「週末の放浪者」TOPBAKA夫婦がゆく離島の旅>フロントライン3

フロントライン(2003夏・小笠原)その3

東崎(母島)

行くぞジャングル! 母島

父島・二見港から2時間、定刻の12時に母島に到着。
ははじま丸を降りた乗船客は、出迎えのプラカードを頼りに、それぞれの宿ごとのカタマリに別れていく中・・・・
我が家が予約した民宿の出迎えだけが見当たらない!
ど・どうなっているのだ!
他の宿の客を乗せたクルマは、次々と港から去っていく。
「歩いちまおうか?」
この母島は南北に細長い島で、縦方向なら父島よりも距離が長く、それなりに大きな島なのだ。
しかし400人の全島民は、この港周辺のみに居住していて、それ以外は全く無人の島だそうだ。
従って、宿だって港周辺に違いなく、歩いたってたいした距離ではあるまい。
現に、乗り切れなかった客を積み残したクルマだって、あっというまに戻ってくるではないか。

「ちょっと待って、アレ見て」
朱蘭さまが指し示す方向に、なにやら一人でボーっと突っ立ってるオバチャンがいる。
「あのぉ、民宿○△荘のシトですか?」
「はい」
「我々を迎えに来てくれたんですよね?」
「そうですけど・・・」

聞けば、宿の名前を書いたプラカードを忘れてきたとの事。
どうやら、他の宿の客が居なくなるのを待って、我々を特定しようとしたらしい。
いわゆる消去法ってヤツだ。
余計な時間を待たされてしまった訳だけど、そんな扱いに怒ってはいけない。
離島でチンケな常識論を振りかざしたって、そんなモノは通じないと言う事は学習済みなのだ。
やさしい気持ちで迎えのクルマに乗り込むと、歩いたほうが早かったほど、アッサリと宿に着いてしまう。

沖港(母島)のクジラ

しかし、この絶妙な待たされ時間が、ボディーブローのように後から効いてしまった。
メシを食いっぱぐれたのだ。
民宿に荷物を置いて身支度し、昼飯を食いにノンビリと外に繰り出してみれば、なんと店が開いていない。
島内でメシが食えるのは「寿司屋」「南洋居酒屋風」の2軒だけで、どちらも昼は13時で閉まっていたのだ。
珍しくガイドブックなどでヒルメシ事情を事前調査し、
「ンマそうだなぁ、アハアハアハ!」
などと期待していただけに、これはショックである。
ガックリしながらも食い物を求めて徘徊すると、どうやら食料品を売っている店は、JAの売店と個人商店の2軒だけのようだ。
その個人商店はミニスーパー風の何でも屋で、ビールなどはキッチリと自販機で売られているのが有りがたい。
しかしその自販機のビールのサンプル缶が、ホンモノっぽいけれど手書きの絵だったりする。
店の横のガレージのような場所では、ははじま丸から卸されたばかりの生鮮食料品に人々が群がっている。
この島で自給できる食料品は、海産物を除けばハコマメとかいう豆だけで、他は父島からの運搬品と言う事になる。
その父島だって「何でもありまっせぇ」なんて状態ではなく、おがさわら丸が週に一度、本土から運んでくる食料品に大きく依存している状態なのだ。
つまり、延々と運ばれた食料を、さらに延々と運んで初めて、ココで食えると言う事になる。
しかも、我々の乗ってきたおがさわら丸は一日遅れだったので、これらの物資も遅れてしまった訳だ。
そんなアンバイだから、母島の島民にとっては待ちに待ったお買い物の最中なのだろう。


島民と争って肉や野菜類を入手したって調理できないので、とにかくソッコーで食える物を買わなければならない。
とりあえず入手できたのは、コンビニ弁当風のパックに入ったチラシ寿司。
しかも賞味期限が一日切れている。
あとは、パンなどの比較的日持ちの良いモノ、そして菓子類。
ううっ、空しすぎる。
西表島、飛島に続いて、またまた昼飯負けしてしまった。この学習能力の無さ。
込み上げるイラダチを朱蘭さまになだめられながら宿に戻る途中、炎天下の道端で途方に暮れているワカモノ達を見かける。
ははじま丸の地下牢にいた連中だ。やはり食いっぱぐれたのだろうか。
キミタチも、離島をナメたらイケんのよ。

前田商店の自販機。よく見ればサンプルが手書き

さて、メシを食ったらさっそくビーチに繰り出さねばなるまい。
集落のすぐ前は前浜と言う砂の海岸で、ココなら宿から水着のままで行ける。
この前浜、入り江の奥で波も静かなのだけれど、海が思ったほど澄んでいない。
港の真横で風情にも欠け、なんだか三浦半島あたりのフンイキなのだ。
それならば、島の南側に点在するビーチまで行こうではないか。
問題は、どうやって行くかである。

この島には、バスなどの公共交通機関は存在しない。
レンタルバイクやレンタチャリはあるけれど、レンタバイクはオコチャマ連れでは困難だし、道がアップダウンだらけなので、レンタチャリはかなりの体力・精神力が無ければ無理だろう。
ガイドブックによると、乗り合いタクシーと言うのが存在していると書かれている。
観光協会や宿を通しての予約制で、貸切の観光案内も行っているとの事。
しかし、観光協会に電話してみると、当日予約は受け付けないとの言うのだ。
そんなに計画的な客だけで、果してタクシーがやってけるのだろうか?
だいいち、予約満杯になるほど、客はいるのだろうか?
島内の道は事実上の一本道だし、乗合ならイキナリでも乗せられると思えるのだが?
すると、観光協会のオネェチャンが、そのヒミツをキッチリと明かしてくれたのだ。
その実態は・・・・
島にタクシー会社など無く、当然ながらタクシー車両も存在しない。
漁師や宿のオヤジなどの島民が、時間を都合してマイカーで客を運び、行き先によって決められている定額料金を貰うシステムだったのだ。
いわゆる、観光協会公認・斡旋の白タク行為であり、従って、最低でも前日までに時間指定で予約をしないと、 クルマは急に空いていないというのが正解だったのだ。

島内には無いハズのレンタカーも実は密かに存在し、その仕組みは同様。
島民が、空いてる時にマイカーを有料で貸し出す仕組みで、そりゃおおっぴらに公表はできないのだろう。
まあ、島の実情からすると、部外者ごときが
「コレは違法行為だぁ!!」
などと、小鼻を膨らませながら叫ぶ必要も無いけれど、事故が起らない事を祈るばかりである。

御幸之浜を目指す

オコチャマ連れで歩いていけそうなビーチである御幸之浜を目指す。
約3Kmほど山道を歩く事になるので、オンブヒモは必需品である。
そこへ行く途中にあり、15分ほどで着いちゃう石次郎海岸も魅力的で、カンドー的なプライベートビーチだ。
一般的に、訪れた浜が貸切り状態だったりすると
「いやぁん!まるでプライベートビーチね」
などとホザいて、あぁんな事をしちゃったりするヤカラも世間にはいるのだろうけれど、そんなエッチなビーチと一緒にしてはいけない。
石次郎海岸が王道的なプライベートビーチと断言するワケは、何といっても、その形状だ。
海に沿った断崖絶壁に、一箇所だけワレメのような空間があり、なぜかそこだけ白砂の絨毯を敷きつめたような、妙にコジンマリとした六畳一間の異常空間となっている。
要するに、せいぜい4〜5名でしか入り込めないビーチなのだ。
それなのにリッパな名前を命名され、ガイドブックにさえ紹介されているのがイジらしい。
ホントはもう少し広いけれど、気分的には六畳間と言いたくなるような隔離感。
「家族の海水浴はオトォチャンが守るぞぉ。オカーサン、オニギリもうひとつ!」
といった、D51不況型アパートのワンルームタイプの砂浜なのだ。
是非とも、実物を見て笑ってほしいものだ。

何ともステキな石次郎海岸

残念ながら石次郎海岸は前浜と同じ湾内なので、我が家はキョーレツにキレイな海を求めて、亜熱帯のジャングルを突き進んだのだ。
辿り着いた御幸之浜は石がゴロゴロした浜で、外海だけに波がちょっと高い。
シュノーケリングをしている先客グループに聞くと、
「サンゴがステキ!うっふん」
などとコーフンしている。
浜と言うよりも磯と言ったほうが明快で、オコチャマを泳がせるのはキケンすぎ、ココでの海水浴はソッコーで断念。
でも、南方に続く海岸線と、点在するビーチの光景を見ているだけでビールがンマい。
なにしろ、人工的なモノがひとつも存在しないのだ。
ちなみに、母島には脱衣所やトイレがあるビーチなど一つも無い。


御幸之浜はキケンがアブナい

一夜明け、いよいよ本格的な母島の探検がスタートだ。
ダイビングに向かう朱蘭さまを見送り、オコチャマと二人で島の南端、その名も判りやすい南崎を目指すのだ。
そこは、砂浜のビーチや、風光明媚なポイントが満載らしい。
南崎へ行くにはアップダウンの激しい車道を5Km、そこから片道45分ほどの遊歩道を歩かねばならない。
なんのなんの。
オニギリだって用意したし、オコチャマだって気合十分なのだ。
もちろん本人に意味が判るワケもなく、オトォチャンが勝手に決め付けているだけだけれど。

しかし、そのオトォチャンも、いざとなったら5Kmの車道にはちょっぴり弱気になってきた。
ダメモトで、宿のオヤジに頼んでみる。
「あのぉ、遊歩道の入り口まで、クルマで送迎ってダメすか?」
「いいよ。一人400円。ボーヤの分はオマケしとくよ」
おおっ!いつのまにか、乗り合いタクシーになってる。
「お・お願いします」
「片道だけでいいの?時間を決めて迎えに行こうか?」
「う〜ん。戻りの時間はちょっと読めないっすねぇ」
「だったらクルマを一日使う?それなら○千円だけど」
おおおおっ!そのままレンタカーにもなっちゃうの?
「ソレはいいっす。帰りは歩きますから。」

ジャングルを進むベビーカー

クルマは、細いクネクネ道を延々と走る。
行けども行けども全く風景の変わらないジャングル状態で、
コレを歩いてたら辛かったろうなぁ・・・・・・
などと思い始めた頃、コーナーの向こうに、前方を歩くニィチャンネェチャン二人連れの後姿が見えた。
宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンは、その二人を追い抜きざまにクルマを停める。
「乗ってく?」
「お願いします」
まるでテレパシーでも通じたかのごとく、阿吽の呼吸で、ニィチャンネェチャン連れが乗ってくる。
「あらっ、こんなちっちゃなボーヤもいたの。ヨロシクね」

クルマはワンボックスカーのデリカなので、二人が乗ってきたって何てことは無い。
しかし、料金はどうなる?
などと、つまらない事がアタマをよぎった矢先だった。
ポツッ、ポツッ、ポツポツッ、ジョワワワワワワ!!
何の予告も無く、雨が降り出したのだ。
しかもスコール状態の。


「そんな予報じゃなかったのになぁ」
宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンが呟き、それでもクルマは遊歩道入り口を目指す。
そこはちょっとした駐車場になっていて、その先はジャングルの中に、南崎に向かう小道が続いている。
「有難うございました」
ニィチャンネェチャン連れがクルマを降りようとする。
りょ・料金は?
「ちょっと待ちなさい。すぐ止むはずだから、このまま少しクルマで雨宿りしてれば?」
宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンの好意に甘える事にする。
なんたってスコール状態なのだ。

5分、10分、雨は止むどころか、断続的にジャングル小道が見えなくなるほどに豪快な降りを見せる。
そんな中を、港方面から歩いてくる集団が現れる。
もう全身ズブ濡れになっていて、なんだか敗残兵の行進である。
クルマで雨宿りしている我々にチラリと目をやっただけで、立ち止まる事無くジャングルに消えていく彼らの姿に胸を打たれるものの、まだ我々は全く濡れていないだけに、クルマを降りる勇気が湧かない。
「こんだけ濡れちゃ、いまさら何も怖くないぞぉ。行くぞぉ南崎!!進めぇ!」
なんてセリフが聞こえてきそうだけれど、それってなんだかレジャーっぽくない。

30分、雨は相変わらずである。
宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンは前言をひるがえし
「たぶん、雨はこのまま止まないよ。どうする?」
などと聞いてくる。
聞かれるまでも無く、答えは一つである。
「宿に帰ります」
「それがいいよ。この先、雨宿りする所は無いし、濡れた道は滑るし、道が水没しちゃう個所だってあるんだ」
「そうですね。オコチャマ連れじゃ厳しいっす」
「キミタチはどうする?」
ニィチャンネェチャンは、二人で何ら相談するまでもなく、やはり答えは一つだった。
「ボクたちも帰ります」


宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンは、南先行きを断念した我々に気を使ったのか、帰り道は妙に多弁になった。
「あんたがたには悪いけど、ここんとこずぅっと雨不足だったんで、島ではみんな喜ぶだろうなぁ」
「そうですか」
「今日は一日雨だろうなぁ。これからどうすんの?」
「宿に帰ってから考えます」
「なにしろ、何も無い島だからねぇ。ジャングルだらけで。」
「いや、それが楽しくて来てるんですから。ボクなんか3回目ですよ」

オニィチャンのセリフに、オッチャンは無言で頷くと、静かに、そして力強く語り出した。
「この島はね、自力でジャングルを突き進むのが好きだって言うような、そういう人にしか楽しめない島なんだよ。まあ、年配の人とかあまり元気には歩けない人もいるから、ある程度は仕方ないんだけれどね。でも、クルマが無い、メシを喰う所が無い、夜に人が歩いてない、なんて苦言を言う連中には、ハッキリ言ってこの島には来て欲しくない。」

ドキッとした。
昨日、昼飯が食えずにイラついたのが、情けなく思えてきた。
おいおい、白タクかよ?
なんて思ったのも恥ずかしい。
それは決して金儲けなどではなく、島の手付かずの自然を知ってもらうための奉仕なのだろう。
現に、宿に戻った際に
「南崎には行けなかったんだから、おカネは要らない」
と、笑顔で断られてしまった。

オッチャンは、宿のオヤジやタクシードライバーなんかではなく、島を愛する一人の島民だったのだ。

ダイビング船からの母島
2へ       4へ
関連情報へ
「離島の旅」に戻る
「週末の放浪者」 トップページへ

*************************** 母島ダイビング  by朱蘭さま ***************************

母島の海1   母島の海2
母島の海3   母島の海4
母島の海5   母島の海6