fの魔弾/柄刀 一
強固なはずのドアに存在する、まさに“ユダの目”を利用した密室トリックは、非常によくできたものだと思います。普段見慣れていながら意識することのない盲点を突いたものである上に、ドアの外観には何の痕跡も残らない――煤は拭き取れば済みますし、ドアの硝煙反応までは普通は調べないでしょう――ところが秀逸です。
さらに、そのトリックを成立させるための様々な工夫が見事です。いわゆる“操り”はやや強引で面白味を欠いている感がありますが、前原元治を予め骨折させておくことで、必然的に使用される松葉杖に二重の効果を持たせているところには脱帽です。特に前原の体の回転については、“操り”ではない形で室内の状況をコントロールする、非常に優れたアイデアといえるのではないでしょうか。
浜坂憲也が抱えていた秘密が、“覚醒剤のまったく新しい大きな市場”
に関するものであることは推測できますが、その恐るべき真相はやはり強烈な印象を残します。憲也が最後まで口を開かなかったことも十分納得できますし、小学生の野球チームやダイエット産業といったレッドヘリングもまずまず効果的だと思います。
・個人的な不満について
この項では、カーター・ディクスン『ユダの窓』の真相に触れますので、そちらを未読の方はご注意ください。
[↓以下伏せ字;範囲指定してお読み下さい]
カーター・ディクスン『ユダの窓』をお読みになった方はすでにお分かりのように、発端の状況や法廷場面を大幅に取り入れたプロットだけでなく、容疑者の無実の決め手となる証拠(ドアそのもの)についても『ユダの窓』が踏襲されています。そして密室トリックそのものもまた、『ユダの窓』のトリックを現代に置き換えたバリエーションというべきものになっています。つまり本書は、少なくともその骨格部分に関しては完全に“現代版『ユダの窓』”であって、それ以上のものにはなっていない、というところが少々不満ではあります。
もちろん、古典的傑作である『ユダの窓』を現代に通用する形にアップデートするというのが作者の狙いであったのでしょうが、読み終えてみて「あまりにもそのままではないか」と感じてしまったのは事実です。
『ユダの窓』の欠点、すなわち被害者を扉のそばに呼び寄せなければ犯行が困難であるという点が、非常にうまく克服されているのは確かですが、これについては1960年代に発表された、やはり『ユダの窓』のトリックのバリエーションが使われている某海外作品ですでに解決済みです。そして、骨折している被害者の松葉杖を軸とした回転という状況は面白くはあるものの、全体からみれば微細な部分の改良にとどまっている感がありますし、目出し帽の使い方は効果的ではありますが強引な印象が拭えません(上の伏せ字でない部分に書いたことと矛盾するような気もしますが……)。
いずれもよく考えられているとは思いますが、あえて“現代版『ユダの窓』”に挑むのであれば、本家『ユダの窓』を大きく超える何かがほしかったところです。ないものねだりにすぎないかもしれませんが……。
[↑ここまで伏せ字]
2006.11.06読了