ドロシイ殺し
[紹介]
大学院生・井森健は夢の中で、間抜けな蜥蜴のビルになっていた。故郷の不思議の国に戻れないまま、どことも知れぬ砂漠をさまよっていたビルは、干からびる寸前に、案山子とブリキの樵とライオンを連れたドロシイと名乗る少女に助けられる。オズマ女王が支配するオズの国に住むというドロシイは、ビルをエメラルドの都へと連れて行くが、そこでも不思議の国の手がかりはつかめない。やがて、オズマ女王の誕生パーティーでにぎわう宮殿の奥で殺人事件が発生し、井森が暮らす現実世界でも相似形の死亡事故が起きてしまった……。
[感想]
『アリス殺し』・『クララ殺し』に続く〈メルヘン殺しシリーズ〉(*1)第三弾で、今回はライマン・フランク・ボームの児童書……というよりもミュージカルなどで有名な『オズの魔法使い』の世界(*2)――オズの国を含む〈フェアリイランド〉を一方の舞台として、〈現実世界〉と並行しながら事件の顛末が描かれていきます。〈現実世界〉の側に“小林泰三ワールド”の人物が登場するのもこれまでと同様です(*3)。
物語は、前作での〈ホフマン宇宙〉から〈フェアリイランド〉に迷い込んだ蜥蜴のビルがドロシイに助けられるところから始まり、次いで井森も〈現実世界〉でドロシイと出会うことで、両方の世界でいつもの微妙にかみ合わない会話(*4)を通じて〈フェアリイランド〉の様相が明らかになっていきます。『オズの魔法使い』でのドロシイの冒険は終わった後で、現在はオズマ女王に統治されているオズの国は、一見すると夢のような国ではありますが、ビルの空気を読まない発言によって“影”の部分が見え隠れするのが面白いところです。
やがて〈フェアリイランド〉で(小林泰三らしく)何とも凄惨な殺人事件が起こると同時に、〈現実世界〉の側でもそれに対応した死者が発生し、例によってビル/井森が事件の捜査に関わることになりますが、〈フェアリイランド〉の側ではなかなか捜査が進まない一方、〈現実世界〉の側では井森らの前に“犯人”が堂々と登場してくるのが大きな見どころ。もちろん、“その“犯人”が〈フェアリイランド〉では誰なのか”が次の焦点となっていく(*5)わけですが、そこまで含めてこのシリーズの設定ならではのユニークな展開といえるでしょう。
そして謎解きでは、思わぬところからやってくる不意打ちの“第一段”が読者を困惑に突き落としたところで、満を持して放たれる“第二段”で完全にしてやられたことが判明する、二段階の真相提示がお見事。さらにその後、犯人が語る犯行の動機も実に凄まじいものがありますし、最後に待ち受けている豪快な事件の幕引きもなかなか強烈な印象を残すものとなっています。前二作とはまた趣の違った、比較的シンプルながら効果的な企みが鮮やかに決まった快作です。
2018.05.17読了 [小林泰三]
【関連】 『アリス殺し』 『クララ殺し』
隠蔽人類
[紹介]
形質人類学者の日谷隆一が率いる日本人学者の調査団は、アマゾン奥地の未接触民族・キズキ族の村で、世紀の大発見をした。DNA分析の結果、彼らがホモ・サピエンスではない別種の人類――隠蔽種である可能性が高いことが判明したのだ。しかし大発見の興奮も束の間、調査団の一人が首を切られた死体となって発見され、それまで穏やかで友好的だったキズキ族の態度も一変し……「隠蔽人類の発見と殺人」。/隠蔽人類と殺人の秘密は日本へ持ち込まれるが、殺戮の連鎖が巻き起こり……。
[感想]
“隠蔽人類”――遺伝的には人類と別種であるものの、外見ではまったく区別がつかない人類の隠蔽種(*1)――を題材とした奇想SFミステリで、隠蔽人類をめぐる五つのエピソードで構成されていますが、内容の連続性を踏まえると、連作短編集ではなく五つの章からなる長編と考えた方が収まりがよさそうです(*2)。各エピソードには(やや強引なものも含めて)それぞれに凄まじい結末が用意されるとともに、その結末が(一応伏せ字)作中では“隠蔽”されてしまう(ここまで)のが本書の大きな特徴(*3)で、その結果として“殺戮の連鎖”が引き起こされることになるのが見どころです。
最初の「隠蔽人類の発見と殺人」では、形質人類学者・文化人類学者・比較言語学者・分子人類学者・動物生態学者の五人からなる調査団を主役として描かれる、未接触民族との遭遇と隠蔽人類の発見の顛末がまず興味深いところですが、予期せぬ首切り殺人の発生で物語は一気にミステリに転じます。思いのほかオーソドックスな謎解きを経て、最後に明らかになる動機が強烈です。
続く「隠蔽人類の衝撃と失踪」では舞台が日本――いくつかの作品(*4)でおなじみの綾鹿科学大学――に移り、大発見の公表による興奮も冷めやらぬ中、隠蔽人類が密室状況から失踪するという不可解な事件が発生します。まさかの真相を隠蔽する、巧妙かつ強力なミスディレクションが光る一篇です。
「隠蔽人類の絶滅と混乱」は、「~衝撃と失踪」の結末からほぼそのまま続く事件で幕を開け、その惨状を前にして、密室劇に近い状態での推理合戦が展開されるエピソード。登場人物が限られていることもあって、推理合戦の行き着く先はある程度予想できますが、最後に残った謎に対して用意された真相がお見事。
一転して隠蔽人類そのものの謎に焦点が当てられる「隠蔽人類の発掘と真実」からは、ミステリ色が薄くなって完全に奇想SFの味わいで、やや好みの分かれるところかもしれませんが、何とも豪快な真相には唖然とさせられます。そして最後の「隠蔽人類の絶望と希望」では、隠蔽人類の誕生に(トンデモ系の)理論的な裏付けが示されたかと思えば、あれよあれよという間に、当初からはとても予想できない壮大にして壮絶な結末を迎えるのが圧巻。怪作揃いの〈綾鹿市シリーズ〉の中でも(いろいろな意味で)最大の怪作といっていいのではないでしょうか。
“それらは外見上は区別が困難であるが、(中略)種間の生殖隔離は成立している。このような生物は隠蔽種(英:cryptic species)と呼ばれ、形態によって区別することはできないから、他の概念を適用することでその存在が知られる。”(「種 (分類学)#形態的種の概念 - Wikipedia」より)。また、「隠蔽種と隠蔽人類――『隠蔽人類』著者新刊エッセイ 鳥飼否宇 | エッセイ | Book Bang -ブックバン-」も参照。
*2: 上の[紹介]でも、最初のエピソード以外はあらすじを紹介しづらいので割愛しています。
*3: この部分は、1950年代の某国内作品にも通じるところがあると思います。
*4: 『本格的』・『官能的』・『絶望的』の三作は確実ですが、他にも何かあったかもしれません。
2018.05.21読了 [鳥飼否宇]
【関連】 〈綾鹿市シリーズ〉
碆霊{はえだま}の如き祀るもの
[紹介]
一人で漁に出た少年が、海に浮かぶ白い生首に遭遇する……「海原の首」。
物見櫓で瞑想する若き僧侶に、海からの怪異が忍び寄る……「物見の幻」。
村を訪れた薬売りの女が、竹林の迷宮から出られなくなる……「竹林の魔」。
自動車での帰路、先回りするように何度も怪異が出現する……「蛇道の怪」。
――江戸時代から戦後までの四つの怪談が伝わる、断崖に閉ざされた海辺の村。怪談に興味を持った刀城言耶らが村を訪ねてみると、滞在中の民俗学者が竹林の迷宮で餓死した奇怪な事件を皮切りに、怪談をなぞるような連続殺人事件が発生する。事件の真相は村に隠された秘密につながるのか。なかなか説明のつかない無数の謎が渦巻く中、刀城言耶が最後にたどり着いた真相は……?
[感想]
『幽女の如き怨むもの』から実に六年ぶりとなる〈刀城言耶シリーズ〉の最新長編で、今回は断崖に閉ざされた漁村(*1)を舞台に、現地に伝わる怪談さながらの事件を扱った作品となっています。ということで、冒頭から100頁以上を割いて語られる四つの怪談がまず見どころで、それぞれに趣の違う内容で飽きさせることなく、しかしいずれもしっかりと恐怖を残すのがさすがです。最後の「蛇道の怪」が現在進行中なのも目を引くところですが、海から遠く山道にまで至る怪異がすべて題名の“碆霊”に由来する(*2)と考えてみると、その巨大さ/手強さがうかがえます。
怪談に続く本篇は一転して、言耶と担当編集・祖父江偲に地元出身の編集者(*3)・大垣秀継を案内役とした三人の愉快な“珍道中”から始まります。最初の事件が発生(というより発覚)するのは200頁を過ぎてからとかなりスローペースで、一晩の野宿を挟んで険しい道を二日がかりで踏破し、ようやく到着した村の神社で歓待を受けるあたりまで、比較的ゆるい雰囲気で描かれていきますが、その中で、現地を訪れるに至った経緯や村を取り巻く事情なども説明されていくので、事件の前にある程度の分量が必要になるのも理解できるところです。
そしてついに起きる事件は、ロナルド・A・ノックス「密室の行者」(*4)へのオマージュ(*5)風の〈竹林宮事件〉をはじめ、なぜか怪談をなぞったような状況が不可解さを漂わせるとともに、密室状況下での消失や“足跡のない殺人”など不可能犯罪の様相を呈するもので、いずれもそれぞれに魅力的です。また、事件の背景に横たわる村の秘密が容易にその正体を見せることなく、謎が増えていくのと相まって、事件が起きるたびにとらえどころのなさが強まっていくのが本書の特徴です。
それでも終盤までくると、言耶が実に70項目もの謎を挙げてから恒例の“一人多重解決”に突入します……が、正直なところ、今回はやや“風呂敷を広げすぎた”感がなきにしもあらず。個々の事件のトリックなどには面白い部分もある――とりわけ〈竹林宮事件〉のトリックは出色の出来――のですが、“一人多重解決”を経て行き着いた真相が、どうにも力不足で面白味に欠けるのは否めません(*6)し、謎解きの中で“犯罪史上、希に見る狂った動機”
とされている点にも納得しがたいものがあります。
しかしそれらの真相から、怪談に通じる雰囲気を読み取ることもできるのも確かで、ミステリがホラーに奉仕しているという見方もできるかもしれません。そして謎が解かれた後、完全にホラーに舵を切った結末は何とも凄まじく、また物語の幕引きとしても実に見事です。ということで、ミステリ部分はこのシリーズにしてはやや微妙な印象が残ってしまうのですが、ホラー部分と合わせてみれば十分に満足のいく作品です。
*2: 「物見の幻」の中にも、
“もしかすると様々な怪異の正体は、全て同じなのではないか。”(36頁)とあります。
*3: ただし、勤めているのは祖父江偲とは別の出版社です。
*4: 江戸川乱歩・編『世界短編傑作集4【新版】』(旧版では『世界短編傑作集3』)などに収録されています。
*5: 他には、荒巻義雄「無窮の滝の殺人」(『エッシャー宇宙の殺人』収録)や柄刀一『マスグレイヴ館の島』などがあります。
*6: 70項目もの謎が挙げられている割には謎解きが短いあたりにも、その一端が表れているように思います。
2018.07.04読了 [三津田信三]
牧神の影 Panic
[紹介]
深夜、電話の音でアリスンは目が覚めた。それは、伯父フェリックスが心臓発作で急死したことを告げる、従兄のロニーからの内線電話だった。そして翌朝訪れた陸軍情報部の大佐は、伯父の秘書をしていたアリスンに、伯父の仕事の書類の所在を問いただす。アリスンは知らなかったが、伯父は軍のために戦地用暗号を開発していたというのだ。しかし書類は見つからないまま、やがて人里離れた山中のコテージで一人暮らしを始めたアリスンの周囲で、次々に怪しい出来事が起こり始める……。
[感想]
人が都会の喧騒を離れ、閑散とした森や山を求め、静けさの中で一人きりで暮らすとき、明確な理由もない、名状しがたい恐怖を知るようになる。ギリシア人にとってこれが意味したことはただ一つ――牧神{パン}、すなわち意味不明な恐怖をもたらす神が孤独な森や山の中に棲んでいる、ということ。(後略)
(171頁)
マクロイの第八長編である本書は、シリーズ探偵の精神科医ウィリング博士が登場しないノンシリーズの作品で、一見するとストレートにすぎて味もそっけもない原題の『Panic』には、その語源となったギリシア神話の“牧神{パン}”の意味まで込められています。その“牧神”の影に脅かされるヒロインの姿を描いたサスペンス色の強い物語に、戦地用暗号を題材とした本格的な暗号テーマを組み合わせた、異色の快作です。
冒頭の伯父の急死を受けて、伯父の遺した暗号に関わることになった主人公のアリスンは、やがてコテージで一人暮らしを始め、見つかった暗号文の解読にいそしむものの、そこに“牧神”の影が忍び寄り――というのが大筋。本書で扱われる暗号は、一般的な暗号ミステリ(*1)のそれとは一線を画した本格的な戦地用暗号ですが、ほとんど知識のないアリスンに対して初歩から丁寧に説明されていくことで、読者としても比較的受け入れやすく、とっつきにくさがあまり感じられないのがうまいところです(*2)。
サスペンスについては、コテージでの暮らしが始まってからが本番で、コテージを取り巻く自然、特に夜の森の情景の美しく生き生きとした描写が目を引く中、決して姿を見せることなく恐怖を誘う不審な気配は、まさに(上にも引用したとおりの)“牧神”そのもの。そこから具体的に何が起こっていくかは興を削ぐので紹介しませんが、ついにアリスンが“牧神”と対峙するクライマックスに至るまで、作者の筆は終始冴えわたり、サスペンスに関してはマクロイ作品でも随一といっていいかもしれません。
謎解きの面ではどうかといえば――登場人物が限られていることもあって、“牧神”の正体は見当をつけやすくなっていますし、暗号の方はやはり難解(*3)で、読者が自力で解読するのは非常に困難です。着目すべきは、暗号の内容ではなく暗号の解読法で、フェリックス伯父が“解読不可能”という暗号がどのように解読されるのか――言い換えれば、暗号文がどのように作成されたのかという“ハウダニット”こそが、本書のメインの謎といってもいいでしょう。そして巧妙な手がかりから導き出される、シンプルかつ鮮やかな真相は非常に秀逸です。
巻末の「訳者あとがき」では、10頁以上を割いて暗号の発展(と暗号ミステリ)について補足的な説明がされており、それも含めて暗号ミステリとしては必読の一冊といっていいでしょう。もちろん、暗号を自力で解こうとしなくても十分に楽しめますし、前述のようにサスペンスとしても非常によくできています。ノンシリーズなのでやや目立たなくなっている部分もあるかもしれませんが、個人的にはおすすめの一作です。
*2: このあたりの手際は、岡嶋二人『焦茶色のパステル』を思い起こしました。
*3: 「訳者あとがき」で紹介されている、本書の(原書の)改訂版序文によれば、
“陸軍と海軍の情報部職員が刊行前に本書の暗号の解読を試みて失敗した”(358頁)とのこと。加えて、平文(暗号化される前の文章)は当然ながら英語なので、日本の読者にとっては相当にハードルが高くなっています。
2018.07.12読了 [ヘレン・マクロイ]
パズラクション
[紹介]
フリーライターの和戸隼{わと・しゅん}と警視庁庁内報の編集者兼遊軍刑事・白奥宝結{しらおく・ほうむす}は、コンビを組んで事件の捜査に協力しつつ、和戸が悪人を“秘殺”し、宝結が偽の解決へと捜査を誘導する“操査”を行い、別の悪人を犯人に仕立てて悪を一掃するという裏の顔を持っていた。ところが、標的を始末しようとした和戸が、何者かに先を越されてしまう。しかも、なぜか死体は逆さ吊りにされた上に、首には靴紐が巻きつけられて靴がぶら下がり、額は傷だらけという不可解な様相だったのだ。次の標的は首尾よく“秘殺”に成功した和戸だったが、今度は信じがたい偶然によって予期せぬ不可能状況が出現してしまった……。
[感想]
「2019 本格ミステリ・ベスト10」(原書房)で自身最高位となる国内第3位に輝き、『フライプレイ!』以来の本格ミステリ大賞の候補にもなった作品で、(名前でおわかりのように)“謀り屋”ホームズと“殺し屋”ワトスンのコンビを主役に据えて、“いかにして説得力のある解決を作り出すか”という形で倒叙ミステリと謎解きの魅力を融合させた、異色の“逆本格ミステリ”となっています(*1)。
殺し屋・和戸が先を越された発端の事件こそオーソドックスな謎解きが行われる……のですが、それはまだ物語半ばの時点で、しかもそれはそのまま闇に葬られ、和戸自身が手を下す第二の事件以降と同様に、和戸と宝結の手で“別の真相”に作り変えられることになります。ただし、二人が“偽の手がかり”を含めた偽装工作(*2)を仕掛けていく様子は克明に描かれているものの、宝結が意図する“別の真相”そのものは伏せられているため、それが読者に向けた謎となり、倒叙ミステリ(風)でありながら謎解きの興味もしっかり盛り込まれています。
加えて第二の事件以降では、和戸が“秘殺”に成功した直後に、とんでもない偶然によって強力な不可能状況が作られてしまうのが大きな見どころ。先に“完成図”を示しておいて、そこから時間を巻き戻して“過程”を見せる演出も効果的ですが、ミステリの真相としてはおよそあり得ない、蓋然性はおろか解決可能性すら度外視した(*3)“偶然のバカトリック”のインパクトは、何とも凄まじいものがあります。実用性に欠けるトリックの活用法という意味でも興味深いものがありますが、同時に、実現してしまったあり得ない現象に対して合理的な説明をつけていく(*4)手際もまた見どころでしょう。
はたして、宝結が真相ならぬ“シン相”を披露する解決場面は圧巻。読者にはすでに示されている真相が、宝結によって豪快に作り変えられた“シン相”で上書きされていく(*5)過程は――特に第二の事件以降のハウダニットの大改造は実に見ごたえがありますし、和戸と宝結が施した数々の偽装工作の意味が明らかになっていくことでも大きなカタルシスが生じています。もちろん“シン相”は捏造による冤罪なので、居心地の悪さを覚える向きもあるかもしれませんが、いわば“必殺仕事人”的な主役の設定を踏まえれば、割り切るのはさほど難しくないのではないでしょうか。
“血裁”完了(事件解決)後の「EPILOGUE」で明かされるのは、少々やり過ぎとも思える趣向で、この点だけでも好みが分かれそうではありますが、真相を解明するのではなく“創造”するというスタイルがどこまでも徹底されている、という意味では好感が持てます。何から何まで異色の作品といえますが、(この時点での)霞流一の最高傑作であることは間違いないでしょう。
*2: 同時に、事件を一連のものに仕立てるための見立ても用意されることで、“偽の手がかり”がやや目立たなくなっているのもうまいところです。
*3: 作中には、
“あんな偶然に偶然の重なった嘘みたいなトリックじゃ、誰も信じるわけないだろ。あんなんじゃ、解答として使えないよ”(121頁)という台詞がありますが、私見ではもう一つ、常識の範疇では推理不可能となりかねないことも大きいように思います(もっとも、井上真偽『その可能性はすでに考えた』のような状況であれば、“解決”として提示することも可能かもしれませんが……)。
*4: 現象先行で書かれたという、都筑道夫「天狗起し」(『くらやみ砂絵』収録)と「小梅富士」(『からくり砂絵』収録)に近いところがあるかもしれません。
*5: 二通りの“真相/シン相”が読者に示されるという点では“多重解決”に通じるところもありますが、真相が作中で公にされない上に、“シン相”を導き出すための“偽の手がかり”を配置するという点で、一般的な“多重解決”とはまったく異なる味わいとなっています。
2018.09.11読了 [霞 流一]