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ホテルでの大々的なパーティーの後、店に戻ってからのスタッフだけの打ち上げパーティーに招かれたソルジャー達は、念願かなって可愛いお針子さん達と知り合いになれ、至極ご満悦だった。
そこで一人だけ不機嫌な顔をしているのは、言わずとしれたクラウドである。
「いや、実に美しい瞳だ。金色に煙る睫毛に彩られ、最高の宝石デザイナーによって作り上げられたような――」
(以下、略。全部、略。俺は何も聞いてない、聞きたくない)
耳元で囁き続けるロートの口説き文句を意図的にシャットアウトし、クラウドは頭の中で数字を1から数える事に神経を集中する。
そうでもしないと暴れてしまいそうだ。
(ザックスの馬鹿ー!何か適当に帰らせてやるだよー!)
頼みの綱だったはずのザックスは、もう一つの頼みの綱だったかもしれないサリー相手にご機嫌で会話中だ。
「……正直、君のような女性は初めてだ…」
「は?」
突然真剣に囁かれ、それまでの話を全然聞いていなかったクラウドは目を丸くして男を凝視した。というか、いつの間にやら肩に手を回され、窓際に二人だけでぽつんと立っている。数字を723まで数えている間に何があったのだろうか。
上の空だったクラウドを、単にロートが巧みに誘導してきただけである。
ロートにしてみれば、不思議な反応だったろう。
口説き文句には生返事しかしないくせに、静かな場所へと誘導すれば黙って着いてくるのだから。
「――私の名声ではなく、私本人に興味を持ってくれたと思って良いのだろうか」
(ちょ、ちょっと待て!なんでアンタ腰に手を回してるんだ?)
後ろ手に背中から腰の辺りをうろうろしている手を払いのけようとするが、それを恥じらっていると見たのか男は手に力を入れて引き寄せようとする。
(ちょ、ちょ、ちょーっと待て!密着させるなーーー!)
「……君のその目に見える憂いの訳を知りたい…それを取り除く手伝いをさせて欲しい…」
(あんたが離れてくれれば、今すぐ大喜びでダンスでも踊ってやるから、とにかく離れてくれ)
頭の中ではいくらでも拒絶の言葉が浮かぶのだが、残念ながらそれを当たり障りのない、角の立たないセリフに翻訳する能力がクラウドには欠けていた。
そうこうしているうちに、慌てているクラウドの様子を本気の拒絶と受け取ることをせず、男は甘ったるい笑顔で顔を近づけてくる。
(ああ、もう駄目だ――殴り倒す!)
ぐぐっと握り拳に力が入ったところで、ようやく救いの手が入った。
「ロートったら、ルリさんが困ってますよ」
サリーがにっこりと微笑みながら立っている。その後ろには、ちょっとだけ後ろめたそうな笑顔のザックス。ようやく、クラウドが危険な状況に陥っているのに気が付いたようだ。
「ロート、ルリさんに何か話したいことがあったのではなくて?」
そそくさとデザイナーから離れたクラウドの肩に手をかけ、サリーは微笑む。わざとらしく身だしなみを整える仕草をしたロートは、また甘い笑みを浮かべた。
「そうそう、ルリさんを見ていたらね。今までとは違う創作意欲がわいてきたんだ。少女から大人の女性への旅立ちをコンセプトにした清楚にして、かつ妖艶なドレスをデザインしてみたくなった」
「……はあ」
クラウドは引きつった顔になる。
それはマジでしょうか、俺は少女から大人の女へなんて旅立つ予定はございません。そう言いたいのだが、やはりちょうどいい言葉が見あたらず声に出せない。
「いや〜〜クラ…ストライフはドレスアップとかあまり興味ないみたいだし…」
「今はまだそうかもしれませんが、実際にドレスアップしてみれば気持ちも変わりますよ。女性というのは、美しくあることに喜びを覚える種族なのですから」
あっさりと切り替えされ、ザックスは心の中でクラウドに頭を下げた。
(すまん、クラウド!俺には無理だった!つーか、実は俺も見たい!ドレスアップクラウド!)
以心伝心と言うわけではないが、そのザックスの思いは完全にクラウドに届いた。にま〜〜〜っと、何か妙なことを想像しているとしか思えないにやけ顔は間違えようがない。
(ザックスの裏切り者!)
内心でじたばたするが、言葉で表現できない。そうしているうちに、にっこりと微笑むサリーにがっしりと腕を捕まれる。
「ちょっとだけ、別室で採寸させてもらえるかしら?すぐにすむわ」
「最初に出来上がったドレスはプレゼントさせてもらいますよ」
クラウドは自分よりも背の高い女性に抱えられるように、作業部屋へと連行されてしまった。
(……これは、白状するしかない――)
クラウドは困り切った気分で覚悟を決めた。
布やマネキン、作業台や小物などが整然と並べられた部屋へはいると、サリーはメジャーを持ってきた。
「スリーサイズと、肩幅と腕の長さ、首周り計らせてね。だいたいのデザインが決まったら、正確にマシンでスキャンさせてもらうけど」
そう言って延ばしたメジャーを身体に当てようとする。
クラウドは気むずかしげに眉を寄せると、思いっきり頭を下げた。
「すみません!俺、本当は男なんです!」
「は?」
サリーがぽかんとなった。
「本当なんです。護衛の都合上、女性の方がいいだろうって話になったんですけど、神羅の女性兵って作戦には参加しなくて、それで」
「もう、何が不満でそういう事言うのかしら?言うに事欠いて、信憑性無さ過ぎよ、それ」
全く信じていない口調だ。サリーはじれったそうになる。
「ロートのオートクチュールなんて、本当に一部の女性でなきゃ手に入れられない物なのよ。それをプレゼントされるって言うときになって、男ですなんて言って誤魔化して。遠慮してるつもりかもしれないけど、過ぎれば嫌みだわ」
「そうじゃ、なくて、本当に」
「もう、いい加減にしてよ!人を馬鹿にしてるの?」
サリーが顔をゆがめて怒鳴った。知的で落ち着いた表情しか見てなかったクラウドは、その激高した表情にショックを受け、次の言葉が出ない。
「あ、あの…」
「一体何が不満なのよ!ロートが自分からデザインしてプレゼントするって言ってるのよ?喜びなさいよ!感動して喜びなさい!」
力一杯手にしたメジャーを床にたたきつける。乾いた音が響き、クラウドは背筋が冷えるのを感じる。彼女の様子は普通ではない。
何がそんなに彼女の気に障ったのか、クラウドには理解できなかった。
「不満とかじゃなくて――」
「じゃあ、なによ!それとも焦らしてるつもり?要らないって言ってるのに、彼がどうしてもって言うから貰ってやったのよー、とでも?自分にそれだけ魅力があるのよ、って自慢してるの?」
「そんなんじゃない!」
言い切ったクラウドを見るサリーの目は憎悪にぎらぎらと光っている。歯を強く噛みしめたサリーは、手近にあった箱を床にたたき落とした。
散らばった針やハサミを息を荒くして睨んでいたかと思うと、すっと身をかがめて大きな裁ち鋏を拾う。鋭い刃を持つそれをナイフのように握ると、サリーは無表情にクラウドを見る。
「金髪に蒼い目、白い肌。綺麗ね」
彼女はハサミを振り上げた。
ソルジャーの聴覚は音楽や談笑に満ちた室内であっても、どこかの部屋で物が落ちる音を聞きつけていた。
ザックスが音のした方に目をやると、彼に寄り添うように立っていた女が口を尖らせる。
「あーひどい。あたし達の言うこと、聞いていない」
「聞いてる、聞いてるって。ただ、なんか物が壊れたような音がしてさ。あっちがわの部屋って何するとこ?」
愛想良く笑いながらザックスが指さした方を見て、女は「作業室よ。ほら、多分、さっきサリーが女の子連れてったとこ」と答える。
「ああ、採寸だっけ…?なんかまずい事あったかな…」
ザックスは苦笑いをした。男の子だと白状して、サリーが卒倒して倒れた音かもしれない。
「きっと彼女、サリーに虐められてるのよ。かわいそ〜〜」
「は?虐める?」
声を潜めた女の言葉を聞きとがめ、ザックスは聞き返した。
「そんなタイプじゃないでしょ、彼女」
「いやあね、男の人ってすぐに騙される。典型的なそんなタイプよ、サリーって。焼き餅焼きで、裏で嫌がらせするタイプ」
「見た目がクール系だからね。全部作り物だけど」
反対側にいた女も声を潜めて会話に加わってきた。
「…作り物?」
「顔、全部整形よ、気が付かなかった?」
「髪も染めてるし、目の色もカラーコンタクト。ロートが白い肌が好きって言えば必死で美白エステうけて。でも相手にされないから、金髪碧眼のモデルが来るといびり倒すのが習慣。誰も文句言えないの。何たってロート、実務面では完全にサリーに頼りっぱなしだから」
「ロートって、金と青の組み合わせがこの世で一番美しいって信じてる口だから。神羅のスカーレット女史も金髪でしょ。サリー、ヒス起こしてスタッフへの八つ当たり凄かったんだから」
「そこにねえ、あんなに若くて綺麗な、ロートの理想そのものみたいな子が来ちゃったら、心中穏やかなわけないわよね」
くくくっという女達の含み笑いが、大きな音に遮られた。
今度こそ誰の耳にも届いた激突音に、ザックスは部屋を飛び出していた。
もぎ取った裁ち鋏を棚の上に置き、クラウドは床に倒れたままの女の傍らに膝をついた。
鋏を掲げて襲いかかってくる女に、クラウドはとっさに鋏を持った腕を掴むと、背負い投げの要領で女を床に叩きつけてしまったのだ。周囲のワゴンを巻き込みながら、長身の女は床に伸びて気を失ってしまっていた。
おそるおそる顔を覗き込み、クラウドはのどの奥で悲鳴を上げた。
サリーの鼻が歪み、顔面を血で真っ赤に染めていたのだ。
「クラウド!」
ザックスが部屋に駆け込んできた。本名を呼ばれたことなど、どちらも気にする余裕がない。クラウドは動揺を隠せず、涙目でザックスを呼んだ。
「ザックス、ど、どうしよう…俺、女の人の顔、傷つけちゃった…」
クラウドの無事な様子に安堵の息を付くと、ザックスはクラウドと並んでサリーの横に膝をついて女を抱え起こした。
クラウドが言うとおり、彼女の顔は悲惨なことになっている。
「ど、どうしよう…骨折って、ケアルで治るのかな」
かなり混乱しているらしいクラウドが妙に可愛い。こんな時だというの、ついザックスは微笑ましく思ってしまう。
「まあ、落ち着け…これは、ケアルじゃ無理だな」
女の顔の傷を確かめ、ザックスはサリーを抱いて立ち上がった。クラウドは本気で泣き出しそうだ。ザックスは言い含めるように言った。
「折れたのは鼻の骨じゃなくて、入れてあったシリコンだ。だから、ケアルじゃ無理。分かるか?折れたのは骨じゃなくて、人工物。血は鼻血」
クラウドの表情が惚けたようになった。部屋のドアの前にはショーン達が壁のように立っているが、その向こう側には打ち上げに参加していたスタッフが鈴なりになって様子をうかがっている。
ザックスはショーンを呼び寄せると、小声で言った。
「彼女を軍病院へ。形成外科…で良いんだよな…連れて行ってやってくれ」
ショーンの腕に移されたサリーが身じろぐ。鼻を押さえ、涙をこぼしながら目を彷徨わせる女に、ザックスは優しく言う。
「大丈夫。神羅の医者は優秀だから。綺麗に治るよ」
サリーはザックスとその少し後ろに立っているクラウドを見ると、しゃくり上げながら頷く。完全に敵意は喪失だ。そのまま、ソルジャー達に守られるように連れられていった。
ザックスはクラウドの肩を叩く。
「帰ろう、お前も手当てしなきゃ」
言われてクラウドは左の二の腕に薄く切り傷が出来ていることに気が付いた。
鋏がかすったらしい。
彼女は本気で自分を傷つけるつもりだったのだと思うと、気持ちが沈んだ。
「……俺」
「うん?」
「俺、そんなにサリーに嫌われてたのかな」
前に視線を向けたまま茫洋と呟くクラウドに、ザックスは顔を覗き込んだ。
「俺、そんなにサリーに嫌われるようなこと、言ったのかな…」
「違うよ」
ザックスはもう一度クラウドの肩を叩いた。クラウドがザックスを見る。
「間が悪かったんだよ。サリーはロートが好きで、あいつの好みに合わせようと自分を変えて、それでも愛してもらえなくて。たまたま、ロートの好みにドンぴしゃだったお前を見て、それで逆上しちまったんだ。お前が悪かったんじゃない」
クラウドは納得しきれない、といった顔をした。
「俺の見てくれは、俺が好きで選んだ訳じゃない。外見なんかより、自分で身につけた能力の方がよほど価値があるのに」
「外見と能力と、どっちの価値を優先するかは人によるなぁ。どっちも高レベルなんて奴、そうそういないし。……一人身近にいるか…あれは例外中の例外」
言外にセフィロスを匂わせ、ザックスは笑った。
「まあ、俺も例外の口だけどな。何たってソルジャーファーストで、二枚目ハンサムだしさ〜〜英雄には負けるけどさ」
「……笑えないって」
憮然と呟くクラウドに、ザックスは軽口を止めた。冗談と受け流してくれる心境ではないようだ。
部屋を出ると、おろおろとしたロートが近づいてきた。
「一体、何がどうなっているのか。サリーが何をしたというのだね」
クラウドが口ごもると、代わりにザックスが顎をしゃくって答えた。
「部屋の中に入って確かめてみな。血の付いた鋏があるはずだから」
ロートはクラウドの腕の傷を見て、言われた内容を察したようだ。
真っ青になると、病院に連れて行かれた女を罵倒し始めた。
「なんという事だ。お詫びのしようもない。サリーは優秀なアシスタントだったが、嫉妬深いのが欠点だった。しかし、よりにもよって君のような少女にまで危害を加えようとは。彼女は即刻首にするから、どうか、私のことを嫌いにならないでくれ――」
その被害者然とした言葉を聞き、クラウドは目がくらむほどの怒りを覚えた。
可哀想なサリー。
彼女はあんたを崇拝していたのに。
不意にザックスが男の胸ぐらを掴むと、歯の間からにじみ出るような声で告げた。
「ふざけんな。女を口説きたいなら、もうちょっと女心に敬意を払え」
へたり込んだデザイナーをそのままに、ザックスはクラウドを抱えるようにして建物を後にした。ぽつりと切なげにザックスが言う。
「脅迫状、サリーだったのかもな」
そうかもしれない、とクラウドは思った。
でも、そんな事、もうどうでもいい気がした。
可哀想なサリー。
自分を作り替えてまで欲しいと思った男は、自分のことしか考えてない男だったよ。