キス

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珍しく3階からの呼び出しがあった。


「エレベーターに乗るなら、付き添うぞ〜〜」
「あ、俺も俺も」
「いらないよ」
ピンクの脳味噌花畑対策と称して暇つぶしを探しているソルジャー達の申し出を丁重に断り、クラウドは3階の支援部隊本部へ向かった。
なにやら、一般部隊訓練所から客が来ているらしい。
そんな知り合いなんていたっけ?と首を傾げながら行ってみると、中にいたのは訓練兵時代の主任教官フルブライトと、格闘技教官だったレイヴン。
用があったのはレイヴンの方で、フルブライトは単に仲介役として来てたらしい。


「……何かご用ですか?」


格闘技教官だけあってレイヴンは大きい。巨体だらけのソルジャーを見慣れていても、やっぱり大きくてたくましい。


「実は、来週から一ヶ月、短期特別レッスンを行うことになってな。そのアシスタントを頼みたいのだが」
「はい?特別レッスンって」
クラウドは首を傾げて聞き返した。この巨漢の行うレッスンのアシスタントとは。
「引き受けてくれた場合、これが君のユニフォームとなる」
そう言って差し出された紙袋を開けると、中から出てきたのはヒラっとした長めの巻きスカート。そして細いヒールの華奢な靴。
持ってきた男の外観からは意外すぎる中身に、クラウドは逆に興味を覚えた。
「これ着て、何するんですか?」
「ワルツを踊るときの女の子役」


やっぱり女の子役か。





いまさら反発を覚える事もなく、クラウドは息を吐く。
クラウドが怒ったり厭がったりという反応を見せなかったので、レイヴンは承知されたと思ったのか、事情の説明を始めた。


「来月末、神羅軍遺族会と学生街自治委員会主催のチャリティダンスパーティーがある。学園祭クイーンやキング、前途有望な若くて見栄えの良い士官とのダンスチケットを販売して、それを戦災孤児やウータイ復興支援金に当てようという、福祉事業だ。基本的に神羅軍はそれに全面協力している」
「はあ……」
「で、士官学校上がりの士官は良いが、一般兵上がりの場合、残念なことにダンスといったらストリートダンスかチークダンスしかしらんという奴もいる」
「……俺、ストリートダンスもチークダンスも知りませんけど……」
一瞬微妙な間が空いたが、レイヴンはそれを綺麗に無視して話を続けた。


「で、せっかくチャリティに金を出してくれるという善男善女の足を踏みつけるわけにもいかんので、選抜で参加する連中の希望があればワルツのレッスンをつけるということになった。それで、今回は5人ほど希望があったのだ。ここまでは例年通りなのだが」
「はあ」
「ワルツのレッスンでは受講者同士が交互に男女のステップを踏んで、練習することになっていた。そうするとだな、常に自分と大差がないようなデカイ男を相手にダンスすることになる」
「そうですね」
「それで、当日になる。相手の女性は当然だが、今まで練習してきた相手よりも小さい。なのだが、始めてのノーブルな雰囲気に舞い上がった連中は、ついいつもと同じ力加減で踊ってしまい、相手のレディを振り回すという惨事が続出した」
「……惨事ですか?」
「そこで、まあ、女の子の体格に近く、足を踏まれても大丈夫な、頑丈なダンスレッスンのパートナーを捜そうという話になって、お前が推薦された」
「……女の子の体格で頑丈って……」
相変わらず、変な評価だ。確か、ザックスに誘われたときも、「発育不良で、肝の据わった奴」だった。なんていうか、「俺って色物?」って言いたくなるクラウドだ。


「レッスン期間は来月1日から25日までの毎日、夕方の7時から10時まで格闘訓練場で。都合のいい日だけで構わない」
「……あの、まだお引き受けするって言った訳じゃ…」
「時給は80ギルだ」
「引き受けます!」
クラウドは即答した。




「…と、いう訳ですので、俺、夜勤の時以外はレッスンに参加することにしました」
食後のコーヒーを淹れながらのクラウドの言葉に、セフィロスはピクリと片眉を上げる。
「夜勤時以外?」
「はい、夜勤の時は持ち場離れられないから」
「そうではなくて、非番の日は?」
「レッスン、出ます。何たって、3時間で240ギルは割が良いし」


クラウドはご機嫌でいつになくニコニコしているが、それに比例してセフィロスは不機嫌だ。
クラウドが給料の半分を仕送りしているのは知っているし、その上でさらにいつか部屋代を返すからと積立貯金しているのも知っている。
同居を始めた当初、生活費を払うと言ったクラウドに対し、返したいなら出世払いで返せと言ったのは確かだが、実際に返してもらう気など毛頭ない。
自分のために使えと言っても、自分の中のけじめのためだからと、貯金は止めない。
まあ、自分の蓄えを持つのも悪くないだろうから、それはそれでいいのだが、そうなるとクラウドの月々の小遣いは非常に僅かになるわけで、本人は殆ど買い物もしないから問題ないと言っているが、金が無くて遊びに行けないという事もあるのではないかと、保護者気分が浸透しきっているセフィロスとしては気になるところである。
サイン無しで使えるカードを渡してはあるが、殆ど使用された痕跡はない。
それで今度は非番の日もバイトに出ると言う。
なんというか、セフィロスは少し複雑な気分になる。


「クラウド、金が必要なら……」
「俺、サーからお小遣い貰う気はないですから」
セフィロスの言葉を制して、クラウドはきっぱりと言った。
「今更、何をと思われるかも知れませんけど、俺、サーに全部おんぶに抱っこで頼りっきりになりたくないんです。自分で出来ることは自分でやりたい」
「オレとしては、もっと頼って欲しいところだが……」
「俺は、ものすごくサーを頼りにしてます。だから、これ以上甘えたくないんです」
そう言うと、クラウドはにこっと笑った。
子供の決意を秘めた目に、結局セフィロスは折れた。
にっこりと、そしてきっぱりとセフィロスを見つめる顔に、それ以上はもう何も言えなくなる。セフィロスはため息をついた。
そして、つい愚痴めいた呟きがこぼれた。


「……スケジュールを見たら、来月はちょうど1日非番が重なりそうだったのだが……」
「……あ……」
1日休みが一緒というのは、ものすごく貴重だ。
何しろセフィロスの休みは不規則で、仕事の間に無理矢理ねじ込まないことには、休みらしい休みは取れない。
という事は、セフィロスは忙しい仕事の合間に、無理にクラウドと休日を合わせてくれたのだ。
クラウドはちょっとの間、頭をかきながら考えていたが、すぐに顔を上げて笑った。


「でも!俺が行くのは夕方7時以降だから!それまでは一緒にいられます!」
「ほう?」
セフィロスの目がきらりと光る。その光り方に、なんとなくクラウドは「失敗した!」と悟った。


「一緒にいられると言うことは、7時直前までは、オレといると言うことだな」
「は、はい」
不穏な物を感じる。こういう回りくどい言い方をするときのセフィロスは雰囲気がヤバイ。


「それは、7時直前までは、オレのやりたい事につきあうと、そういう解釈でいいのだな」
「……つきあいますけど……」
ずずっといつの間にか眼前10センチの距離まで迫ってきているセフィロスの目を見ながら、クラウドはこそっと身体を引きかける。
「つまり、前の日の夜から、当日の夕方7時までは、オレがやりたいようにやってもつきあうと言うのだな」
「つ、つきあいますけど……」
半分ソファに押し倒された格好になりながら、クラウドは焦って付け加えた。


「出かけられなくなるくらい、疲れる事は止めてください!」
ぴたりとセフィロスの動きが止まる。
「疲れるのは駄目か」
「だ、だめです!」
「そうか……」
セフィロスは黙って体を起こした。その憂いげな目に、クラウドは罪悪感を感じる。
「……あの、サー…」
「駄目か……それは残念だ……」
悲痛さが声に滲む。クラウドはどうして良いか判らず、顔を背けているセフィロスに手を伸ばす。


「……軍用ジープ24時間耐久ドライブに、連れて行ってやろうと思ったのに」
「絶対に!止めてください!」
からかわれたのだと判って、クラウドは声を張り上げた。途端にセフィロスは笑い出す。
お腹を抱えて前屈みになってしつこいくらい笑っている人に、クラウドは頬を膨らませて抗議した。


「俺、本気で悪い事したと思ったのに!」
「ほう?では、お前は、オレがお前と過ごす休日が半分に減った事を残念に思っていると、そう考えた訳か?」
そのセリフにクラウドは何も言えずに口をつぐんた。
なんだか、凄く図々しい事を口にしてしまった気がして、恥ずかしくなって俯いてしまう。
その様子を見て、セフィロスは苦笑をこぼした。冗談が過ぎてしまったようだ。
セフィロスは俯いているクラウドを抱き寄せると、耳元で優しく言った。


「戯れ言を真に受けるな。確かに残念だが、休みを合わせたのはオレの勝手だ。お前につきあえと強要する気はない」
「あ……やっぱり、合わせてくれたんだ……」
「強要する気はないとも言った。気にするな」
申し訳なさそうになるクラウドの頭を、セフィロスは優しく撫でてやった。
「それに、そのチャリティダンスパーティーというのは、オレも毎年出席している。確かに、一般士官の初参加組の惨状はひどい。事前にしっかりレッスンするのは悪くない」
「……惨状って、レイヴン教官も言ってましたけど、どんなのですか?」
好奇心でクラウドは聞いてみた。
悪戯っぽい目で肩をすくめたセフィロスは、半分笑いながら話し出す。


「まずは一般的に。踏み込みが大きすぎて、パートナーの足を踏む」
「はあ……」
「ターンが鋭すぎて、勢いを付けて振り出された女性は、前につんのめりそうになる」
「……はあ」
「スピンさせる手つきが大きすぎて、よろけたあげくに転んだり目を回す女性が続出する」
「………はあ」
「若くてスポーツをしている女性ならまだ良い。なんとかついていける。だが、中高年以上の女性になると、まず間違いなくフロアで転ぶ」
「……そうでしょうね…」
「一番酷いときは、女性のすねを蹴飛ばして半分宙に浮かしたあげくに身体前面からフロアに激突させ、救急車を呼ぶ騒ぎになった」
「…………」
クラウドはもうなんの反応も出来ず、がっくりと両手を床に着いた。


……そんな人達の相手をしなきゃ無いのか、俺……。


「とりあえず、頑張れ」
「がんばります……」
セフィロスの気合いの入っていない応援の言葉に、クラウドは床を見つめたまま答えた。
「……でも俺、ワルツって知らないんですけど」
「踊ったことはないのか」
「踊るも何も、見たことも聞いたこともないんですけど」
一瞬、微妙な間が空いた。
セフィロスは無言で立ち上がると、オーディオの前に行った。コーナーラックに置いてあるCDを調べている。


「……聴いたことはないが、確か、クラシックの全集があったはずだが」
セフィロスはCDの束の中から、『魅惑のダンスワルツ』というタイトルの一枚を取りだした。


オーディオから曲が流れてくると、セフィロスは手を差し出した。
「簡単なステップだけ教えてやる。来い」
「……え、サーがですか?」
「オレが踊れないと思ったか?」
「いえ、そんな事無いですけど……」
クラウドはセフィロスの差し出す手をこわごわ取った。
「冗談で振り回したりしない。そう警戒するな」
「はあ」
向かい合って立つと、クラウドの頭はセフィロスの胸あたりまでしか届かない。視界全部が広い胸に覆われてしまう感じだ。
「オレが左足から前に出す。お前は右足を後ろに引け」
加減して出される長い脚に押されるように、クラウドは右足を後ろに引く。
「次は左足を横に、そして右足を揃える」
ぎこちなく足を動かすクラウドに、セフィロスは密やかに微笑む。
「今度はさっきと逆だ。左足を前に、そして右足を横」
真剣な顔で自分の足を睨んでいるクラウドは、指示を出すセフィロスが笑っていることに気がつかない。
「左足を揃える。これが基本のボックスステップだ」
格闘の組み手のように突っ張った手つきでぎくしゃくとステップを踏むクラウドは、ダンスというにはほど遠い硬い表情だ。
どんな顔でダンスのパートナーをするのか、そのうち覗きに行ってやろうと考えるセフィロスだった。


そして、ダンスレッスン初日。
巻きスカートにダンスシューズを身につけ、緊張した顔の受講者の前で、クラウドはレイヴンと向かい合って立った。


「では、まず最初に手本を見せる。ストライフもそう緊張するな。俺の動きに合わせるだけでいい」
「はい」
レイヴンが足を踏み出し、それに押されるようにクラウドも足を引く――なぜか足払いがかかった。
「わぁ!」
そのまま背中からすっころびそうになったクラウドを、腰に回していた手で支えたレイヴンは豪快に笑う。
「すまん、すまん。さっきまで、居残り特訓やってたもんだから、ついそのつもりで技をかけてしまうところだった」


――教官が一番危ない。


冷や汗と共に、クラウドはそんな事を考えた。





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