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密室殺人ゲーム・マニアックス/歌野晶午

2011年発表 講談社ノベルス(講談社)
「Q1 六人目の探偵士」

 まず密室トリックは、映像を見ている視聴者にとってはまだしも、本書の読者に対しては豪快にアンフェアなものになっているところに苦笑を禁じ得ません。“子犬型ペットロボット(25頁)ロボット掃除機”(27頁~28頁)など、“ロボット”という語句が目につきはするものの、さすがに手がかりとはいえないでしょう。

 “密室殺人ゲーム”本来の形であるチャットのメンバーに対する出題としては、この密室トリックがメインとなっているわけですが、チャットの最後にある“視聴者への挑戦”をみても――そしてもちろん「A&Q 予約された出題の記録」で明かされる“一人五役”を踏まえると――アリバイトリックの方がメインであることは明らかです。そうしてみると、作中でも三坂健祐が言及している〈044APD〉の台詞――“今回の問題には一つのテーマがある。(中略)『遠隔操作』という技術だ”(66頁)を介して、密室トリック(の解明)がアリバイトリックのヒントとして機能しているところがよくできています。

 実際のところ、例えば有栖川有栖『マジック・ミラー』中の“アリバイ講義”にも類型の一つとして挙げられているように、遠隔操作(遠隔殺人)はアリバイトリックでしばしば用いられる手段であり、密室が遠隔操作で――しかもネット経由で遠隔地から構成できたのであれば、アリバイトリックについても同様の手段が採用されたと考えるのは自然でしょう。

 しかしながら、殺害方法が“撲殺”であり、なおかつ凶器が現場に残されていないという状況*1が、遠隔殺人を想定しがたくする強力なミスディレクションとなっているのが秀逸で、その意味でこの作品は“意外な凶器”テーマの一環ともとらえることができそうです。が、作中の嵯峨島行生と三坂とのやり取りでも指摘されているように、この“密室殺人ゲーム”でのみ成立し得る不確実きわまりない“非実用的”なトリックであり、しかもそれが冒頭の〈aXe〉の“無駄話”で示唆されているところに、何とも凄まじいものが感じられます。

「Q2 本当に見えない男」

 ネタバレなしの感想に書いたように、〈頭狂人〉が使った二つのトリックについて、“手段”“現象”“効果”を検討してみます。

 第一のトリック第二のトリック
手段記録した音声を再生
(FMトランスミッタでラジカセに送信)
メタマテリアルのシートをかぶる
現象犯行時刻の錯誤犯人の姿が見えなくなる
効果(推定)犯行時に犯人が目撃されなかった犯行時に犯人が目撃されなかった

 〈第一のトリック〉の“手段”と“現象”は、作中でも“元祖はたぶんアナログレコードを使ったあの作品*2で、百年近く前のことだぞ。”(127頁)と指摘されているように手垢のついたトリックのバリエーションにすぎず、FMトランスミッタを使用することでタイミングを自在に調整できるという従来になかった利点があるにしても、ほとんど新味はありません。一方、〈第二のトリック〉の“手段”――メタマテリアルのシートは、少なくともまったく新規な“手段”であることは間違いないでしょう。

 ところが、〈第二のトリック〉の“現象”と“効果”はメタマテリアルのシートの属性そのままであって、トリックに用いるにあたって格別の創意工夫がなされているわけではありません。つまり、〈第二のトリック〉は“手段”が新規であること――より正確にいえば一般に知られていないこと――のみによってトリックとして成立しているわけで、面白いトリックとはいえないのではないでしょうか。

 それに対して〈第一のトリック〉は、通常はアリバイトリックとして使用される“手段”(及び“現象”)が、“見えない人”を演出するために用いられているのがユニーク。逆にいえば、“見えない人”テーマが前面に押し出されることで、“録音再生トリック”であることが見えにくくなっているのが巧妙です。というわけで、どちらも“アレ”なトリックではありますが、しいていえば〈第一のトリック〉の方がまだしもトリックとして面白い、と個人的には思います。

「Q3 そして誰もいなかった」

 〈頭狂人〉に対抗した〈伴道全教授〉による“見えない人”テーマの問題、しかもチャットのメンバーの目の前で……ところが〈伴道全教授〉はあっさりと現場にたどり着いたかと思えば、犯行直前に取り押さえられて、その正体は(〈aXe〉であったはずの)東堂竜生――というめまぐるしい展開には、翻弄されるよりほかありません。そして、(題名で暗示されてはいるものの)チャットのメンバーの方が“見えない人”――というよりも“存在しない人”だったというオチにはしてやられました。

 “一人n役”自体は見慣れたものですし、現在のテクノロジーであれば実現もさほど困難ではなさそうですが、『密室殺人ゲーム王手飛車取り』のオリジナルメンバーから(一応伏せ字)『密室殺人ゲーム2.0』のフォロワーたちへと(ここまで)引き継がれた“密室殺人ゲーム”のフォーマットを完全に逆手に取った仕掛けは、やはり面白いと思います。また、犯人が一人であることが、“密室殺人ゲーム”の興味深い“拡張”へ自然につながっているところもよくできています。

 加えて、AVチャットの様子が前二作のようなリアルタイムの描写から、投稿された動画の描写――客観的な事実ではなく視聴者が目にした映像の内容――に変更されたことで、例えば“その台詞を待っていたかのように〈頭狂人〉が言う。”(18頁)のように客観的な事実とはいえない表現も可能になり*3、“一人五役”が巧みに隠蔽されているのもお見事です。

*1: 出題者である〈aXe〉は一応、死因については“警察の発表によると、脳挫傷による急性硬膜下血腫ということになっています。あと、頸椎も損傷していました”と、また兇器については“現場では見つかっていません”(いずれも28頁)と、いずれも“嘘”ではない表現をしています。
*2: どの作品なのかだいたい見当はつきますが、実は未読なので確かなことは……。
*3: この場面、東堂は〈伴道全教授〉に扮している(→“最初のゲームにおいては、生身の自分は大半を〈伴道全教授〉のコスチュームで参加しています。”(183頁~184頁)を参照)わけですから、“〈頭狂人〉が言う”は客観的な事実に反することになります。したがって、AVチャットの様子を直接描写する場合には、地の文に“嘘”が入り込まないよう、そのような表現を避ける必要があるでしょう。
 しかし、AVチャットの様子を記録した映像を描写する場合には、“〈頭狂人〉が言う”(映像である)という表現でも、必ずしもアンフェアにはならないと思われます。

2011.09.24読了