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セフィロスの執務室へ入ったローズは、目の前にいる生英雄に舞い上がっていた。
――会議とかで見たことはあるけど、ふたりきりになるなんて初めてだわ。
見初められたらどうしましょう、いきなり押し倒されちゃったりなんて――大きな胸を期待に振るわせてローズがくねくねしている間、セフィロスもまた彼女を観察していた。
――彼女の着ている制服を。
なるほど、これは動きづらそうだと、セフィロスはまじめに考えていた。
ボディラインを強調するのが目的のデザインは布の遊びを許さない。肩からウエストにかけてのシャープさも、胸や腰の張りを強調する曲線も完璧でほんの少しのたるみもなく、日常的動作以上の動きは全く想定に入っていない服だ。
クラウド用にはもっと伸縮性のある素材で別に作らせた方がいいだろう。脚を上げてもみっともなく裾がまくれたりしないように。
ヒールはもう少し低めに、回し蹴りや踵落としをしても大丈夫な程度の高さで。ザックスならクラウドに蹴られても壊れはしないだろうから、たきつけてみるか。
ああ、その場合は背後からだな。正面から蹴らせたら、スカートの中が見えてしまうかも知れない――などと、本人達が聞いたら絶対に呆れるような結論を出したところで、セフィロスは素っ気なく言った。
「もういい。話は事務局のジンとしてくれ」
「はあ?」
突然妄想から呼び覚まされ、ローズは素っ頓狂な声を出した。
その時にはもうセフィロスは女に関心を失い、素知らぬ顔で中断していた仕事を再開している。
「あの、もしもし?」
何度声をかけても返事するどころか目すら上げない英雄に、ついにローズはお冠になった。ぷりぷりしながら「失礼します!」と怒鳴るように言って部屋を出ていく。
――もう見た目なんかで判断しないわ!いい男だってアレじゃ台無しよ!
ローズは英雄に幻滅していた。私の美貌を褒め称えない男なんて、全員、失格!
6番街にはある学園エリアは、幼稚舎から大学までと多くの学校が建ち並んでいる。
そこには当然学生向けのカフェテリアなども数多くあり、日々、若者達でにぎわっている。
そこの一つ、サンドイッチとフレッシュジュースが売りの店に、今日も1人の女学生がやってきた。
白い襟の紺のワンピースは、上流階級の令嬢ばかりが通う女学校の制服だ。
大抵は自家用車での送り迎え付きで、滅多なことではこういったカフェにもやってこない。
中にいた学生達は目を丸くして彼女を注視した。
癖のある金髪をカチューシャで纏めた彼女は物慣れない様子で中を見回すと、ウェイトレスに「……人と待ち合わせをしていたので、ちょっと探してもいいですか?」と声をかけている。さてはデート相手?と、店内の人間は物珍しげにお嬢様へと顔を向けた。
彼女は店内を一巡すると、困り顔で頭をふってカウンターの一番端に腰掛けた。
その後PHSを取り出す様子に、まだ相手は来ていなかったんだなと、一同は思った。
そして、こんな綺麗なお嬢様を待たせる幸せ者はどんな男なのかと妄想していた。
『いたよ、例の男。エリア4-1のサンシャインフルーツって店。相手はまだ来てない』
「おお、お手柄!高校生街か」
少し離れた駐車場で報告を待っていたザックスは、すぐにタークスに連絡を入れた。
「お待ちの男、サンシャインフルーツっていう店。『s』がつく店ってのはガセじゃなかったんだな」
『ありがとう、こちらで当たった店は全部空振りで、ガセかと思いかけてた。すぐに急行する』
ひそひそ声の通話を終えると、クラウドはカウンターでオレンジジュースを飲みながら、チラチラと目標の男とドアを見比べていた。
あれは、最近、ミッドガルに流通し始めた麻薬のバイヤー。受け渡し場所の指定をここの店で受けるというたれ込みが入ったのはいいが、その肝心の場所が『学園エリアのsがつく店』という曖昧な情報だったため、人海戦術で当たることになった。
ただし場所が場所だけに、いかにもヤバイ職業ついてます、という顔の連中がうろつき回ってはすぐに相手にもばれてしまうだろうという事で、調査に当たる人間には悪人面ではない、という制限が付いてしまった。
タークスの主要人員の殆どは悪党面だ。仕事柄、目つきが悪くなるのは仕方がない。
と言うことで、クラウドにも捜索の仕事が回ってきたのだ。
もちろん、麻薬摘発の仕事もついてくるので、上手く現場を押さえられたらその先はソルジャー達の出番になる。
カランというドアベルの音がして、男が入ってきた。やせぎすの白衣を着た大学院生のような雰囲気の男だ。彼はきょろきょろと店内を見回すと、奥に1人で座っている男の場所へまっすぐに進み、封筒を差し出していた。
「これ、そこで人に頼まれたんだけど」
「おや、急な用事でも入ったのかな。ありがとう」
男は封筒を受け取ると席を立ち上がった。レシートを手にレジの前に立つ。
彼が精算を始めると、カウンターに座っていた紺のワンピースのお嬢様もため息をついて立ち上がった。沈んだ顔で俯いているのを見て、周囲の学生は、ふられたのかと人ごとながら可哀想に思った。
彼女は清算中の男の後ろに並び、鞄の中から可愛らしい財布をとりだしている。
「あ」
財布を出した弾みに、鞄からハンカチが落ちた。
しゃがみ込んでハンカチを拾う彼女に、前に立っていた男は振り向いた。
「お手伝いしましょうか?お嬢さん」
「いえ、失礼しました。大丈夫です」
立ち上がった彼女は、男に丁寧に礼をする。
男が出ていくと、彼女もまた精算をすませ、ドアに向かいながらPHSを操作している。
待ちぼうけ喰らわせた相手に連絡付けてるんだな――と、それを見ていた学生達は思った。
こんな可愛い彼女を待たせる男なんて捨ててやればいい。俺にしておけば、絶対に待たせるなんてことしないのに!と男性客の殆どが考えたのは間違いないだろう。
『今でてったけど、確認できた?』
「おう、大丈夫。タークスの連中が尾行してる」
『発信器、ちゃんと作動してるかな』
「大丈夫だ。どこに付けたんだ?」
『靴の踵側。物拾うフリで付けた。気がつかなきゃ良いけど』
「踵側なら、しばらくは大丈夫だろ」
『時間稼ぐのにオレンジジュース注文した。領収書無いけど、経費で落ちる?』
「……おごってやるから、もう戻ってこい…」
『もう向かってる』
そう話をしている間に、ザックスの眼に角を曲がって歩いてくる紺のワンピース姿が見える。
クラウドは駐車場の一番奥に陣取っているワゴン車に乗り込んだ。
中では、助手席にザックス、運転手はマートル。
後部座席にはメリルとロズ。他のメンツはショーンをリーダーに別の車に分乗中だ。
「ほら、着替え」
「ありがと」
クラウドはメリルから野戦服の入ったパックを受け取ると、一番後ろで着替えを始めた。
「もう脱いじゃうの〜〜」
ロズは少しもったいなさそうだ。それを無視して背中のファスナーをおろしかけたクラウドの動きが止まる。
「引っかかっちゃった……外してくれる?」
髪の毛がファスナーに絡まって落ちなくなったようだ。ロズが手をワキワキさせる。
「わお、お嬢様の制服脱がせられるなんて、光栄っす」
そのいやらしげな言い方にクラウドが引きつった顔で身体を引くと、メリルがロズの後ろ頭をひっぱたいた。
「これは俺の彼女が通っている学校の制服なんだぞ。嫌らしい目で見るんじゃない」
そう言ってメリルは邪さの欠片もない手つきでファスナーをおろしてくれる。
クラウドは、この制服を着るというアイデアの出所がどこなのか、分かったような気がした。
あんたら、人をマネキン扱いしてるんじゃない!
憮然としてクラウドはぱっぱっと思い切りよく制服を脱いでいく。
チラリと背後を見やったザックスはちょっと目のやり所に困るような顔をした。
「なんかバックミラーで見てると、女子高生のストリップ見学してる気分。別に無理して着替えしなくても良いんじゃねーの?」
「無理じゃなくて、俺が着てたくないの。これって、もう変装というより仮装の域じゃないのか?」
「…そういうのは、コスプレって言うんだよ。でもさあ、普通なら下には真っ白なコットンの下着とか…」
制服の下から現れたタンクトップとショートパンツに、なぜかロズは悲しそうだ。
「このタンクトップ、一応コットンだけど」
「神羅マーク入りのじゃ、萌えねぇよ〜〜こう、レースの縁飾りとかついてねーと」
理解しがたいロズの嘆きを無視し、クラウドはジャケットとパンツ、軍用ブーツとホルスターと順番に身につけていく。
「後はずっと待機?」
着替えをすませたクラウドは、髪を一つに結びながらそうザックスに聞いた。
場所が特定されるまでは、ソルジャー達は出番無しだ。
「そうだな……場所が分からないと迂闊に動けないし」
ザックスは端末がキャッチする発信器のシグナルを地図と照合している。タークスサイドでも、発信器のシグナルはキャッチしているはずだ。
ターゲットが発信器に気づかない限り、尾行に失敗しても場所は分かる。
「ハイウェイの方に向かってるな。ミッドガルの外に出る気かな」
ちょっとだけ移動するぞ、とザックスは合図した。
事務局の応接室で、ジンは大迫力美女と向かい合っていた。
もともとタークスで荒事もこなしていたジンだ。
どれだけ迫力があろうとも、身体訓練などみじんも受けていない女性相手に恐れることはない。
だが、今回だけはほとほと困っていた。
ローズ・マダーは心の底から怒っていて、ザックス小隊所属の女性兵にあわせない限り絶対に帰らないと宣言していたのだ。
本社治安維持部からは、オペレーターのチーフが消えてしまって困っていると泣きが入っている。
交通課からは、ビデオ出演者の名簿が完璧でなかったために巨乳に襲われたと、訳の分からない苦情が入っている。
軍広報部からは、CM出演は神羅のイメージアップにも繋がるから、ぜひとも該当の女性兵を出演させるようにと依頼が入っている。
そして経理部からは、エステサロンの広告代理店から提示された出演料の金額を見て、ぜひともザックス小隊借金返済のために引き受けてくれ!との熱いメッセージが届いている。
ザックス小隊に女性兵などいない。
しかし、交通局ビデオに出演し、エステサロンの目に留まった金髪の兵はいる。
正体をばらすべきか否か、ジンは悩んでいた。
「絶対に帰りませんからね!」
頭を抱えているジンの前で、ローズはミニスカートから伸びた長い脚をたかだかと組み替えた。
――駄目だ。私に、この女を説得するのは無理だ。
ジンは早々に負けを認めると、受付に内線を入れた。
「ザックスが戻ったら、連絡をくれ」
『承知しました』
ジンはローズに向き直った。
「出動中のザックス小隊が戻り次第お知らせします。直接お話ください」
「分かったわ。でも、ここで待つわよ」
ジンは心の中で呟いた。
――この女を宥めるのは、ザックス本人にやらせよう。なんと言っても、これは全てザックス小隊の破壊活動の所為なんだから
目標と距離を取りながら移動していたザックスの所へ、尾行中のタークスから連絡が入った。
『どうやらミッドガルを出て、南部にある食料プラント工場跡に向かってるみたいだ。そっちに向かってくれ』
「了解」
マートルは郊外に出るハイウェイへと進路を変えた。
「食料プラント工場って?」
クラウドの質問に、カーム出身のメリルが答えた。
「少し前まではまだミッドガル近郊でも農場が経営できるくらいに土が肥えてたんだ。その当時の食品加工工場だよ。今は半分くらい閉鎖されてるんじゃないかな。今も稼働しているのは、カーム寄りにある合成食品と水耕栽培の工場だけのはず」
「大小合わせて、潰れた工場が10くらいあるんだっけ?あんな所わざわざ行く奴もいないし、いい隠れ場所になってるんだな」
ザックスは資料を思い出しながら口にした。
「さーて、クラウド君のがんばったコスプレに応えるために、場所が特定できたらいっちょ張り切ってみましょー」
指をぽきぽき鳴らしながら、そう言うザックスは絶好調に楽しそうだった。
工場を見下ろす小高い丘に、車が三台止まっている。
タークス一台と、ザックス小隊二台。
ザックスは身を伏せるようにして双眼鏡を覗いた。
丘の下にある小さめの工場の前に、麻薬のバイヤーと取引相手の車。
間違いなく、これから取引だ。
「んじゃさ、とりあえず、取引の妨害すればいいのかな?」
ザックスは隣で同じように双眼鏡を覗いているタークスに聞いた。ザックスよりも少しだけ年上か、と思わせる若い男だ。場数を踏んでないのが丸分りの落ち着きのない様子をしている。
「……出来れば、1人かふたり、生きたまま捕らえて欲しいんだが」
「必要なら、それはそっちで確保してくんないかな。意中の彼氏をゲットしたいなら、努力惜しんじゃダメよ」
若いタークスはザックスの冗談めかした言葉に赤面した。まだ慣れていない自分の依存心を暴露してしまったようなものだ。
その様子を見ながら、ザックスは余裕たっぷりの表情で言う。
「まあ、出来るだけ努力しましょ。それじゃ、俺達が先に行くから、あんたも後続いて」
「分かった」
「クラウドとマートルはここで待機な。車に近づく奴がいたら、撃っちゃっていーぞー」
「了解」
「ザックス、気を付けて」
「クラウド君〜〜俺達は?」
小隊の他のメンバーが甘えるように訊ねる。クラウドは笑って手を振った。
「みんなも気を付けて」
「あいよ〜〜〜」
脳天気なかけ声一つで丘を飛ぶように駆け下りていくソルジャー達を、クラウドは見送った。その後を半分転がりつつ、ついていくタークスがちょっとだけ哀れだ。
「クラウド、もう少し下がらないと、下から見えるぞ」
「わかった」
クラウドはマートルと一緒に、下からは死角になりそうな岩の影に潜んだ。
ほんの数分ほど経ったところで、派手な破壊音が聞こえてくる。
「すぐに終わりそうだな」
「そうだね」
クラウドは低い姿勢で下を窺った。
壁の一部が吹き飛んだところだった。
「生き残り、いるのかなぁ」
「……それよりかさ、あのタークスの若い奴、無傷で出てこれると思うか?」
マートルの言葉に、クラウドはうーんと呻った。
「……それは俺達は見なかった事にしとこうよ」
「そうだな」
どのくらい時間が経過したのか、少しして下の破壊音が途切れた。
「終わったのかな」
「多分」
工場は半壊で、表に停めてあった車二台は炎上中。
壁を蹴立てて、中からザックス達が出てくる。
「あー人背負ってる……生きてるのかな」
「……ふたり…3人?」
「最後の1人、タークスだよ、おい…」
双眼鏡をおろしてマートルは呆れたように言った。
「あいつ、何しに来たんだ?」
「タークスにもやっぱり新米っているんだなぁ」
クラウドはしみじみと言う。
ザックス小隊の損害ゼロ。
捕り物はあっさりと終了した。