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クラウドがダンスパーティーに参加することはセフィロスに内緒にしたまま、いよいよ当日を迎えた。
他の女性達の着替えの都合上、クラウドは他の人よりも早い時間に楽屋入りをした。
若い学生らしい人から年輩の人まで、いろんな年齢の女性がボランティアとして参加している。たくさん並んでいるダンス用のドレスから身丈の合う物を選び出し、肩やウエスト、胸元といった部分は体に合わせて縫い目を出したり縮めたりと忙しい。
そうして修正をした跡はシフォンの端切れ生地で作った花やリボンで飾り付けられ、傍目からは判らないように隠される。
クラウドは袖と裾がふくらんだ淡いピンクの衣装を着せられ、元はシンプルだった上半身は修正した縫い目を誤魔化すための飾りが大量に付けられ、まるで動く花束だ。
髪は編み込みにされ、後れ毛を抑える大きなリボンが付けられる。さらに小さな花飾り付のピンが何カ所にも付けられる。
あとはウエスト部分に大きく「8」と入ったバッジを付け、受け取ったチケットの半券を入れるための薄いポーチをつける。これで準備は完了だ。
出来上がったクラウドを見て、ボランティアの女性達は満足そうだった。
「とっても綺麗よ、ミス・エイト!これなら、3時間フルでダンス希望者が殺到しそうだわ!」
実行委員にとって、クラウドは完全に女性側ダンスマシーン扱いらしい。
そのことを悟って、クラウドはちょっと参加したことを後悔した。
(……いや、頑張れ!サーの前にキス付ダンスチケット差し出して、吃驚させるんだから!)
クラウドは両の拳を握りしめて気合いを入れた。
早めに支度が終わったので、クラウドは会場となる講堂の様子を眺めに来た。
神羅大学の第一講堂。卒業式を始めとした各種催しに使われるという。
ケータリングのドリンクやオードブルを運び込んでいるのは、みんなボランティアで、殆どが学生雄志だ。生き生きと無償奉仕をしている人達を見ると、実年齢関係なく「若いな…」という感想が頭に浮かぶ。
日頃節約だのなんだのと小金の計算ばかりしている自分が、すごく余裕のない人間だという気がする。
そんな事を考えながら講堂の壁に凭れ、ぼうっとしていると、肩を叩かれた。
はっとして見ると、タキシードに身を包んだザックスがいた。
「うわ、どうしたの、その格好!自前?」
「いや、レンタル。俺がこんな服持っててどうするよ」
笑うザックスの腰の部分には「11」と書かれたバッジがある。
「ザックスは、ミスター・イレブン?」
「その通り、ミス・エイト」
ザックスは仰々しい仕草で礼をする。そうすると、無駄のない動き方とも相まって、ため息が出るほど格好良い。
「ザックス、格好良い。彼女にも見せたかったんじゃないか?」
「うん、それで、一晩これ借りることにしたんだ。パーティーの後は彼女とクラブで待ち合わせ〜」
うきうきと言いながら、ザックスはにんまりして声を潜める。
「あっちに旦那もいるけど、その格好、見せてやれば?お前が参加するの、教えてないんだろ?」
「う、うん……びっくりさせられるかなとか思って」
「むちゃくちゃ可愛く出来てるから、きっと吃驚するぜ。旦那の方も自前のフロックコートで色男ぶりに拍車かけてるし、本番になって腰抜かす前に顔合わせとけよ」
「そんなに格好良い……?」
「もう、心臓止まりそうなくらい」
おどけて言うザックスに、クラウドは心臓が跳ね上がりそうになった。
トコトコザックスの後を付いていくと、セフィロスは実行委員長のマシューと話をしているところだった。
「うーっす、旦那。委員長、真面目だね」
ザックスが声をかけると、2人同時に振り向く。
セフィロスはザックスの後ろにいるクラウドを見て、目を見張った。マシューは一瞬誰なのか判らなかったようだが、「8」のバッジを見て喜色満面になる。
「ちゃんと来てくれたんですね。ありがとうございます。いやー似合いますね。普通の女の子と全然見分けつきませんよ!」
両手を掴まれぶんぶん振り回されながら、(……こいつ、微妙に失礼だよな……)とクラウドは考える。
にこりともしないクラウドに、マシューはニコニコと笑いかけると、
「去年よりもきっと盛り上がりますよ〜〜。女性が少なくて、どうなるかと思ったけど、これで紳士や士官の皆さんも参加できます!みんなで盛り上げたいんですよ、ほんと!」
と勢い込んで言った。
人間の善意を完全に信じている笑顔だ。
「じゃ、俺、会場準備の様子を見てきますので!よろしくお願いします!」
そう言ってマシューは駆けていく。クラウドはそれをぼんやり見送った。
「何、クラウド君。ぼーっとしちゃって、元気なマシューに惚れた?」
「まさか」
ザックスの冗談にクラウドは即答すると肩をすくめた。
「なんだかさ……すっごい、若々しいなって……」
「年寄りみたいな事言ってるな。クラウドの方が遙かに若いだろうに」
「そうだけど……」
そのクラウドの頭に、大きな手が乗せられた。
「お前が参加するとは知らなかった」
微妙に不機嫌そうなセフィロスの声。クラウドはその顔を見上げた。
ザックスが言ったとおり、完璧にフロックコートを着こなし、長い髪を肩の辺りで一つに纏めたセフィロスは、心臓が止まりそうなくらいに格好良かった。不機嫌そうに寄せた眉すらも決まっている。
ここに来ることを黙っていたクラウドに少し不満を覚えたセフィロスだったが、自分を見上げたクラウドが頬を染めるのを見て、あっさりと機嫌を直した。
「随分と飾られたものだな」
ぼんやりと見とれていたクラウドは、その言葉に我に返った。
「あ、あの、俺、胸とか布地があまりまくってたから、あっちこっち縫い縮められて、それでその後誤魔化すのにいろいろ付けられて」
あたふたと言い訳すると、
「綺麗に出来ている。誤魔化した跡など、誰も気が付かないだろう」
と言われ、ますますクラウドは赤くなる。
「あんたらね、いきなり2人の世界作らないの」
ザックスが呆れて言う。
「お前はクラウドが参加することを知ってたのか?」
「……まあ、ちょっと。旦那を吃驚させたいって話だったから」
「ほう……」
セフィロスは意味ありげだが、それ以上突っ込んだことは聞かなかった。
クラウドはセフィロスが付けているバッジの数字を見る。「1」と入っている。
「サーは、ミスター・ワンになるんですか?」
「この人の場合は、ミスター・ファースト」
「ミスター・ファースト……」
クラウドは口の中で転がすように発音する。
「ミス・エイトか」
セフィロスもクラウドの付けている数字を確認する。
その目つきを見て、ザックスは面白げな顔になった。
実行委員が「参加者の方はこちらにお集まりください」と声を張り上げた。
「おおっと、そろそろ最終打ち合わせかな」
「行くか」
正装に身を包んだ他の参加者と共に呼ばれた場所に行くと、そこで男女別に分けられた。
「あ、俺、あっち側なんだ。それじゃ、またあとで」
クラウドはドレスの裾を翻して女性メンバーの方へと走っていってしまった。ピンクの華奢なヒールのダンスシューズだが、まったく危なげない。
これならピンヒール履かせても大丈夫かな、などと不穏なことを考えつつ、ザックスはセフィロスの脇腹を突っつく。
「……あんた、さっき、クラウドのダンスチケット全曲分買い占めようとか思ってた?」
セフィロスはちらりとザックスを見ると「ふん」と顔を背けた。
図星だったらしい。
「まあ、予想以上に可愛くされちゃったもんな。あのメンバー見てると、クラウド、ぶっちぎりで美人だし」
ザックスは手を目の上にかざして女性メンバーを見た。
皆それぞれに個性的で魅力ある女性が揃っているが、やはり顔立ちでいえばクラウドが突出して整っている。
今年は参加している学園祭クイーンの人数も少ないので、クラウドに人気が集中するのは目に見えていた。
「でもさ、あんたが自分でチケット買ったりしたら、必要以上にクラウドが注目されるだろ。ここの実行委員はクラウドの正体知ってるわけだし、ここは自重した方がいいぜ」
セフィロスは不満げに息を付く。
「バイトならともかく、なぜわざわざボランティアで参加するのやら……」
(そりゃー、あんたと踊るためにチケット4割引券が欲しかったからでしょ……)
ザックスはそう教えてやりたい気になったが、それをぐっと我慢した。
やっぱり、にっこりと満面の笑顔付でチケットを渡すクラウドを見て驚くセフィロスの顔というのは、ぜったに見物だもんな。
ザックスはその時の表情を想像して、にんまりと笑った。
入場時間が近づいていた。
講堂入り口に出来た受付では、まず今回のダンスパートナーのナンバーと顔写真付のパンフレットが50ギルで売られている。これが入場券代わりになるので、訪れた客が次々と購入し、中を開いて誰のチケットを買おうかと品定めをする。
その後、カウンターに行ってこれと定めた相手のチケットを購入するのである。
今年は男性が39人、女性が17人参加していた。ダンスは全部で50曲なので、各人最高で50枚の限定販売。
ただし女性の場合は体力その他のことを考えて、何曲まで、と制限を付ける者もある。
実は女性参加メンバーの殆どはクラウドと同様の4割引券目当てだったので、セフィロスとの夢のキス付ダンスを踊るときに化粧がとれてたり疲れて足が動かなかったり、という事態を避けるため20から30曲まで、という制限を付けていた。
参加者特権で後半の、出来ればラストダンス枠を確保したい!と意気込む女性も多い。ただセフィロスはこのチャリティの目玉商品でもあるので、寄付金集めの鬼マシューは滅多なことでは依怙贔屓はしない。
女性陣は出来るだけ早いうちに予定曲数分を稼がなくてはと、気合いを入れまくっている。
クラウドだけがなんの計算もなく、フルで踊る体勢になっていた。
入り口付近に集まりだしたドレスアップした人の群を見て、ザックスは隣のセフィロスの脇腹を突っついた。参加メンバーはステージの前に並び、チケットを持った客にダンスの申し込みをされるまで立っていなくてはいけない。
「うー、そろそろだな。最初の曲でチケット買ってくれた人がいねーと、ここで壁の花やんなきゃないのか。かっこわるーー」
「楽が出来ると思えば、良いだろう」
「あんたはいいよな。10回踊っただけで最低50000ギルの寄付金集めたことになるんだもん」
「かわってやってもいいぞ。60才の脂ぎった男にも笑顔でキスできる自信があるならな」
「……ごめんなさい、地味に頑張ります」
ザックスは冗談でもセフィロスをうらやましがるのを止めた。義務で60のじーさんにキスするくらいなら、靴がすり減るまで可愛い女の子と踊ってた方がいい。
開始時間になった。
人々が講堂内に入り、ステージ上にはタキシードに身を包んだマシューが現れ、昨年度の収支決算、集まった寄付金の使い道など報告した後、今年の抱負と目標を語っている。
「今年度からはウータイへの復興支援基金も設立の予定です。戦争で荒れ果てた国土と、そして人々の生活を立て直し、今後新たな関係を築くためにも、我々に出来ることをしましょう。皆様の善意に期待しています!それでは、ミュージックスタート!」
マシューのかけ声に大きな歓声がわき、学生雄志による管弦楽団がダンス開始前の曲の演奏を始める。
一曲目のチケットを手にした客達が、こぞって参加メンバーの元へ走った。
「ミスター・イレブン!去年も踊ったの覚えてます?」
「おう、覚えてるって!君みたいな綺麗な子、忘れる訳無いじゃん!」
ザックスはくりくり巻き毛の女子大生からチケットを渡され、上機嫌でその手を取る。本当は誰だったか全然覚えていなかったが、そんなのは関係ない。
楽しく良い事を出来るのは最高の時間。
ザックスは完璧な動作で彼女をフロアに導いた。
「ミス・エイト。記念すべき最初のダンスをお願いします」
「は、はあ……」
チケットを持ってにっこり笑う顔に、クラウドは見覚えがあった。
レイヴンのダンス講習会を毎回見物に来ていた士官だ。
「俺、けっこうダンスは得意だから、蹴らないでね」
そう言って嬉しそうにポーズを取る男に、クラウドは引きつった笑顔を返した。
(……俺の正体、ばれてるよ……)
「サー・セフィロス……今年もお願いしますね」
「ようこそ、マダム。お元気そうで何より」
セフィロスの元へ訪れたのは、そろそろ70才になろうかという老女だ。
一見上品そうだが、厳格な軍人だった夫が亡くなって以来、生まれ変わったように遊び歩くことを覚え、いまを青春と楽しんでいる。
すでに毎年の常連だ。
「まだまだ、若い者には負けていられませんの。せっかく、夫の残してくれた遺産があるんですからね」
ころころと微笑む夫人に、セフィロスは100まで生きるのだろうなと密かな感想を頂いていた。