1
気がつけば空の上。
ようやくやってきた冬期休暇の前日、終業後、ジンから4階衣装部屋でなんでもいいから着替えてセフィロスの所へ行けと言われ、よく分からないままにとりあえずセーターとジーンズに着替えて指定の場所へ行ってみると、なぜか突然引きずられるようにしてへりの中。
そこでセフィロスが何か言っていたような気がするが、クラウドは聞いている余裕がない。
「俺、吐きそう……」
涙目で訴えられたセフィロスは、何を言うでもなくスリプルを唱えた。
「お嬢様の具合はいかがですか?」
頭の上でそう聞こえた気がする。気のせいだろうか。
「少しへりに酔ったらしい。医者の手配は要らない。休めば治るだろう」
ああ、これはセフィロスの声だ。じゃあ、俺は乗り物酔いでぶっ倒れたんだ。
ぼんやりそう考えたところで、意識がはっきりした。
パチンと目を開けて見上げれば、見慣れない部屋。部屋の四隅に置かれた花のような形のライトスタンドからは、オレンジの柔らかい光。
ベッドの天蓋の柱は優雅なカーブで細かい彫刻がしてある。
そして何より驚いたのは、様々な花が美しいバランスで生けられた繊細な模様の花瓶。
こんな物、セフィロスの寝室にはない。
クラウドはベッドの上で体を起こすと、辺りをきょろきょろと見回した。
贅沢だけどシンプルな造りのセフィロス宅と違い、装飾過剰なほどに細かい部分まで飾られた部屋だ。自分が乗っているベッドカバーも一面にバラの花が刺繍してある。
少し開いているドアから灯りが漏れていて、クラウドはそこからこっそり隣室を覗いた。最初に猫足の台に乗った巨大な花瓶と花が目に入った。
その花の向こう側で頭のてっぺんだけが見えているセフィロスが、ドアの向こうの人に何か話している。
「当ホテルには専門の医師が控えておりますので、お嬢様の御具合が治まらないときは、いつでもご連絡ください」
「ああ、わかった」
お嬢様?お嬢様ってやっぱり言ったよな。お嬢様って俺のことか?
寝室のドアの影にへばりつくようにして眉間にしわを寄せていると、室内に戻ってきたセフィロスがクラウドの方を見て薄く笑った。
「起きたか」
セフィロスは軽装だ。薄手の黒っぽいシャツとコットンパンツ。家でくつろいでいるときのような格好だ。
そう言えば、自分も見慣れない格好になっているとクラウドは思った。だぼっとした大きいカットソー。大きすぎて肩が半分ずり落ちてるけど、ひょっとしてセフィロスのだろうか。
履いていたはずのジーンズを履いていない事に、その時気がついた。素足が見えてる。
まさかと思って上着の裾をめくってみると、下着は履いていた。
よかった。
「脱がして楽にしてやろうかと思ったが」
急に頭の上から声がふってきて、クラウドはギョッとなって上を見た。
セフィロスはおかしそうに笑いながら、上着の裾をめくっているクラウドを見下ろしている。
「ホテルのスタッフが具合の悪いお前を気にして様子を見に来て、脱がし損ねた。残念だった」
「脱がさなくていいです!」
クラウドは音が出そうな勢いでめくっていた裾を戻した。
「大体にして、ここどこなんですか?俺、明日から冬期休暇の筈だったのに」
「それは嬉しい偶然だ。オレも冬期休暇だ」
「……偶然なんて嘘ばっかり……知ってたくせに…」
むーっと唇を尖らすようにしてセフィロスを睨む。もちろん、ますます面白がらせるだけなのは知っているので、すぐにため息が出る。
「……で、本当にどこなんですか?ここ」
「ジュノンの神羅系列のホテルだ。上に冬期休暇を寄こせと言ったら、ジュノンで行われる式典とパーティーに出席するなら、そのついでにゆっくりしてきてもいいと言われた」
パーティーと聞いて、クラウドは顔を顰めた。
「イヤーな予感がしますけど、ひょっとして俺が連れてこられたのって、パーティー対策?」
「勘がいいな」
セフィロスは僅かに肩をすくめ首を傾げてみせる。クラウドは長いため息をつく。
「お嬢様って、俺、ここからもう女の子扱いされてるんですか?」
「ルリ・ストライフでチェックインした。例の人質事件で金髪碧眼の恋人の話はジュノンでも知られていたらしく、話が早かった」
クラウドはなんだか頭の中がぐらぐらしてきた。
事務局のジンもきっと共犯だ。そうに違いない。
頭の中だけじゃなくて、身体もぐらぐらしていたようだ。
天井が変な角度で見えたと思ったら、それを隠すようにセフィロスのアップ。
後ろにひっくり返りそうになったところを支えられていた。
「まだ具合が悪かったのか?」
「具合というか〜〜〜とりあえず、お腹は空きました……」
ぺたんと床に座り込み、ため息をつきつつそう答える。
確かにお腹も空いてる。夕方帰り際に空きっ腹でヘリに乗せられて、そのあとどのくらいの時間がったのかよく分からないが、一度意識するともう我慢が出来ない。
「ルームサービスを頼む。何か食べたい物はあるか」
「軽い物でいいです。本気で食べたら、吐きそう」
セフィロスはスープパスタとフルーツヨーグルトを注文すると、部屋に置いてあったキャンデーの包みを解いてクラウドの口に入れてやった。
「15分くらいで来るそうだ。それまでこれで我慢しておけ」
甘いイチゴ味のキャンデーを嘗めながら、クラウドは頷く。
口元をもごもごさせているクラウドを眺めていたセフィロスが、不意に困ったような顔で聞いた。
「かってに連れてきて、怒っているか」
ちょっとだけ不安そうな、こっちの機嫌を窺うような口調。
そういう言い方をされると、怒ってるなんて言えなくなる。
この人、ずるい。どういう言い方すれば俺が大人しくなるか、もうすっかり分かってるんだ。
でもそれは嫌じゃない。
俺を好き勝手に振り回したい訳じゃないって、そう思っているのが解るから。
クラウドは口を押さえながら、上目でセフィロスを見上げた。
「……とにかく、事前に教えて欲しかったです。ヘリに乗るのって、やっぱり覚悟がいるから……」
「乗り物酔いのことを知らなかったとは言え、それは悪かった。次からは、遅くとも1時間前には通達する」
(……やっぱり当日かよ……っていうか、次もあるのか…)
微妙なつっこみが頭に浮かんだが、クラウドは黙って頷いた。
セフィロスは緊急の援護要請とかで出撃することが多いから、1時間前の連絡でも余裕がある方なんだろう、多分。
「で、今後の日程はどうなってるんですか?」
「明日……いや、今日だな。オレは昼頃にジュノン支社に顔を出す。明日は正午からジュノン自治委員会と神羅支社との交流式典、夕方5時から士官と士官候補生のパーティー。後は呼び出しがあれば、だな。滞在日程は今日から一週間。お前が関係するのは式典とパーティーだけだ」
「服とかは……?」
「ドレスと普段着共にジンを通じて事前に用意させてある。クローゼットに入っているはずだ」
クラウドは寝室を覗き込み、立派なクローゼットがあるのを確認した。
ジンさん経由と言うことは、選んだのはミズ・ルナだろう。サイズだって全部把握してるし。
さすが、抜かりがないと感心しかけたところで、はたと気づいた。
「なんで、服を用意させるだけの時間があったのに、俺には直前まで黙ってたんですかーー!」
「驚かそうと思った」
しれっとした答えに、クラウドはどう反応すればいいのか分からなくなる。
とりあえず、乗り物酔いの恨みでぽかぽかと広い胸を叩いていると、古風なノッカーを叩く音がして「失礼します。ルームサービスのお届けに参りました」という声がドアフォンから聞こえる。
「食事が来たぞ」
「誤魔化さないでください!」
ドアを開けに行くセフィロスを追いかけて、背中を叩き続ける。
どうせ全然効いてないんだろうな、と思う。むかっときて、腰にしがみついた。
セフィロスは一瞬足を止め背後から抱きついたクラウドを見ると、くすっと笑ってそのまま歩き出した。しがみついた腕に力を込め、クラウドはずるずると脚を引きずられながらついていく。
(あーもう、俺の体重なんて、全然気になりません、って感じだ)
ドアが開いて、ワゴンを押した従業員が室内に入るなり、ギョッとなって立ち止まった。
生英雄の姿に緊張したのかもしれないとクラウドは思ったが、従業員が固まったまま見ているのはクラウドの方だ。セフィロスの腰に背後から抱きついたまま不思議がっていると、笑ったセフィロスが「あとは自分でやる」と言って従業員を下がらせる。
ドアを閉め、セフィロスは身体をねじるようにしてクラウドを見下ろし、言った。
「今の男、絶対に最中に来てしまったと思っているぞ」
「…は?」
「脱げかけだ」
セフィロスは完全に露出しているクラウドの右肩に、袖を引き上げてやった。胸までは見えていない物の、かなりきわどい所まで広い襟ぐりがずり下がっていたのだ。
「うわぁ」
飛び上がるようにして自分の両肩を抱えるクラウドに、セフィロスは笑い続けている。
「これ着せたの、サーでしょ。笑いすぎは酷いです」
「すまん、ここまで大きいとは思わなかった。まるでワンピースだな」
セフィロスはえらく機嫌が良さそうだ。さっきからずっと笑っている。
その様子があまりにも楽しそうなので、クラウドは文句を言う気が失せてくる。
運ばれてきた食事は2人分だ。セフィロスも夕食を摂っていなかったようだ。
「……俺が起きるまで、待ってたんですか?」
「…1人で食事をしても、あまり美味くないだろ?」
クラウドはこくんと頷いた。自分に合わせてくれたんだと思うと、なんだか嬉しくなった。
自分は本当に現金だと思う。セフィロスの一言に喜んだり、拗ねたり。
そういう気分は抜きにしても、運ばれてきた食事は美味しかった。
エビとアサリがたっぷり入ったスープのパスタに、自家製だというプレーンヨーグルトには見たことのない鮮やかな色のフルーツの角切りが埋もれている。
コスタ・デル・ソルからの直行便で南国のフルーツが豊富に入ってくるのだという。
食事が終わる頃にはクラウドの機嫌も完全に良くなり、誘われるままに広いバスルームで一緒に風呂にはいった。
ゆったりしたバスタブは2人で入っても十分な大きさで、豊かな泡のバスジェルが花の香りを漂わせている。
クラウドが泡を掬って遊んでいると、セフィロスが髪を洗ってくれる。前髪の先から落ちた泡が目に入りクラウドが顔を顰めて手でこすると、その子供っぽい仕草が可笑しかったのか、セフィロスはくすくす笑いながらシャワーで流し始めた。
結局、セフィロスの良いようにされてるなあと思いながら凭れると、背中にセフィロスのモノが当たる。まだ普通だ。
ちょっと悪戯心が起きて、クラウドは素知らぬ顔で湯の中で手だけ動かし、触れたモノを撫でた。けして上手い手つきではないが、裸で密着した状態でいじられたので、それはあっという間に元気に勃ち上がる。
手の中で変わっていく感触が面白いだけで、この時点でのクラウドは性的な意識はまったく無い。芯が入ったように固くなるそれの表面はすべすべして感触がよく、楽しくてそのまま触り続けていると、頭の上でセフィロスが低く短い呻るような声を出す。その声に少しだけしてやったり、な気分になったクラウドはその直後にそれを後悔した。
「……クラウド…」
その声に、ドキッとして振り返る。さっきまで普通に楽しそうだった笑顔が、なにやら恐ろしげな笑い方に変わっている。
「……疲れているだろうと思って、人が遠慮していれば…」
あ、我慢してたんだ。ひょっとして寝てた子起こした?いや、起こしたことは起こしたけど。
「お前が挑発したんだ。責任は取って貰うぞ」
「サー、ちょっと怖いです」
誤魔化し笑いをしてバスタブから逃げ出そうと試みるが、あっさりと腕を掴まれて引き戻されてしまう。
「そんなそぶり無かったから、今日はその気にならないのかと思ってたんです!」
「そんな事があると本気で思っていたのか。オレを見損なっていたとは、悪い子だな」
くっくっくっと不気味な笑い声を上げたセフィロスの指が下肢の敏感な部分を撫で、クラウドは力が抜けて動けなくなった。くすぐったさが気持ちいい。もっと触って欲しくて、腰をくねらせる。セックスは嫌いじゃない。というより、セフィロスに触られるのが好きだし、触るのも好き。首にしがみついて腰を浮かせると、まるで挿れて欲しくて待ってるような姿勢になる。ゆっくり入ってくる。最初は苦しい。きつくて眉を寄せて背を反り返らせると、大きな手が支えて抱き寄せる。
声を出すのは嫌で、唇を噛む。脳天からかってに飛び出ていくような声を聞かれるのは恥ずかしいのに、身体中触られて中から刺激されて、どうにもならなくなる。
頭の中が真っ白になって、あとは首にしがみついて肩に顔を埋めてただ揺さぶられるだけ。密着しているセフィロスの固い腹筋に立ち上がった自分のモノがこすれて全然我慢できなくて、何度も続けて達して、息が上がって、声が漏れる。
目が開けられなくて、セフィロスの顔が見えない。
この人はどんな顔で今こんな事してるんだろうと、いつもクラウドは思う。
確かめる余裕がないから、疑問はいつも後回しになる。
どんな顔してるのか分からない。
でも、息づかいが早くなっているから、この人も感じてるんだと思う。
お風呂の熱気で、頭がぼうっとしてくる。
セフィロスに触れてる腕も胸も、体の中も熱い。
大きな手が尻の肉を掴む。
あ、イクんだ。そう感じた瞬間、力を入れて中のモノを締め上げた。
ビクビクしている。中に出てるのを感じる。
どうしよう、自分がイッた時より気持ちいいかもしれない。
すっと意識が落ちていく。
疲れて眠いときに、お風呂でするのは止めた方がいい。
絶対にのぼせる。
そんなことをぼんやり考えているうちに、クラウドはそのまま眠り込んでしまった。
くたっと突然タイマーが切れたように動かなくなった子供の寝顔を確かめ、セフィロスは苦笑する。頬が赤い。セックスの所為だけじゃなく、湯あたりもしてそうだ。
シャワーのコックをひねって温めのお湯で泡を洗い流し、大きなバスタオルに繰るんで寝室まで運んでやる。
冷えたミネラルウォーターを口移しで飲ませると、無意識のままもっとと強請ってくる。
他人の面倒を喜々としてみている自分に、セフィロスは可笑しくなる。
それでも、毎日が楽しいことには変わりがない。