白の影

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今年最後の日。
午後から雪が降り始め、深夜にかけて豪雪になる恐れありの天気予報。
クラウドはベランダに出てチラチラと舞い始めた雪を掌で受ける。
セフィロス宅の広いルーフバルコニーはまるで一軒家の庭のような設えで、敷き詰められた常緑の人工芝は雪に覆われつつある。
今夜は冷えそうだ。
防寒着を重ねると、動きにくくなる。
あまり雪が酷くならなければいいな、とそう考えた。




クラウドは今日は遅番で、夕方の7時から明朝の3時までが勤務となる。
12月も押しせまると、人手不足も相まってシフトは変則的だ。
今朝、帰ってきたのは朝の6時。 そのまま、シャワーもいい加減にすませて昼過ぎまで熟睡していたのだが、自室のベッドで寝たはずなのに目覚めたときはなぜかセフィロスのベッドの上。
肝心の家主はいなかった。おそらく、クラウドが帰ってきた後にセフィロスも戻ってきて、数時間の仮眠を取ってまた本社に戻ったのだろう。
移動させられても気がつかなかった自分の鈍さを棚に上げ、どうして起こしてくれなかったのだろうと、クラウドは少し恨めしく思った。
セフィロスはこの10日間くらいはずっと本社にいて、部屋には戻ってきていない。戻ってきても、今日のように仮眠を取る程度。クラウドが勤務時間中だったりすると、戻ってきたのすら気がつかなくて、いい加減寂しくなってくる。


こんな街中が浮き足立って、軍は警戒にピリピリしているときに我ながら何を甘えたことを考えているのかと思う。
そう思いながら、クラウドは灰色の空を見上げる。


ニブルヘイムに送ったコートはちゃんと届いたのだろうか。
送料の高さも驚いたけど、年末は普段よりも配達が遅れ気味で、下手したら10日くらいかかるかもしれないと言われて、クラウドは仰天した。 コートを買いに行ったのは、年末手当が振り込まれた20日だったからだ。
新年までにちゃんと届いてくれればいい。
今年からたった1人で冬至祭のお祝いをし、新年を迎えることになった母への、ほんの僅かの償いのつもりだ。
ニブルヘイムの冬は山からの空っ風の所為で、酷く冷え込む。毎年手をアカギレだらけにしていた母の寒さを、ほんの少しでも和らげてくれればいいと思った。
同時に、1人だけこんな立派な部屋で安楽にしていていいのかと、罪悪感が浮かぶ。


あの閉鎖的な村で暮らす母の孤独を思えば、たかだか10日ばかりセフィロスの顔を見ていないくらいで寂しいなどと言うのはとんでもない甘えだ。
クラウドは部屋に戻るとテレビを付けた。
年末を迎えるミッドガル市内の様子がライブで映し出されている。
はしゃいでいる街の人々とは真逆で、ピリピリとした雰囲気で市内巡回をしている兵士が映像の端に見える。
今夜さえ何事も起きなければ、テロリスト連中もしばらくは静かになるだろう。
今夜をしっかり乗り切ろう。
クラウドはそう誓った。




警備本部へ、市内巡回班から報告が入った。
朝方、魔晄炉近辺をうろうろしている男を職務質問したところ、兵士を振りきって逃げ出そうとしたのだ。捕まえて尋問してみると、観光客を装ってミッドガルに潜入したテロリストの1人だった。新年の花火が上がるのと同時に魔晄炉襲撃を企てていて、地方から来てミッドガルの地理に詳しくない男は事前に場所を確認に来たのだという。
あまりにも間抜けな実行犯に、大した勢力ではないグループだろうと本部は結論づけた。
後は、とりあえず自白に基づいて他のメンバーを逮捕するだけなのだが、あまり横のつながりのないグループだったらしく、その男と一緒に行動していた数人を拘束しただけだった。
テロ計画は同時多発のもので、数カ所の魔晄炉を同時に襲うつもりだったらしい。
他にも犯行グループがいくつか存在していると見て、捜索は厳しくなった。
同時に魔晄炉の警備も増強され、クラウドはマートルと一緒に壱番魔晄炉の警備に回ることになった。
夕方の6時に本社ビル警備本部に出勤し、そこで新しいスケジュールの説明と引継を受け、6時半には他の交代要員と一緒に軍用ジープで所定の場所に送られた。
クラウドはアサルトライフルを携え、緊張した顔でジープにゆられている。
ベテランらしい兵士が、そんなクラウドを見て、安心させるように言った。


「人出は減っているが、その分ガードメカは多めに起動している。どうせ暗唱コードが分からなければ中への進入は出来ないし、いざとなれば本部にはソルジャー達が待機してる。俺達が実際に戦闘する機会なんて、そうないさ」


そんなに不安そうな顔をしていたのだろうかと、クラウドは自分の顔を撫でた。




壱番魔晄炉につき、マートルと2人で警備班の班長に到着の申告をする。
班長は、襲撃計画についてあまり心配していないようだった。
魔晄炉は常にテロの標的にされるが、分厚い門に最新型レーザー搭載のガードメカに阻まれ、大抵は進入前に駆逐される。
とりあえず、シフトの確認をする。クラウド達は7時から11時までが外回り。二人組で一班とし、二班合同グループが4個同時に同時間を帯担当する。それ以外は、監視センターでの待機だ。
もともとの魔晄炉担当の警備兵が半分、後の半分は他部署からの助っ人なので、交代も引継もどことなく手際が悪い。
クラウドはマートルと一緒に魔晄炉周辺を時計と逆回りに歩いて、周囲の警戒に当たった。


「中心の方はお祭りやってるんだろうな」
マートルは少し物寂しげに言った。
「ミッドガルの花火って結構派手なんだけど、ここからじゃあんまりよく見えないし」
そう言ってため息をつく。
「あちこちの広場や公園じゃ、特設ステージつくっていろんなアーティストがカウントダウンライブやって、楽しいんだよなぁ……。一回も見に行ったこと無いけど」
クラウドは吹き出した。
「来年はマートルも家族持ちになって、年末休暇取ったら?」
「その前に彼女探さなきゃ……」
マートルは寒そうにジャケットの襟元をかき寄せた。
雪はさほど激しくはないが、午後から断続的に降り続いている。
彼らが歩いてきた跡は、すぐに新しい雪で覆われる。マートルは舌打ちした。


「これじゃ、足跡がすぐに消えちまうな。外部カメラも雪で視界が悪くなるし」
クラウドは辺りを見回した。
雪明かりで周囲は白っぽく、街灯の明かりを反射して肉眼で見る視界はさほど悪くないように見える。
でもカメラのレンズに雪が付着したら、死角となりそうだ。
「監視モニターの映像で見えづらいところがあったら、確認に出た方がいいな」
「……うん」
クラウドは両手をこすり合わせた。
指先が冷たい。ミッドガルの人工の大地は日中の熱を貯めておく土も水もないので、夜になると底冷えがする。


「ミッドガルの冬って、変な寒さなんだよな。中心街は排熱が籠もった感じでぬるくて、外れは冷え切ってて。ほんと、人工の冷たさって感じ」
マートルは降り続く雪を見上げながら言った。
「夏は足下から熱気が上がって来て、夜になっても暑いし。風は通り抜けないで戻ってくる感じだし」
「うん」
クラウドは同意しながら、両手で顔を包む。頬が冷たくて、触ると痛いくらいだ。
「でも、みんな集まってくるんだよなぁ……」
「そだね」
クラウドは魔晄炉周辺からでもはっきりと見える、ライトアップされた新羅本社ビルを眺めた。ミッドガルの中心、そして今の世界の中心があの建物だ。
マートルは時計を見た。
「そろそろ時間だ。戻ろうぜ」
「うん」
手にしたアサルトライフルを構えなおし、クラウド達は門に向かって歩く。
「うー寒。ジンでも一気飲みしたい」
「それは駄目!」
温かい飲み物が欲しいのは同意だよ、と付け加えると、マートルは「ホットミルクでも一気飲みするか」と笑った。




次の当番と交代して、監視センターに行くと、たくさんのモニターの間に埋もれるようにして小さなテレビが付いていた。
「おつかれーー」
クラウド達と同じように交代で戻ってきていた兵が、温かいコーヒーとサンドイッチを出してくれた。
「これ、俺のお袋が作ってくれたんだよ」
そう言ったのは、そばかすのあるまだ若い兵だ。
「へぇ、同居してるの?」
「いや、田舎から出てきたんだ。去年も当番で帰れなかったからって。明日はミッドガル案内してやることになってるんだ」
若い兵は嬉しそうに胸ポケットから写真を撮りだした。そっくり同じ場所にそばかすのある婦人が写っていた。
「デールはまだ子供だからな」
警備班長が笑いながら言った。
テレビでは、各地の特設会場やステージが中継で映し出され、レポーターがにぎやかな声を出している。


『はい、こちらは新羅本社ビル放送局内イベントフロアの特設ステージです。神羅芸能部から、アイドル歌手のミリー・マーシスのステージ衣装がチャリティーオークションに出されてます』
『今売り出し中の美少女アイドルの衣装ですか。とんでもない値段が付きそうですね』
『もう、ファンはヒートアップで鰻登りですよ〜〜〜あ、18000ギルの値が付きました!落札〜〜〜!』
『それが今回のオークションの目玉ですか?』
『いえ、サーセフィロスの直筆サイン入りのモデルガンが控えています!神羅式M16アサルトライフルの精巧なモデルで、銃身の所にサインが入ってるんですって!このためにわざわざ書いてくれたんだそうですよ!』
『ネットからの参加も多そうですね』


「……衣装一つに18000ギルだって…俺の月給一ヶ月分以上だ」
「金ってあるところにはあるんだな」
「サーのサイン入りモデルガンって、どうせマニアが買うんだろ」
「去年のサイン入り正宗三分の一レプリカはいくらだったっけ」
「……確か、98000ギル…」
画面を眺めながら、監視センターでくつろいでいた兵全員が長い長いため息をついた。
「金持ってる奴らをうらやましがったって、1ギルにもならんぞ」
そう言う班長もため息をつく。むなしくなってチャンネルを変えると、そっちでは八番街の中央通りでの若いロックグループの路上ライブ。
がなり立てるような歌声に、ファンの黄色い声援で、とにかく耳が痛い。
別のチャンネルでは、お笑いタレントの集団が、なぜかこの冬空に氷水のプールに浸かっていられる時間を競っている。


「なーにをやってるんだか……」
「もう、騒げればいいって感じだね……」
サンドイッチを頬張りながら、クラウドは呟く。
「今はまだいいさ。これで年を越せば、今度はプレジデントの長々としたお祝いメッセージだぜ」
「自画自賛の奴だよな〜〜」
「スカーレット女史のキャハハハハハハ〜〜〜を10分間聞かされるし…」
「……俺、前から思ってたんだけど」
デールと呼ばれた若い兵が、声を潜めて言う。
「神羅の幹部って、なんかお笑い芸人みたいだよね。キャハハとかガハハとか…」
「都市開発部の総括が一番まともらしいんだけど、妖精オタとかラジコンオタとかメカオタとも言われてるし、……確かに…」
「ここだけの話、ソルジャーも、変な人多いよな……」
「俺ら、就職先間違えてるかも」
額をつきあわせるようにこそこそしゃべっている若者達に、班長は苦々しく言う。
「お前ら、20年神羅で働いてる俺が、虚しくなるようなこと言ってるんじゃない」
ぺろりと舌を出したデールが、またチャンネルを変える。
荘厳な雰囲気を湛えたパイプオルガンの音色が響き、照明を落とした野外ステージが写る。周りの様子からして、新羅本社ビル屋上のヘリポートのようだ。白いスモックを着た少年達が数人、透き通る声で歌っている。
ソロパートになり、金茶の髪の少年が進み出て、美しいボーイソプラノを夜の闇の中に響かせた。




「お、慰安部隊のダフニだ」
マートルが身を乗り出すようにして歌に聴き入る。
「すごい声だよな。そう言えばクラウド、こいつにイモって言われたんだって?」
「……言うなよ、忘れてたんだから」
クラウドは顔を顰めた。女顔でバカにされるのは慣れているが、イモなんて言われたのは始めてた。正直言うと、今もまだけっこう腹が立っている。
「そりゃー顔が商売道具の奴から見たら、普通の兵士は大抵イモに見えるだろ」
班長が笑いながら言う。
「顔だけじゃないでしょ?すっごい歌が上手いし。俺、去年聞いてファンだったりするんですけど」
息を弾ませて言うデールに、警備班長は苦笑した。
「こいつはスラムのクラブで10才ぐらいから歌ってた奴だからな。そりゃ、上手くて当然だろ」
「班長、詳しいんですね」
マートルが聞くと、中年の班長は肩をすくめた。
「俺の友人が昔はまっててな。随分と貢いだらしいんだが、スカウトで慰安部隊に入った途端にソルジャーのお手つきになって、急に高嶺の花になっちまったって嘆いてたんだ」
そこで班長はいやらしい顔つきで笑った。
「くわえるのがむちゃくちゃ上手かったってよ。舌使いがサイコーなんだと」
「うわーー、俺、憧れが破れちゃったかも!聖歌歌ってる姿が、ものすごく清純に見えたのに!」
「普通のアイドルに憧れとけよ。慰安兵ってのは、高級男娼だ。相手の身長に合わせて見上げる角度なんかも、全部計算してやるよう訓練してるんだとよ」
侮蔑的に言う班長の言葉を聞きながら、クラウドは画面の中で美しく歌うダフニを見つめた。叙情的に首を傾げるポーズの一つ一つが決まっている。
自分を最大限美しく見せる事を心得ている仕草だ。
過去がどうであれ、現在のダフニが誰が見ても美しい歌い手であることには変わりない。


一大イベントで大勢の人間達の前に立ち憧れの目を一身に受けるダフニと、その他大勢の中に紛れて銃を持ち華やかさとは無縁の場所にいる自分。
大違いだ。
確かに、こういった種類の人間から見たら、イモに見えても仕方ないだろう。
でもやっぱり、自分がそんな風に言われる謂われはないと思うが。


警備班長は椅子の上で膝を抱えるようにして座っているクラウドを見下ろすと、くすっと笑った。
「まあ、顔で言ったら、俺はあんたの方が別嬪だと思うがな」
「あ、俺もそれは賛成!」
勢いよくデールが手を挙げて、クラウドは一瞬驚いた。
「素で可愛いーって思ったもんな」
驚いて固まっているクラウドを見て、マートルは吹き出すのを我慢している。


今までなら反感を覚えていたはずの「可愛い」という言葉に、嫌な印象を受けていない自分にクラウドは驚いていた。
己の顔も含めてたくさんの美人を見慣れているはずのセフィロスが、自分の顔に惹かれたとは思えないけれど、それでもどうせ見て貰うなら少しでも魅力的だと思って欲しい。
そんな風に無意識に考えていたのかと思う。
他人から見て外見を評価されるということが、なんだか少しだけ嬉しい。
そんな自分の心境の変化に戸惑いつつ、内心で1人焦ったところだった。


監視モニターの一つに突進してくるトラックが映し出され、それをチェックしていた兵が警戒の叫びを上げた。


「正面扉から襲撃!歩哨、避けろ!」


轟音が響き、門を破って飛び込んできた装甲トラックから武装した男達がバラバラと飛び降りる姿がモニターに映る。門の内側に立っていた兵が、急いで塀の影に身を伏せるのが見えた。


「自走式ガードメカを正面に集めろ!」


警備隊長の緊張した命令が響く。
警戒サイレンが鳴り響く中、クラウドもアサルトライフルを抱えてモニター室から飛び出した。





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