愛のあかし


第7章

 医者は帰ったらしく、ブルマは服を着てダイニングの椅子に座り、チチにいれてもらったお茶を飲んでいた。うろたえた様子で飛び込んできた夫を見るや、血色を取り戻した頬に晴れやかな笑みを浮かべ、彼女は言った。
「出来てたのよ。貧血はそのせいだったの」
 意味がつかめず、ぽかんとこちらを見つめたまま突っ立っているベジータに、ブルマはくすくす笑いながら付け加えた。

「やーね、赤ちゃんよ。あ・か・ちゃ・ん」
 さーっとベジータの顔が蒼白になる。冷や汗を浮かべて彼は怒鳴った。
「だっ――だっ――誰のガキだ!?」
 スパコーン! と、ブルマの投げたカップがベジータの額に命中し、粉々に砕け散った。
「あんたのに決まってるでしょ! つまんないボケかましてんじゃないわよ!!」
「オ、オレの――ガキだと?」
「そうよ。身に覚えがないなんて言わせないわよ」

 ブルマは胸の前で腕組みして、凶悪犯を追及する刑事のようにベジータをにらみつけた。かーっとベジータの顔が真っ赤になる。
 悟空が素っ頓狂な声をあげた。「なんだベジータおめえ、なんだかんだ言って、ちゃんとやることやっ―――」
「だあっっっ!! カカロット! それ以上言うんじゃねえ!!!」
 悟空に飛びかかってゆくベジータを背にして、チチがころころ笑って言った。
「楽しみだな。パンのちょうどいい遊び相手になるべ」


 帰り支度をし、世話になった礼を述べて、ブルマはベジータと並んで立った。
「飛行機は体によくねえし、ベジータさに連れて帰ってもらうのも、この炎天下じゃ大変だべ。悟空さ、送ってってやるだよ」と、チチが言った。
「おう、まかしとけ」
 チチは素早く悟空に歩み寄り、二言三言、耳元で何か囁いた。悟空はいたずらっぽい一瞥を憮然としているベジータに投げたが、何も言わず、すぐに瞬間移動の態勢に入った。それを合図にブルマは悟空の左腕に手をかけ、もう一方の手でベジータの腕をとる。

「じゃ、チチさん、またね。うちにも遊びにきて」
「元気でな。体、大事にするだよ」
 女たちが名残を惜しんでいる間に、宙に向けられていた悟空の目が何かを捉えたように焦点を絞った。
 ふ……と、テレビのスイッチを切るように、三人の姿は空間の襞の中に消えていった。
「ああっ!!」同時にチチは真っ青になって絶叫した。
「しまっただ! 寝室の天井と壁の修理代、カプセルコーポに請求書回しておくって言うの忘れてたべ……」


 夕食の席で第2子懐妊を発表すると、両親とトランクスは口々に祝福の言葉をブルマとベジータに浴びせた。にこにこしながらそれを受けるブルマと違い、ベジータは鎖に繋がれて拷問を受けているような表情を浮かべたまま、まるで早食い競争のように食料を詰め込んでいる。誰よりも早く食事を終えると、彼は皆の視線を避けるようにして早々に自室へ退散した。

 シャワーを浴びて、部屋に据え付けの小型冷蔵庫から缶ビールを出し、喉を鳴らして一気に飲む。彼は普段、めったにアルコールはやらなかったが、今日は特別だ。なんとなく気分が高揚するのを認めずにはいられなかった。

 立ち去り際、カカロットが自分だけに聞こえるよう、そっと耳打ちしていった言葉をふと思い出す。
―――医者が言うには、おめえが無茶しねえなら一緒に寝たってかまわねえってよ……ってチチの伝言だ。
「よけいなお世話だ!」
 あの時、怒鳴りつけようにも、相手は一瞬にしてかき消すようにいなくなってしまったので、ぶつけてやることが出来なかった言葉を、今、ベジータはひとりで口にしていた。

 腹立ちを持て余し、彼は「ふん!」と盛大に鼻を鳴らした。
(妊娠がわかったばかりの妻にさっそく手など出すか! オレを誰だと思っている。まったくどいつもこいつも揃って恥知らずで下品なやつばかりだぜ)
 この手のことで気安く軽口をたたける神経が、ベジータには理解できなかった。

 それでも、いつの間にか足はブルマの部屋へと向いている。
(あの女、普通の体じゃないくせに、無茶をして遠出なんてしやがったからな。どんな様子かちょっと見てみるくらいのことはしてやってもいいだろう……)
 ことさらに言い訳がましく自分につぶやきながら……。

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