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迷走パズル/P.クェンティン

A Puzzle for Fools/P.Quentin

1936年発表 白須清美訳 創元推理文庫147-06(東京創元社)

 ラリビー殺害の動機の面から疑わしいのは、(アイリスを別にすれば)ラリビーの娘正体不明の娘婿であり、遺言状書き換えの場面でラリビーの口から語られるその経歴――“ヴォードビル役者”(116頁)という言葉から、腹話術をはじめとする犯人のトリックに思い至るのはさほど難しくはないでしょう*1。常人には不可能でも特別な人間には不思議でも何でもない、いわば“特殊能力トリック”であるため、残念ながらハウダニットとしてあまり面白いものとはいえません。

 とはいえ、本書のメインはやはりフーダニット。ラリビーの娘婿として適切な人物はある程度限られているのですが、手がかりらしい手がかりがなかなか見当たらない中、ピーターは“以前は舞台俳優だったこともある”(15頁)モレノ医師に目をつけます。ミス・ブラッシュをめぐる恋愛模様も含めて“形”としてはしっくりきますし、ピーターがシリーズ探偵であることを考えればその推理もかなり妥当なものに思えます。

 ところが、ピーターの懸命の推理があっさりと否定されてしまい、真の探偵役であるレンツ博士が真犯人を指摘したところで唖然。レンツ博士の登場しない作品である『悪女パズル』『悪魔パズル』を先に読んでいたこともあって、前述のようにピーターがシリーズ探偵だと思い込んでいた*2のですが、それを抜きにして本書だけを読んだとしても、ピーターが探偵役であることに疑念を差し挟む方は少ないのではないでしょうか。つまり、一種の“探偵探し”の趣向が仕掛けられていたわけで、それによって“ダミーの犯人”に読者の目を引きつけてあるのが巧妙です。

 真犯人がゲディスであることを示唆する伏線は、実によくできています。再三にわたって薬が効かないことに言及されているのも、症状自体が演技だとすれば当然のことで、ゲディスが療養所に潜り込んだ偽患者であることを示しています。また、ピーターの“台の上のもの”という言葉に対する反応も、“ゲディスは耳を疑うようにわたしを見た。”“今も驚きに目を見開いている。”(93頁)とはっきり書かれているのですが、この場面ではもう一人の患者・ラリビーの反応によってそれが巧みに覆い隠されているのが秀逸です。

 事件が解決された後の、レンツ博士が他ならぬピーターを疑っていたという告白がまたサプライズ。ピーターが探偵役だと思い込んでいればまったく出てくるはずのない発想で、レンツ博士のピーターへの捜査依頼からしてがらりと姿を変えてしまうことになり、完全にしてやられました。脱帽です。

*1: 個人的には、泡坂妻夫『喜劇悲奇劇』などを読んでいたこともあって、かなり早い段階で思い至りましたが……。
*2: もっとも、『悪女パズル』巻末の小池啓介氏による解説では、本書の紹介の中で“探偵役にあたるレンズ博士”(同書371頁)とはっきり記されているのですが、すっかり忘れていて幸い(?)しました(苦笑)。

2012.05.11読了