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死への落下/H.ウェイド

A Dying Fall/H.Wade

1955年発表 駒月雅子訳 現代教養文庫3048(社会思想社)

 つまるところ本書の仕掛けは、“チャールズがケイトを殺した”という疑惑を露骨に押し出しつつも、いかにして読者に確信を持たせることなく最後まで宙ぶらりんの状態にしておくか、というところにあると思います。例えば序盤からチャールズの内面をある程度率直に、なおかつ読者に好感を持たせるように描いてあることも、その一環といえるでしょう。

 そしてケイトが転落死した事件の際の、イザベルの視点での描写(91頁〜93頁)も地味に巧妙。ケイトの転落するところを直接見ていないことを読者にはっきり示し*1何もかも見てた”(152頁)という脅迫が言いがかりにすぎないことを最初から明らかにしてあることで、相対的に“チャールズは潔白ではないか?”とミスリードされる部分があると思います。

 また、チャールズがイザベルに脅迫される場面では、会話を通じてチャールズに殺害を否定させつつ、内面描写では脅迫の根拠を見極めることに専念させた挙句に、アンを守るために脅迫に屈したことを――最終章でハント警視らに語るよりもずいぶん早い段階で――読者に示す、巧みな叙述も光っています。

 そのイザベルが実にタイミングよく急死することで、チャールズに対する疑いは色濃くなりますが、ぎりぎりのところで秘書のモナーが意外な犯人として登場するところもよくできています。また同時に、当初からチャールズの犯行を疑い、本書の探偵役であるかのように焦点を当てられてきたハント警視が、警察長ネタリー大佐に足元をすくわれることになっているのも見逃せないところで、“探偵探し”的な趣向というだけでなく、最終章でのハント警視の姿を“敗北した探偵”として印象づけることで、チャールズへの疑いも誤りだったように思わせる狙いがあるように思われます。

 とはいえ、ハント警視が注目した被害者の落下位置の問題が解消していないなど、チャールズの潔白が証明されているわけではないのは確かで、“たしかにやった甲斐があった”(316頁)という最後の一行も想定できてしまうのは否めません*2。もっとも、事件が発生した時点で“チャールズは潔白か否か”の二択になっているので、どちらに転んでもさほど驚きはないともいえるのですが……。

*1: 最初にケイトが死体となって登場した場面を例えば執事のラッドの視点で描き、章が代わったところからイザベルの視点に切り替えるなどして、イザベルがどの時点から目撃していたのかを曖昧にしておくこともできたと思います。最終的にイザベルが殺されてしまうのであれば目撃証言をすることもないのですから、アンフェアになることもないでしょう。
*2: 仁賀克雄氏による解説では、“特に最後の一行がすばらしい! 考えようでは解決がすべてひっくり返ってしまう凄さがある。”(320頁)と評されていますが、上述のように想定の範囲内ではありますし、“オチ”をつけるとすればそれしかないので、さほど優れたものとも思えません。また、“考えようでは”どころではなく“解決”はひっくり返っているのですから、少々的外れのようにさえ思えます。

2003.05.02読了
2012.05.05再読了 (2012.05.08改稿)

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