アンデッドガール・マーダーファルス2/青崎有吾
序盤のフォッグ邸に関する説明の中で、堀につながる水路どころか“整備用の縦穴”
(58頁)にまでわざわざ言及されていることから、そこが少なくとも脱出の経路として使われることは予想できなくもないので、堀の水が抜かれるところまではまだわかるのですが、水を〈余罪の間〉に流し込んで(*1)どうするのかさっぱりわからないのが面白いところ。ホームズが指摘した“水中で金庫を守ることはできない”
(162頁)というのはわかる(*2)としても、それが“盗み”に――〈余罪の間〉から金庫を持ち出すためにどのように役立つのか、見抜くのは難しいのではないでしょうか。
しかるに、〈1.警備を金庫から遠ざける〉の他に〈2.地下室の明かりを消す〉、〈3.水圧で鉄格子を壊す〉、そして〈4.水流でロープを地下へ渡す〉という具合に、堀の水を〈余罪の間〉に流し込むという“手段”にいくつもの狙いが重ねて用意されているのがすごいところで、特に〈4〉の曲がりくねった経路にロープを通すために水流を使うアイデアが秀逸です。水とロープを送り込むとともに金庫を回収するために共犯が不可欠な作戦ですが、そこに“オペラ座の怪人”(ファントム)という大物(?)を据えてあるところもよくできています。
ルパンが首尾よく金庫を盗み出すところまでは物語上の“確定事項”なので、ホームズの側にも“対抗策”として、ダイヤを金庫から取り出して別の場所に隠す作戦が用意されているわけですが、それに対しても、警備陣を危険にさらすことで〈5.ダイヤの隠し場所を確認する〉(*3)という形で、〈余罪の間〉に流れ込んだ水が効果を上げているのがお見事。さらに前述の水路から整備用の縦穴に至る〈6.安全な逃げ道を確保する〉ことも含めて、“一石六鳥”の作戦には脱帽せざるを得ません。
“ルパン対ホームズ”ではどうしても割を食ってしまう感のあるホームズですが、(事後ではあるものの)〈1〉から〈4〉の狙いをいち早く見抜いた上に、ルパンの変装を見破って(一旦は)逮捕したことで、何とか面目を保つことができているでしょうか(*4)。ホームズが扉の鍵穴に銃弾を撃ち込んだ際の“これで警備は完璧になった”
(154頁)という傍点付きの台詞など、読者からすると“ガニマール警部”はいかにも怪しい(*5)とはいえ、地下へ降りる階段での足音の有無を手がかりとした推理は鮮やかです。
“鳥籠使い”一行の方は、“石川五右衛門”
(77頁)――落語の“釜泥”
(145頁)をヒントに、ホームズの“対抗策”で空になった金庫の中で輪堂鴉夜が待ち構えるという、“生首”ならではの作戦が何とも強烈で、“扉が開かないよう内側の金具を歯で押さえ続けてた”
(197頁)に至っては、さすがに笑いを禁じ得ないところです。しかし愉快なだけではなく、新聞記者のアニーを“輪堂鴉夜”だと思い込んだルパンの勘違いを利用して、完全にルパンの意表を突いているのが巧妙です(*6)。
最後に解き明かされるダイヤの暗号は、ダイヤの製造年代からすると意外すぎる紫外線という答そのものもさることながら、それを“夜明けは血のような赤/日没は死体のような紫/夜の月に照らされる”
(72頁)と美しく(?)表現してあるのが印象的。そして、ダイヤを手にした直後の“切り裂きジャック”の行動の意味が明らかになり、強大すぎる敵であることがしっかりと伝わってくるところがよくできています。
“つい今しがた会話に出した何か”(159頁)→
“ライヘンバッハの滝”(157頁)で示唆してあるのが心憎いところです。
*2: 19世紀(以前)の建物ではそれほど密閉性が高いとは考えにくい――特に
“四人がかりでやっと引ける重さ”(69頁)の扉であれば、(キャスターなしで)床と隙間なく取り付けると、すぐに自重でゆがんで開かなくなるはず――ので水漏れしそうですし、そもそも水圧で扉の蝶番が壊れそうではありますが……。
*3: ルパンがホームズ譚の「ボヘミアの醜聞」に言及している(188頁~189頁)のが何とも皮肉……なだけではなく、ルパンの狙いにある種の説得力を与えている部分もあるのではないでしょうか。
*4: その後、アレイスター・クロウリーの“魔術”を即座に見抜き、
“場律{バリツ}”(262頁)(←秀逸!)で打倒するあたりは痛快です。
*5: そもそも、ルパンはたびたびガニマール警部に変装していたはずなので、読者には見え見えといっていいかもしれません。
*6: この部分、アニーと鴉夜を知っている読者にとっては、いわゆる“逆叙述トリック”(→「叙述トリック分類#[H]逆叙述トリック」)に近い効果があるようにも思います。
2016.11.03読了