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セフィロスのウータイからの帰還を知ったのは、ザックスが本社での早朝会議から帰ってきてからのことだ。
「サー、帰ってきてたの?」
「今朝未明、ジュノンからへりでご帰還だと」
机の上に足を投げ出しているザックスへコーヒーを運びながらクラウドは聞いた。
「お前の方には、連絡とか入ってないの?」
「俺に、サーの家の電話に出れるわけないだろ」
「PHSとか、メールとか」
「俺、持ってないし」
「……ふーん、それも不便だよなぁ」
ザックスはコーヒーをすする。幸い、他のメンツは今は室内にいない。ソルジャー達は事務局からの要請で、なぜかソルジャー棟ガラス磨きの手伝いにかりだされ、一般兵チームは合同訓練の打ち合わせ――だそうだ。クラウドだけが残されたのは、会議から帰ってくるザックス隊長の愚痴を聞いてやれ、という事らしいが今ひとつピンと来ない。
ザックスはその打ち合わせ中の合同訓練の相手が、本社のOLとか、軍病院の美人看護士とか女性陣だと察している。
要するに、合コンの話だから未成年のクラウドは外されたのだが、それは本人には内緒だ。
「お前、サーとは上手くやってんの?」
「……え?」
ザックスの質問に、クラウドはどきりとする。上手くいっている……と言っていいのだろうか。
「……うーん、すれ違いが多いし」
「そういや、同居始めて半分はサー居ないしな。喧嘩とかそういうのはまだか」
「喧嘩にはならないと思うよ。サーは大人だし」
「大人だけどな。結構茶目っ気もあるだろ、あの人」
ザックスは含み笑いで言う。
「顔つきがあんなだから分かりづらいけど、時々真顔で冗談言ったりするし」
「ああ、それはあるかも」
クラウドは笑った。皮肉混じりかもしれないけど時々凄く悪戯っぽい目をするし、何より笑い上戸だ。
「気になるんだ?」
「そりゃ、俺が紹介した先でお前が居心地悪くて小さくなってたりしたらさ。責任あるし」
「居心地はいいよ。ルームキーパーの人が凄く気を遣ってくれて、食事も冷凍品だけじゃなくて作りたての用意してくれてたりするし」
「サー担当のルームキーパーなら、そりゃ、完璧な仕事するだろうな。よかった」
ザックスは安堵したようで、にっこりと笑った。それに笑顔で返しながら、心の中でクラウドは少し後ろめたい気分になる。
……サーとセックスしちゃったなんて……言えないよな…。
成り行きというか、雰囲気というか、別に関係は悪くないと思うけど、ザックスが思っているような「いい関係」とは違うだろう。知られたくないと思う。ザックスは自分が性関係を強要されないように気を遣ってくれるのに、当の本人はさっさと家主と関係持ったりして、そんな事知ったらザックスはどう思うだろうか。失望されたり、軽蔑はされたくない。
クラウドはさりげないフリで話題を同居から逸らした。
「サーは、今日はこっちに戻るのかな?」
「1日本社に缶詰みたいだ。俺らの報告聞いたあと、ハイデッカー出席の会議に、スカーレット入れての新型武器開発の会議に、あと……二つ三つ会議入ってたみたいだから」
「うわ、帰ってきたばっかりで気の毒」
「だから、普段は本社により着かないんだよな、あの人」
ザックスは苦笑いしている。セフィロスだけでなく、殆どの1stソルジャーは本社は敬遠している。治安維持部本部のエリート幹部連中と、現場主義のソルジャーとは根本的にそりが合わない。一般部隊のように階級を上げるという権力志向も少ないので交流も少なく、ソルジャーが神秘的な存在として扱われる理由もその辺にある。
実際の所は変人が多いんだけどな、とクラウドは1人胸の中で呟く。
少年好きで近づくなと言われてる1st3人以外にも、違う意味での変わり者は多い。
「そういや、年末の休み、どうすんの?故郷に帰るのか?」
「帰らない、往復だけで、休暇終わるし」
「ニブルヘイムだっけ?俺んちのあるゴンガガも似たようなもんだな。田舎者は辛いよなぁ」
全然そうは思ってない口調でザックスは笑う。
「希望は早めにだしとけよ。どうせ、独り者は後回しにされるけどな」
「もともと、最後に取るつもり。新人は年末年始に休み入れるなって言われたし」
神羅では12月の半ばから1月末まで交代で10日ほどの冬期休暇が与えられるが、大体12月22日の冬至祭から1月5日までの新年に希望が集中するので、その時期は家族持ちやベテランが優遇される。クラウドのような新人で独り者は大抵最後の最後だ。
別にすることもないので、クラウドは不満もない。
のほほんとしているクラウドに、ザックスはわざとらしいため息をつく。
「……マジで年末年始の厳戒体制期間は戦場だぜ……人出は少ない、警備ヶ所は増える。喧嘩は増える、ナンパは増える、迷子は増える、ついでにスリとテロリストも増える……この期間ばかりは警官とも親友になれるぜ」
「そんなに凄いの?」
クラウドは小首を傾げて聞く。ザックスは大げさに首を振る。
「観光客に紛れて大量に不穏分子も入ってくるからな。とにかく手が足りないんだ。休みを取って抜けた奴がいる分、シフトが崩れて違う部署の奴同士と組まされたりすると余計に効率悪くなったりしてさ」
「ふうん」
「そんなときに限ってプレジデントやらバカ息子やらが予定外にイベント出席したりしてさ……去年の大晦日、突然、公園での野外カウントダウンのステージにバカ息子が登るとか言い出したときはマジで殺意が……」
ザックスはふっふっふと怨念がにじむ笑い方をする。よほど苦労しているようで、クラウドは冷や汗が流れるのを感じる。今年の年越しは凄いことになりそうだ。
「サーは年末年始は会社に缶詰で警備の指揮取りしなきゃないし、またしばらくすれ違いだな」
クラウドはあまり関心がないような顔で頷いた。一緒に暮らしていると言っても、セフィロスは自分の予定など殆ど口にしない。
(……まあ、居候にいちいち説明する必要なんて無いし…留守になるのを教えてくれるだけでも、気を遣ってくれてるんだろうな…きっと)
どかどかと足音がして、ガラス磨きにいっていた小隊の面々が帰ってきた。
「隊長〜〜窓ガラス磨きは終わりました〜〜〜」
「午後からは、天井の埃落としとライト磨きだそうです〜〜〜」
「クラウド〜〜俺らにもコーヒーくれ〜〜」
「はい、すぐに」
疲れ切った顔で椅子にへたり込む大男の集団に、クラウドはくすっと笑うとキッチンへと向かった。それこそ年末を前にソルジャー棟の大掃除に使われているのだ。
「俺も午後は手伝うよ」
ザックスが言うと、ショーンは当然、という顔で頷いた。
「あ、そうそう。下に慰安兵達が集まってましたよ」
「あいつらが顔出すと、年末だなって感じしますね、やっぱ」
「ダフニちゃん、やっぱり美人だな…その気がなくてもその気になりそう」
「慰安兵って?」
話を聞きつけて、クラウドがひょこっと顔を出す。配属になったとき、さんざん慰安兵呼ばわりされたのであまり印象は良くない。
「別名、お稚児さんチームなんて呼ばれたりもするけどな。もともとは歌や楽器の芸事担当で、軍のイベントや前線駐留部隊の前でライブショーをやったりする軍属のアイドルチームみたいなものなんだよ。確かに、中には銃や楽器よりも男の大砲磨きの方が専門なやつもいるけどな」
ザックスが笑いながら説明する。男の大砲磨きという言い方に最初ピンと来なかったクラウドは、少し遅れて理解すると複雑な顔になった。
「軍属なの?」
「制服の色も違うし、戦闘訓練や一般任務も殆どが免除だよ」
ショーンが補足する。
「年末から新年にかけてのカウントダウンライブが恒例だから、その打ち合わせで各地から戻ってきたんだろうな」
「ダフニも戻ってきたなら、ザックス隊長のとこにもメンバーの売り込み来るんじゃないかな」
「1stソルジャーのお気に入りになれれば、チームでの待遇が全然違うっていうからな」
面白そうに目を輝かせたグレンがザックスの顔を見た。
「いくら美人でも、俺は女の子専門だな〜〜うちにお稚児さんはいらねーって」
「目の保養なら、クラウドがいるし」
けろけろと軽口を叩くグレンに、クラウドはふくれっ面になってキッチンに引っ込んだ。並べたマグカップの淹れたてのコーヒーを注ぎながら、「なんで慰安兵と同列に語るんだよ」と1人で文句を言う。
不満顔でコーヒーを配り始めてすぐ、執務室のドアがノックされた。
「開いてるよ〜〜〜」
ザックスが暢気な声で応じると、見たことのない制服を着た少年が数人入ってくる。
「お、ダフニちゃんだ」
グレンが語尾にハートマークが飛んでるような声を出した。
ダフニと呼ばれた美少年は、洗練された動作で入ってくるとザックスに向かって艶のある笑顔を向ける。
「ソルジャーザックス、ご挨拶が遅れまして申し訳ありませんでした。慰安部隊リーダーのダフニです。ザックス小隊設立のお祝いを申し上げます。どうぞ、よろしくお願いします」
迫力ある美少年の笑みに、さすがのザックスもたじろいだようだった。
「は、はい、よろしくお願いします」
新兵のようなひっくり返った声を出すザックスに、クラウドは目を丸くした。
肩までのストレートな金茶の髪に、同じく金に近い茶色の瞳。端正な顔に薄化粧を施した少年は、背後に控えている部下の少年達を続けてザックスに紹介した。
「彼らは昨年入隊した者たちですが、すでに研修もすませていますし、すぐにお役に立てるかと思います。今後、長期遠征などが入りましたときには、どうぞお連れください。きっと、みなさんの疲れを癒してくれるはずです」
金髪巻き毛の丸顔の少年と、赤毛の長髪のすらりとした少年がにっこり笑う。自分が美しく見えるよう、計算された笑顔だ。ザックスは引きつった笑顔のままで、
「そ、そ、そうだな……まあ、機会があれば……」
と、らしくもない曖昧な言い方をした。
「一度お連れくだされば、どれだけ僕たちがお役に立てるかすぐに分かりますよ」
自信たっぷりに言うと、ダフニは来たときと同じようなモデルじみた歩き方で踵を返し、ドアノブを掴む直前で硬直しているクラウドに目を向けた。
ダフニのブラウンの目がクラウドの蒼い目を直視し、少しの間睨むような視線を向けていたかと思うと、急にふっと微笑む。
「……ソルジャー達が取り合いするくらいの美少年が配属されたって聞きましたけど…」
ダフニは唇をつり上げると、見下した笑顔になった。
「……なんだ、イモか…」
そう呟くように言い、さっさと部屋を出ていった。
言われた意味が分からず硬直したまま見送っていたクラウドが、いきなり真っ赤になる。
「イ、イモってなんだよ!」
「うわ、クラウド落ち着け!間違っても報復なんて考えるな!」
「あいつら、身体訓練なんて全然してないんだから!すぐに死んじゃうぞ!」
思わず追いかけようとしたクラウドを、手近にいたメリルとロズが取り押さえる。
「報復なんてしないよ!でも、一発くらい殴らせろ!」
「それが報復だっつーの!」
クラウドはじたばたと暴れるが、さすがにソルジャー2人に抑えられてはそれ以上のことは出来ない。
「ただの焼き餅の嫌みだから、真面目に受け取るなよ」
ショーンが慰めるように言う。
「ダフニはサローのペットだから、サローがクラウドにちょっかい出したのが悔しかったんだろ。ほっとけばいいよ」
「迷惑したのは、こっちなのに」
クラウドはまだ収まらないといった風にしかめっ面をしていたが、さすがに追いかけて行ってまで殴る気は失せていた。
「なんかおっかねーの。やっぱり、お稚児さんはいらねーや」
椅子の背にだらしなく寄りかかり、ザックスはため息とともにそう言った。
午後になりザックス達はガラス磨きの続きにかかり、クラウド達一般兵チームは休暇申請の調整のあと、年末に向けて装備品倉庫のチェックにはいる。
ザックス小隊はサポートチームも含めて独身者が殆どなので、年末厳戒態勢時はフルで働かされそうだ。新人のクラウドは、マートルとコンビでシフトを組ませるとスプラウトは言った。家族持ちは彼だけなので、案の定、冬至祭から新年までミディールの温泉に行くから休暇を取ると、にこにこ顔になっている。
クラウド自身は年末も長期休暇もあまり興味はないが、周辺は浮き足立ち始めている。
(そんなに楽しみなものなのかなぁ)
クラウドはそんな風に不思議に思った。
午後の七時になったところで、小隊執務室に戻ってきたザックスがクラウドに声をかけた。
「お前はもう帰って良いぞ」
「……え?」
人数分のコーヒーを淹れていたクラウドは驚いて聞き返した。
今日は、日勤から夜間待機、明日は非番という勤務予定だった。
「内規聞いてなかった?18才未満は10時間以上連続勤務はさせられない事になってんの。朝の8時から昼休み1時間引いて、7時で10時間っしょ」
「知ってるけど、でも建前だって聞いてた。俺だけ……」
クラウドは口ごもる。子供扱いされたくはないが、14才の子供だという事実は変わりない。
「どうせ、飯食ったあとは呼び出しがあるまで寝てるだけだから。気にしないで、お前は飯食ったら帰れな」
1人帰り道を歩きながら、クラウドはなんだか疎外感を覚えていた。
年末だ長期休暇だと言ってみんなと同じようにはしゃぐ気は起きないし、勤務では1人だけ特別扱いになるし。
急に村にいた頃を思い出した。
本当は、みんなと同じように笑って遊びたかったのに、仲間の輪に入れなかった自分。
母さんはいつもそんな自分を心配していた。
ミッドガルに来て、一人前に仕事をしているつもりでも、本質は全然変わってない気がする。
クラウドは頭をふって暗い考えをうち消そうとした。
こうやって、くよくよ考えてばかりいるからいけないんだ。
みんなと同じようにはしゃげないのが寂しいのが、自分で何か盛り上がれる事を考えれば良いんだ。
――でも、何をすれば、盛り上がれるんだろ。
根本的なところで悩みながら、マンションに帰り着いてドアを開ける。
最近ではクラウドが帰ってからつく室内の灯りが、もうついている。
サーが帰ってきてるんだ。
急に自分でも驚くほどに気分が沸き立った。
同時に違うことを考えた。
ひょっとして、誰が女の人とか呼んでたらどうしよう。
「……俺って、なんでこう盛り下がるのだけ得意なのかなぁ…」
自分で自分を暗くする思考に、クラウドは本気でいやになりかけてきた。