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毒入りチョコレート事件/A.バークリーThe Poisoned Chocolates Case/A.Berkeley | |||||||||||||||||
1929年発表 高橋泰邦訳 創元推理文庫123-05(東京創元社)/(高橋泰邦訳 創元推理文庫123-01(東京創元社)) | |||||||||||||||||
まず、警察と6名の探偵役が指摘する犯人を以下にまとめてみます。
事件の直接の関係者としては、チョコレートを送りつけられたユーステス・ペンファーザー卿、チョコレートを譲り受けたベンディックス氏、そしてチョコレートを食べて命を落としたベンディックス夫人の3名しかいないにもかかわらず、実に多様な犯人、さらにはその背景に描き出される多様な事件の構図が圧巻です。 もちろん、序盤で提示されるチャールズ卿の“解決”やフレミング夫人の“解決”は、ミステリとしてはストレートにすぎるきらいがありますが、いずれも現実としては十分にあり得る話です(*1)し、フレミング夫人の“解決”によって〈犯罪研究会〉が完全に事件から切り離された“安楽椅子探偵”的な立場でいられなくなっているのが面白いところです。
続くブラッドレー氏の“第1の解決”では、同じくユーステス卿が標的だったという表面的な様相どおりの前提から出発しながら、詭弁を駆使した爆笑ものの結論が導き出されているのが何ともいえません。そしてまた、ブラッドレー氏が 次はいよいよシェリンガムの“解決”ですが、原型の短編「偶然の審判」で真相として扱われている(らしい(*3))だけあって、ミステリとしてはなかなかよくできています。毒入りチョコレートで命を落としたベンディックス夫人が真の標的だったという逆説的(?)な事件の構図もさることながら、メイスン社の書簡用紙が印刷会社の印刷用見本から抜き取られたという意表を突いた結論が見事です。 しかしそのシェリンガムの推理が、シリーズ探偵という立場にもかかわらずあっさり否定されてしまうのが本書のすごいところ。とはいえ、本書単独でみればシェリンガムの立場もさほど強力なミスディレクションとはなり得ていませんし、何より“解決”を提示する順番からみてここで真相が明らかになるとは考えにくいものがあります。 シェリンガムの推理を完膚なきまでに叩きのめしたミス・ダマーズの“解決”は、これまたよくできているとは思いますが、やはり順番の問題からチタウィック氏による“どんでん返し”が予感されますし、ミス・ダマーズ自身の本が手がかりとなっていること、さらにはミス・ダマーズがユーステス卿のタイプライターをこっそり使うことができたと自ら証明してしまったことから、最後の“解決”の内容が透けて見えているのが少々残念です。
とはいえ、おそらくそのあたりは作者も計算済みで、チタウィック氏の性格もあってその“解決”が遠回りをしながらじわじわと浮かび上がってくる(*4)のが効果的。そしてまた、早い段階でメンバーの中に犯人がいる可能性を提示しておいて、最終的に なお、本文中にはチタウィック氏の“解決”が真相だとは明記されていませんが、「書斎の死体/「毒入りチョコレート事件」論」での真田啓介氏の指摘をみれば、それが真相であることは明らかでしょう。もっとも、[新版]の杉江松恋氏による解説でも言及されているように、クリスチアナ・ブランドが「『毒入りチョコレート事件』第七の解答」(「創元推理1994/Spring」収録;未読)を発表していますし、他にも芦辺拓が「殺人喜劇のC6H5NO2」(『探偵宣言 森江春策の事件簿』収録)で別解を披露していたと思います(*5)。
*1: [新版]303頁の一覧表に示されているように、チタウィック氏を除く誰も彼もが“類似例”として現実の事件を挙げているのは、この点により説得力を持たせるためではないかとも思われます。
*2: ただし、この愉快な笑いどころが、特に本書からバークリー作品に入った読者にとってシェリンガムの探偵としての能力に疑問を生じるきっかけとなり、結果として後半の仕掛けのインパクトを減じているきらいがあるようにも思います。 *3: 恥ずかしながら、(江戸川乱歩編『世界短編傑作集3』で)読んだのがかなり昔のことなので記憶が定かではなく、持っているはずのR.T.ボンド編『毒薬ミステリ傑作選』も発掘できないので確認できません。 *4: チタウィック氏が犯人を直接名指しすることなく、匂わせるだけで終わる結末がしゃれています。 *5: これも例によって記憶が定かではありません。あしからず。 2000.04.13読了 2009.11.18再読了 (2009.12.20改稿) | |||||||||||||||||
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