賛美せよ、と成功は言った/石持浅海
救命措置の際に“犯人”――桜子の不自然な様子を目にした小春ですが、実行犯・神山の思惑をめぐる“序盤戦”の攻防がそのまま、“桜子が何をしたのか”を小春に(ひいては読者に)気づかせるプロセスになっているのがうまいところ。自身の関与を打ち消すために“神山の計画的犯行”という“偽の解決”(*1)への誘導を図る桜子に対して、優佳が繰り出す的確な反撃によって、“神山の発作的な犯行”――を促す“桜子の操り”が“解明”されていくのがお見事です。
優佳による反撃では、神山が講演と夕食に凶器を持ち込まなかったことを前提として、計画的犯行にしては犯行の機会がなかったこと(*2)を一同に納得させる手順がよくできていますし、“神山が折りたたみナイフを持っていた”という無理筋の仮定を受け流しながら、ナイフの有無に関わらず実際に使われた凶器を“セッティング”したのは桜子だと、本人に伝わるように匂わせているのも鮮やかです。
神山の計画的犯行に見せかけることに失敗した後、方針転換を図った桜子の新たな作戦も――ミステリ的な面白味とはやや異なるものの――巧妙で、島野を“盾”に使うのもさることながら、その目論見が潰えると今度は珠里を煽って、真鍋のアドバイスによる(未来の)成功者を増やすことで湯村の特異性を“薄める”という具合に、“仲間たち”を遠慮なく“駒”にしながら変幻自在の戦術を展開するのがすごいところです。一方、それを容赦なく叩き潰していく優佳の手際もさすがというべきでしょうが、しかし結果として、他のメンバーたちが次々と強烈なダメージを食らっていくのが何とも壮絶です(*3)。
最後に瑠奈を利用した桜子の企みは、湯村にアドバイスをさせようとしているところをみても、神山と同じように暴発させて標的を狙う“矛”に仕立てるものだったと考えられます……が、それを巧みに隠蔽してあるのが見逃せないところです。一つには地の文での小春の“推理”で、“神山のように絶望させてしまうこと”
と神山の心理を微妙にすり替えた上で、“瑠奈が絶望したところで、自分から疑いを逸らす効果はない”
(いずれも158頁)と、桜子の目的を“逃げ切り”に限定してあるのが効果的(*4)。そしてもう一つ、神山の場合と違ってワインボトルを“セッティング”したのが桜子ではない(*5)ことで、真相が見えにくくなっているのはもちろんです。
もっとも、瑠奈の“成功者と失敗者は、一緒にいちゃいけなかった”
(163頁)という言葉をよく考えてみれば、桜子の真の狙いはもはや明らかでしょう。しかるに最終章での優佳による謎解きが、“桜子はなぜ“勝負”に乗ったのか”から始まるのがまず意外。読者からすると“犯人”が優佳と心理戦を展開するのが既定路線であり、“桜子が“勝負”を回避する”というルートは眼中にないわけですが、桜子がその選択をしなかったこと自体が、事件がまだ終わっていない(*6)ことを示す有力な手がかりとされているところがよくできています。
そして、瑠奈が手に取るようにワインボトルを“セッティング”したのが、不運な事故などではなく小春の意図的な“犯行”だったことに驚かされます。桜子や優佳の戦術を把握するために“推理”してはいるものの、一貫して“立会人”とされてきた小春が、“立会人”としての語りの裏で密かに(*7)真相を見抜く“探偵”となり、さらに――優佳が未然に防ぐことを見越している(*8)とはいえ――事件を起こす“犯人”にまで立場を変える構図が、非情に面白いと思います。
神山を使った計画がうまくいった場合、一歩間違えれば湯村が命を落とすことになっていたにもかかわらず、“わたしはあの人を愛してるんだ”
(181頁)と、ぬけぬけと言い放つ桜子の姿は凄まじいものがありますが、さらに最後には優佳はもちろん(?)小春までもが、“これですべては終わった”といわんばかりに――真鍋や神山をはじめ、“死屍累々”となった他のメンバーたちを置き去りにして――至極あっさりと、優佳の結婚相手(*9)に関心を移しているのが作者らしいというか、何とも強烈な印象を残す結末です。
*2: 真鍋が以前の集まりで
“二次会の途中でうとうとしてた”(55頁)ことが、二次会終了後の犯行計画の否定につながる伏線となっているのが周到です。
*3:
“最悪を避ける努力さえしてくれれば”(89頁)という小春の頼みに対して、この惨状を引き起こしておきながら
“したでしょ”(182頁)と断言する優佳の姿には、これまたさすがというよりほかありません。
*4: 「矛」という章題はあからさまではありますが、この時点では優佳との攻防がメインであるため、盾”と同じく優佳に対するものだとミスリードされて、“矛”の向かう先が見えにくくなっているように思われます。
*5: 瑠奈が暴発しかけた場面では、思わず頁を戻してボトルが置かれた経緯を確認してしまいましたが……。
*6: その意味で本書は、犯人視点でこそないものの、やはり倒叙ミステリに通じるところがあるといえるでしょう。
*7: 完全に桜子の狙いを見抜いているはずの最終章での、
“わたしは生唾を飲み込んだ。「……誰なの?」”(177頁)のような反応は、さすがにあざといのではないかと思いますが。
*8: 小春が瑠奈にワインボトルを用意する直前、優佳のことを
“信頼できた。そう断言できた。”(159頁)としているのは、当然そこまで考えていたということになるでしょう。
*9: もし未読の方がいらっしゃいましたら、シリーズ第一作『扉は閉ざされたまま』をぜひお読みください。
2017.10.18読了