白の影

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2

魔晄炉施設入り口の門を突き抜けたトラックから降りた男達は、車を防護壁代わりに銃を撃ってくる。添え付け型のレーザー搭載ガードメカが応戦しているが、散弾を撃ち込まれて沈黙した。


「外にいる連中を回収しなきゃな」


班長は舌打ちをすると、クラウド達助っ人組を呼んだ。
「あんたらは高架通路の上に回ってくれ」
「了解」
クラウドはマートルに続き、監視センター三階から門の見張り塔に続く高架通路に出ると、銃眼から下に狙いを付ける。
歩哨や巡回で外にいた兵達は、それぞれが塀や倉庫の影に身を潜めて銃撃していた。
手榴弾が爆発して、施設前広場にあった倉庫の一つが吹き飛び、そこに潜んでいた兵が地面に投げ出される。


「4人…?」
「車の中にもいるな。装備は何持ってんだろ」
マートルが引き金を引く。倒れた兵にとどめを刺そうとしていたテロリストが後ろに弾かれた。
「ここで暴れるんだから、魔晄炉内部進入作戦とかって事じゃねーだろうな」
クラウドは弾幕を張るために高い位置からの銃撃をフルオートで繰り返した。
少し離れた場所では、他の助っ人組も同じように引き金を引き続けている。
上空からの射撃にテロリスト達はトラックの影になる場所へと移動していく。
その隙に倒れた兵は仲間によって物陰に引っ張り込まれた。 ようやく自走型のガードメカが地下通路から姿を現し、テロリスト達に狙いを付ける。
レーザーの光が雪を蹴散らすたび、男達はのけぞって倒れていく。
「おっと、終わりかな」
高架通路上から身を乗り出して下を見たマートルがそう言った瞬間だった。


トラックが爆発した。
それを合図に、倒れていたテロリスト達の身体も次々と爆発する。
トラックの荷台に積まれていたらしいガラスや金属片が爆風で飛び散り、触れた物を切り裂いていく。


「うわ!」
クラウドは手すりの柵を突き抜けて飛び込んできた鋭い鉄の破片に声を上げた。
それはクラウドのすぐ脇を通り抜け、高架通路の床に深々と突き刺さる。
うめき声が聞こえて横を見ると、マートルが脚を押さえて転げ回っていた。
細くて鋭い金属片が、右のふくらはぎを貫通している。
「マートル!」
クラウドはマートルを助けおこしながら、地上を見た。
飛び散った破片に傷ついた兵達で、そこは地獄絵図のようになっていた。




本部からやってきた救援部隊が、怪我人を救急車に乗せて病院に搬送している。
自爆したテロリスト達は身体が残っていない。
魔晄炉の施設前広場は踏み荒らされ、どろどろに溶けかけた雪と血でぐちゃぐちゃになっている。
幸いにして軽傷だった警備兵達は仲間の救護を手伝った後、簡易テントの下で衛生兵から傷の手当を受けていた。


「クラウド」


テント周辺に敷かれたブルーシートの上にぼんやりと座り込んでいたクラウドは、名前を呼ばれて顔を上げた。
「ザックス」
「おおい、大丈夫か」
「うん、俺は平気。でもマートルが…」
「神経とか切ってなきゃ大丈夫だろ。死人が出なかったのが、不幸中の幸いだな」
ザックスは爆発したトラックの残骸を眺めた。 爆発処理担当の兵士が現場検証をしている。


「多分、積み込んでた爆薬の量自体はさほど多くなかっただろうって事だ。トラック1台分満載だったら、みんな死んでただろうな。せこいテロリストで助かったよ」
「……うん」
クラウドが立ち上がろうとすると、ザックスはそれを止めた。
「お前、ケアル使ったんだろ。もうちょっと休んでろよ」
「大したこと出来なかったよ。すぐにフラフラになって」
悔しそうに言うクラウドに、ザックスは苦笑いをする。
「でも、そのおかげで治療が間に合った奴もいたんだぜ?今夜の警備隊長、動脈切ってて、お前が血止めしてなきゃ絶対に出血多量で死んでた」
「助かって良かったよ」
「まったくだ」
ザックスはため息をつく。


「ほぼ同時刻に四番魔晄炉も襲撃されてさ。あっちは出会い頭にロケットランチャー打ち込まれて、2人即死だ。セフィロスが鎮圧したけどさ」
「サーは無事?」
「こんなせこい相手に、サーが怪我する訳ないっしょ」
そう言うと、ザックスはクラウドの頭に手を置いた。
「壱番魔晄炉も襲撃受けたって連絡入れたら、お前のこと心配してたよ」
「……そっか」
クラウドはくすぐったそうな顔をする。
不意に、ヒュッという打ち上げ音が聞こえた。
びくりとして音がした方を見ると、破裂音と共に白い光が空を覆う。

「花火だよ。落ち着け」
目を見開いて空を見ているクラウドに、ザックスは宥めるように言った。
包帯や絆創膏まみれの兵士達も空を見上げ、泣き出しそうな顔をしている。
新年を祝う花火が続けざまに上がり、血で汚れた雪の惨状を兵士達の前に見せつけた。
汚れた雪と柵の残骸の間に落ち込んだ人の破片を、ゴミハサミでつまみ上げる兵がいる。 手持のライトでは見つけられなかったテロリストのバラバラになった肉片が、近場で上がった花火の強烈な白い光の中で赤黒い姿を生々しく晒す。
こみ上げてくる苦い物に、クラウドは喉を鳴らした。


「迎えのトラック来てるから、お前もあいつらと一緒に本部へ戻れ。今日はもう上がっていいから」
背中をさすってやりながら、ザックスが言った。
「……でも、まだ交代時間じゃない…」
「生真面目だな、お前。どうせ、この辺り一帯は封鎖中だし、現場検証もまだ終わらないし。第一、俺がここに残るんだから、大丈夫だって」
ザックスはそう言って、クラウドをトラックの方に押しやった。
「なあ、ザックス」
「ん?」
「こいつら、何が目的だったんだろ」
「さあな」
クラウドの疑問に、ザックスは肩をすくめた。
また花火が上がり、金色の火花が夜空に散る。
「花火、上げたかったのかもな」
クラウドは唇をゆがめた。ザックスの下手なジョークに、笑っているようにも怒っているようにも見える顔だ。同じような表情のザックスに背を押され、クラウドはトラックに乗り込んだ。
押し黙った警備兵達も順に乗り込み、疲れ切ったように荷台に蹲る。
武装した兵が封鎖している一画をトラックは通り抜け、中心街を避けるように警備本部のある本社ビルに向かう。


他の兵と同じように立てた膝に顔を埋めていたクラウドは、目線だけ上げて幌の隙間から街の様子を眺めた。
まだミッドガル各地で花火が上がっていて、街の上空に色とりどりの花を咲かせていた。通り抜ける街の建物に設置された大型スクリーンには、クラッカーを抜いて飲み物片手に『ハッピーニューイヤー』とはしゃぐ人の姿が映し出され、切り替わった映像の中では、衣装替えをして一層華やいだ雰囲気を纏ったダフニが、「永遠の都」を湛える聖歌を高らかに歌い上げている。


【さかえにみちたる 神のみやこは
千代経し いわおの いしずえかたく
すくいのいしがき たかくかこめば
み民のやすきを 誰かはみださん】


ここは一体どこなんだろう――そんな気がする。
今クラウド達がいるここと、スクリーンの中に映し出されている豪華な衣装を身に纏った美少年のいる場所が、同じ街の中の出来事だとはどうしても思えない。
ほんの数時間前までテレビを見て、馬鹿話をして笑っていたのが、まるで嘘のようだ。
明日、母親にミッドガルを案内すると言って笑っていたデールは、細かいガラス片を右腕にぎっしりと受け、痛みにのたうち回っていた。
ひょっとしたら、腕を切断することになるかもしれない。
それでも、生きていただけ幸運なのだ。


疲れた顔の兵士達は、響き渡る天使の歌声に僅かに安らいだ表情を浮かべている。
神羅によって創られた永遠の都で救いをうけるのは、高みにいる者だけ。
救いの石垣を築くべき兵はその足下で疲れた身体を横たえる。
喜びに沸く都の片隅では、誰にも省みられない命がうち捨てられたままだ。




トラックはライトアップされている本社ビル正面を避け、裏の通用門からすぐの臨時兵士待機所と化している第一屋内駐車場に入る。
市内巡回班の隊長が出迎え、怪我をした兵士達に労いの言葉をかけると、装備を武器管理班に返却した後は解散、と告げた。
「なお、59階には医師と衛生兵が待機している。治療と仮眠が出来るから、今日はそこで休んでいけ」
兵士達はぞろぞろエレベーターに向かって歩き出したが、1人だけ出口に向かう小柄な兵に隊長が声をかけた。
「お前は休んでいかんのか?飯も飲み物も用意してある。ビールも特別に許可するぞ」
クラウドは振り向くと、疲れた顔で頭をふった。
「少し、頭冷やしたいんで」
「……風邪ひかないうちに帰るんだぞ」
隊長はそれ以上は引き留めなかった。
クラウドは出入りする軍用車両を避け、暗い駐車場の端を選んで歩く。
本社ビルから壱番街にあるセフィロスのマンションまでは、ソルジャー棟よりも近いくらいだ。賑やかな正面通りを避けて路地を抜けても、さほど時間はかからないだろう。


華やかな音楽が聞こえる。
煌々と照らされた本社正面前広場には特設ステージが作られ、どこかの民族衣装を着た少女達が踊りを披露してる。その周辺には人だかり。露店もたくさん出ていて、深夜とは思えないほどの活気だ。


本当にここはどこなんだろう。


クラウドはふっと自嘲気味の笑みを浮かべると、防寒着の襟に顔を埋めるようにして歩き出した。
降り続く雪は大粒になってきている。手を伸ばすと、手袋の上に乗った雪は繊細な結晶の形まで目で見えるようだ。
遠くではパトカーのサイレン。
酒の上の喧嘩か、それとも交通事故か。
ザックスがこの時期だけは警察と親友になれると言っていた気持ちが、少しだけ分かる気がした。
「新年?それがどーした、どこがめでたい」な気分に陥っている人間みんなと、友達になれそうな気がする。
クラウドは人の通った気配が無く、雪が積もり放題の路地に足を踏み入れた。
ここを抜ければ、マンションの灯りが見えるはずだ。
セフィロスは今日も帰ってこないかもしれない。
襲撃が二件もあれば、事後処理だけでも大変だろう。
クラウドはため息をつく。
急に疲れを感じて、狭い路地の壁に背を預けてずるずるとしゃがみ込んだ。
積もった雪に殆ど座り込む格好になったが、マンションまでの後少しの距離を歩く気にならない。


雪の色に染まった世界。
白いだけで、なんの標もない。


「クラウド」

低い声に、幻聴が聞こえたのかと思った。
雪明かりでぼんやりと明るい灰色の視界に、黒いコートが見える。
その上に、長い銀髪、白い顔。
翠の瞳が光る顔には、どこか苦笑めいた表情が浮かんでいる。

「寒い場所が好きか?」
そうおかしそうに言うと、セフィロスは近づいてきた。
珍しい物を見たような目で見上げるクラウドをセフィロスは見下ろす。
「……サーの顔、久しぶりに見た気がしますけど、本人ですか?」
「オレに影武者がいるのなら、お目にかかりたいものだが」
セフィロスは立ち上がる気配のないクラウドを強引に立たせた。
「オレもお前の目を開けた顔を見るのは、久しぶりだ」
そう言う顔に、クラウドはようやくこれが幻覚ではなく本物だと納得することが出来た。
もしこれが自分の願望が見せる幻覚なら――セフィロスの着ているコートはもっと温かそうな普通のコートに違いない。
いつもの胸が丸見えの戦闘用コートに、クラウドは寒さを思い出して体を震わせた。


「サー、見てる方が寒いです!」
「雪に埋もれている子供も、見ていると寒いぞ」
セフィロスはひょいとクラウドを片腕で抱え上げた。
「尻が濡れている。冷たいだろう」
「冷たいですけど……サーのコートまで濡れます。下ろしてください」
じたばたと暴れてみるが、セフィロスが下ろす気にならない限り、クラウドの力では抜け出すことは出来ない。分かっているのに毎回同じ行動を繰り返すクラウドに、セフィロスはくっくっと笑っている。


マンションに向かって歩き出すセフィロスに、クラウドは少し首を傾げる。
「今日はもういいんですか?」
「プレジデントのご託放送はもう終わった。今更テロリストが暴れたところで、旨味は無かろう」


そうか、プレジデントの新年の挨拶放送が山だったのか。
そう分かったところで、まだどこか緊張していた意識がふっつりと切れた。
力が抜けて、くたっと頭がセフィロスの肩に乗る。
「疲れたか」
「……そうみたいです」
クラウドは、もそもそとセフィロスの首に腕を回して抱きついた。 触れている場所が温かい。
「壱番魔晄炉が襲撃されたと聞いて、気になっていた。無事で良かった」
そう言う声は素っ気なかったが、クラウドは気持ちまで温かくなっていくような気がする。


「サーもご無事で何よりでした」
そう言うと、低い笑い声が返る。
また心配しすぎだとか思ってるんだろうか。
「クラウド」
呼ばれてセフィロスの顔を見ると、キスをされる。
軽い唇が触れるだけのキスだが、久しぶりだと思うと妙にこそばゆい。
「起きているお前にキスするのも、久しぶりだな」
笑いを含んだ声に、クラウドは眉根を寄せた。
「……寝てるときにしたんですか?」
「一、二度」
その言い方になんだか可笑しくなった。 しゃくり上げるような笑いがこみ上げてきて止まらなくなって、セフィロスの肩に顔を伏せたまま笑い続ける。
「笑いすぎだ」
「……ごめんなさい」
なんとか笑いをこらえようと、クラウドは手で口元を押さえて顔を上げる。
目の前には優しく微笑むセフィロスの顔。
「ハッピーニューイヤー、クラウド。この言葉をオレから言うのは初めてだ」
「……ハッピーニューイヤー、サー。この新しい一年が、いい年でありますように…」
目を細めて微笑むと、セフィロスはもう一度クラウドにキスをする。
今度は舌を絡めるような、熱くて激しいキス。
目を閉じてそれを受けていたクラウドだが、唇が離れた途端、大きなくしゃみが出た。


「続きは部屋に帰ってからだな」
恥ずかしそうに両手で口を覆っているクラウドの頬に軽く唇を寄せ、セフィロスは笑いながら言う。
新雪に覆われた路地を抜け、セフィロスはマンションの灯りに向かって歩く。
その肩にしがみついて運ばれながら、この標のない道を1人で進むのではなくて良かったと、クラウドはそう思っていた。




# 作中でダフニが歌っている曲
「さかえにみちたる神の都は」
古今聖歌集 303番


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