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人魚姫 探偵グリムの手稿/北山猛邦

2013年発表 (徳間書店)

 原作「人魚姫」は、“人魚姫”が声を失って事情を告げることができなかったこともあって、人間たちは人魚の存在を知らないまま終わっています。本書でもほぼ同様に、ハンスとルートヴィッヒ以外の人々には人魚の存在が明かされることのないまま、物語は幕を閉じているのですが、仮に離宮での解決場面で人魚の存在を持ち出す必要があったとした場合*1、人魚など初耳の離宮の人々にそれがすんなり受け入れられるはずはなく、事態の紛糾は避けられなかったでしょう。

 おそらくはそのせいもあって、“実行犯による王子殺害”とは別に“黒幕による操り”という真相が用意されているのだと考えられます。つまり、“現実レベルの真相”と“童話レベルの真相”とを分離することによって、人魚の存在を知らない人間が納得できる“合理的”な解決と、“人魚姫の物語”という特殊設定を生かした解決とを、うまく両立させることに成功しているということになるのではないでしょうか。

 もっとも、クリスチャン王子殺害のトリックについては、魔女の魔法が使われた可能性が作中で否定されている(222頁~225頁)にもかかわらず、“特殊設定ミステリ”であることによる先入観*2ミスディレクションとなっている感があります。しかるに、実際に使われたのは死体を移動させることで犯行現場/犯行時刻の錯誤を生じる現実的(?)なトリックであり、死体の移動に跳ね橋が使われたところなどは、実に北山猛邦らしいトリックといえます。また、ルートヴィッヒが離宮で描いた跳ね橋の絵が、トリックの解明に寄与している(と思われる)*3ところもよくできています。

 王子が居城内ではなく馬留めで殺害されたことが判明すれば、犯人がルイーズ王子妃であることは明らか。しかしその動機は、セレナの妹の“裏返し”といっても過言ではなく、手にした凶器も含めて王子を挟んだ鏡像関係になっているのが印象的で、セレナの妹がそれに、ひいては二人ともが魔女の“操り人形”にすぎなかったことに気づいて、魔女を殺すという第三の選択をとることにした心境も、理解できなくはありません。

 魔女の設定については、一見すると本筋とは直接関係なさそうに思えた「プロローグ」「period IV」までの過去の物語の中で、しっかりと――二つの凶器*4の存在につながる、魔女殺害の結果としての“引き継ぎ”はもちろん、クリスチャン王子殺害の動機につながる壮大な背景に至るまで――説明され、巧妙な伏線となっています。そして、最後にナポレオンの名前が出てくるのが秀逸で、“童話”と“現実”とが混在した本書の物語世界において、“童話”の側に属する部分の中に“現実”(史実)が据えられていることで、両者の融合が完全に果たされているといっていいように思います。

 セレナが魔女と化した妹に残酷な選択を迫られるラストは、ここまでする必要があったのかという気がしないでもないですが、妹の深い絶望を受け止めるセレナの思いには、胸を打たれずにはいられません。しかし、実在の人物であるハンスとルートヴィッヒはともかく、魔女となって生き延びたセレナの妹、そしてもちろん心臓を失ったままのセレナのその後が気になるところですが、どう考えてもハッピーエンドとはいえないだけに、ルートヴィッヒからの“とっておきの贈り物”(362頁)である“素敵な絵”で終わるのがやはりベストでしょうか。

*1: 例えば、アリバイ/密室トリックが魔女の魔法を利用したものだったとすれば、当然それを離宮の人々に対して説明せざるを得なくなります。
*2: 特殊設定ミステリでは概して、(一応伏せ字)導入された特殊設定が、トリックなど謎解きの根幹に直結する(ここまで)傾向があります。
*3: ルートヴィッヒがハンスらに見せたのは“跳ね橋の上を走っている少年と少女の姿”(146頁)のみですが、“四十五度くらいの位置まで”(137頁)とはいえハンスらが実際に跳ね橋を上げたところを目にした――描いたと思われるので、そこに描かれた跳ね橋の大きさや窓との位置関係などが、トリックの解明に寄与したと考えていいでしょう。
*4: これについても、解決ではルートヴィッヒの描いた絵がうまく生かされているのが見逃せないところです。

2013.04.04読了