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そして医師も死す/D.M.ディヴァイン

Doctors Also Die/D.M.Devine

1962年発表 山田 蘭訳 創元推理文庫240-10(東京創元社)

 本書では、殺されたヘンダーソンが急遽予定を変更して外出を取りやめたことで、それを知っていた人物――アランとエリザベスのみに犯行の機会があったという、かなり厳しい状況となっています。しかして、実はヘンダーソンではなくエリザベスこそが真の標的だったことで、(既視感のある真相ではあるものの)鮮やかに事件の構図が姿を変えるとともに、犯行の機会の問題も一気に解決されているのが見事です。

 “被害者の誤認”は決して珍しいトリックではないにもかかわらず、本書で真相が見えにくくなっている大きな要因は、ヘンダーソンの死が“スリーピング・マーダー”風に掘り起こされる形になっているところにあるように思われます。事故死と思われたところから犯人の偽装工作が浮上することで、計画的な殺人だと思い込まされてしまうのもさることながら、(二ヶ月とはいえ)事件から間を置いての“発掘”が物語の発端とされ、そこから物語が動き始めるという構成が重要なところではないでしょうか。

 つまり、ヘンダーソンの死から二ヶ月の間に別の事件が起きていなかった――エリザベスの車に細工がされたのはヘンダーソンの死よりも前で、エリザベスはヘンダーソンの仕業だと考えていた――わけですから、ヘンダーソン殺害によって事件が(一旦は)終結していると考えるのはごく自然で、ヘンダーソンではなく別の人物が犯人の標的だったとは想定しづらいのも当然といえるでしょう。

 エリザベスの父の容態が持ち直すとともにエリザベスがシルブリッジを離れた時点で、犯人には動機も機会もなくなり、二ヶ月間の“空白”が自然な形で作り出されているのがうまいところですし、エリザベスがシルブリッジに戻ってきた途端に襲撃されているにもかかわらず、叙述も含めたタイミングの問題*1などによって、ヘンダーソン殺害が“発掘”されたことが原因であるかのように思わされるところも非常に巧妙です*2

 このような仕掛けで、エリザベスが真の標的であったことがしっかりと隠蔽されているために、アランが真相に気づくきっかけとなった一言――市長がエリザベスにかけた旦那の代わりにあんたが頭を殴られていたら”(301頁)という言葉も目立つことなく、結果としていい意味で読者が探偵役に置き去りにされる感があるあたり、理想的といっていいほどよくできているのではないかと思います。

 謎解きの後で読み返してみると、作中で指摘されている数々の大胆な手がかりにうならされるのはもちろんのこと、エリザベスが早い段階で“アンドリューが犯人”と告発している(76頁)のがすごいところで、作者の巧みな手腕に脱帽せざるを得ません。

 事件が完全に決着した後に用意されている、アランが婚約者ジョアンに別れを告げてエリザベスを選ぶ結末もお見事。二人の女性の間で揺れ動いているようにも思えたアランですが、終盤、特にアンドリューに命を狙われたあたりの展開からすると、そうなるのも個人的には納得のいくところです。しかし、最後にアランが独白するジョアンへの心情などを考えると一抹のほろ苦さが漂うのも確かで、実に印象深い結末といえるのではないでしょうか。

*1: 語り手のアラン(ひいては読者)が襲撃の証拠(エリザベスが負った傷)を知るのは物語がだいぶ進んでから(90頁)ですし、襲撃自体もエリザベスが警察署を訪れて手紙やライターの件を訴えた後のことなので。
*2: さらにいえば、最終的にはエリザベスから遺産の一部を受け取ることになり、犯人がエリザベスを殺そうとする動機が消滅しているのも、見逃せないところでしょう。

2015.02.02読了