5
フロア一杯にふわふわと花が舞う。
女性達のスカートが翻る様は、まさにそんな形容がぴったりだ。
チケット要らずの客同士のカップルもいるので、ダンスフロアは常に満員御礼状態。
なんだか判らないまま、クラウドは殆どフロアに出ずっぱりだった。
一曲終わって所定の待機場所に戻ろうとすると、すぐに次のチケットを持った客がやってくる。
時々、習ったのとは違うステップの曲も混じったりして、よく分からないままクラウドはリードに合わせて踊り続けていた。
ときおり歓声が上がり、そっちの方に目をやると大抵セフィロスが中心にいて、手を取っている相手を抱き寄せキスしているシーンにぶつかる。
相手は妙齢の美人から、男子学生、年輩の女性や紳士など様々。
誰に対しても同じような角度で、同じくらいの時間でキスをしているのを見ると、複雑な気分だ。嫉妬――と言っていいのだろうか。
キスされてうっとりしている人の顔を見ると、みんなこの一瞬にセフィロスへの気持ちを賭けているのだと判る。
特に年頃の女性など、これを機会にセフィロスに見初められるのではないかと夢見ているのがその表情に表われていた。
なんだか悔しい。
他の人達は次々と告白しているようなものなのに、自分はまだ近づけもせずにいるのだ。
クラウドは切ない気分になって、唇を噛みしめる。
その表情がまた客達の興味をそそり、チケット握りしめた長い行列を作らせているのだと言うことを、残念ながらクラウドは知らない。
待機場所でシャンパンのグラスを傾けながら、セフィロスはむっつりとダンスを続ける輪を睨んでいる。その隣では宥めるように話しかけているザックス。
最初から高額な2人は毎曲人が詰めかけるという訳にいかず、ときおり空き時間が出来る。
その合間にセフィロスはクラウドの姿を探すのだが、一曲目から殆ど出ずっぱり状態でクラウドはフロアにいるので、機嫌は急降下する一方だ。
タンゴやジルバになるとクラウドはステップが判らないので、相手がリードするまま妙に密着された体勢になっている。
それもまた不快だ
「……旦那、怖いから睨むなよ。ほら、チケット持った子が近づけないじゃん」
「別に普通だ」
確かにザックスがソルジャーになった頃は、セフィロスはこういう顔が普通だったな、と思い起こす。怒ってるわけじゃなく、無表情になると整いすぎてる分だけ顔が非人間的に見えるだけだ。ザックスが気にしないで話しかけてると、ジョークも言う普通の人間だと判ったのだが。
クラウドと暮らすようになって目に見えて雰囲気が柔らかくなってきて、そっちの方が普通に思えてきたので、こうやって昔の普通を持ち出されても正直困る。
「そうブータレ無いの。そろそろ休憩はいるし、クラウドだって戻ってくるだろ」
そうザックスが言った3曲ほど後になり、ようやく休憩になった。
フロアでは各大学のダンス部から選抜されたダンサー達のデモンストレーションが始まった。
ラテンの派手な衣装に身を包んだカップルが、ものすごい勢いでフロアを横断しつつステップを踏む。
それを眺めながら参加メンバーは休憩して食事をとり、自分のチケットを買ったりするのだが、気が付くとクラウドは衣装スタッフに拉致された後だった。
セフィロスの不機嫌さはますます酷くなり、ザックスはすくみ上がる。
(……クラウド〜〜早いとこチケット買って、それを旦那に見せてくれ!つーか、機嫌を直してやってくれ〜〜〜〜)
周辺に誰も近づけない不機嫌オーラを放っているセフィロスのそばからこそこそと離れると、ザックスはクラウドを探しにフロアを出ていった。
そのころ、クラウドは衣装部屋で化粧直しされている真っ最中だった。
「脚疲れたでしょ。踊りっぱなしだったものね。この調子で、後半も頑張ってね!」
髪の毛に柄付きのコームを飾りのように刺している女性が、ニコニコしながらクラウドのふくらはぎをマッサージしている。
「前半の30曲、全部踊ったのって初記録かも!」
そう言う女性が栄養ドリンクとバナナ付きの食事を運んできてくれる。
「前売りで何枚まで行ったんだっけ?」
「もう40枚まで売れてるわ!50曲全曲制覇も近い!」
ストローで甘いチョコレートドリンクをすすりながら、クラウドは頭の上で飛び交う会話をげんなりしながら聞いていた。
忙しなくパウダーをはたかれ、汗で落ちたチークやアイシャドウを塗り直される。
口紅は食事終了まで待っているらしい。目の前でルージュとブラシを構えた女性が待っているので、落ち着いて物を食べる気がしない。
「だめよ!全部食べなきゃ、後半体力が持たないわ!」
「後半になるとリタイアする女性メンバーが多いから、ここから余計に気張って貰わないと!」
………うん、女性が男に求めるのって、これにつきるよな……。
『か弱い女性の分も頑張って!』
……精神的には、女性の方がタフな気がするけど……。
クラウドは無理矢理サンドイッチとバナナと栄養ドリンクを口の中に流し込んだ。
とにかく食べなきゃ始まらない。
「あの、俺も買いたいチケット有るんだけど…」
顔を塗りたくられながら、クラウドは室内にいる女性に訴えた。
「買ってきてあげるわ。誰のチケット?」
老年の女性がニコニコしながら言う。受付でダンスチケット販売を手伝っていた女性だ。
「今のうちに買っておかないと、意中の相手とダンスする余地もなくなるものね。後半が始まったら、きっと早いうちに全曲枠埋まってしまうでしょうから」
「……えと、サー・セフィロス……」
そう照れくさそうにクラウドが口にすると、メイクをしていた女性達が一斉に華やいだ声を上げた。
それを聞きつけ、様子を見に来ていたらしいマシューがひょっこり顔を出す。
「やっぱり、サー目当てだったんですね〜〜動機は何でも、参加してくれて嬉しいですよ〜〜」
ほくほく顔のマシューが言った。
「やっぱり、プラチナチケット?」
「は、はい……そのつもりで……」
「照れなくても良いですって。サーのプラチナチケット買う男性多いから。それで、ミス・エイトのチケットって今いくらだっけ?」
「はい?」と、マシューの言葉にクラウドは首を傾げた。
「あの、欲しいのは、サーのチケットなんですけど…」
「あ、うん。メンバー同士がダンスするときは、2人分のチケット買って貰う決まりなんだ。だって別々に踊ってたら、2人分のチケットが売れるわけだからね」
そのセリフに、クラウドはさっと血の気の引く思いがした。
自分の分のチケット代なんて、全然考えになかった。
「ミス・エイトはもう最終価格に到達してますよ」
チケット販売の女性が言う。
「すると、4割引適用で、6600ギルだね」
マシューはニコニコしているが、クラウドは蒼白な顔で固まったままだ。
頑張って節約して、用意できたのは6000ギルきっかり。
自分の分なんて、全然頭になかった。
チケットのランクを下げれば購入は可能だが、それだと――――。
「……あの、ちょっと保留しておいてもらえますか?」
クラウドは抑揚を付けずに口にした。その変化に、盛り上がっているマシューは気が付かない。
「あ、うん、いいよ。じゃあ、ラストダンス枠を確保しておくから。準備が出来たらチケット売り場に来てね」
「後半、頑張ってね!」
女性達がガッツポーズで見送る。
クラウドはおぼつかない足取りで部屋を出た。
頭の中をチケットの値段がぐるぐるしている。
――プラチナチケットだと6600ギル。ゴールドチケットなら5400ギル。通常チケットなら3600ギル。プラチナ以外なら買えるけど……買えるけど――
ぐるぐるしながら廊下を歩いていると、探しに来ていたザックスに出くわした。
「お、発見!」
「……ザックス…」
「疲れた顔してるなあ……サーのダンスチケット買った?」
「……ううん、まだ……ラストダンス枠は確保してもらったけど…」
「そか、じゃあ、早く買いに行こうぜ。旦那がいらいらしちまって、おっかなくてもう。チケットみせて安心させてやらねーと」
「チケット……」
そう呟いたクラウドの目に、じわりと涙がにじむ。
ザックスはギョッとなった。
「な、なんだよ、どうした!なんかあったのか!」
おろおろしながら慰めに入るザックスに、クラウドはべそをかくと抱きついた。
「俺、駄目だ!チケット買えない!」
「な、なんだよ」
ザックスは焦った。廊下を歩いている人間達がじろじろ見ている。どう見ても、可愛い女の子を泣かす男の図だ。
「お、落ち着け!静かなところで話そう、な」
ザックスは慌ててクラウドを中庭に連れ出した。等身大の彫刻の影に座り込み、べそをかいているクラウドの顔を正面から覗き込む。
「買えないって、どうしたんだよ」
「……お金、足りないんだ……」
「足りないって、でも」
「チケット、自分の分も買わないと、ダンスできないんだ。俺、自分の分なんて考えて無くて」
「いくら足りないんだ?俺も現金、あんまりないけど、400ギルくらいなら…」
「600ギルだって……俺、50ギルくらいしか余分に持ってないから…」
「合わせて450ギルか……」
ザックスは呻る。
「……ランク落とせば、買えるんじゃないか?頬にキスとか」
「やだよ、それじゃ、負けちゃうじゃないか」
クラウドは嫌々するように首を振る。
「負けるって誰に」
「他のチケット買った人達に!みんな、口にキスしてた!俺だけ頬なんて、やだ!そんなの……なんか、気持ちが負けてるみたいで、やだ」
「泣くなよ、ほら。化粧が落ちるから」
ザックスは宥めながらハンカチでクラウドの目元を拭いてやった。本格的に泣き出しそうになっている。
「……それっくらいで、お前の気持ちが他の客に負けてるなんて、誰も思わないよ」
「……俺が思う。俺って、人並みな事も出来なくて、なんでサーの側にくっついてるんだろうって……」
子供っぽい意地だと、ザックスは思う。
人並みの愛情表現で満足なら、セフィロスはとっくの昔に別な恋人を作っていただろう。
セフィロスは求めてるのはそんな物じゃないだろうに、必死になってムキになって意地を張っている子供がなんだかとてもいじらしい。
「そうやって、ベソかいてるお前だから、サーは側に置いてるんだと思うぞ」
ザックスの言葉に、クラウドは納得いかない風に顔を上げた。さらに何か言おうとしたとき、目の前にさらりとこぼれ落ちる銀の糸。
見上げると、真後ろに立ったセフィロスが顔を真下に向けて、自分を見下ろしている。
薄く微笑んだ顔に、クラウドは口をポカンと開けたまま固まってしまった。
「うわ、旦那!いつの間にそんなところに!」
「人を化け物のように言うな」
腰を抜かした格好で指さしするザックスにつれなく答え、セフィロスはクラウドへ微笑みかける。
「……何を喚いているのかと思えば」
そう言って、クラウドの腕を掴んで立たせた。俯いている子供の顎を捕らえ、真正面から目を覗き込む。
「…オレのダンスチケットを買うつもりで、参加してたのか?」
目をほのかに赤くしたまま、クラウドはこくんと頷く。結局プラチナチケットは買えないのだ。足が痛くなるまで踊ったのに、そのせいで肝心の物を手に入れ損ねてしまった。
唇を引き結び、目線を合わせようとしない子供に、セフィロスは上機嫌な口調で言った。
「クラウド、普通のチケットを買ってくればいい」
「……だから、それは嫌だって…」
拒絶しかけたクラウドの耳元で、セフィロスは何か囁く。瞬時にクラウドの顔が真っ赤になった。
不審に思うザックスの前で、クラウドは狼狽えた口調で「……普通のチケット、買ってくる……」と告げた。そのまま、足早にホールに戻っていく。
あれだけ意地を張っていたクラウドの突然の変化に、ザックスは呆気にとられてしまった。
「旦那……何言ったのよ」
見るとセフィロスはさっきまでの不機嫌オーラはどこへやらで、上機嫌きわまりない顔つきをしている。
そうなると、今度は何か企んでいるように見えるのは、やはり顔が整いすぎてる所為だろう。
「聞きたいのか?」
「すっごく、聞きたい」
腹黒そうな笑顔のセフィロスに、ザックスは「すっごく」の所に力を込めて訊ねた。
一瞬、ふっと吹き出しそうな顔つきをしたセフィロスはにやりと口角をつり上げる。
「……お前にキスすると…」
「すると?」
「条件反射で勃つ」
そのストレートな物言いに、ザックスは絶句した。クラウドが赤面するはずだ。
「それでも良いか、と言っただけだ」
「……駄目に決まってるじゃん……あんたって…」
呆れて力が抜けたザックスに、セフィロスはくくっと笑う。
「オレに内緒にするからだ。これくらい、言ったところでバチは当たるまい」
「あたんないだろうけどさ〜〜」
ザックスは苦笑しながら言った。
「あんた、今、すっごく喜んでる?」
「『あのクラウド』が、オレのために6000ギル出そうというのだぞ。少なくとも、通常の6000ギルの100倍は価値がある」
「確かにな……あの節約の鬼が、たった3分のためにだもんな」
そう言って、なんだか可笑しくなってザックスは声を上げて笑った。バーゲンの50ギルのTシャツももったいないと言って、マートルの着古しのジャージもらって平気で着ているようなクラウドが、高い方じゃなきゃ駄目、と言い張るのだ。
自分のための50ギルはもったいなくても、セフィロスに気持ちを伝えるためには6000ギルだって惜しくないクラウド。
旦那、愛されてるな。クラウド本人はあんまり愛だ恋だって意識無いみたいだけどさ。
セフィロスは目を細め、穏やかに笑っている。
6000ギルの100倍、60万ギルの笑顔だな、とザックスは思った。
そのまま会場に戻りしな、ザックスはこっそりと聞いてみる。
「んでさ、条件反射って、まじ?」
「さあな」
意味深な笑顔で答えるセフィロスに、ザックスはうむむむむと曖昧な顔で呻った。
――その後、ほんのり頬を赤らめ色気の増したクラウドのダンスチケットは売れまくり、全曲完売という大記録をうち立てた。
セフィロスは上機嫌で終始穏やかな笑みを口元に浮かべ、その笑顔に引き寄せられた客はチケット売り場に走った。
その結果、チャリティーダンスパーティー始まって以来の寄付金が集まり、マシューを始めとした今年のスタッフは万歳三唱してこの快挙を喜んだという。
クラウドは、無事にセフィロスとダンスを踊ることが出来た。
そして、家に帰ってから、値段の付けられないキスをたくさん貰った。