジュールに合わせ、難民キャンプの一つで暴動が起きたのだそうだ。
派遣されていた医師団のうち、医者1人と看護学生2人を人質に取り、神羅軍の撤退とセフィロスの首を要求してきたとのこと。
いちいち相手にしてたらセフィロスの首がいくつあっても足りるわけがない。
力づくで鎮圧された結果、首謀者を含む難民8人が死亡、人質となっていた看護学生も1人亡くなったそうだ。
首謀者はウータイ人ではなく、復興支援ボランティアとして入国していたミッドガルエリア出身のアバランチのメンバーだった。
伝えてきたことのどこまでが本当で、嘘がどの程度混じっているのか、クラウドには分からない。分からないが、自分たちの主義主張を貫くために、自分の国を取り戻したいと願うウータイの人々を利用したアバランチには怒りを覚える。
とりあえず、セフィロスを初めとした神羅軍兵士には死者はなく、軽傷が数人だけの完全勝利だという。戦火は拡大することなく、他の地域では平穏なままだ。
クラウドは思う。
セフィロスにとって、この結果は問題ないのだろうか。また不本意な内容だったと機嫌を悪くしてないだろうか。独りぼっちで沈黙の時間を過ごしてないだろうか。
ウータイに行ったはずのマーシーは元気だろうか。怪我なんかしてなきゃ良いけど。
ミッドガルに来て兵士になって、村にいたときよりも世界が広がって、世の中には目に見えない部分の方がずっと多いんだと知った。ニブルヘイムにいた頃は、
戦争なんて、よくある村の境界線争いや水場の喧嘩とそう違わないなんて思ってた。
発表される死傷者の数も、数字でしか感じられなかった。
でも戦いの結果の動かなくなった体をいくつも見て、自分が飛び込んだ世界がどんな物なのかようやく理解できた気がする。
今ここで、子供達相手に笑っているソルジャー達が、明日はどこか違う場所で戦って血を流してるかもしれない。
自分自身が血を流して動かなくなっているかもしれない。
ここの子供達は無邪気に笑って未来を語っているけど、未来を語る暇もなく命を失っている子供が、今現在、世界のどこかにいるかもしれない。
人って勝手だ。
遠い世界の出来事だと思っていると戦争も他人事で、自分の知り合いがその場にいると思うと胸が引き裂かれそうなくらい不安になる。
明日俺が戦いに出て人を殺したとして、その人を今の俺みたいに心配している人だってきっといる。
世界は目に見えない部分が多すぎて、泣いている人の顔だってたやすく見えない。
俺の力は弱すぎて、腕は短すぎて、誰一人抱き留めることが出来ない。
兵士になったことを後悔はしない。
あのまま村にいたり、兵士じゃなくて他の仕事についたりしていたら、今みたいに自分の弱さや小ささをこんなにはっきりと自覚できなかったと思うから。
強くなりたい。
セフィロスのように、ザックスのように。
誰かを支えられる力が欲しい。
子供達がクラウドを呼ぶ。
実演を終えたザックス達は、一足早く保育士さん達が用意してくれたおやつをほおばっている。
さっき、男の子に詰め寄っていた女の子がザックスの膝によじ登っている。
今度はザックスが女の子達のプロポーズ攻めにあっているようだ。
ショーン達が笑う。子供達を肩車して、はしゃぐ声に相好を崩している。
クラウドはその光景を眺めながら、不思議な感慨に囚われる。
遠くの空の下、近くの空の下で泣いている人たちがいるときに、今ここは笑い声で満ちている。
不思議だ。
楽しそうな声を聞く度に寂しくなる。
この場にいない人の顔が見たくなる。
空の向こうにいる筈の、セフィロスに逢いたい。
不思議だね、セフィロス。
――俺、あんたのことを恋しいって思ってるよ。