天国と地獄

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3

「まだ戻らないの!」
ソルジャー棟の、普段は静かな事務室に女の金切り声が響き渡る。


「主任〜〜あの女性、何とかならないんですか?」
「兵士に用があるなら、三階に引き取ってもらってくださいよ」
口々に苦情を持ち込まれ、ジンは自分の執務室で突っ伏している。げっそりとした顔で、受付に内線を入れた。
「ザックス達はまだ帰ってこないか?」
『まだです』
返事は素っ気ない。
次にジンはザックスの執務室に連絡を入れた。
留守番の兵士が残っているはずだ。
『はい、こちらはソルジャーザックスの執務室です』
「事務局だが、帰還の連絡は?」
『15分ほど前にミッション完了の連絡が入りました。本社の調査課に寄ってから戻ってくるそうです』
ジンはまたもや受話器片手に突っ伏した。


本社で待たせておけば良かった。


「15分前に撤収したなら、そろそろ戻るかな」
『いえ、ミッドガル郊外まで出ていたそうなので、こちらに戻るには小一時間ほどかかるかと』
ジンは受話器を置いて立ち上がった。
決意を秘めた顔で、応接室に陣取っているローズの元に歩み寄る。
何よ、と言わんばかりの目で睨むローズに、「ザックスは本社に寄ってから来るそうだ。本社で待ち伏せした方が良くないかね」と告げた。
「あら、そうね」
彼女はあっさりと立ち上がった。これで静かになる、と内心で胸をなで下ろしたジンに、無情の言葉がかかる。
「でも、私、ソルジャーザックスの顔を知らないから。あなたも一緒に来てちょうだい」




約30分後――本社ビルに物騒な男達が現れた。


「ほら、しっかり歩くの」
「す、すみません」
へろへろとした若いタークスに肩を貸し、ザックスは朗らかな顔で警備員用裏口ロビーに足を踏み入れる。その背後には捕まえた麻薬組織の男がふたり。ソルジャー達が支えている。
前方のエレベーターからは、タークスの仲間達がやってきた。
「ソルジャーザックス、お手数をおかけしました」
少し年輩の男が頭を下げ、仲間と捕虜ふたりを引き取る。
「いやいや、それじゃ、後よろしく」
自分を見ている本社OLの視線を意識して格好良く敬礼を決めたときだった。


「あーーー、あのハリネズミ!どこかで見た顔だと思ったら、あなたがソルジャーザックスだったのね!」
ロビー一杯に響き渡る声に、さすがのザックスもギョッとなった。
みると正面ロビーから1人の女性が近づいてくるところだった。
最近見慣れたブルーグレーの制服。さすがにクラウドと違って胸も腰も勢いよく張っている。長い脚にハイヒールのブーツは涎が出るほど色っぽい。
思わず鼻の下を伸ばしかけたザックスの胸ぐらを掴み、ローズは叫んだ。


「女だしなさい!女!」
「……は?」
「女よ、女!あんたが作戦に連れて行った紺のワンピースの女!」
その声に、タークスの年輩の男がざっと引いた。


「ソルジャーザックス……女好きとは聞いていましたが、…まさか任務にまで女を連れ込んでいたとは……これは、懲罰ものですぞ」
「ちょ、ちょっと待て、ちがーう!」
ザックスは慌てて腕を振り回した。そして女の後ろにジンがいるのに気がついた。
「女はどこよ、女は!」
ローズは喚く。タークスは冷たい目で見てる。ジンは少しだけ他人のフリ気味だ。
「誤魔化しても駄目よ!私、ちゃんと見たんだから!あんたが出ていったすぐ後に、金髪の紺のワンピースを着た女が兵士と一緒に出ていって車に乗り込んだの。あんたの所の女なんでしょ!早く出しなさい!」
「金髪って、……ああ、アレのことか」
ようやく合点がいったザックスは、落ち着きを取り戻した。疑いの目で見ているタークスに苦笑しながら女の正体を耳打ちしてやると、「…ああ…あの…」と納得している。
納得していないのはローズのみで、まだ不満そうに肩を怒らせている。
ザックスは苦笑のまま、手招いた。
「合わせてやるから、こっちどうぞ」
そう言ってザックスは、駐車場で待っているクラウドの所へローズを連れて行った。


「はい、これが、あんたの言ってた女の正体です」
訳が分からないでいるクラウドを女の前に差し出す。野戦服を着た少年に、ローズは騙されているのかと思った。
「何言ってるの!私が探しているのは女であって、男の子じゃないのよ!」
胸ぐら掴まれてガクガクゆらされながら、ザックスはとぎれとぎれにクラウドに言った。
「この人、誤解してるから、ワンピース、みせてやって…」
さっぱり事情が理解できないクラウドは、不満顔のままで畳んであった紺の制服をひっぱりだした。
「これ?」
「こ、これよ、この服!これを着てた女を出しなさいって!」
クラウドは無言で自分の顔を指さした。なんなんだろう、このおばさん。
ローズはクラウドの顔をじっと見つめると、いきなり頬をむにゅっと掴んだ。
痛がって暴れるクラウドを明るい場所まで引っ張っていき、矯めつ眇めつしつつ顔を見つめた後、頬から肩、肩から腕へと、ぱんぱんと叩くようにして身体をなぞる。
「……だから、さっきからなんだって…」
クラウドが呻くと、ローズは急にうるっと瞳を潤ませる。
「……金髪碧眼、……若くて華奢……そんな…そんな……」
ぶつぶつと呟いた後、一瞬で大声上げて泣き伏した。
「ひどいわ!男の子にこの私が負けるなんてーーーー!」




「……あの人、なんだったんですか…?」
ソルジャー棟に戻ってから、クラウドは改めてジンの執務室で向かい合っていた。
あの後おいおい泣き出したローズに困り果てていると、ザックスが宥めながら近くのバーに誘っていた。あっちはあっちで放っておいて、クラウドはジンに詳細を訊ねる。
「実は、これが理由なのだよ」
ジンがクラウドに差し出したのは、「ヘリオトロープ・ビューティー」のロゴの入った小冊子。
「実は、例の交通局ビデオの評判を聞いたこのエステサロンが、今年のCMに君を使いたいと申し出てきてね。ただ、名前が分からず、『金髪碧眼の女性兵士』という指名だったために彼女が勘違いしたんだ。その後、勘違いが分かり、それで本人探しを始めたというわけだ」
「……俺、CMなんて出るつもりないし、あの人に変わって貰うわけに行かないんですか?」
「広告代理店の作ったコンテを見ると、彼女ではイメージが合わないのだよ」
クラウドは渡された小冊子をぱらぱらとめくった。


――場所は、緑の美しいリゾート地。そこを白い清楚なワンピースを身にまとい、レースのパラソルを持った華奢な少女が、たくましいスポーツマンと肩を並べて歩いている。
そこへ現れる男ふたり。彼らは少女に強引に誘いをかける。
それを止めようとするスポーツマン。男達はスポーツマンを殴り倒す。
そして少女を無理矢理連れて行こうとすると――
少女はパラソルを優雅に放り投げ、鮮やかな手並みで男2人を撃退する。
少女はスポーツマンを助けおこし、情熱的なキスを送る。
その2人のキスシーンにかぶせてキャッチコピー。
『強い女性は美しい』


「キスシーンってなんですか!」
クラウドは顔を上げて叫んだ。ジンは平然としている。
「可憐な少女が男どもを投げ飛ばすというのが、このCMの肝だ。美容と護身に神羅式格闘術。これは神羅軍のイメージアップにも繋がる」
「……ジンさん、……CM出演させたいとか思ってますか?」
「……実は、ギャラがかなり良いんだ……これを受けてくれれば、パソコン分の弁償金はチャラだ」
クラウドは悩んだ。ザックス小隊の借金が減る。でも、キスは嫌。
ジンは承知することを期待している。
承知すれば、いろいろとメリットがある。
でも――やっぱり駄目だ――。
「俺、やっぱりこういうのは――」
「やはり嫌かね?」
断られたら、ちょっと困るかも――と言いたげな、クラウドに罪悪感を抱かせるような目でジンは見つめてくる。もちろん、この視線は計算の上だ。


クラウドは困った。
このままでは、断り切れないかもしれない。
クラウドは小冊子を掴むと勢いよく立ち上がった。
「すみません、ちょっと保護者と相談してきます!」
そう叫ぶように言って、クラウドは執務室を飛び出していく。
ジンはため息をついた。
保護者とは、今現在同居中の、クラウドの保護監督者でもあるセフィロスのことだろう。以前よりもセフィロスが自宅に居着く時間が増えた様子を見ると、それなりに上手くやっているようだ。子供と住みようになって、セフィロスにも父性本能が目覚めたのかも知れない。


「……断られるか……だが、せっかくのギャラだし…」
ジンは、どうにかしてギャラを受け取れないか、悩み始めた。




「……だからね、みんな酷いのよ。私が才色兼備だからって嫉妬して…」
「うんうん、ローズさん、美人だもんね」
「……せっかく、認められると思ったのに……」
「うんうん、ローズの美しさが分からないなんて、目が腐ってる」
「ありがとう!あなただけよ、分かってくれるのは!」

ザックスは酔っぱらった巨乳美女に抱きつかれ、嬉しそうに鼻の下を伸ばした。
あの後、泣き出したローズを宥めて、武装したままでも大丈夫な軍基地内にある士官用バーに誘ったのだ。
適度に飲ませながら、広告代理店のスカウトに侮辱されたと泣き続けるローズから詳細を聞き出し、今は口説きに入っている。



「俺思うんだけどさ。格闘できる女性兵をCMに使いたいって言うのなら、ローズも訓練したらいいじゃん」
「……私が?だって……」
「大丈夫、俺が教えてやるからさ。一ヶ月もあれば、基本の技程度は出来るように教えてあげるよ?」
「だって、……向こうはあの女の子……いえ、男の子が……」
「向こうが考えてるのは、女の子だろ?クラウドはそういうの厭がるだろうし、多分断る。そこに、ローズちゃんが美しく必殺技決めたところ見せてみたら、絶対に後釜に決まるって」
「そうかしら……?」
ローズは酔って瞳をとろんとさせてザックスを見る。年上美女のしどけない姿に、口説くザックスにも力が入る。
「もちろん、俺が保証するって!」
「ほんと?ほんとにあの子、断る?」
「もちろん、絶対に断るって」
「……私、頑張ってみようかしら…本当に教えてくれる?」
挑発するように唇をつきだし、ローズは言う。ザックスは大きく首を縦に振った。
「もちろんだって!懇切丁寧、手取り足取りがモットーのザックス様だし」
頼もしく言ってから、少し声を低く渋くして、ザックスはローズの耳元で囁いた。
「最初のレッスンは――寝技でどう?」




入室の許可も得ずに執務室に飛び込んできたクラウドに、セフィロスは少しだけ驚いた。早足で近づいてきた顔が必死なので、さらに驚いた。
「サー……あの…」
「何か用か?」
言い淀むクラウドに、セフィロスはつい普段の仕事時のつっけんどんな声で返事をしてしまった。
瞬時にクラウドはべそをかくように顔を歪ませ、じりじりと後ずさりを始める。
「用だったのではないか?」
慌てて腰を浮かせて問うと、クラウドは「……いえ、…やっぱり…やめます…お邪魔しました」と意味不明な事を言う。
いきなり入ってきて、何も言わずに帰るとは何事かと、セフィロスはちょっとだけ不愉快になった。大股で近づくと、クラウドは竦んだように動かなくなる。
見れば何か手に持っている。


「これはなんだ」
あっさりと取り上げると、クラウドは慌てて取り戻そうと手を伸ばした。
もっとも、セフィロスは手にした小冊子を頭の上まで差し上げてしまったので、いくらクラウドがぴょんぴょん跳ねたところで届かない。
その小動物めいた動きが可愛らしくて、ついつい眺めてしまっていると、クラウドは怒ったように「人の顔見てニヤニヤするのを止めてください!」と言った。
「それは悪かった。だが、用もないのに入ってきたお前も悪い」
とセフィロスは平然と言ってやる。するとしゅんとなったクラウドは、上目遣いで「……用、無い訳じゃなくて…」などと言っている。
何を言いたいのか分からず、とりあえずセフィロスは取り上げた小冊子をめくった。
目にしたページには、何か四角い枠が切ってあり、その中に連続性のある絵が描いてある。


白いワンピースを着てパラソルを持つ少女と男の2人連れ。
突然現れる2人組の男と、ひっくり返っている少女の連れの男。
そして少女は暴漢どもをぶっ飛ばし、倒れた連れを抱き起こしてキスしている。


「なんだ、これは」
さらにページをめくってみると、CMのコンセプトとストーリーが説明されている。
「エステサロンのCM?なぜこんな物をお前が持っている」
「……そのパラソル持ってる女の子役…」
クラウドは拗ねたような顔で指さした。
「俺にやらないかって…ジンさんが…ギャラが良くてパソコン弁償代チャラになるからって……でも俺、キスシーン嫌だし…」
要領の得ない説明をするクラウドに、セフィロスは長いため息をついた。
「オレから断って欲しかったのなら、最初からそう言え」
「……だって、…公私混同みたいで……」
「理屈ならいくらでも付けられる。まったく…」
頼るのなら堂々と頼れ、と言いたいところだが、変なところで気を遣いすぎるのがクラウドなのだから仕方がない。
セフィロスはクラウドが逃げないようにひょいと抱き上げると、そのまま執務机にもどり膝の上に座らせた。当然クラウドは逃げようとじたばたするが、知ったことではない。
「ジンに内線を入れる。暴れていると、怪しまれるぞ」
そう言うと、クラウドはぴたりと大人しくなった。
セフィロスはクラウドを膝に乗せたまま、事務局のジンの執務室に連絡を入れた。


「オレだ」
『クラウドが行きましたか』
「CMの話は却下だ。ストライフが女装による潜入、囮等で成果を上げている以上、世間に顔が知れ渡るのは任務に支障が出る」
『任務を持ち出されては、ごり押しは出来ませんね。では、この話は無かったことに』
「そうしてくれ」
『ですが、こちらとしては、彼が所属するザックス小隊の借金を少しでも減らしたいところですし』
「こき使いたければ、ソルジャー達を使え。借金の元凶はあいつらだ」
『サーにそう言っていただけますと、こちらとしても心強い。…実は、もう一つ高額のギャラが提示されている話があるのです。ただし、これはさすがに危険かと思い、こちらで断ろうかと思っていました』
「どんな話だ?いずれにしろ、顔出しは駄目だ」
クラウドは話をしているセフィロスの顔を見上げた。なんだか、話が変わってきているようだ。
セフィロスは無言でジンの話を聞いた後、にやりと笑った。
「オレが承認する。構わないから、その仕事を受けろ」
『承知しました。では早速、スケジュールの調整をします』

受話器を置いたセフィロスは、微妙に面白がっているようだ。
「サー?」
そうクラウドが呼びかけると、セフィロスは自然な動作で軽いキスをした。
真っ赤になったクラウドに笑いながら言う。
「借金は作った奴が返すべきだと、そうは思わないか?」




半月ほどたった頃――ミッドガル外周、プレートの外れにカメラやクレーンを持ち出した一団がいた。その中で、ザックスはプレートの端により、遙か彼方遠くに見える地上を覗き込み、泣きべそをかきそうな顔で振り返る。

「旦那、俺、本当にこっから飛び降りるのか?」
「シールドをかけてやる。念のため、フルケアとアレイズのマテリアも準備してある。安心して飛び降りろ」
「ザックス、がんばれーー!」
終始笑みを浮かべているセフィロスと、はしゃいだ声で声援を送るクラウドに、ザックスは逃げ場が絶たれたことを知った。


あの日、ジンが持ち出した高額ギャラの依頼とは、近未来SFアクション映画のスタントだった。
クライマックスシーンは、ミッドガルのプレートから地上に飛び降りて自由を手に入れる人型アンドロイドのヒーロー。
それをカメラを長回しして実写で取りたいという監督の要望だったが、いくらなんでも普通のスタントマンには出来ない相談で、ソレならばとソルジャーで誰かスタントをしてくれる人はいないかという話だったのだが、これはソルジャーであっても無謀な話だった。
ジンは自分のところで断るつもりだったのだが、それをセフィロスは、物理ダメージを無効化するシールドを使えば可能だろうと提案したのだ。


……そりゃ、確かに、地面に激突するのは物理ダメージでしょうけどさ……あんまりと言えばあんまりの仕打ち……。


ザックスは心の中で涙をこぼしながら、また下を見る。遙か地上では、おそらく落下に備えて緩衝クッションを大量に敷いてあるはずだが、この高さから飛び降りてちゃんとそこに着地できるのかどうか。
無情にも映画魂に火がついている監督は、ザックスに指示を出す。
「はい、そこのソルジャー!テスト行くから、格好良く飛び降りて!」
「旦那ーーーー!」
「喚くな、ちゃんと仕事をこなせ」
ザックスはべそをかきながら、格好良くプレートの端から飛び出した。
シールドの魔法は効果を発し、――彼は無事だった――身体は。
その後、ザックスが決死のスタントをした映画は、クライマックスシーンの迫力が評判を呼び大ヒットとなった。
次回作にもぜひ、というオファーが届いたものの、卒倒仕掛けたザックスにその話はお流れになった。
本番とテストと合わせ10回近く飛び降りさせられた彼は、一時的ではあるが見事な高所恐怖症になり果ててしまったのだった。


ローズは、見事その年のエステサロンのCMモデルの座を勝ち取った。
ただし、可憐で華奢な少女役はとうてい無理なので、コンテはワイルドな美女が男どもを蹴散らし好みのハンサムをゲットするという内容に変わっていた。
特訓の成果で才色兼備と巨乳に加えて躍動する筋肉を手に入れたローズは、その後、格闘技に目覚めて本格的に習い始めたという噂だ。


そして、ソルジャー棟4階事務局フロアにあるクラウドの衣装部屋には、白い清楚なワンピースとレースのパラソルが増えた。
現在クラウドは、この部屋の衣装が日々増えていくのは誰の陰謀だろうかと、真剣に詮索中である。





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