ミステリ&SF感想vol.193

2012.01.23

密室殺人ゲーム・マニアックス  歌野晶午

ネタバレ感想 2011年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 〈頭狂人〉〈044APD〉〈aXe〉〈ザンギャ君〉、そして〈伴道全教授〉。奇妙なハンドルネームを持つ五人が、映像と音声によるAVチャットを通じて殺人推理ゲームを行っていた。五人はそれぞれマスクなどで顔を隠し、声も変えて、互いにどこの誰だかわからない状態でゲームを楽しんでいた。それもそのはず、問題となる殺人事件はいずれも、出題者が自ら考案したトリックをもとに、現実に実行したものだったのだ……*1

「Q1 六人目の探偵士」
 東京で被害者が撲殺されたまさにその時、犯人のaXeは名古屋で警察官に交通違反の切符を切られていたという。前代未聞のアリバイトリック? それとも陳腐な替え玉? そして強固な密室状況の現場から、どうやって脱出したのか……?

「Q2 本当に見えない男」
 頭狂人の出題は、“見えない人”――“犯人はいかにして目撃されることなく犯行をなし得たか”をテーマとした二部構成。ある意味で脱力ものともいえる第一の問題の解答に憤慨する一同だったが、それを踏まえた第二の問題は……。

「Q3 そして誰もいなかった」・「A&Q 予約された出題の記録」
 ――いずれも内容紹介は割愛します――

[感想]
 『密室殺人ゲーム王手飛車取り』『密室殺人ゲーム2.0』に続くシリーズ第3作ですが、カバー見返しの作者の言葉にも“当初のシリーズ構想の中にはなかった外伝的エピソードとあるように、推理マニアたちによる“殺人推理ゲーム”という骨格こそ踏襲されているものの、だいぶ趣の違った作品となっています。例えば、全体の分量がこれまでの半分程度*2で出題数も少ない、というのがまず目につくところです。

 とはいえ、物足りないかといえば決してそんなことはなく、“非常識”なトリックのインパクトは十分。このシリーズは、“殺人推理ゲーム”という設定により“トリック当て”――つまりは出題者が珍奇なトリックを競うものになっています*3が、本書ではそれが行き着くところまで行っている感があり、通常のミステリの感覚ではまったく想定できないものばかり。トリックだけ取り出してみると、あまりに意外すぎて面白いのかどうかよくわからない気もしますが(苦笑)、その扱いも含めて先鋭的であることは確かでしょう。

 「Q1 六人目の探偵士」は、捨て身の(?)アリバイと強固な密室の二段構え……ですが、このシリーズの特殊な事情のせいでアリバイがスルーされてしまうところにまず苦笑。そして、(未読の方の興を削いでしまいかねないので詳しくは書きませんが)出題と回答の形に“ある変更”が加えられているのが目を引きます。思わず唖然とさせられるトリックもさることながら、真相につながる巧妙な伏線――というよりもヒントが印象的。

 続く「Q2 本当に見えない男」は、犯人がトリックを“見せる”ことが前提となっているこのシリーズならではの怪作。二つの事件で使用されているトリックは、いずれも通常のミステリであれば壁に投げつけられてもおかしくない、それ自体にはほとんど面白味の感じられないものですが、それらを組み合わせて対比させることにより、“トリックの面白さとは何か”という問いを読者に突きつけているのが秀逸で、作者の手腕に脱帽せざるを得ません。
 ちなみに個人的には、トリックはその具体的な“手段”、それによって(直接的に)引き起こされる“現象”、その(最終的な)“効果”(もしくは目的)という観点で、さらにはそれらの組み合わせ(の意外性)で、評価できるのではないかと考えています*4

 (実質的に)最後の「Q3 そして誰もいなかった」は、これまた(ある意味で)型破りな展開。何がどうなるのかよくわからないまま読み進めていくと、周到な企みにうならされることになります。

 コンパクトな分量ながらも問題意識と実験精神に満ちた、これまで以上に“とがっている”ともいえる意欲作。ミステリ初心者におすすめしづらいのは相変わらずですが、一読して色々考える価値のある作品です。

*1: お気づきかもしれませんが、前作『密室殺人ゲーム2.0』と同様、『密室殺人ゲーム王手飛車取り』からの使い回しで恐縮です(苦笑)。
*2: 『密室殺人ゲーム王手飛車取り』(ノベルス版)が345頁『密室殺人ゲーム2.0』388頁であるのに対して、本書は189頁しかありません。
*3: 『密室殺人ゲーム王手飛車取り』中の〈伴道全教授〉の台詞、“出題者イコール犯人という前提でやっている以上、いわゆる『犯人当て』ができないから、『トリック当て』偏重にならざるをえない。”(同書(ノベルス版)271頁)を参照。
*4: 主にMAQさんらとのtwitterによる議論を通じて。

2011.09.24読了  [歌野晶午]
【関連】 『密室殺人ゲーム王手飛車取り』 『密室殺人ゲーム2.0』

人間の尊厳と八〇〇メートル  深水黎一郎

2011年発表 (東京創元社)

[紹介と感想]
 深水黎一郎の初となる短編集で、第64回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した表題作など五篇が収録されるとともに、巻末には作者自身による「解題」も付されています。
 メフィスト賞を受賞した『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』の“読者が犯人”という大技、『エコール・ド・パリ殺人事件』に始まるシリーズでの芸術とミステリの融合、さらに近作『五声のリチェルカーレ』『ジークフリートの剣』でのそれぞれにユニークな試み*1といった、これまでの作品からうかがえる作風の幅広さを裏付けるような、バラエティに富んだ作品集となっています。
 個人的ベストはやはり、表題作「人間の尊厳と八〇〇メートル」

「人間の尊厳と八〇〇メートル」
 とあるこぢんまりしたバーを訪れた私は、そこで飲んでいた見知らぬ男から、「俺と八〇〇メートル競走をしないか」と声をかけられる。突然の奇妙な誘いに困惑したものの、男が滔々と語る話に次第に興味を引かれた私は、人間の尊厳を賭けた八〇〇メートル競走という提案に乗り気になっていくが……。
 “バー、八〇〇メートル競走、人間の尊厳”という奇妙な取り合わせが魅力的な発端から、次々と繰り出される詭弁から目が離せない中盤、そして最後の鮮やかなオチと、非常によくできています。いわゆる“奇妙な味”の作品かと思いきや、結末の直前まできたところ*2で(オチにつながる)“謎”が出現するのも面白いところで、できればここで一旦止まって考えてみることをおすすめします。

「北欧二題」
 北欧を旅行している間に僕が出会った、二つの奇妙な謎。店員と客の揉め事に割って入った青年は、なぜか硬貨と紙幣を取り出して店員に見せた――「老城{ガムラ・スタン}の朝」。博物館の展示を見ていた僕の前に現れた女館員は、まだ時間があるはずなのになぜか閉館を急いで――「北限の町にて」
 北欧を舞台にした“日常の謎”風のエピソード2篇が並べられた構成*3、そして『花窗玻璃』の作中作と同じくカタカナの代わりに漢字+ルビを使った文体など、色々と特徴的な作品です。「北限の町にて」のラストで語り手の“僕”が紡ぎ出す“推理”の叙情も魅力ですが、やはり「老城の朝」の、絶対に忘れられないインパクトのある真相が秀逸です。

「特別警戒態勢」
 皇居を爆破するというとんでもない犯行予告状がマスコミ各社に送りつけられ、さらに不正な侵入により首相官邸のウェブサイトが書き換えられて、皇居周辺の警備状況が表示されるという事態が発生。警備の責任を担う“ボク”の父親は、お盆休みも返上でその対策に奔走することになってしまい……。
 書き下ろしの小品。序盤からかなりあからさまに書かれており、サプライズよりもむしろナンセンスな構図を狙った作品といえるでしょう。しかもそれが二重三重――(一応伏せ字)フーダニット・ハウダニット・ホワイダニットという意味で(ここまで)――になっているところが面白いと思います*4

「完全犯罪あるいは善人の見えない牙」
 果たして完全犯罪は可能なのか――熟慮を重ねた末に、誰にも知られぬ犯罪こそが完全犯罪であるという結論に至った私は、ある人物を殺害するために計画を立てる。殺害される被害者自身でさえ最後まで私の殺意に気づくことのないまま、完全犯罪が成し遂げられた――はずだったのだが……。
 “完全犯罪もの”というか“不完全犯罪もの”というか、「完全犯罪計画」が破綻した経緯を犯人自身が語る形式で、その計画そのもの(ハウダニット)ではなく完全に“どこに陥穽があったのか”に力点が置かれています。そしてそれが明かされる結末では、思いもよらないところが伏線となっているのが巧妙で、強烈な皮肉にニヤリとさせられます。また、“善人”という設定がそこに奥行きを与えているのも見逃せません。

「蜜月旅行 LUNE DE MIEL」
 学生時代にバックパッカーとして世界中を旅していた泰輔は、何度も訪れたことのあるパリを新婚旅行先に選び、妻の理沙にパックツアーでは絶対に体験できない旅を堪能してもらおうと張り切る。理沙の方はそんな泰輔の言動に感心している様子で、新婚旅行の滑り出しは上々だった。が、やがて……。
 限りなく一般小説に近づけたという*5『ジークフリートの剣』よりもさらに一般小説に近い、ミステリらしからぬともいえる作品ですが、新婚旅行という“事件”を通して人の心が“謎”として描かれている、ということになるでしょうか。ある種の“どんでん返し”によって“世界(価値観)の反転”が生じているのもお見事。実に洒落た作品です。

*1: エアミステリ研究会による同人誌『非実在探偵小説研究会~Airmys~1号』に寄せられた作者のコメントを参照(引用するには長すぎるので)。
*2: 具体的には、43頁最後から2行目の台詞。
*3: 内容に直接のつながりがあるわけではありませんが。
*4: 巻末の「解題」では特に(以下伏せ字)ホワイダニット(ここまで)に言及されていますが、(以下伏せ字)犯人の所在(フーダニット)や最後に明かされるクラッキング手段の一部(ハウダニット)(ここまで)にも同様の傾向がうかがえます。
*5: これも上記『非実在探偵小説研究会~Airmys~1号』に寄せられたコメントより。

2011.10.09読了  [深水黎一郎]

烏丸ルヴォワール  円居 挽

ネタバレ感想 2011年発表 (講談社BOX)

[注意]
 本書は『丸太町ルヴォワール』の続編であり、冒頭から前作のネタの一つが明かされていますので、必ず前作から順番にお読み下さい。
 また、以下の[紹介]及び[感想]も、ご覧になる方がすでに前作をお読みになっていることを前提としているところがありますので、前作を未読の方はご注意下さい。

[紹介]
 京都の支配にもかかわるという謎の古書、『黄母衣内記』。現在の所有者は美術教師・綾織耕作だったが、その弟・綾織文郎は〈双龍会〉を通じて兄から『黄母衣内記』を奪おうと、龍樹家の龍師たちに仕事を依頼する。しかしその矢先、不審な自動車事故によって耕作が急死し、文郎と、同じく『黄母衣内記』を狙うもう一人の弟・木佐貫武郎の主張で、耕作の死の真相をめぐって〈双龍会〉が開かれることに。そして武郎に雇われた伝説の元特級龍師、覆面をかぶった正体不明の怪人物“ささめきの山月”に誘われた瓶賀流は、龍樹家側の仲間たちとの対決を選択した……。

[感想]
 本書は、デビュー作『丸太町ルヴォワール』に引き続いて伝統芸能風の私的裁判〈双龍会〉が中心に据えられ、魅力的な〈龍師〉たちが再びの活躍をみせる続編であり、全篇にちりばめられた(気づけば思わずニヤリとさせられる)膨大な小ネタ*1や、最後まで目が離せないどんでん返しなどももちろん健在で、前作を楽しまれた方には安心しておすすめできる快作です。

 〈双龍会〉や〈龍師〉といった設定がすでに読者の頭に入っていることを前提に、物語は冒頭から依頼を受けた〈龍師〉の視点で進んでいきます。そのせいもあって、〈双龍会〉が始まる前の“仕込み”に焦点が当てられているのが前作との大きな違いで、真相解明よりも〈双龍会〉で勝つための材料を手に入れることを最大の目的とする、一般的なミステリの探偵役とは一味違った〈龍師〉の立場が強調され、前作よりもコン・ゲーム色が強くなっています。

 もちろん、その“仕込み”の段階でもすでに相手方との戦いは始まっているわけで、事件の調査と同時に“相手方が何を狙っているか”を互いに読みあう頭脳戦は見ごたえあり。とりわけ、(一応の)“敵役”として“ささめきの山月”という怪人物を登場させつつも、前作からのシリーズキャラクターをあえて敵味方に分けて配してあるのが面白いところで、読者に双方の手の内を(ある程度まで)見せることにより、互いにぎりぎりの攻防であることを印象づけてあるのが巧妙です。

 事件は比較的シンプルながら、必ずしも“真相を求める場”ではなくエンターテインメントとしての性質も持ち合わせる〈双龍会〉にかかれば、たちまちどんでん返しの嵐に。後出しや詭弁めいたところもありますが、奇妙な“説得のロジック”はやはりよくできています*2。また、ある種出番の制限が設けられることで、キャラクターそれぞれに見せ場がうまく配分されているのも見逃せないところです。そして〈双龍会〉の最後には、思いもよらぬ“真相”が。

 そして、敵味方に分かれて繰り広げられた熾烈な戦いの裏に巧みに隠されていた、“もう一つの物語”が浮かび上がってくる結末には、「してやられた!」と思わされながらも大満足。前作とはやや味わいの違う、しかしやはり印象的なラストは健在で、ある意味で前作以上に心に残る作品といえるでしょう。おすすめです。

*1: 個人的には、“『黄母衣内記』”が出てくるたびにニヤニヤ笑いが。
 ちなみに、「エアミス研読書会第6回(円居挽『丸太町ルヴォワール』)」(特に後半)には、作者自身による『丸太町ルヴォワール』の小ネタ解説がありますので、興味がおありの方はぜひ。
*2: 〈群集〉も(観客)も、そして読者も、鮮やかな逆転劇を何よりも求めている、ということもあるでしょうが。

2011.10.16読了  [円居 挽]
【関連】 『丸太町ルヴォワール』 『今出川ルヴォワール』 『河原町ルヴォワール』

物の怪  鳥飼否宇

ネタバレ感想 2011年発表 (講談社ノベルス)

[紹介と感想]
 “並外れた生き物オタク”で博識を誇る〈観察者〉鳶山久志を探偵役に、そして植物写真家・猫田夏海を助手にそれぞれ据えた、自然派(?)ミステリのシリーズ久々の新作は、中短編三作が収録されたシリーズ初の作品集です。
 『物の怪』という題名の通り、収録作ではそれぞれ“河童”・“天狗”・“鬼”といったおなじみの妖怪が扱われているのが大きな特徴で、シリーズの他の作品とはやや趣の違う民俗学ミステリ風味となっています。不可解な事件に絡めた鳶山による妖怪の解釈は、どれほど新味があるのか定かではありませんが、なかなかに興味深いものがあります。
 分量が限られているせいもあって*1、事件の真相には比較的わかりやすくなっている部分もありますが、ある種の不条理さゆえに見通しにくい“最後の真相”が、強烈な後味の悪さを生み出しているのが目を引くところ。というわけで、イヤミス好きな方には特におすすめしたい一冊です。

「眼の池」
 北朝鮮による拉致被害者とされる知り合いが、実は河童に攫われたのだと信じている男。河童がいるという「目玉池」で、突然水中に引きずり込まれ、そのまま消え失せてしまった少年。そして池の中からこちらを睨んでいた二つの眼――話を聞いた鳶山は謎解きを約束し、猫田を現地の調査に送り込むが……。
 男が語る少年時代の怪談めいた話の謎を解く、安楽椅子探偵の一篇ですが、謎解きが進むにつれて物語が異様に変貌していくのが何ともいえないところで、事件の真相そのものもさることながら、その後に浮かび上がってくる“もの”が実に印象的です。

「天の狗」
 立山連峰を訪れた鳶山と猫田が山小屋で一緒になった学生たちは、近くにある高さ九〇メートルもの円柱形の奇岩、「天狗の高鼻」に登るのだという。山小屋主らの制止もものともせず、学生の一人が奇岩の頂上まで登りきったのだが、間もなく、他に誰もいないそこで首なし死体となっているのが発見されて……。
 これ以上ないほどの凄まじい不可能状況が実に魅力的。その分――トリックはなかなかよくできているものの――どうしても一部が見え見えになってしまっているのは否めませんが、逆にそれが事件の“闇”の深さを際立たせているのが非常に秀逸です。

「洞{うつお}の鬼」
 瀬戸内海に浮かぶ現代アートの島――悪餌島には、鬼の伝説とともに珍しい神事が伝えられていた。取材に訪れた鳶山と猫田らは、洞窟での断食パフォーマンスなど様々なアートに遭遇するが、その夜、ご神体として“鬼の腕”が収められた神社で、神事の準備をしていた女性が宝物の刀で惨殺されたのだ……。
 書き下ろしの中編。『爆発的 七つの箱の死』にも通じる現代アート*2と“鬼の伝説”の組み合わせが奇妙な雰囲気をかもし出す中、ついに凄惨な事件が発生しますが、思わぬところに仕掛けられた“爆弾”も含めて、実に見ごたえのある謎解きが圧巻。そしてその行き着く先は、目をそらしたくなるほど暗澹たる結末。質量ともに、本書の中でベストといえるでしょう。

*1: 具体的には、容疑者が少ない点など。
*2: フクロウ飼育の関係で何度かお目にかかったことのある飴屋法水氏の名前が出てきたところで、思わずニヤリとさせられました。

2011.10.21読了  [鳥飼否宇]
【関連】 『憑き物』 『生け贄』 / その他〈観察者シリーズ〉

スパイダーZ{ゾーン}  霞 流一

ネタバレ感想 2011年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 警察マニアが高じて警察官になったような、北中野署刑事課強行犯係の若手刑事・唐雲蓮斗。彼は勤務が終了した後で毎晩のように、他署の管轄の事件現場へ出向いて捜査の見学や手伝いをするという、異様な熱心さで知られていた。そんな唐雲が遭遇したのは、美容整形クリニック院長の惨殺事件。被害者はクリニック内で、体中を鋭い刃物で切り裂かれた上に全裸でハンガーに吊るされた奇怪な姿で発見されたのだ。不可解な事件に捜査員たちが困惑を隠せない中、事件解決への熱意を買われた唐雲は、警視庁捜査一課の敏腕刑事・遠宮沙波とコンビを組んで捜査に当たることになるが……。

[感想]
 “バカミスの帝王”こと霞流一の新作は、“本格ミステリであり、警察小説であり、アクション小説でもある”(「あとがき」より)という看板に偽りなし――ただし、度外れた警察マニアの刑事である主人公が、事件の謎を解くとともに、「アチョーッ!」*1ならぬ「ピポーッ!」*2という奇声を発しながら“悪”と戦うという、何ともキワモノめいた内容ではありますが(苦笑)。とはいえ、ミステリとしてかなり面白いことをやっているのは確かで、霞流一の最高傑作といってもいいのではないでしょうか。

 (一応は)“警察小説”という触れ込みの通り、本書では警察による事件の捜査が軸となってはいますが、事件の凄惨さや背景事情のえげつなさがダークな雰囲気をかもし出す物語の中に、主人公の奇想天外なトレーニングをはじめB級感漂うアクションが組み込まれているあたりなど、全体としては怪作『夕陽はかえる』に通じる独特の味わい。さらにお得意の見立て殺人や豪快なバカトリックなども健在で、霞流一ならではの“濃い”作品に仕上がっています。

 そしてミステリとしての最大の見どころは、『首断ち六地蔵』*3を思い起こさせる“多重解決”。あまり趣向を明かすと未読の方の興を削ぐことになってしまうので控えますが、「あとがき」“真相となる事件、真相に見せかけた事件、真相に見せかけようとした事件”とされている構図は――それに絡めて展開される“バカトリック論”*4も含めて――実に見ごたえがあります。と同時に、ある意味で型破りなプロットが採用されることで、“多重解決”の作り方/見せ方が非常にユニークなものになっているのも秀逸です。

 事件が続いていくうちに、若干ダレ気味に感じられるところもないではないですが、最後の謎解きはやはり圧巻。これももちろんここでは詳しく書けませんが、色々な意味で唖然とさせられる謎解きであることは確かで、前代未聞といっても過言ではないように思います。何とも凄まじい結末に至るまで、人によっては受け入れがたいと思われるあくの強い物語ではありますが、ミステリとして意欲的な作品であることは間違いないでしょう。

*1: カバー見返しには、“コロンボ×ブルース・リー×ダークナイト”(注:強調は筆者)というキャッチフレーズも。
*2: もちろん、警視庁のマスコットキャラクターである“ピーポくん”(→Wikipedia)から。
*3: 本書巻末の[参考資料]にも挙げられています。
*4: 前月に刊行された倉阪鬼一郎『五色沼黄緑館藍紫館多重殺人』での“バカミス論”との“シンクロニシティ”も興味深いところです。

2011.10.26読了  [霞 流一]