ドロシイ殺し/小林泰三
まず〈現実世界〉の側で、“ロード”こと道雄が犯人として堂々と姿を現したことで、そこから“道雄が誰のアーヴァタールなのか”を解き明かす“本体探し”が焦点となる……と見せかけて(*1)、まったく違った方向から犯人が明らかになるのが本書のすごいところです。
宮殿での殺人事件はオズマ女王の命令で秘密にされた(89頁~92頁)ので、“知っていたのは、オズマ女王とグリンダと魔法使いさんとニック皇帝とライオンさんと案山子さんとチクタクと蜥蜴のビルとわたし”
(221頁~222頁)と、ジェリアが指摘するようにかなり限定されています。それを正確に覚えていなくても、唐突な形で“ドロシイとジンジャーが殺された事件”
(218頁)に言及した、ビルの知らない老婦人が犯人であることは――当のビル以外には(苦笑)――明らかでしょう。
しかしそこで、“犯人の老婦人は何者なのか”という新たな謎――“二段目のフーダニット”へとシフトするのが非常に面白いところ。何せ“ビルが知らない顔”
(217頁)、すなわちビルにとっては初対面の人物ですから、読者からすると〈登場人物外の犯人〉にも等しい(*2)わけで、それが読者に提示されるタイミングも相まって、何とも強力な謎となっています。
一方で、ジンジャーの言葉が犯人を示す手がかりであることは、案山子殺しの経緯からも明らかです(*3)が、“今日は王族に会えるのは身内だけだ”
(76頁)というその言葉もまた、一筋縄ではいきません。広義の“身内”と扱われるべき案山子たちが追い返されたことを踏まえれば、狭義の“身内”、すなわち親族を指していると考えられますが、しかし該当者がいないように見えるのが何とも困りもの。やはり〈登場人物外の犯人〉かと思わされたところで明かされる、犯人の正体が「6」に登場したエムおばさんという真相には、ビルならずとも驚愕せざるを得ないでしょう。
ということで、本書の目玉となる仕掛けは、「6」の舞台である“カンザス”――〈フェアリイランド〉の一部を〈現実世界〉に見せかける、“世界誤認トリック”です。実のところ、“カンザス”が〈フェアリイランド〉にもあることは、オズマの魔法の絵にドロシイが“カンザスで暮らしていたときの家”
(33頁~34頁)が現れたこと、ジェリアが“カンザスにこのことを知らせる役目”
(105頁)を与えられたこと(*4)などで明らかですが、それでもエムおばさんを〈現実世界〉の住人と誤認させるトリックは実に強力です。
〈夢の世界〉と〈現実世界〉が交互に語られる構成に慣れているシリーズ読者は特に、“偶数章は〈現実世界〉”という思い込みから逃れるのは非常に困難ですが、「6」の内容そのものもまた企みに満ちています。おじさん夫婦の存在が、〈現実世界〉の「4」でドロシイが語った実家の農場の話(41頁)(*5)と符合するのはもちろんですが、“大学でビルのアーヴァタールに出会った”
や“僅かなお金をやりくりして保険に入って”
(いずれも66頁)(*6)といった〈現実世界〉らしい言葉も地味に効果的ですし、何より、オズの話をドロシイの妄想と決め付けるエムおばさんの態度が、いかにも〈現実世界〉しか知らない人物の反応に見えてしまう(*7)のが非常に秀逸です。
そしてそれを受けた、“オズは確かに実在する。そう証人だっている。樹利亜も。井森君も。そう、エムおばさんに証人を会わせればいいんだわ”
(70頁)という、ドロシイの独白も絶妙。これは、前半ではおそらくオズの国とカンザスとの距離を念頭に置いて、樹利亜や井森を道雄に会わせることを考えていたのが、後半ではオズマの誕生パーティーにエムおばさんを招くことを思いついた(*8)、ということだと思われますが、一見すると“樹利亜や井森をエムおばさんに会わせる”ようにしか思えないのがいやらしいところです。
最後に明らかになるエムおばさんの動機は、ドロシイの話を妄想と決め付けた理由につながっているところがまずよくできていますが、エムおばさんが語る“過去”がジュディ・ガーランドの経歴(*9)と重なっているのが凄まじいところで、犯行時の“わたしの偽者”
(237頁)という言葉が何とも重くのしかかってきます。
強引にすべてを“なかったこと”にする幕引きも強烈ですが、オズの国で魔法が使われただけではなく、〈現実世界〉の側ではオズの魔法使いの“アーヴァタール”と思しき(一応伏せ字)玩具修理者(ここまで)が暗躍したのではないか、と思われてなりません。
*2: 勘のいい読者であれば、犯人が“〈フェアリイランド〉ですでに登場している人物”だと見当をつけて、ビルが登場する章(そこで会った人物は“知らない顔”にならない)と井森が登場する章(〈フェアリイランド〉ではない)を除外することで、真相に気づくこともできるでしょう。
*3:
“ジンジャーの残した言葉から、ドロシイを殺した犯人は誰かがはっきりわかる。”(157頁)とまで念押しされている、。
*4: エムおばさんの
“ヘンリイおじさんはとうとう入院してしまった”(66頁)という言葉は、ここでの
“ヘンリイおじさんは入院中”(105頁)というオズマの説明と合致していますが、これは“本体”の状態が“アーヴァタール”に影響を及ぼしたとも受け取れるので、別々の世界の話だと考えても不自然さはありません。
*5:
“次に会えるのはたぶんパーティー当日よ”から続く話なので、ドロシイは〈フェアリイランド〉について語っているようにも思われますが、
“奨学金がとれてこうして大学にも通える”(いずれも41頁)という台詞をみると、やはり〈現実世界〉の話のようです。
*6:
“オズの国にはお金なんか存在しない”(27頁)ので違和感がありますが、これは“〈フェアリイランド〉でもオズの国以外にはお金が存在する”の裏返しだと考えれば辻褄は合います。
ただし、
“おまえにも学校をやめて働いて貰わないと”(67頁)というのは、〈フェアリイランド〉での話としては少々おかしいような気が……(“原典”をきちんと読んでいないので定かではありませんが)。
*7: これはさらに、“エムおばさんが“本体/アーヴァタール”の関係とは無縁である”――ひいては“エムおばさんは事件と無関係”という印象を強めるのに貢献しています。
*8: これが犯行の機会につながったことはいうまでもないでしょう。
*9: 巻末の「『オズの魔法使い』についての簡単なガイド」を参照。
2018.05.17読了