ネタバレ感想 : 未読の方はお戻り下さい
黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.31 > 「ABC」殺人事件

「ABC」殺人事件/有栖川有栖・他

2001年発表 講談社文庫 あ58-9(講談社)
「ABCキラー」 有栖川有栖
 一種の“リレー殺人”という真相自体はまずまずだと思いますし、銃を手に入れるためという茶谷滋之殺しの動機はなかなかユニークです。しかし、全体的に偶然が多すぎるのが難点です。被害者の名字はすべて、地名の方も第三の事件以外はすべて偶然なのですから。また、犯行声明の真相が作品の冒頭(20頁4行)に提示されたそのままだというのも面白くありません。しかもそのために、ある意味で主犯ともいえる影のABCキラーが誰だかわからないまま終わってしまうという、何ともしまりのないラストになっています。新聞記者の因幡氏が影のABCキラーかとも思ったのですが……。

「あなたと夜と音楽と」 恩田 陸
 何よりもまず、犯人の目星がついているのであれば、ややこしいことをせずに警察に報告すべし、と思ってしまうのは私だけでしょうか。しかも、仕掛けた罠のせいでディレクターまでが殺されてしまったというのに、ミナの台詞からは後悔の念がまったく伝わってきません。全体的に無理がありすぎです。

「猫の家のアリス」 加納朋子
 アルファベット順の犯行の目的は目の前にぶら下がっていたにもかかわらず、早苗の身の回りで直接事件が起こっていないためにごまかされてしまいました。ささやかな悪意とインターネットの掲示板という小道具が結びついて生み出された架空の事件という真相は、作品全体の雰囲気に合っていると思います。
 ただ、早苗の今後がやや案じられるところです。ミセス・ダイヤにいじめられたりしないのでしょうか。

「連鎖する数字」 貫井徳郎
 2段階のオチという趣向は面白いとは思いますが、逆に言えばそれぞれ単独では無理がありすぎるということでしょう。“自殺”という吉祥院先輩の推理は無駄に複雑過ぎで、そのためにパロディ風味にせざるを得なかったのでしょうが、“2月13日19時17分”という真相も今ひとつ説得力を欠いているように感じられます。

「ABCD包囲網」 法月綸太郎
 クライマックスでの反転が非常に鮮やかです。真相が明らかにされてみると、鳥飼俊輔の特異なキャラクターが強く印象に残ります。

2001.12.04読了
A.クリスティ『ABC殺人事件』との対比

 以下の部分には、A.クリスティ『ABC殺人事件』ネタバレが含まれています。未読の方はご注意下さい。

*******

 ネタバレ感想にも書いているように、『ABC殺人事件』の中心となるネタは“複数の被害者の中に本来の標的を紛れ込ませる”というもので、事件の連続性を強調するために“ABC”というモチーフが使われているわけです。つまり、被害者が選ばれた理由は始めから提示されているのですから、いわゆる“ミッシング・リンク”――複数の被害者同士のつながりがわからない――とは明らかに一線を画しているのです。この点には注意を払う必要があると思うのですが、残念ながらこのアンソロジーには“ミッシング・リンク”をテーマとした作品が含まれています。誤解なのか、他に書きようがなかったのかはわかりませんが……。

*******
「ABCキラー」
 “ABC鉄道案内”こそ登場しないものの、アルファベット順の事件(しかも、被害者の名字だけでなく地名も)である点や、“犯人”から挑戦状が送りつけられている点など、かなり『ABC』の内容が踏襲されています。また、一種のリレー殺人を連続殺人と見せかける必然性や、挑戦状が犯行に送られるという『ABC』との相違点が手がかりとなっているところはよくできていると思います。しかし、肝心の“ABC”というモチーフに関する真相がつまらないもので、あまり出来のよくないバリエーションの域にとどまっていると言わざるを得ません。

「あなたと夜と音楽と」
 『ABC』との共通点がどうしても読み取れません。この作品を単独で見て『ABC』を思い起こさせられることはまずないでしょう。このアンソロジーとしては論外です。

「猫の家のアリス」
 “殺猫事件”である点でテーマからやや外れていますが、アルファベット順の事件という状況が採用されています。しかも、そのアルファベット順という状況に(架空の)殺猫事件としては十分納得できる理由があり、よくできていると思います。『ABC』の弱点である“余計な事件を起こすリスク”が回避されているのも、殺猫事件という設定の勝利でしょう。

「連鎖する数字」
 この作品もまた、『ABC』との関連が薄いものになっています。中心となるネタは単なる“ミッシング・リンク”で、アルファベット順というモチーフも使われていません。作者本人の日記(9月18日参照)を見ると、『ABC』がミッシング・リンクでないことは認識しているようなのですが……。

「ABCD包囲網」
 無関係な事件を連鎖させることで『ABC』のパターンを作り上げ、それをダミーとして使っている点で、『ABC』を踏襲した上でひねりを加えた作品と見ることができます。真犯人が用意したダミーの犯人も登場しますし。しかしながら、クリスティではなくボルヘスの作品を引き合いに出しているのは致命的な反則でしょう。

*******

 結果的には、このアンソロジーにふさわしい作品は「ABCキラー」「猫の家のアリス」の2作だけ、といえるのではないでしょうか。テーマの縛りが厳しすぎては困るでしょうが、この内容でq class="v">“女王・クリスティの名作「ABC殺人事件」をモチーフに”(カバーより)と謳われるのはどうかと思います。関係者の猛省を促したいところです。



黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.31 > 「ABC」殺人事件