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最近、ミッドガルの一部で密かなブームになっているビデオがある。
神羅交通課作成の、幼児向け交通指導用ビデオ。
あるソルジャーの率いる小隊が神羅付属幼稚園で行った交通指導がえらく園児達に好評で、口コミで他の幼稚園や保育園、小学校まで指導に来て欲しいとの要望が殺到。
そこで交通課はソルジャー出演による交通指導ビデオを作成したのである。
とはいえ、ソルジャー達の素顔が広まるのは、任務上余りよくないという配慮が働き、ソルジャー達の姿はCGキャラに置き換えられることとなった。
唯一素顔で出演しているのは、ブルーグレーの女性兵の制服に身を包んだタレントかモデルと見まごうような金髪碧眼美少女。ミニスカートからすんなり伸びた脚は色白で膝下が驚くほど長く、見惚れるほどの脚線美と健康的なお色気が目にまぶしい。
可愛い――むちゃくちゃ可愛い!
緊張しているのか、こわばった笑顔でナビゲーター役を務めているのが初々しいと、保護者間(主に父親)で評判になってしまったのだ。
その評判を聞きつけた神羅と提携中のある企業が、その少女をぜひ自社CMに使いたいと申し出た。それが発端だった。
神羅治安維持部作戦事務局所属、通信オペレーターのチーフを務めるローズ・マダーは屈辱に拳を振るわせていた。
容姿端麗、才色兼備を誇るローズは、たった今、面会に訪れた男にプライドをずたずたにされたのだ。
『いえ、申し訳ありませんが、私どもが探していますのは、もっと若くて華奢な美少女でして、あなたのような豊満な年増――いえ、妙齢の方ではございませんので』
ローズは怒りのままにその男が置いていった広告パンフレットを引きちぎった。
彼女の部下である他のオペレーター達が脅えてその様子を見ている。
ローズは部下の娘達の視線をあえて無視した。
脅えたフリで、内心で笑っているのだわ、あの小娘どもは――。
ローズは今年で27才になる。年増などと言われるほど年は食っていないが、美少女という年齢では絶対にない。だが、この本社勤務の女性兵の中で金髪碧眼の美女は自分だけだという自負もある。
「……一体どこの誰なのよ…神羅の女性兵を騙る小娘は……」
よりにもよってあそこのCMモデルにスカウトされるなんて――。
このミッドガル1のエステサロン『ヘリオトロープ・エステティック・ビューティー』。
常にその年スポットを浴びたスポーツ選手や女優など、最高の美女を使うことで有名なCMだ。今年はスポーツプログラムに神羅式格闘術を組み込んだと、本社でも話題になっていた。
そこのスカウトが金髪碧眼の女性兵を起用したいと申し出たと聞いて、ローズは小躍りして喜んだ。自分のことだと思ったのだ。
それが、一目見た途端にスカウトが言ったのが、あの言葉だ。
『――もっと若くて華奢な美少女』
一体、どこの誰なのよ!
怒りのまま、ローズは豊満な胸と腰を振り立てて交通課へと乗り込んだ。
交通指導ビデオ作成の責任者は、巨大な胸に気圧され、問われるままに応えた。
「あ、あの子は、確か、ソルジャー小隊所属の兵士の筈です」
――ソルジャー小隊の兵士?女性兵は実行部隊に配属されないはずだけど、知らないうちに方針が変わったのかしら?
「どの小隊?」
「ソルジャーザックスの小隊です!我々も、ただ、所属兵士とだけしか聞いて無くて……」
ローズは、彼女の胸の谷間に目を釘付けにしている交通課の男を放り出すと、ピンヒールの音も高らかに踵を返し、本社ビルをでた。ミッドガル駐留基地は零番街にある本社ビル敷地と一部重なり、壱番街弐番街に跨っている。
目的は、その広い基地内にあるソルジャー棟。
何がなんでも、あの小娘を捜し出し、身の程を思いしらせてやる!
ローズの決意は固かった。
「ほらほら、これ!バイクで高架通路爆走してるのが俺!」
「……よくもまあ、こんな馬鹿なことをしたな…」
「だからこれが好評だったんだって!」
「……やだなぁ、この声。どっから声出てるんだろって感じだ」
「どこから出たんだ?」
「知らない。なんか、どこかの声優が俺の口に合わせて声入れたって聞いた」
「隊長!これ、俺!」
「これ!箱乗りの一番外側にいるのが俺です、サー!」
「………外側と言うより、完全に外に出ているのではないか?」
大騒ぎ中のここはザックス小隊の執務室。
なぜかセフィロスまで交えて、ちまたで人気と言われる交通指導ビデオを鑑賞中だ。
クラウドは自分の姿を直視できずに、半分くらいは下を向いている。
CGキャラに置き換えられたソルジャー達と違って、クラウドは女装姿で全編出演している。引きつった顔で、声だけは吹き替えの可愛い少女声で『さあ、次は、あなたが運転手さんになったときの注意点です。大人になるまで、忘れないでいてね』なんて言っているのだから、赤面するよりない。
「それにしても、女性兵がいたとは知らなかった」
と、呆けたことを言うのはソルジャー総司令のセフィロス。今ここにいる誰よりも本社での打ち合わせや会議をこなしているはずなのだが、お茶くみしたり資料を揃えたりしている女性兵の存在は完全に目に入っていなかったようだ。ザックスはやっかみ混じりの口調で嫌みっぽく言った。
「あんた……そのうち、背後から呪われるよ…女性兵って見た目で選んだって言われるくらい、美人揃いなんだから」
「アレ、絶対に幹部の好みで選んでるよね。でなきゃ、あんな機能性無視した制服着せないって」
ミニスカの恨みで、クラウドは辛辣に言った。
「そんなに動きづらいのか?」
不思議そうにセフィロスが聞く。
「スカート生地に全然伸縮性が無くて、蹴り入れるたびに腰の上まで巻き上がるんだ」
慣れた小隊執務室のせいか言葉遣いが乱れ、セフィロスに対して敬語を忘れたことに気がついたクラウドが、答えてからあたふたと慌てた顔をする。
その顔にザックスが笑いながら、
「……お前、アレで蹴り入れる方が間違ってるぞ」
と突っ込みを入れると、小隊メンバー全員がうんうんと頷いた。
拗ねた顔になったクラウドが、ぼそっと言う。
「……蹴り入れると、みんなで大喜びしてたくせに……」
「いや、それは〜〜脚線美が〜〜〜」
だはは〜〜っと、グレンが誤魔化し笑いをする。セフィロスは怪訝そうだ。
「なんの話だ?」
「あんたは聞かない方がいいと思うよ」
ザックスは軽く止めた。ミニスカ姿のクラウドが足を振り上げ蹴り入れるたびに、かぶり付きで見物してたなんて聞かせては、可愛い部下の身に危険が及びそうだ。涼しい顔をしていて、けっこう独占欲が強くて大人げないのが神羅の英雄なのだ。
いい歳と体格をした男が集まって、飲み物やらお菓子やら持ち寄って子供向けビデオ鑑賞会。それはそれで面白いのだが、残念ながら一日中そうやって馬鹿話に興じていられるほどザックス小隊は幸福ではなかった。
時計をちらりと見て、ザックスはため息をつく。
「――はあ、そろそろ使いっ走りの時間だ」
「新しい麻薬ルートの密売人捜査の件か?」
「取引のたれ込みがあったんだけど、正確な場所が分からないから、探索の手伝いしろってさ。まあ、場所が場所だけに、いかにも悪人面な連中がざわざわするわけにはいかないからな」
ザックスは面倒くさそうに笑った。
「んじゃ、クラウド。用意よろしく」
「こういうのって、やっぱり俺なんだよな」
クラウドも面倒くさそうな顔で立ち上がる。行き先は例によって4階の衣装部屋。もうすっかり通い慣れ、シンプルメイクくらいなら1人で出来る。
通うたびに服が増えてるように見えるのは、単なる気のせいなのだろうか。
「今日はなんの扮装をするんだ?」
興味深そうに聞くセフィロスに、クラウドは顰めっ面で首をぶんぶんと横に振った。
「教えない!」
そそくさと出ていくクラウドの後を、付き添い役となっているマートルが追う。
「30分後に駐車場に集合な」
「分かった」
クラウドはそう答えた。
ソルジャー棟についたローズ・マダーは、まずは礼儀正しく正面カウンターでザックス小隊のメンバーと面会したい旨を告げた。
「アポイントメントはお取りでしょうか」
にこやかな受付嬢は女性兵ではなく、事務局の人間――軍属だ。
――治安維持部本部の人間を一般の面会人と一緒にするなんて、いい度胸ね。
ローズは真紅の唇を挑戦的に歪ませ、大上段から申し聞かせるように言う。
「言わなかったかしら?私は治安維持部本社作戦事務局の人間なの。いわば、ソルジャーの同僚であって外部の人間じゃないの。お・わ・か・り?」
「よく存じております。ですが、作戦実行中のソルジャー部隊に接触するには、それなりの手続きという物が存在します。たとえ本社の方であろうとも、機密保持の観点から接触を制限されることはよくありますので」
「作戦実行中?」
ローズは柳眉を寄せた。
「はい、ザックス小隊は、本日より作戦行動に入りますので、これ以上のスケジュールはお話しできないことになります」
受付嬢はあくまでにこやかだ。
ローズが微笑みを絶やさない受付嬢と睨み合っている真っ最中に、エレベーターが到着する音がした。
中から武装した男達が出てきたが、ローズは目もくれない。
男達の集団の1人が受付に目を向けた。
「よ、いつも可愛いね。お仕事頑張って」
受付嬢にかけられたその軽い口調に、ローズは振り向いてギロリと睨み付けた。
この美しい私を無視するなんて、いい度胸ね、あんた。
視線にその怒りをのせて睨むと、声の持ち主である黒髪の大男はたじろいだようだった。
「うわ、美人……でも、おっかねーかも……」
美人、の一言に、ローズの機嫌は少し良くなった。
ハリネズミみたいな頭してるけど、眼は確かよね。でも、今はそれが目的じゃないわ。
男達の集団が外へ出ていくのを無視し、ローズはまた受付嬢に詰め寄った。
「じゃあ、他の人でも良いわ。誰か、ザックス小隊のメンバーについて詳しい人に会わせてよ」
「さあ、誰と言われましても……そもそも、どう言ったご用件なんですか?」
「女よ、女!ザックス小隊にいる女に用があるの!」
「……事務局員以外の女性は、ここにいません」
受付嬢はうんざりしたように言った。
キンキンと喚くローズの背後では、またエレベーターが到着した音がしたが、そんなのは関係なかった。
ローズは身を乗り出しながら喚く。
「じゃあ、事務局に行くわ!何階なの?」
「4階です。勝手にどうぞ」
勝ち誇った顔でローズは振り返った。
その瞬間、視界の隅に翻る金髪が見えた。自動ドアが閉まりかける一瞬、兵士と並んだ金髪の、紺のワンピースを着たほっそりした後ろ姿が目にはいる。
ローズは急いで追いかけた。
自動ドアを走り抜けた彼女の目に、ワゴン車に乗り込む金髪が見える。
「お待ちなさい!」
彼女の叫びは届かず、ワゴン車はそのまま発進していってしまった。
ローズは鼻息荒く引き返した。
受付嬢の前で音を立ててカウンターを叩くと、目を怒らせて怒鳴る。
「いたじゃないの!女!」
「ここには事務局員以外の女性はいません」
同じ言葉を繰り返す女に、ローズはピンときた。
この女、知ってて隠してるのね。ザックス小隊がいないなんてのも、きっと嘘に違いないわ。
「嘘吐き、じゃあ、今の金髪の女は何よ。事務局の女が兵士と一緒にどこへ行くって言うのよ!」
「事務局の女性は、原則勤務時間中に兵士と行動を共にすることはありません」
「ほら、やっぱり、あの女は兵士じゃないの!」
「ここには、事務局員以外の女性はいません」
ローズはついに切れた。
「あんたと話してても埒があかないわ!ソルジャーに会わせてよ、誰でもいいからソルジャー!」
「わかりました」
うんざりしたのか、受付嬢は内線でどこかと連絡を付けた。
そして、受話器を置くと、ローズを見てにっこり笑った。
「最上階へどうぞ。サーセフィロスがお会いになるそうです」
ローズは一瞬後ずさった。
いきなり総大将と対決?