カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第28章

 日は沈み、あたりを夕闇が包み始めていた。すべてが闇に溶け込んでゆく中で、女のほの白い顔だけが浮かび上がっている。時おり吹き過ぎてゆく風の音は、女の手にかかって死んでいった同胞の断末魔にも、女自身のうめき声にも聞こえる。

「これで私の話は終わりよ」
 過去の瘴気しょうきを振り払うように苦しげに息を吐き出すと、ロタは再び鋭い目でバーダックを見据えた。そのまま体の重心を落とし、戦闘の構えに入る。
 途端に空気が張りつめた。

「まだだ。きさまはまだ肝心なことをしゃべってねえ」全身の神経を研ぎ澄まし、風向きを読みながらバーダックは言った。「なぜフリーザ軍が特定のサイヤ人チームを抹殺するのかって理由をな」

 フリーザ軍が惑星ソレルの事件を隠したがる訳はわかった。フリーザは絶対不可侵の存在としてサイヤ人の頭上に君臨する。そこに疑問を差し挟んではならない。ましてや反乱など想像するだけで許されないことなのだ。

 だが、そのあってはならないことが現実に起こってしまった。しかもそれには超サイヤ人の研究というとんでもない爆弾までくっついている。今はフリーザとの圧倒的な力の差におとなしく言いなりになっているサイヤ人だが、遺伝子操作によって誰もが超サイヤ人になれるかもしれないと聞けば、本気で第二のソレル人を探し出し、研究を再開しようとする者が必ずや出てくるだろう。

 何が何でも惑星ソレルでの事はサイヤ人に隠し通さねばならない。
 そう考えてフリーザ軍は徹底的に証拠隠滅を図ったのだ。事件を匂わせるようなものは一切消し去り、事件のことを知っている者はことごとく殺して口を封じた。
 そうまでしてフリーザ軍がサイヤ人との関係を維持しようとするのは、ひとえにフリーザの目的にとってサイヤ人の存在が必要不可欠であるからに他ならない。

 ではなぜそのサイヤ人をフリーザ軍は殺すのか? しかも精鋭チームばかりを選んで。彼らを抹殺してフリーザの利益になることなど何もない。むしろ宇宙征服の達成を遅らせ、多大な損害を与えることになるだろう。
 なのになぜ――?

「強い戦士を求める一方で手持ちの駒を弱くするはずはねえ。これはフリーザさまも上層部も知らないところで秘密裡に行われている陰謀だ。恐らくはフリーザ軍の中でサイヤ人を快く思ってねえやつがオレたちを弱体化させるために仕組んだんだ。そいつは誰だ」
「言ったはずよ。私が接触したのは下級兵士ばかり。私も彼らと同じで何も知らされていないのよ」油断なく間合いを計りながらロタは答えた。

「信じられるか!」
 バーダックはロタに飛び掛かり、その襟首を締め上げた。苦悶の表情を浮かべ、ロタは宙に浮いた足を蹴ってもがいた。

 謀略のさなかに父親と恋人を殺され、すべてを失った女。生き延びるために仲間を裏切り、殺し屋にまで堕ちた女……。
 他に道はなかった。わかっている。この女にはそうするしかなかったのだ。

 だが、この女のために数多くの仲間が殺された。トーマたちもまた、信頼を逆手にとったこの女の手にかかり、今まさに生死の淵をさまよっているのだ。
 許すことなど出来なかった。
 許すにはあまりに深く関わり過ぎていた。

「カリフもきさまが殺したのか」
「カリフ……」ロタは記憶を探りながら途切れ途切れに答えた。「あなたに……似ていた。手強い相手……だったわ」
 気のいい男の笑顔がちらつき、バーダックの目の裏がカッと熱くなった。
「上級戦士の居住区画の奥に入って行ったのは指令を受け取るためだったとはな。宿舎にばかり気を取られていたが、あそこにはフリーザ軍のコンピュータ室がある」
「後をつけたのね」
「男がいるなどと余計な気を揉んでな。とんだ道化だぜ」
 一瞬、ロタは動きを止め、バーダックの顔を驚いたように見つめた。
「答えろ。オレに体を許したのも油断させるためか」
「……そうだと言ったら?」
「きさま……っ!!」

 力を込めようとするバーダックの鳩尾みぞおちを蹴り上げると、ロタは前屈みになった彼の背中に組んだ両拳を打ち下ろした。息を詰め、咳き込むバーダックに更に回し蹴りを加える。
 それを右腕で受け止めると、彼は左ストレートをロタの脇腹に向かって繰り出した。咄嗟に前屈みになり、腕を交差させて防御するロタ。彼の拳は彼女の顔面で炸裂した。
 血飛沫しぶきを上げてロタは後ろに吹っ飛び、そこにあった岩に背中を打ちつけた。すかさずバーダックは両手からエネルギー弾を放つ。轟音が響き岩の破片が砕け散った。

 砂煙が収まった時には既に女の姿はなかった。
「今度は逃がさないわ。バーダック!」
 声と一緒に空から白金に輝く光の雨が降ってきた。
 バーダックは岩陰に飛び込んだ。同時に岩が粉々に吹き飛ばされる。地面を転がりながら彼は両手からエネルギー弾を連射した。

 難なく反撃をかわすと、ロタは彼のすぐそばの地面に降り立った。バーダックのてのひらから青白い光の弾が放たれる。一瞬早く跳躍したロタの足が彼の胸に鋭い蹴りを入れる。その足首を掴み、バーダックは彼女の体を大きく振り回し、ハンマー投げのように地面に叩きつけた。

 肩で大きく息をしながら、バーダックは額の汗を拭った。ロタはすぐに起き上がると、唇から流れる血を人差し指の背で拭い、にやりと笑った。
 その時、バーダックのスカウターが再び作動し始めた。ロタの戦闘力が上がってゆく。

 7000―――7500―――8000―――8500―――。

 10000を超えたところでそれは止まった。
「上級戦士だと言ったはずよ」
 ロタが冷たく微笑した。

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