夢を見た場所

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ある日母さんが言った。


「今夜はケーキを焼いてあげるよ」


昨日手伝いに行った農場で、バターを余分に貰ったから。
帰りの茂みで真っ赤に熟れたベリーも見つけた。


今日の仕事が終わったら、美味しいケーキを焼いてあげる。


ずっと楽しみに帰りを待っていた。
いつものように畑の手入れをして、裏のおじいちゃんの家の鶏小屋の掃除をして、ご褒美に卵をわけて貰った。
水をくんで掃除して、床も磨いて。
今日の夜は滅多に食べられないご馳走が待ってるから。
真っ赤に熟したベリー入りのバターケーキはものすごく美味しくて、大好き。
すごく待ち遠しい。母さん、早く帰ってこないかな。
そう思って、今日は山へも行かずに、ずっと待っていた。


母さんが急ぎ足で戻ってくる。
仕事が終わったのかと思ったら、台所へ置いてあったベリーを篭ごと持ち上げる。


「ごめんね。ミースさんちの奥さんがおめでたで、それでつわりが酷くて、ベリーなら食べられるかもって言うから」


でも、ケーキなら作れるから、待っててね。
母さん得意の、甘いバターケーキ作ってあげるから。


甘くて酸っぱいベリーはもう無い。
夜になっても母さんは帰ってこない。
ベッドに丸くなり、うとうとしていると、ドアの開く音。
もう外は真っ暗だ。


ベッドの上に起きあがった俺に、母さんは言う。


「遅くなってごめんね。ミースさんち、奥さんが具合悪いからって、下の赤ちゃんがぐずってなかなか寝てくれなくて」


「遅くなっちゃったけど、ケーキは作るよ。明日お食べね」


もう外は真っ暗だよ。
母さん、疲れた顔してる。
ケーキなんていいよ。そんなの作るより、早く寝てよ。


「大丈夫だよ。すぐに出来るから、待っていてね」


「いいよ。俺、本当は甘いお菓子なんて好きじゃないんだ。作っても食べないから、いらないよ」


母さんはショックを受けたみたいだ。悲しそうな顔で、腕まくりをしていた袖を戻して、灯りを消した。
ベッドに横になる気配がした。
ごめん、母さん。俺、本当にケーキよりも母さんの身体の方が心配だったんだ。
どうしてもっと上手く言えないんだろう。
傷つけてごめん。




夏祭りの日。
普段は来ない大道芸人や露店ができて、ニブルヘイムの広場はにぎやかになる。
婦人会の人たちがお菓子を作って、広場で売る。
母さんもその手伝いに出る。


「たくさん売ったら、手間賃もたくさんもらえるから、母さん頑張るね。お金を上げるから、クラウドはお店で好きな物買って、楽しむんだよ」


貰った小銭を握りしめて、わくわくしながら広場へ行く。


普段は売ってないような、綺麗な色のお菓子がたくさん売っている。
肉の串焼きもいい匂いをさせている。
パチパチはぜるソーダ水のビンが、氷水の中でキンキンに冷えている。
何を買おうかな、と思って、店を覗いて歩く。


「お母さん、このハンカチ買って」
声がする。
隣の家のティファが、手をつないだお母さんにそう強請ってる。
ティファのお母さんは、綺麗なよそ行きを着てお化粧している。
ティファも可愛らしく着飾っている。
母さんはいつもの作業着に大きなエプロンで、お店と炊事場を往復して働いてる。
俺が着ているのは、襟が伸びたTシャツと母さんが貰ってきたお古のズボン。
全然違う。


周りをぐるっと見回して気が付いた。
みんな、特別の日の特別の服を着て、大好きな誰かと一緒にいる。


お母さんが店を出している子は、お父さんやお祖父さんやお祖母さんと。
友達同士や兄弟で駆け回っている子もいる。


一人で小銭を握りしめているのは、俺一人だ。


「さあ、お芝居が始まるよ」


大道芸人の人たちが路上で寸劇を始める。
たくさんの人が集まっていて、どんなに背伸びしても、役者のかぶっている帽子の先しか見えない。


「あーーみえない。お父さん、肩車して!」
俺より後に来た子が、一緒にいたお父さんに強請ってる。
「やれやれ、ほら。ちゃんと掴まってろよ」
「わーい、高い高い。ちゃんと見えるよ」
「劇は面白いか?」
「うん、凄く面白い。わぁ、ピエロが転ぶ真似をした。お姫様が踊ってるよ」


みんな拍手してる。楽しそうな笑い声をあげている。
俺には全然見えない。
音楽しか聞こえてこない。


つまらない。


みんな誰かと一緒に楽しんでるのに、俺だけは一人だ。
全然楽しくない。
俺は家に帰ると、貰った小銭を台所のテーブルの上に乗せてベッドに潜り込んだ。


広場が静かになって、母さんが帰ってきた。


「やれやれ、にぎやかだったね。ほんと、たくさん人が来てくれたおかげで、たくさん売れて良かったよ。クラウドは何を買ったの?楽しかった――」


母さんの声が途中で途切れた。小銭に気が付いたみたいだ。


「クラウド、何も買わなかったの?」


だって、つまらなかったんだ。


「欲しいの何もなかったから。何もいらない。興味ないから」


一人でいるのがつまらなかったから。
お父さんやお母さんと手をつないで、一緒にお祭りを楽しんでいる人たちを見るのがいやだったから。
そんなこと言えなかった。


夜中、母さんはベッドの俺に背を向けて、涙声で呟いている。


「なんで、子供らしくない――」
「父親がいないから?」
「あたしの育て方が良くないから?」
「なんで、もっと子供らしく――」


ごめん、母さん。
母さんを安心させてやれなくて。
でも、本当に辛かったんだ。
楽しそうにはしゃいでる他の家の子を見るのが。
みんな楽しそうなんだ。
楽しそうに隣にいる親に話しかけてるの見るのが、とても辛かったんだ。
寂しかったんだ。
でも、そんなこと、母さんに言えない。
ごめん、母さん。
母さんを安心させてあげられるような、子供らしいことが出来なくて。




隣町に住むおばさんが遊びに来た。
俺にもいつもお土産持ってきてくれて、母さんもおしゃべりするのが楽しそうだ。
今日のおばさんはいつもより楽しそうだ。
今日はいい話を持ってきたって言ってた。


「あんたのね、結婚の話だよ」
「後妻なんだけど、悪い話じゃない。お店をやってて、働き者のおかみさんを捜してるんだよ」
「あんたならぴったりだよ。まだまだ若くて綺麗だし、働き者だ」
「きっと向こうも気に入ってくれる」
「ただ――条件があってね」
「あちらさんは、もう子供が4人いるから、連れ子は困るって」
「大丈夫、ちゃんと養子先は世話してくれるって言ってた」
「クラウドは器量もいいし、聞き分けもいいし、きっと可愛がってもらえるよ」


母さんは泣き出した。
ものすごい勢いで、おばさんを罵っている。
「人でなし!」「子供を捨て後妻なんて喜ぶわけないだろ!」
おばさんも真っ赤な顔で怒鳴りかえしている。


「人がせっかく心配してやったのに!」
「女一人で、どうやって子供育ててくの!」
「ちゃんと二親揃った家に貰われていくのが、クラウドにとっても幸せなんだから!」


「うるさい!あたしの子供だよ!」


母さんはおばさんを追い出した。


「この分からず屋が!人の厚意を無駄にして!二度と来るもんか!」


おばさんは怒って帰ってしまった。
母さんは、俺を抱きしめて泣いている。


俺、自分から養子に行くって言えば良かったんだろうか。
そうしたら、母さんは結婚して、今よりも幸せになれたんだろうか。



「俺、他の家の子供になってもいいよ」
「俺、おばさん呼び戻してくる」


そう言ったら、母さんは俺を叩いて、もっと大きな声で泣き出した。


「なんて馬鹿なことを言うの、あんたは!」
「……あんた…母さんと一緒の生活は嫌なの?」
「……両親、欲しいの?」
「……ごめんね、母さん、何も出来ないけど、でもあんたといたいよ…」


母さん、ごめん。
泣かせたかったんじゃないんだ。
俺だって、母さんといたい。
でも、それで母さんが大変な思いするなら、俺はどこに行ったって良いんだ。
でも、俺が何か母さんのためにしたいと思えば思うほど、
俺は母さんを傷つけて泣かせる。


どうすればいいんだろう。
俺がいいと思ってしたことは、いつだって母さんを傷つけるんだ。




わくわくして楽しみに待っていた時間は、いつだって期待通りに行かなくて萎れた気分で終わる。
幸せな時間ほどあっけなく壊れて、元に戻ることはない。
俺はいつだって、壊れた時間の欠片を掌に載せて、時間を巻き戻せないかと虚しく思うだけ。


だから、もう止めようと思ってた。
はしゃいだり、何かに期待して楽しみにすること、待つこと、願うこと。
何も望まないよ。だって、俺が望んだことはいつも叶ったことがないから。


でもセフィロスと一緒に暮らせて、声をかけて貰って、一緒に寝て、俺は今ちょっとはしゃいでる。
帰ってきて、他愛のない話をして、笑った顔を見せて、抱きしめてくれないかな、なんて思ってる。
恋人でも友人でもないのに、そんなことを期待してる。
馬鹿みたいだ。


サーのために俺が出来る事なんて何もないのに、ひょっとして、ちょっとだけでも他の人より近くにいけるんじゃないかって、馬鹿な期待してる。


うぬぼれちゃいけない。
期待しちゃいけない。
あんまりはしゃいでわくわくしてたら駄目だ。
どうせ、きっと、最後は萎れた気分で終わる。
自分の身の程を思い知って、つらくなって、それで終わるんだ。


だから期待しちゃいけない。夢見ちゃいけない。


でもどうしても、ちょっとだけ、夢見てしまう。
ひょっとしたら、俺、少しでもサーを幸せにしてあげられるんじゃないかって。
一緒にいて楽しいって、そんな風に思ってくれるんじゃないかって。


そんな夢を見てしまう。





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