一緒の時間

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2

電話のベルが鳴る。枕代わりにしていたセフィロスが身体を捩って離れていく。
それが不満で、クラウドは寝ぼけ眼のまま長い髪を両手で引っ張った。
話を終えたセフィロスが振り返り、おかしそうに言う。
「お前は寝ぼけているときの方が行動が可愛いな」
瞬時に目が覚め、クラウドは髪の毛を掴んだままベッドの上に起きあがった。


「目が覚めてるときは可愛くなくてすみません」
ぶっきらぼうに言うと、くすくす笑って金髪にキスしてくる。
「いや、十分におもしろ……いや、可愛い」
言い直さなくたって、十分。
どうせ何やったって面白いんでしょうとも、とクラウドは睨み付ける。
どうせ、睨んだって面白がられるんだ。
案の定、セフィロスは顔を背けて笑い出した。
何がそんなに可笑しいんだか、クラウドには理解しかねる。
ぶすっとしたままシーツを引っ張り、身体に巻き付けてクローゼットを開ける。
半分はセフィロスの、もう半分にはクラウド用の着替えがきちんと整理してある。
ユニセックスなトップにボトムくらいならまだしも、思いっきり少女強調のチュニック風ブラウスや三段切り替えロングのフレアスカートなんて見つけると、心の底から脱力する。


「サー……下着の半分が女性用なのは、冗談ですか、本気ですか」
「それを選んだのは、オレではないぞ」
目の前に突きつけられたピンクのショーツを見ながら、セフィロスは真面目に答える。
クラウドは、ルナのVサインが目に見えるような気がした。どさくさ紛れに女性用下着に慣れさせようとする魂胆に違いない。


「……まあ、内容に不満があるなら、新しく買い足せばいい。このホテル内でも買い揃えられるが……」
そう言ってセフィロスは何を考えたのかくくっと笑う。
「女の子としてチェックインしてるのに、男用下着なんて買えるわけないでしょ!」
「……まあ、そうだな…」
笑ってるセフィロスに背を向け、クラウドはふくれっ面でクローゼットの前にどっかと座り込んだ。


もういいや、下着は洗濯して着替えれば良いんだし。
それより、この中の服、滞在用にしては多いんじゃないだろうか。
普段着と、多分パーティー用のシンプルなスーツとちょっとふわっとした感じのワンピース。それに合わせたパンプスは別として、ブーツにスニーカーにローファー。ダッフルコートに軽めのジャケット。トレーナーやセーター、コットンパンツにジーンズがそれぞれ複数。女性用なんだろうけど、クラウドが普通に着ても可笑しくない物が大半だ。


「サー、これ一週間分にしては多くないですか?」
「お前がどんな服を好むかよく分からなかったから、ある程度多めに揃えさせた。ミッドガルでも着られそうな物があったら、普段着にすればいい」


その返事を聞き、ある事に思い当たって「あっ」とクラウドは声を上げた。
ひょっとして、私服の少ない俺のために、冬服誂えてくれたんじゃないだろうか。
この前みたいに、出世払いで払うのなんのって話にならないように、必要だから揃えたって風に体裁つけて。


「どうした?」
ぼーっと見つめてくるクラウドに、セフィロスは声をかけた。我に返ったのか、クラウドは固く口を結んで首を横に振る。
そしてまたクローゼットの中を覗き、――明るめの色のトレーナーと膝上丈のデニムのスカートを選んだ。


「ほう、それでいいのか?」
「……まあ……一応、女の子のフリだし。これはミッドガルじゃ着られないし」
「どうせなら、そっちにしたらどうだ?」
笑いながらセフィロスが指さしたのは、三段切り替えフレアスカート。さすがにこれを着るには勇気がいる。
「……どうしても着たところが見たいというリクエストがあれば、考えます」
「では、帰る前に一度頼む」


(多分サーは、俺の私服はスカートの方が普通だと思ってる、絶対思ってる)


服を抱えて脱力していると、セフィロスの長い腕がクローゼットから黒のコートを取り出すのが見えた。
驚いて顔を見上げると、
「今日、支社に顔を出すと言ったろう。その後、軍の様子も見てくる」
と答えた。


そうだった。休暇も兼ねていると言っても、セフィロスは仕事でジュノンに来たのだった。
少し落ち込んだ気分で俯くと、隣に膝をついたセフィロスが頭を撫でる。
「そう遅くならないうちに戻るつもりだ。そんな顔をするな」
クラウドは俯いたまま頷く。セフィロスは苦笑したまま、着替えをするよう促した。


「もうすぐ朝食が来る。用意を早くすませた方がいい」
「……朝食?」
「さっき電話で起こされたのを覚えてないのか。9時にモーニングコール、30分後に朝食を運ばせるように手配していた」
「え?もう9時過ぎてた?」
「とっくにな」
セフィロスは笑ってバスルームに消えた。
クラウドはまだ服を抱えたまま部屋を見回す。確かに時計はもう9時20分近い。
厚いカーテンの所為で外の光が全然入ってこず、まだ早い時間なような気がしていた。
窓際によってカーテンを開ける。
眼前に海が広がっていた。波が陽の光を弾いて光っている。
窓を開けると、ひんやりとした空気と一緒に、猫のような声が飛び込んでくる。
内陸では見たことのない鳥が群をなして飛ぶ様を見て、クラウドは自分が知らない場所に来たのだと実感していた。




朝食を運んできたのは、夕べ夜食を持ってきてくれたのと同じ従業員だった。
クラウドが寝室から出ていくと、真っ赤な顔で俯いてそそくさと退出していく。


「やっぱり、夕べ、誤解されてたんですね」
なんだか気恥ずかしくてそう言うと、
「誤解も何も、ここは新婚用スイートルームだ。過剰反応を示したのは、お前が若すぎるからだろう」
とあっさりと答えられた。
若いのに新婚用スイートルームでやりまくってると、そう思ったわけだ。クラウドは余計に気恥ずかしくなる。室内の装飾が白とピンクが基調のむやみに甘ったるい雰囲気なのは、ここが新婚用だからか。
なるほど、とようやく納得できた。そこに自分が泊まっているのは、今ひとつ納得がいかないわけだが、そのことで文句を言っても始まらない。
どうやらセフィロスはこの新婚旅行ごっこを楽しんでいるようだ。
だったら、そのままにしておこう。
って言うか、なんか休暇じゃない気がしてきた。


そんなことを考えながらジュースのストローをくわえてぼーっとしていると、セフィロスがナプキンで口元を拭う。
「ジュースがこぼれてる」
「あ、ごめん」
「レストランで摂った方が良かったか?」
「そんな事無い。なんか恥ずかしいし」
「……不満はないか?」
「ないけど、なんだか、仕事中みたいな気がしてきて」
「仕事?」
「女装してると、どうしてもそんな気になる」
「職業病だな」
「そうかも」
心ここにあらずといった風でクラウドはぼんやり外を見たまま答える。
「クラウドのままで来たかったか?」
「……どうだろ。わかんない」


遊び慣れていない所為もあるのか、休日となると、クラウドはつかみ所のない表情をすることが多い。空いた時間をもてあますように、ぼんやりと外を眺めて過ごしている。


「外、見に行ってもいいですか?」
「行くのは構わないが、フロントに言ってガイドを付けろ」
「……1人で大丈夫ですけど」
「クラウド、一見普通の街に見えるが、ここの実体は要塞だ。路地を一本抜ければ立入禁止区域になっている場所も多い。今、お前は民間人の立場でジュノンにいる。万が一にも、兵に職務質問を受けることになったらどうなる?」
「あ……」
クラウドは口元を抑えて俯いた。
「ややこしい事になったら、せっかくの休暇が台無しだ。ガイドを付けろ」
命令口調には少しカチンときたが、ジュノンの地理に詳しくないのは確かだし、万が一にも兵士の尋問を受けるようなことになったら困る。
「……わかりました」
渋々ながらクラウドは頷いた。




エレベーターから少女を伴って降りてきたセフィロスに、ロビーにいた者達がぱっと視線を向ける。どうやら客以外の人間も混ざっているようだ。どこで聞きつけたのかセフィロスが来ていることを知って、カメラを持って待ち伏せしていたファンらしい人間が相当数いる。


(……相変わらず、スターっていうかなんて言うか)


クラウドは居心地悪げにセフィロスを見上げるが、当の本人はいつものごとく無表情で、フロントにガイドの手配を頼んでいる。
「はい、それではお嬢様と同年代の女性ガイドを手配します。到着しましたら、お部屋の方へ連絡を入れますので」
「頼む」


お嬢様という言い方をされるのは、やっぱり違和感を感じる。さらにセフィロスが小さい子供にするように頭を撫でるので、もっと変な気がする。
なんて言うか、この俺の立場って本当はどこにあるんだろう。
セフィロスの子供なのか、それとも若い愛人なのか。
そもそも、俺とセフィロスって年の差いくつあるんだろ。
どんなに頑張っても、年齢差だけはどうやっても追いつけない。
「夕食までには戻る。気を付けて遊んでこい」
セフィロスの口調は、完全に保護者のようだ。しつこく頭を撫でている手を掴んでおろし、両手で握って顔を見上げる。楽しそうに笑ってる。
最近は笑った顔ばかり見てる気がする。見えなくなると、やっぱり寂しい。


「いってらっしゃい」
そう言ってホテルの前から迎えの車に乗り込むのを見送り、振り返ると、興味津々の顔でロビーの人間が全員クラウドを見ている。
急に恥ずかしくなって、顔が熱くなった。そそくさとエレベーターに乗り込むと、扉が閉まる直前まで視線が集まっているのを感じる。
注目されるのは、性に合わない。
部屋に戻って、テーブルの上に置きっぱなしにしていたバックを開けた。
中には、5万ギルまではノーサインで使えるというクレジットカードが入っている。
「欲しい物があれば自由に買え」、と言ってセフィロスが置いていったものだ。
クラウドはカードを手に持ったまま、ぱたっとテーブルに頭を乗せた。


(……俺、完全に子供っていうか、愛人っていうか、ヒモっていうか……そんな感じだよな)


――そんな事を望んでいたわけじゃないけど。
楽しそうなセフィロスをがっかりさせたくないから、なんて言い訳つけて、都合良く甘えている気がする。なんだかもやもやする。
仕事なんだって、そう思いこんだ方が楽かもしれない。
セフィロスの愛人のフリするのが仕事だから――ってそれも、嫌だな……。
もっと素直に楽しめればいいのに。


手に持ったカードをひらひらさせながら、答えのでない馬鹿みたいな事で悩んでいると、フロントからガイドが到着したという連絡が入った。
クラウドは一つ息をつくと、コートを羽織りバックを持って立ち上がった。
とりあえず、外に行こう。
見慣れない風景を目にすれば、違うように考えられるかもしれない。




ロビーに行くと、20歳前後の女性が2人待っていた。
女性達はクラウドを見ると近づいてきて自己紹介をする。

「ルリ・ストライフさん?私はユーシス・マック。こっちは友人のマリカ・モス。今日のガイドを頼まれたんだけど、私たちでOK?」
くりくりとした目の大きいユーシスがウィンクしながら聞く。
「は、はい、お願いします」
とクラウドが焦りながら返事をすると、ユーシスはほっとした顔で言った。
「良かった。私たち、バイトでしかも研修中なの。出来るだけ若い女性って事務所の方に要請が入って、ちょうど私達がいたから、ぜひやらせて下さいって、お願いしてきたの。駄目って言われたら、がっかりだったわ」
けろりとしてそんな内幕まで暴露するユーシスに、思わずクラウドは吹き出した。
「私たち、2人とも学生なの。慣れて無くていろいろと至らないところがあると思うけど、よろしくね」
マリカという黒髪の女性が優しい口調でいいながら手を伸ばす。
その手を握り返しながら、「こちらこそ、よろしくお願いします。ミス・マリカ。ミス・ユーシス」
とクラウドが返事をすると、ユーシスは立てた指を左右に振りながら、しかつめらしい顔で言った。


「ミスはつけないで、そのまま名前で呼んで。ミス・ユーシスって言われると、厳格な校長先生の顔を思い出しちゃうの。それも、叱るときの口調で『ミス・ユーシス!今週はこれで遅刻3回目ですよ!』」
「私たちもルリって呼んでいいかしら?」
すかさずマリカが言い添える。ちゃきちゃきとした口調とおっとり口調で話すスピードは違うが随分と息が合っている。感じのいい女性2人に、クラウドも緊張を解いて頷いた。


「じゃ、行こうか!ルリちゃんはどこか行きたい所って有るの?」
「……いえ、別に。なんとなく……町並み見たいかなって…」
「ルリちゃん、おとなしーーー。可愛いーー。じゃ、おねーさん達のおすすめポイントから行こうっか」
ユーシスががっちりとクラウドの右腕と腕を組み、反対側の腕はマリカにとられる。
2人とも、クラウドよりも背が高い。踵の高さの所為もあるだろうが、両側の女性陣の顔を見上げる形になる。


「ルリちゃん、ハイスクールぐらいかな?肌真っ白ツヤツヤ、うらやまし〜〜〜」
「ミッドガルからなら、ご両親のお仕事のお供とかかしら?コスタ・デル・ソルかゴールドソーサーに行く船の時間待ちとか?」
頭の上から質問がふってきて、クラウドは少しおろおろしてしまう。


「お、お供です……仕事の」と、ようやく答えると、2人はうんうんと頷いた。
「そういう人多いの。神羅って人使い荒いから、まともに休みが取れなかったりして、出張のついでに家族連れてきてちょっとした家庭サービスって人。お父さんやお母さんが仕事の間、子供さんにジュノン見物させてあげるのって多いのよ」
「ちゃーんと、そういうお子さま用ガイドコースもあるから、まかせて!」


お、お子さま用ガイドコース……。


その言葉に力が抜けたクラウドは、やたらと張り切っている女性2人に引っ張られるようにしてジュノン市内に繰り出した。






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